眠った少女の本音
はぁ、どうしてこんなことになったのかしら。
私は思わずと言ったようにため息を吐く。
「王太子殿下、及びに他の者達もあの少女が眠っている部屋に毎日のように訪れております」
「そう……」
今、王宮の一室には扱いに困る一人の少女がいる。その少女の事は報告で聞いていた。息子である王太子——ゲイルが魔法学園で婚約者がいるにも関わらずに追いかけまわしてしまった存在である。
基本的に王侯貴族しか通う事がない学園だが、優秀な平民は学園に入学する事が出来るのだ。そして優秀な成績を収めた少女――フラノアは学園に入学した。
そして息子と同じ学園に通い、仲を深めたようだ。驚く事に息子だけではなく、騎士団長の息子、魔術師長の息子、公爵家の息子、勉学が得意な天才少年、優秀な教師――といった、あの学園の中で有名な殿方に気に入られ、驚く事に侍らせていたのだという。
嘆かわしいこととしか言いようがない。学園の中でお遊びならともかく驚く事に息子たちは本気だったようだ。
彼らには全て婚約者がいる。王妃になるために育てられた公爵家令嬢も含め、それぞれ婚約者たちがいるのだ。それにもかかわらず熱をあげているのも問題であるし、本気になって婚約者たちに婚約破棄を叩きつけようとしていたというのも報告で聞いている。
そうなる前にきちんと話をしなければ……と思っていた所に少女が階段から落とされて意識不明になったというのだ。
……それも息子の婚約者が突き落としたとされているのだ。婚約者が他の女性に現を抜かして気に食わなかったのは分かる。加えて息子の婚約者は息子の事を本当に心から愛していた。息子だって少女に出会う前は婚約者の事を大切に思っていたはずなのだ。
ただ息子たちは突き落としたというけれど、婚約者は口論になって少し当たってしまっただけで少女が自分から落ちたと言っている。どっちが正しいかは分からない。
どちらにせよ、王侯貴族の子息をたぶらかして侍らせていた少女は問題だが、私の息子たちにも十分に反省点がある。
まだ学生のうちに起こしたことなので、取り返しがつくレベルだ。なので一旦目を覚まさない少女の事は王宮で保護している。次期王妃のせいで目を覚まさなくなったというのは問題なので、医師を呼んでみてもらっている。
しかし……、外傷はほとんどないというのに、少女は目を覚まさない。
少女が自分から殻に閉じこもり、目を覚まさないようにしているのではないかといった話だった。
でも、どうして。
まずそれが分からない。
少女は王侯貴族の見目麗しい少年たちに囲まれていた。嫌がらせはあったようだが、それでもお姫様のような扱いをされて、夢を見るような気持ちだったと思う。そんな幸せな場所があるというのに何を目を瞑ったままなのだろうか、というのが分からなかった。
息子を含む子息たちは目を覚ましたら彼女と結婚したいと言い張っている。自分たちの中から選んでもらうのだと。どこの子息でも家同士の関係も含めて婚約しているので問題だ。
せめて側妃や妾になら出来るかもしれないか……。それにしても全ての殿方に良い顔をするなんて……。
話が通じるかは分からないが、少女が目を覚ましたら話し合いをしてどこか遠くに行ってもらうつもりである。話が通じない場合は、やりたくないことだが処分するしかないかもしれない。
なのではやく目を覚ましてもらいたいのだが……。
目が覚めるために何か情報がないかと集めてもらっている。息子の婚約者が階段から落ちる時に少女が笑っていたと言っているのも気になる。
そうしているうちに、少女の日記が見つかったと言われた。何か手がかりになるだろうかと持ってきたものの、勝手に見る訳にはいかないとまず危険がない事を確認され、私に手を差し出された。
確かに個人情報にあたるものを勝手に見るのも問題だろう。申し訳ない気持ちになりながら、陛下の許可を得てからそれを読んだ。
そこには私にとって驚くべき少女の本音が隠されていた。
〇月×日
今日は魔法学園の入学式だ。頑張って勉強してこの学園に入学が出来た。嬉しい。
好成績をおさめて、将来家族や私の後見を務めてくれた男爵様に恩返しをしなくちゃ。
これでジガ兄に近づけた。いつか、頑張ってジガ兄に会うんだ。
〇月×日
驚いた。王太子殿下とぶつかってしまった。慌てて謝ったけれど、不敬罪とかで処罰されたりしないよね?
