表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界は結晶で動く  作者: 本文・ちゃのま/設定、ネーミング・初音
3/3

前編

 科学。


 それは人間が作り出した一つの技術、力、知恵。


 世界は化学を中心に回っていた……その日が来るまではーー



 世界から科学が消え、人間は自然淘汰される。



 そう思ったが人間はそれを偶然手に入れた。宝石のようで宝石ではないその石を、人は”コア”と呼んだ。


 そのコアは現在六個発見されており、全部が違う色だった。


 赤いコアからは火が放射し、青いコアからは水が噴射され、黄のコア内で電流が流れ、緑のコアから風が吹き、茶色のコアからは土や砂が落ち、人の傷を癒す白のコアが確認された。


 だがそれはいいことではなく、危険なものだった。


 火を出せばそこら一帯が焼けてしまう炎が、水を出せば町一つ分の池が出来上がり、雷はそこら中で何回も落ち、風は台風を作り、土は山や砂漠を作り、人を癒す力は癒しすぎてその人を死に至らしめた。


 人間は残った知恵を使い科学を復活させようとするもののうまくいかず、偶然黄のコアを動力炉に近づけた瞬間、今まで使えなかったはずの科学の機材が動き始めた。


 いろんな人々がこの現象に希望を見出し、コアについて調べ、コアの複製を作れないかと奮闘しそれは成功した。しかし、複製で作られたコアはオリジナルの力の半分の力も出すことが出来ず、それでも人間が使うには強すぎる力だった。


 やがて、複製のコアの研究が進み資源やエネルギーとして使えることがわかり、早急に複製を作ることに力を入れ始めた。


 そして人間が使えるまでの力まで抑えた複製コアを作り出し、複製コアに等級をつけ始める。


 複製コアのもとになった”オリジナルコア”を筆頭に、オリジナルコアから分離したコアを”二等資源結晶体”、その二等資源結晶体に科学技術を混ぜたコアを”三等資源結晶体”、人間が使えるまで力を弱めたコアを”五等資源結晶体”と呼んだ。


 オリジナルコアはオリジナルコアで切断を可能とし、切断されたオリジナルコアは時間がかかるが徐々に修復の兆しを見せる。

 分離して作り出されたコアには修復機能が付かず、この状態のものであれば科学技術での複製、破壊が可能だった。

 そして二等資源結晶体を複製は科学技術である程度出力の調整が出来るのだが、二等資源結晶体の半分の出力までしか抑えることが出来なかった。こうして繰り返し複製を作り出すことで人間が使える出力まで落とすことが出来た。

 それと同時に等級が下がるにつれて複製の難易度も下がり、五等資源結晶体だとほぼノーリスクで複製が出来た。


 そして複製して気付いたことがある。


 力を弱める毎にコアの色が中心に寄っている。二等資源結晶体は外側に薄く透明な枠が出来たように、そして等級が下がるたびに透明な部分が多くなり、五等資源結晶体になるとコアの中心に小さく色がついただけになる。


 そして科学にコアを用いる技術を”結晶技術”と称した。科学という言葉は次第に薄れていく、オリジナルコアもその色にたとえ名前を付けられ、それは国の名前となり、計六か国の国が出来上がる。


 赤のオリジナルコアを”ルベウス”、青のオリジナルコアを”カエルラ”、緑のオリジナルコアを”ウィリデ”、黄色のオリジナルコアを”フラウース”、茶色のオリジナルコアを”プッルム”、白色のオリジナルコアを”ニウェウス”と名付け、一国に一つのオリジナルコアを置くことになる。


 各コアの特色を各国の技術を用い、二等資源結晶体は政治にも使われるほどのものとなる。


 五等資源結晶体はその数を簡単に作り出せるのだが、エネルギーを使っていくとひびが入っていき、エネルギーを使い切った瞬間に砕け散ってしまうので五等資源結晶体のやり取りは頻繁に行われるものとなっていた。


