第12話 手紙
八日後──
金曜日の夕方。長く辛かったゴールデンウィーク明けの一週間が終わりを迎えつつある。俺が机の上の書類をまとめていると、
「平、今から話せるか」
佐々木さんに声を掛けられた。いつものフランクな感じじゃないけど仕事の話だろうか? 仕事では佐々木さんと関わりあんまりないけども。
「はい、もう仕事終わって帰るところです」
入社したばかりの俺はまだだいたい定時で帰ることができる。
「そうかちょうどよかった。じゃあ帰り支度を先に済ませてくれ、休憩所で待ってるからな」
「はい!」
ぱぱっと帰り支度を済ませて休憩所に向かった。休憩所には佐々木さんしかいなかった。失礼します、と言って中に入った。
「お、来たか」
「はい、佐々木さん、それで話って何ですか?」
聞くと、佐々木さんは浮かない顔で切り出した。
「そうだな……本題に入る前に、平に聞いておきたいことがある、正直に俺に答えてくれるか?」
「はい……?」
聞いておきたいことって何だろうか。佐々木さんは俺の目をまっすぐ見て聞いた。
「……平、一週間くらい前から、しずかちゃんに変な手紙を送りつけたり、あとをつけたりしてないか?」
「……え!? 俺、そんなことしてないです!」
一瞬、頭の中が真っ白になった。慌てて首を横に振って答えた。そんなストーカーみたいなこと俺はやってない。佐々木さんはまた俺の目をまっすぐ見て聞いた。
「本当か?」
「はい! もちろんです!」
「……そうだよな! 平はそんなことをするやつじゃないと俺は思ってたからな」
「……」
若干、俺のこと疑ってましたよね、佐々木さん……信じてもらえたからいいか……
「よし、本題に入るぞ」
「……はい!」
佐々木さんは咳払いをして話を進める。
「さっきも話したが、一週間くらい前から、しずかちゃんに手紙を送りつけたり、あとをつけたりしているやつがいるらしい。いわゆるストーカーってやつだな」
「ス、ストーカーって、しずかさんは大丈夫なんですか!?」
「ああ、今のところはな」
「よかったです……」
佐々木さんは言いにくそうに話を切り出した。
「それで、ありさちゃんから平に話してほしいと頼まれたんだが、その件について、しずかちゃんが平と直接二人で会って話を──」
「えっ!」
しずかさんが俺と二人で会って話を!?
「いや嬉しそうなところ申し訳ないが、ストーカー行為をやめてくれって話をつけたいだけだぞ」
ですよね! ですよね……
「しずかちゃんは、ストーカーは平だと確信しているみたいだな」
「そうなんですね、はあ……」
書店でしずかさんと会った日、不審者じゃないと信じてもらえたと思ったのに……不審者どころかストーカーか、もうダブルデートどころじゃないな……この一週間の間にいったい何が……
「まあ、そう落ち込まなくてもいいと思うぞ、身に覚えはないんだよな」
「ないです全く!」
即、顔を上げて言った俺に、佐々木さんは自信ありげに言った。
「それなら今週の日曜日、しずかちゃんと会って誤解を解けばいい」
来る日曜日に向けて、佐々木さんによる『しずかちゃんの誤解を解こう作戦』のレクチャーが始まった。
二日後──
日曜日の昼下り。俺は駅ナカにあるカフェの前で、大きく息を吸って吐いた。もうすぐ待ち合わせの時刻。二時ちょうどになったら店内に入り、しずかさんと合流することになっている。
それまで、佐々木さんからレクチャーされた作戦を反すうすることにした。
作戦の内容はざっとこんな感じ。まず、カフェの席に着いた瞬間、しずかさんを不快にさせたことについて全力で謝罪する。次に、ストーカー行為は絶対にしていないと全力で無実をアピールする。最後に、ストーカー対策について協力する流れに持って行く。
ピピ、ピピ、ピピ──
携帯のアラームが鳴った。待ち合わせの時刻だ。大丈夫、準備はしっかり整えて来た。よし、と気合いを入れて、俺はカフェに入った。
店員にすぐに話し掛けられた。
「お客様、何名様ですか~?」
「すみません、席で待ってる人がいます」
「そうなんですね~ごゆっくりどうぞ~」
店内を見渡して、席で俺を待つしずかさんを見つけた。ちらっと見ただけで怒っているのがわかった。
ありささんからの情報のおかげで、しずかさんがストーカー行為をされてイライラしているのと、さらにゴールデンウィーク明けから激務続きでカリカリしているのを俺は知っている。と言うことで、しずかさんが今日怒っているのは想定内だ!