この学園では身分は関係ないって言われているけど、本当かな。本当じゃなかったらどうなるんだろ、怖い。
〇月×日
不敬罪で処罰されることはなかったけれど、困ったことになった。王太子殿下が私に話しかけてくる。
ただの平民の私に話しかけてこないでほしい。あんなにきれいな婚約者様がいるのに何を考えているんだろう。
〇月×日
困る。
王太子殿下だけじゃなくて有名な子息たちも私の傍にくる。王太子殿下が私を気に入ったと発言したせいだ。
私は話しかけないでほしいって遠回しで言っているけれど、通じない。今まで異性に嫌がられたことがなかったのかもしれない。それにしても自意識過剰だ。
〇月×日
嫌がらせが始まってしまった。仕方がないと思う。私が望んでない事とはいえ、婚約者のいる殿方に囲まれていることになったから。
折角仲良くなった平民の子とも不仲になってしまった。婚約者の居る人たちに近づくなんてって。あと自分も嫌がらせされるかもしれないからっていうのもあるだろうけど。
困ったことに私は王太子殿下たちに身分不相応にも近づく身のほど知らずのビッチらしい。なんて風評被害。私凄く断ってると思うんだけど。それは王太子殿下たちには通じないし、周りも王太子殿下に近寄られて嫌がる存在はいないって認識らしい。貴族ってわけわかんない。
平民達にも男に近づく尻軽みたいにみられているし、あとは問題起こしている私に近づきたくないみたいだし。どうしよう。
〇月×日
好きとアピールされるけど、婚約者いるよね? 婚約者いるのに私に迫ったらそりゃあ婚約者様嫌な気持ちになるよ? 何度も言っているのに「優しいな」とか「気にしなくていい」、「俺が守るから」ってなんでそうなるの?
はっきりいっても照れてるのだなって話通じないのなんなの?
私は好きな人がいるっていっているのに、なんか全部自分が良い風に受け取るんだけど。どれだけ自分に自信あるの?
私はジガ兄が好きなんだって!! でもこの王太子殿下たちに好きな人の事とか言ったら、ジガ兄にも迷惑かけちゃうかな……。思い込み激しいからジガ兄に対して変な事起こしそうだし。どうしよう。
〇月×日
婚約者たちに呼び出された。こちらには話通じるかなって期待したけど、話が通じなかった。どうしたらいいんだろうか。
私は近づきたくないから、婚約者様たちは自分の婚約者の手綱をちゃんと握っててほしい。とはいえ、そんなことを言っても変な風に取られた。あと身分は関係ないとか言われているけど、結局此処は身分関係あるんだよね。学園ではなくても卒業後にどうなるものか分からないし。
っていうか、話が通じなさすぎる。
〇月×日
後見してくれている男爵様から手紙が届いた。王太子に気に入られているのは良い事だ。しかし、側妃か妾をめざすべきだ。間違っても王妃を目指さないようにって。私そもそも王太子殿下と付き合ってもないのに。
好きな人が別にいるのに。後見してくれている男爵様も王太子殿下に迫られてそんな気持ちになる人いるわけないって思っているみたい。どうしよう。
〇月×日
学園をやめて家族の元へ帰る事も考えたけれど、この王太子殿下たちだと変な勘違いしそう。考えたくもないけど、私の事を婚約者方が殺したとかそういうの信じそう。ただでさえ、婚約者たちの事を王太子殿下たちは嫌っている。
あんなに美しくて、婚約者のために努力をしているお嬢様たちを嫌うなんて正気の沙汰じゃないと思う。王太子殿下たちが私の事を追い回さなきゃ、憧れてますって言いに行けたのに。私嫌われちゃってるよ。あんなにきれいなお嬢様たち、凄く憧れるのに。いずれ国を回していく王妃や貴族夫人たちになるような方だし。
というか、無事卒業できたとしてもこのままじゃ学園の人たちの好感度が低すぎて良い就職先ないと思う。どうしよう。
〇月×日
家族に迷惑をかけたくないから帰るのは諦める。このまま失踪して他国にでもいく? それでも追いかけてきそうだし、どちらにせよ、男爵様にも家族にも迷惑をかけてしまう。
〇月×日
詰んだ。
嫌がらせもつらいけど、未来に希望が持てない。
せめて誰か一人でも話が通じる人がいればいいのに。誰もいないとか、なんなの?