 より便利に、一つの結晶体で運用が出来るようになるかの実験の際、複製体同士で融合が出来るか試し始めたのだが上手く行かなかった。


 最初は貴重な二等資源結晶体を用い、機材を用意し、研究をしていたのだが融合しようとすると失敗に終わる。


 何回か失敗を繰り返すことで二等結晶体が無駄に消費されていくだけの実験に国も提供することを拒否、等級を五等資源結晶体まで下げ実験を開始する。


 そこで初めて融合に成功する。使っていたのは”ルベウス”と”カエルラ”の複製コア。


 ここで問題になったのは機材で溶かした結晶体を混ぜ合わせ、機材から取り出した際に灰色の腕輪という形に変わったことだ。


 とりあえず着けてみてみたが、元になった結晶体のように火が出るわけでもなく、水が出るわけではない、だからと言って資源としてエネルギーを取り出すことが出来ない。


 さすがに何もできないのは発表もできないということで諦めかけた時に予備の五等資源結晶体の近くに腕輪を置くと、腕輪と五等資源結晶体が互いを反応するように光出す。


 気になった研究者は反応した二つを物理的に合わせて見たのだが光る以外の反応が現れなかった。それであればと今度は腕輪を先ほどと同じように機材に入れてみるが、資源結晶体のように溶けることは無く、資源結晶体のみが溶けた状態になる。


 機材から腕輪を取り出した時、それは偶然だったというべきか不幸だったというべきか、溶けだした資源結晶体の上に腕輪を落としてしまった。


 すると腕輪は溶けた五等結晶体を吸収し、灰色だった腕輪が赤く染まる。


 色の変化が起こるということは何かしらの変化を起こしたと考えた研究者は、恐る恐る色が変わった腕輪を付け、資源結晶体と同じように炎を出せと念じると、一つの剣が研究者の手に現れた。

 

 この時初めて”武装結晶ガンド”を確認することになり、”武装結晶ガンド”を作り出す前の灰色の腕輪を”結晶輪”と呼んだ。


 ☆☆☆


「ここまでで分からないところはあるか?」

「はい」


 教師の言葉に一人の女生徒が手を上げる。


 その少女の姿は綺麗な金髪をポニーテールにし、由緒正しい制服に凹凸が出来るほどの見事な体、その目は誰も寄せ付けないような鋭い目つきをしていた。


「珍しいな、炎のルビー嬢がわからないところでも?」

「いえ、そこで寝ている黒髪がわからないと思い代わりに手を上げました」


 ルビー、それは赤の国”ルベウス”で名のある大貴族の家名、代々ルベウスの盾として軍事に大きなかかわりがある家、本来は赤の国にいるはずのご令嬢が学校に来るのも可笑しな話なのだ。

