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その髪の長い女性は、腰のあたりから黒い手袋を取り出し、私を睨みながらそれを慣れた手つきで填める。その材質は彼女の服同様ラバーであり、激しい動きにも耐えられるように見える。
自身の右拳を前に、そしてそれと胸の間に左拳をおくその構えは基本に忠実であり、初対面の私からも、彼女が生真面目な性格であることがうかがえる。
しかしその真面目さが自身の弱さであることを知らなさそうにも見える。少し、遊んでやろう。
身を低くし、私は臨戦の構えを採る。ラフに。筋肉と思考、そして自身の空間に余裕を持たせる。
彼女は一瞬にして距離を詰めてきた。しかし筋肉の動きで、何時仕掛けてくるのかはわかっていたため、片手で受け止めることも用意である。私は自慢の左腕で彼女の初撃を受け止めた。動きが一直線すぎて退屈してしまう。
しかしそんな私を、彼女は追いつめた。あくまでその一撃はダミーであり、本命はその後から来た左の掌底打ちだった。
そこからはまあ、一方的に彼女……いや、そんな可愛いもんじゃねぇ。奴の連撃に手も足も出やしねぇ。全く、年は取りたくねぇな。
ただまあ、私にもそれ相応の意地ってもんがあるから、ただただやられる訳にもいかない。それ以前に、やられっぱなしなんてのは悔しいだろ。
追いつめたことを確信した奴は連撃の勢いを止め、後ろ脚を大きく胸に引きつけ、回し蹴りを繰り出してきた。しっかり私の顔目掛けて。私が反撃できないとでも思ったのかね。その回し蹴りは鋭かったが、回し蹴り自体隙がとても大きい攻撃に当たる。それをここで行うことはそのように考えた、もしくは私のことを嘗めていることになるだろう。彼女の性格上、驕りという線はまずないだろう。
ここは一つ、あえて喰らってやろう。避けていたり、躱していたのでは反撃が遅れてしまう。これくらいの痛みはどうということはない。私は彼女の回し蹴りを顔面に喰らいながらもその体に攻撃を入れる。
左拳につけられた二つの爪を射出し、更に追撃を与える。
しかしどうだろう。奴は生意気にも笑っているではないか。これは久しぶりに骨のある奴に出会えたのではないか?
奴は自身の右手に小さな電流を発生させる。その感触を確かめるように。はじめのような硬さはそこにはなく、私との戦いの中で奴は柔軟性を自分の物にしているではないか!
面白い!
さあ、来い! そうだ! 自身の体を低くし走り、私の足を狙ったスライディングは評価しよう。相手が私でなければ十分に効いていただろう。
私はギリギリまで引きつけ、空中に逃げる。そうすることで、私は奴の背後に回ることが出来た。
……いや、背後に回られていたのは私だった! あのスライディングから見事切り替えしたものだ。
今度の蹴りは素早く、そしてより鋭いものであり私は後方の壁まで大きく吹き飛ばされた。
すぐに体勢を立て直した私はそこに、壁と柱をアクロバティックに使い距離を詰めつ黒い悪魔を見た。
高い位置からの水平回し蹴りに、私はまたしても体勢を崩したが、なんとか倒れることはなかった。しかし奴は休むことなく突進を繰り返し、私に急速と反撃を与えない。
私が顔を下に落とした瞬間を狙い、宙がえりをしながら下あごに蹴りを入れた奴には驚いた。まさかそんな力が残っていたとは。
しなやかな着地からラグなしでまた距離を詰めてきた奴と組み合った私は、ここを好機と捉え、それを払いのける。
体勢を崩した奴に私は前蹴りで距離をとる。壁まで飛んで行った奴に逃げ場はなく、私は満を持して自慢の拳を叩きこむ。しかしそれは軽い感触を捉えていた。
ギリギリの所で身を小さくした奴によって拳を躱された私はそのまままた奴のペースに飲み込まれた。
飛び込みながら胸倉をつかんだ奴は、私を地面に叩きつけていった。私は咄嗟に足をつき、宙に浮かぶ奴の足を掴み振り回す。
しかし投げ飛ばされた奴は壁を地面のように使い、華麗に着地をする。
「何者だよ、コイツ」
私がそんなことを思ったその時は既に、奴の攻撃で宙を舞い、地面に叩きつけられていた。