王太子殿下たちに好かれていて嬉しいだろうって? 幾ら身分があったとしても話を聞いてくれない人間なんて私はお断りだよ。大体好きな人がいるのに身分があろうとなびくわけないじゃんか。
どうしたらいいか分からないよ、ジガ兄。
〇月×日
話が通じない人達につかれた。
もう眠ってしまいたい。ずっと眠っていたい。そして目が覚めたら面倒な事が何もなくて、ジガ兄だけいる世界にでも行きたい。
〇月×日
嫌がらせの事を王太子殿下たちには言ってなかったけどバレた。婚約者様たちを責めているらしい。多分彼女たちじゃないと思う。てか、されても仕方がない。
それをやめさせたいなら私から離れて婚約者様と仲よくしてくださいっていったら「なんと奥ゆかしくて優しいのだ」って聞けよ。
〇月×日
本当に話が通じない。なんなの。聞けよ。
でも流石に不敬罪になる? 遠回しに言ってるのに全く通じない。たまにはっきりいっても通じない。どうしろと。
本当に婚約者様ごめんなさい!! っていったら、一人には嫌味? とか言われるし。聞いてください。
〇月×日
結局王太子殿下たちって私を好きって思い込んでるだけ、というか王太子殿下たちの想像する理想の私が好きなだけだと思う。だって本当に好きなら好きな人の話だってちゃんと聞いてくれるはずだもん。
というかさ、まだ少ししか訴えてない周りの人たちはともかくこんなに訴えているのに話が通じない王太子殿下たちが国のトップってこの国ヤバいと思う。思い込みがやばい。
だって王太子殿下たちが私が好かれて嬉しいのは当然って言動しまくるから周りもそんな風に思っちゃうわけで、この人たちがまともだったらこんな詰んだ状況にならないと思う。
〇月×日
家族にも男爵様にも迷惑かけたくないし、話は通じないし、嫌がらせもきついし、なんかもう色々嫌になってきた。いっそ自殺でもしようか。
ああ、でもジガ兄に会いたい。大好きなジガ兄に告白もしてないのに死にたくない。それにこんな話の通じない連中のせいで大事な命を失いたくない。
どうしよう。
〇月×日
疲れた。キスとかしてこようとすんな。私は受け入れてないだろ。嫌がる人にキスして何が麗しの貴公子だ。馬鹿か。
額だろうと頬だろうと、私はジガ兄以外にキスなんてしてほしくない。照れてるのかって、頭いかれてる?
〇月×日
ダンスの練習は婚約者様としてください。っていってんのに無理やり踊らされるという。足が痛い。
もうやだ。ジガ兄に会いたい。
不敬罪でもいいから気持ち悪いって言っちゃダメかな。でもそんなこといったらこの王太子殿下たち、色々家族にもひどいことしそう。それか馬鹿な勘違い深めそう。この人たちが権力行使しているの見た事あるし。権力者って怖い。
〇月×日
ジガ兄に追いつきたい、ほめてもらいたいって身分不相応にもこの学園に入ったのが悪かったのかな。疲れた。
〇月×日
本当、話通じない。誰か私の話を聞いて。
疲れたよ。ジガ兄。
そこで日記は終わっていた。
「ゲイルたちを今すぐ呼びなさい!!」
私はその日記を読んで、すぐに指示を出した。
だって、こんなの……私は王妃として感情を表に出さないようにしているけれど、少し泣きそうになった。そしてごめんなさいと謝りたくなった。目が覚めたら謝る。そして絶対にこの子の味方になる!! と私は決意するのだった。
それから息子たちを全員説教した。日記に書いてあったように息子たちは思い込みが激しく、何度も何度も言い返してきたが、全部論破した。悪いと思いながらも、見せなければ信じないだろうから、彼女の日記を息子たちに見せた。
そしてようやく息子たちは理解した。婚約者達も理解してくれてほっとした。
彼女が目を覚ますように、私が全力で手助けする。そして目が覚めたらこんな思い込みが激しいストーカー集団に追われた彼女をフォローして、全力で謝る。そう決めた。
陛下は「勘違いしたのは悪かったが~」とか息子を擁護しそうになっていたが、好きでもない男に迫られたりするのはとても大変なことなの。加えて権力を持つ異性に迫られるなんて!! 本当に親として謝りたい。息子に冷めた目しか向けられない。
――けれど、少女は目を覚まさない。
目を覚まさない彼女に何が出来るだろうかと考えて、ひとまず少女が噂されているような少女ではないことを学園にも広めることにした。流石に日記は見せないが、誤解が解けたら彼女が目を覚ました時に生活がしやすいだろう。
王妃の名で広めたので誰も嘘だとは言えないはずだ。
息子たちの名声は下がったが、この位は仕方がない。
……だけど少女の本音を広めても、少女は目をさまさないのだった。
眠った少女の、大変な本音を誰もが知り、誤解が解けても、彼女は目を覚まさない。
――眠った少女の本音
(眠った少女の本音を知り、王妃は行動する。しかし、少女は目を覚まさない)
よくある逆ハーで本当に嫌がってたらって話です。嫌がっていても身分とかいろんな影響があって、動くに動けず、いっても話が通じず、軽く押された時にもういいやって心を閉ざして自分から眠ってしまったという話です。
王妃様は勘違いしていたことに全力で謝りたいと思ってます。