 その、ルビー家のご令嬢は授業中に寝ている黒髪の少年を指摘する。


「あー……スピネル、起きろスピネル」

「くぁ……次の……次の仕事が」

「勤労意欲ではなく知識欲を持ってほしいものだ」

「許可さえいただければ叩き起こしますが?」

「いや、これは無駄だろう……どうせ今日は復習の部分だ、後で復習するようにだれか言っておけばいいだろう」


 結局、スピネルと呼ばれた少年を他所に授業は続いていくのであった。


 授業終わり、スピネルと同じ黒髪の少年が彼に近づいていく。


「起きろ、起きろって」

「うーん……」

「バイト遅刻するぞ」

「何だと!?今何ーー!」


 先ほどまで寝ていたスピネルが、この世界では珍しい黒髪の少年に起こされると慌てて時間を確認する。だが、時刻は昼の十二時を回る手前だった。


「………………」


 スピネルは未だに寝ぼけている頭を無理やり起こし、今の状況を確認する。

 そしてまるでさびた鉄を動かすように頭を動かし、起こした少年の顔を睨みつける。


「おー怖い怖い、今日は午後から実戦練習だから起こしたというのに睨むこたぁないだろ」


 スピネルが睨みつけるも、睨まれた本人はどこ吹く風とも言わん顔をしながらその顔に小憎たらしい笑みを張り付ける。


「この起こし方はやめてくれって前にも言ったよな、シノブ」

「そうだったけか?まぁいいじゃねぇか、今日も購買のパンだろ、買っておいてやったから金だけ渡せよな」

「……俺は」

「ほら、コロッケパンだろ?」

「……二つあるんだろうな」

「この俺に抜かりなし」


 そうしてスピネルは二つ分のコロッケパンを渡し、物を受け取る。

 渡し終えたシノブと呼ばれる少年は、スピネルの座席前の椅子に座り自分の戦利品を見せるようにスピネルの机に置いた。


「お前、毎回思うがよくそれだけの種類買ってこれるな」

「そりゃ、授業抜け出して買いに行っているからな、これでも俺、忍者だし」

「そのニンジャってよく知らないが、よくバレずに抜け出せるもんだ」


 シノブと呼ばれるこの少年はスピネルのバイト帰りに偶然出会った、というより何もない空間から落ちてきたとと言った方が正しいだろう。


 ー三年前ー


 スピネルがいつもであれば家にいる時刻までバイトが延長したときのこと。

 走りながら家に帰っている最中にそれはあった。


「……なんだこれ?電気?」


 バチバチっと弾ける様はまさに放電しているように見えるのだが、何もない空中で弾けるだけでそこから広がる様子もない。


 興味を持ったスピネルはその足を止め、電流もどきが弾けている現象をいろんな角度から見始めた。


 さすがに興味心だけで触るという危険は犯さないが、観測位ならという軽い気持ちで電流もどきを見続ける。


「これ、発生源が空中……ってわけないよな?」


 しかし、どんな角度から見ても広がる様子も、その現象を引き起こしている原因も見当たらない。


 考え方を変え、今度は周りを見渡し始める。


 建物の間、屋根の上、窓、そこらで積みあがっているゴミ袋。


「……人影もない、コアを用いての悪戯でもない?」


 どれだけ確認しても周りに人影がなく、怪しいものはない、この現象を引き起こす人為的なものは見当たらない。


 そこで考え込んでいるスピネルの視界が急に白くなる。


 スピネルは視界が見えなくなったのは先ほどの電流もどきが急に輝きを増したからと気付きとっさに目をつぶる。


 しばらくすると、光はなくなり、電流もどきがあった場所には何もなくなっていた。


 先ほどのことは白昼夢かと思い始めたスピネルの耳に突如声が聞こえた。


「ぬぉおおおおおおお!何で落ちてーーってそこのお前!邪魔!」

「へっ?」


 声が聞こえる方にスピネルが視線を向けると、上から人が落ちてきた。それも スピネルに向けてだ。


 当然、そのまま落ちてきた少年の下敷きにされるスピネル。


 この時、スピネルとシノブ・マキザキが初めて出会うことになった。


 ☆☆☆


「それにしてもかったるいよなぁ……」

「かったるいって、生きたいなら必死になるしかないだろ」

「そりゃそうだけどよ」


 スピネルたちはパンを食べながらくだらないことを話し合う。だが、こうして平和に話せるのも今だけかもしれなかった。


 今、この世界には人間や動物以外にも生物がいる、



 それも他の生物に対して敵対的な生物がだ。



 資源としてのコアと武器としての”武装結晶ガンド”の研究が進み、このまま平穏が訪れるかと思われた人類だったのだが突如現れた化け物によって、繁栄していた人類はその数を三分の一まで減らすことになった。


 今では六か国を中心にした都市以外にはその化け物”イレイザー”が蔓延っている。


 イレイザーが初めて襲ってきた際、人類は”武装結晶ガンド”の研究をしながら他に作れないかと数を揃えていたようだが、防衛に回った部隊全てに”武装結晶ガンド”が行き渡ることはなく、少数の部隊以外は残っていた通常兵器で武装していた。


 襲ってきたイレイザーの数は当時五千はいた防衛陣に対して五百足らずだった。


 いきなり現れた人類の敵に驚きはしたが、数の有利と通常兵器の重火器で攻撃をするが、イレイザー達には一切通用せず防衛陣は瓦解する。


 防衛陣で”武装結晶ガンド”を装備していた部隊は攻撃が通用するとのことで善戦していたのだが、”武装結晶ガンド”を装備していた人数が少ないため国の中にイレイザーが入り込み、防衛手段のない民間人が殺されていき、人類が滅ぶのではないかというその時に全身武装を着込んだ英雄が各国に現れた。