怯むことなく席に向かって歩く。しずかさんが待つ席の前まで来た。
「お久しぶりです、平です!」
人生のかかった面接に臨む気持ちで挨拶をばっちり決めた。
「どうぞ座ってください」
「はい! 失礼します!」
しずかさんの正面に着席。ものすごく睨まれる。取り乱すなよ、と言う佐々木さんのアドバイスを思い出した。ひと呼吸置いて、まずは全力で謝った。
「すみません! しずかさんは俺のこと、ストーカーだと思ってるんですよね、佐々木さんから聞いてます、不快な思いをさせて本当にすみません!」
「……?」
しずかさんはきょとんとした顔を俺に向けている。作戦が功を奏して、しずかさんの怒りが収まったように見える! よしよし、次は全力で無実をアピールだ!
「でも、違うんです! 俺はストーカーではないです、手紙を送ったりあとをつけたり、俺はしてないんです!」
「……」
「本当です、信じてください! 俺を!」
「……」
無実をアピールする度に、悲しいことに、しずかさんの表情は曇って行った。
「……あなたがストーカーだと言う証拠があります」
「え!? 証拠?」
俺、ストーカーじゃないのに……?
しずかさんはテーブルに伏せて置いてあった数枚の紙を、俺に差し出した。
「これに、見覚えがありますよね」
全く見覚えのない手紙を受け取った俺は、急いで一枚一枚、手紙に目を通す。手紙には──
『誰よりもあなたが好きです』
『あなただけを見ています』
『あなたと二人で会いたい』
『いつもあなたのことを想っています』
『あなたが好きです、今度こそ声を掛けます』
──と、溢れる想い(怖)が一言ずつ震える字で書いてあった。全部で五枚。最後の一枚だけ、他の四枚と決定的に違うところがあった。
「たいら……」
俺の名前が書いてあった。
「あなたの名前でしょう?」
「は、はい……いやでも俺はこの手紙を──」
しずかさんは首を横に振る。
「他にこんな手紙を私に寄越すひとに心当たりがありません……どうしてあなたが嘘を吐くのか全く以って私にはわかりません、それと!」
段々と怒りを露わにするしずかさん。どうしよう、今は何を言っても信じてもらえそうにない。作戦失敗だ……
「それと何なんですか! この汚い字と無地の素っ気ない紙は!?」
しずかさんは俺の手元にある手紙を指差して言った。いやちょっと待ってください──
「ラブレターの字を丁寧に書かないなんて、コピー用紙を四当分してラブレターの紙に使うなんて、名前を書き忘れるなんて、私信じられません!」
「ええ……」
そっち!?
「とにかく! ストーカーみたいなことは今すぐやめてください、次は警察を呼びますからね! 手紙はあなたに返します!」
そう早口で言ってしずかさんは勢いよく席から立った。
「失礼します!」
と、残してカフェを出て行った。追いかけようとして腰を上げると、
「平君! 今日はもうやめとこ、ごめんね!」
マスクと眼鏡と帽子をつけたありささんが登場。それだけ言って、しずかさんのあとを追うようにカフェを出て行った。ひとり残ってしまった……
呆然としていると、
「おまたせしました~ご注文お決まりですか~?」
と、店員に注文を聞かれ、
「……アイスコーヒーで」
一杯飲んで帰ることにした。