 赤の鎧は剣を、青の外套は銃を、緑の軽鎧は双剣を、黄の武人は刀を、茶の重鎧はその大きな拳を、白のロープは杖を使い国に入り込んだ化け物たちを殲滅したとのことだ。


 その際、彼らはこう呼ばれた、六宝幻装セイスオリジンと。


 戦闘中、六人はそれぞれ炎を自在に操ったとか、光の線が化け物を飲み込んだとも、地面が割れたとも聞いたが詳しいことはわかっていない。


 人類はその後、防壁を築き”武装結晶ガンド”の研究と数の用意、”武装結晶ガンド”を展開できる人員を探し始め、研究と育成を始めたのだ。


 そしてこの学校、”武装結晶ガンド”軍事学院が設立された。


「でも俺たちも適正値が規定以上あってよかったよな、この学校に入るだけで教育を受けながら金がもらえるんだからな」

「それでも支給される額の大半は”武装結晶ガンド”のメンテとかに回さなきゃならんから働かないと……」

「それも”武装結晶ガンド”のおかげで危険な仕事や討伐に出で高額の達成金貰えるじゃん」

「その仕事で”武装結晶ガンド”をメンテに出してんだろ!」


 スピネルとシノブは二人で暮らしていた為、お金が必要だった。


 誰も助けてくれず、見向きもしない、そんな環境で育ったスピネルが偶然空から落ちてきたシノブと出会い、何も知らない彼を暫く面倒を見ていると意気投合、今ではボロ屋から一般の部屋を借りることが出来ている状態だ。


 しかし、二人で働き尽くしでようやく暮らしていけるとき、バイト先で軍事学校に入れば金を貰えて教育も受けられると聞いた二人はすぐに軍事学校のある青の国に向かった。


 緑の国にいた二人が思い切って国を出た理由は簡単で、楽をしたいだった。


 しかし、国から国の移動は大変なものであり、物資の移動と共に人も運ぶのでそれほど数が出ていないし料金も高い。


 今まで貯めたお金の大半を使い、向かった先で二人は見事、学校に入るための規定値をクリアして入学することが出来たのだ。


 入学して一か月たった今は前よりは稼げているのだがガンドのメンテにお金がかかること、居、食、住は自己負担と聞いた瞬間、バイトをまたすると決意するのだ。


「そもそも”武装結晶ガンド”は学校から支給されてるんだからメンテはタダでやってくれてもいいだろうによ」

「そう言うな、前に比べればまだマシだろう」

「それに金も余ってんだからーー」

「余ってない、いいかシノブ、”武装結晶ガンド”が壊れた際は高額請求が来る、その時に払えないとなったら今よりも危険な仕事を回されるぞ」

「……それだけは勘弁」

「わかったら文句言わず働け……ってもうすぐ時間だ、着替えて……今日はどこだっけ?」

「第四訓練場だったはずだ」

「げっ……あそこか」

「文句言わねぇんじゃなかったか?」

「うっせ!行くぞ」

「はいはい」


 こうして昼休みを過ごしたスピネルとシノブは着替えて第四訓練場に向かっていくのであった。


 二人が着替え終わり、第四訓練場にたどり着いた時には他のクラスメイトは揃っていた。


「いやー時間ギリギリだな」

「ハァ……ハァ……お前は余裕そうだな」

「そりゃ鍛え方が違うからね、バイトだけの人間に負けるほどじゃないさ」

「……スゥ……ハァ……ちょうど教師もついたらしいな」


 スピネルが息を整えたところで教師が整列を促す。


 生徒たちは並び順はお構いなしに綺麗に整列をする、戦場で定位置などないのだがら出来ることをやるのがこの学校の教訓だ。


 位置取りをしている間に殺される可能性が高いのだから、今いる位置で自分が何が出来るかを考えるのを生徒たちに考えてほしいがためのルールらしい。


「全員そろっているな、これから”武装結晶ガンド”を使った模擬試合を始める。今回は一対一ではなく二人一組ツーマンセルでゲリラ戦を行ってもらう」


 教師が生徒を一瞥した後、もう一度説明を続ける。


「今回は実践的にではなく、相性のいい相手と組んでもらっても構わない。二人一組ツーマンセルで仕事をしていく奴もいるからな、そうじゃないのであれば誰でもいいから組んでもらい、仕事で初対面とどのように任務をこなしていくのかを疑似的に体験すると考えろ、制限時間は五分だ……それでは組め!」


 教師の組めという合図と同時にスピネルはシノブと組む、向こうも話を聞いて決めていたのだろう。すぐに組み始め、他の生徒の動向を観察し始めた二人。


 スピネル達のようにすぐに組むもの、目当ての人が組んでいて他に探し回るもの、そして一人でも構わないという堂々とした姿勢を保つもの。


「ルビー嬢は相変わらず一人でやりたいみたいだな」

「まぁ、彼女が持っている”武装結晶ガンド”は最新装備だからな……組む相手より対戦相手の方を選びたいんじゃないのか?」

「でも第四訓練場ここでだろ?それは運がよくなきゃいけないんじゃないのかね」


 シノブがぼやく理由はここ、第四訓練場の中にある。


 この訓練場では森をテーマにしており、木々等が鬱蒼うっそうとしており目視での確認が困難、ゲリラ戦を想定した仮想訓練場となっている。沼とかもあるのだが、実際の森に似せただけなので場所がわかっている訓練場では足場や、視界の制限を再現する程度である。


 スピネルがルビー家の息女を見ると、彼女は憎悪が混じっている瞳でスピネルを睨みつける。


「それにしても嫌われたもんだな、何をしたらあんなに恨まれるんだ?」

「授業中に居眠りしているだけなんだがな」

「それだけじゃないだろうな」

「……かもな」


 五分が立ち、組み終わってない者たちは教師によって勝手に振り分けられる。


 振り分けられた後に教師はもう一度生徒全員を見渡す。


「これで全員が組み終わったな、それでは”武装結晶ガンド”を展開しろ!」

武装開放パージ


 生徒たちが呟くと同時にそれぞれが異なる武器を出す。


 剣もあるが、銃や杖、双剣などある中、籠手のみというものまでいる。


 そしてルビー家の息女は右腕と両足に赤い鎧、その手には紫色の槍を携えている。


「あれが新型……それもステージ3で展開か、やっぱり大貴族の娘は違うな」


 シノブの言葉が聞こえていたのかルビー家の息女はスピネル達を睨みつける。


 各々が”武装結晶ガンド”を展開した後に各自で森にばらける。十分後に教師が信号弾を飛ばすとのことだった。


「ハァ……ハァ……シノブ……待てよ!」

「遅いぞスピネル、他の奴らはこの森の深くに逃げていったぞ」

「そんな……ハァ……こと言っても」

「お前、適正値がそこそこ平均より高いはずなのにステージ2以上が展開できないよな、他の奴らでさえ短時間ではあるけど展開できるっていうのに」

「ハァ……お前は……ハァ……余裕そうだな」

「俺はほら、同学年の中では適正値が一番高いしな、でもステージ3をどこまで展開できるかなんてわからないけど」

「休憩しよう、ここまでくればさすがに来ないだろ」


 スピネルがシノブの返事も聞かずその場に座り込み、それに気づいたシノブが振り返る。それと同時に信号弾が上っていくのを確認するシノブ。


「ここまでって……そんなに深くはーー」


 シノブが話していいる最中に、スピネルたちの目的地である森深くで盛大な山火事が発生した。


「「………………」」


 二人はその光景を見ながらあんぐりと口を開け、目の前の光景を見る。


 スピネルとシノブが同時に顔を向けたときに、スピネルが自慢げな顔で胸を張り、


「俺のおかげで助かったな」

「まぐれだろ!何が俺のおかげだ!」

「ばっ……お前が急かしてくるのを止めていたじゃないか!あのまま行ってたらまる焼けだぞ!」

「おま!結果的に良かっただけだろうが!それを自分の手柄にするなーー」


 言い争っている最中にシノブに向かって何かが飛来してくる。シノブは気づいていたようで飛来してくる物体を双剣で叩き飛ばす。


 それはよく見るとルビー家の息女が持っていた槍だった。


 柄の部分から水の糸がどこかに向かっておりその糸が引っ張られるとともに槍が水の糸を追うように飛んでいき空中に止まる。否、空中ではなく物陰から出てくる人物がその槍を持っている。


「まさか、あの一撃を捌かれるとは思いませんでした……見たところあなたもステージ3のようですが双剣が武器のようであれば”ウィリデ”の系統の”武装結晶ガンド”ですね」

「だからどうした?速さが勝ればお前の攻撃をいなすことは簡単だぞ」

「たがたが”Ⅴ晶クィンク”をステージ3にしたくらいで同格だと思わないで頂戴」

「新型の”Ⅲ晶トレース”だがなんだが知らないが俺の方が速いだろ」


 ”武装結晶ガンド”にも区分がある、五等資源結晶体から作られる”武装結晶ガンド”を”Ⅴ晶クィンク”、そこから”Ⅳ晶クァドラ”、”Ⅲ晶トレース”、”Ⅱ晶ドゥオ”と上がる。”Ⅱ晶ドゥオ”は二等資源結晶体を用いるもので失敗が多いのだが極稀に成功するためその数は数えられるほどしかない、十八個作られた”Ⅱ晶ドゥオ”は各国に三個を保持するようにした。


 そして二等資源結晶体の資源活用を優先するため、実質三等資源結晶体から作り出される”Ⅲ晶トレース”が研究対象、新型扱いされている。


 しかしここで一つ言ってしまうと、各国では”武装結晶ガンド”は一つの属性のみだった。


「このぉ!」

「真っ直ぐ向かってくるのは誰でもできますよ、《炎よ》」


 真正面から向かっていくシノブに対してルビー家の息女は槍を向け一言、それだけで炎が出現し、シノブが燃え盛る。それを見ていたスピネルは思わず叫ぶ。


「シノブ!」

「あら、やりすぎてしまいましたか?」


 軽口をたたくように紡がれる言葉と共にルビー家の息女はもう一度槍をシノブに向け、


「《水よ》」


 今度は水をシノブに向けて放水した。


 放水された水でシノブの体は後ろに飛び、木に背中を当てて地面に倒れる。放水のおかげかシノブの体の炎は消化された。


 炎や水を操ることは出来るのだが、それはステージ3では到底できない芸当、その領域に至れるのはーー


「ステージ4……」

「あら?あなたでもそれぐらいは知っていたのね」


 しかし、それだけではない、ステージ4も確かに脅威なのだが問題は二属性を操っていることだ。どこの国でもいまだに二属性の”武装結晶ガンド”の開発が成功したということを発表してないのだ。


「うわ……発表されていない新型にステージ4、これはヤバいな」


 スピネルはそんな軽口と共に剣を構える。スピネルが展開できるのはステージ2、系統は”ルベウス”系統、剣と剣を持っている腕に鎧が展開されるので片手だけで戦えばそれなりに戦える。


 だが相手はステージ4、先ほど見た槍と鎧が両腕両足、他には顔に半透明なバイザーを付けている。


「(バイザーを展開した人は”カエルラ”系統の”武装結晶ガンド”が出していたと聞いたことがあるけど、あれって何の意味があるんだ?)」


 スピネルはそう思いながらシノブが倒れている場所から少しずつ離れていく、ルビー嬢はそれを見て内心、嫌気がさしていた。


「(どんな奴もそう、倒れた仲間をこれ以上傷つけさせないと少しずつ離れて注意を自分に向けさせる、何回もそんなことされているのであれば嫌にもなる)」


 ルビー嬢はそんなスピネルの行動を見かねて、槍の先をスピネルにではなく倒れているシノブに向ける、だがその時、スピネルの口元は笑い仲間に向けられた穂先を無視してルビー嬢に向かっていく。


 初めて見るその行動に驚きはしたもののまだ間に合うと落ち着き払う、穂先をスピネルに変えるが彼はまだ笑って避けようともしない。


「(どういうこと?確かに同じ”ルベウス”系統だから耐性もあるのでしょうが、”Ⅴ晶クィンク”と”Ⅲ晶トレース”では出力に圧倒的な差がある、火傷では済まないのですよ?)」


 だがスピネルはいまだ避けようともしない、その顔に笑みが張り付いたままだ。


 そしてルビー嬢はそこで気付く、シノブはどこに行った?と。


 目の前の彼が囮ならどこから来るか、そう考えていた彼女はバイザーからの警告を聞き、突如後ろに向かって槍を薙ぎ払う。


 甲高い音と共にそこには先ほどまで倒れていたシノブがいた。


「まさか、貴方が本命だったとは!私の攻撃は当たっていたと思っていたのですが!」

「ははは!これぞ忍法変わり身の術!こっちで使うのは久しぶりだからぶっつけ本番だったけどな!」

「ニンポウ?意味わからないことをーー」

「いいのか?今回は俺だけじゃないんだぜ?」

「!?」


 いまだにシノブと武器を合わせているのだが、この場にはもう一人敵がいることを失念していた。


 ルビー嬢はシノブを強引に力で吹き飛ばし後ろを向くが、


「……これで終わり、だな」


 振り向いたルビー嬢の喉元に剣が添えられ、少し動かせばその喉を切り裂くことが出来る。


「……参った、降参」


 彼女は武装を解除し、両手を上げる。


 スピネルはそれを見て剣を下げる。


 剣を下げたスピネルにシノブが近づいてくるのだが、


「ふべ!」


 スピネルの元に向かっている最中に倒れた、ルビー嬢はそれを見て口を開く。


「貴方達との勝負は”負け”たわ、けどね、模擬戦は私”達”の勝ちよ」


 彼女が心底悔しそうに言い放つとともにスピネルの意識はそこで落ちた。


 ☆☆☆


「……一様はこれで終わりか」


 その者は木の上にいた。そこから見渡しても見えるのは一か所のみ、他は木が邪魔で見えない。


 下に降り、彼はパートナーのもとに向かう、その目をとても眠そうに開きながら。


「あんなところからよく当たりましたね」

「それより……僕は何もしなくていいんじゃなかったの?」

「……それに関しては申し訳ありません」

「別に、残り二人だけだからいいけどさ」

「それなら文句を言わないでくれますか」

「約束が違うと言っているんだ、それに関して僕が文句を言ってもいいじゃないか」

「そう」


 ルビー家の息女は気のない返事で男に返事をする。


 男はルビー嬢が何かに気を取られているときは大体はあの男、スピネルが関わっていることを知っている。けれどいちいちそれを口にすると面倒くさいからこそ彼は口を開かない。


「それにしてもそれ、うまく動いたの?」


 彼がルビー嬢に複合武装結晶について聞く。


「どうしてあなたにそれを教えなければならないのですが?サファイア家の”ボンクラ息子”」

「身分を隠している相手の素性をさらすのは感心しない、それに”ルビー家の失敗作”に言われたくないな」


 彼は自分が青の国”カエルラ”の大貴族、サファイア家の息子ということを圧力をかけて広めないように尽力している。自分がそんな位が高いと知れば周りが放っておかないからだ。


 ただ誤算と言えば、貴族ということを隠して入学をしたのだが、周りが騒がしいのは変わらなかった。ただ貴族だからという偏見がないだけまだマシだと彼は考えているのだが。


 そしてルビー嬢は自分の蔑称を呼ばれても顔色一つも変えず、話はここまでと言わんばかりにその場から去る。


 ルビー嬢が去った後も彼は先ほどのことを考えていた。


 手加減していたとはいえ”Ⅲ晶トレース”のステージ4の攻撃を防いだシノブ、彼が使っていた”ウィリデ”系統の武装結晶は攻撃力と防御力が低い代わりに素早さが他の系統より桁違いだったと記憶している。


 それでいて”Ⅴ晶クィンク”でのステージ3でそれを受け止めたシノブを気にしていた。


「思ったよりも退屈はしなさそうだ、確認しただけで僕以外にステージ4に至った奴が二人もいるとは」


 愉快そうに笑う青髪の彼はサファイア家のボンクラ息子と呼ばれ、周りから無能と呼ばれているのだが、今の彼は無能と呼ばれるには違和感を覚える。


 ☆☆☆


「う、ううん……はっ!」


 スピネルは目が覚めたと同時にその体を勢いよく起こす。起こした時に頭が少し痛むことに気付くとともに横で誰かが座っていると感じ取る。


「お、起きたか」


 横に座っていたのはスピネルの相棒、シノブであった。


「俺は……一体……」

「俺たち狙撃されたらしいぜ、同じクラスのスカイってやつに」

「……ああ、あのいつも寝てる」

「お前がそれを言うのか?まぁそいつがルビー嬢とペアを組んでたらしいからな、最後の最後でズドン、ってされたらしい」

「狙撃ってことは……”カエルラ”系統の”武装結晶ガンド”か」

「そうだろな」


 ”武装結晶ガンド”は”結晶輪”を創造した後、資源結晶を取り込ませ完成する。取り込ませた後に資源結晶と同じ色になるということで六系統の分類となった。


 系統は元になったオリジナルコア、つまりはその名前を使い系統を分ける。


 ”ルベウス”系統は片手剣、大剣を現出させ、鎧を。


 ”カエルラ”系統は重火器を現出させ、手足を鎧、残りを外套を。


 ”ウィリデ”系統は双剣、暗器を現出させ、脚甲と軽鎧を。


 ”フラウース”系統は刀、槍を現出させ、甲冑を。


 ”プッルム”系統は大拳、盾を現出させ、重鎧を。


 ”ニウェウス”系統は杖、宝珠を現出させ、ロープとグローブを。


 ステージが上がるたびにどこかしらの個所に該当装備が現れる。


 共通していることはステージ1では武器を出すこと。それ以降は個人差や系統によって展開する部分は変わるのだ。そしてもう一つの共通箇所はステージ4でその系統に属する属性を扱えること。


 例外として”ニウェウス”系統だけはステージ1から威力は弱いが属性を扱える。


 現在、”武装結晶ガンド”に取り込ませることのできる資源結晶は一つのみと現段階で発表されているなか、ルビー家の息女は二つの属性を使用していた。


 六宝幻装セイスオリジンが現れてから百年、ガンドの研究がいまだに進んでない中、二属性という新しい技術はどのような兆しを見せるかはまだ分からない。


 ベットでシノブと話し込むスピネル、そんな二人の耳に室内だというのに外からのざわめきが聞こえる。


「何の騒ぎだ?」

「そういえば、今の時間帯に黄の国”フラウース”からお偉いさんが来るって聞いたぞ」

「……毎回思うが、お前のその情報はどこから仕入れてくるんだ?」

「忍者にそれを聞くのは野暮ってもんよ」

「犯罪はしてないよな」

「してない、してない」


 シノブがふざけるときは何かしら隠したいことがあるときだ。スピネルはそんなことを思いながら、ベットから降り窓から外の様子を見てみる。


 すると中庭に人の道が出来上がり、その真ん中を二人の人が歩いている。


「ねぇねぇ!どうしてあなたがいるの?あーしはここの学園長に用があるんだけどさ、あなたはどうしてここにいるの?」

「……少しは静かにできないものか?ここに来ているということは同じ目的だろうに」

「そんなのわかんないじゃん、あーしは言われなきゃわからないんだよね!その代わり戦闘には自信あるよ!」

「……頼むから静かにしてくれ」


 左手に甲冑を付けた糸目長髪の男、その長い髪は後ろに纏められ、黒い髪の前髪に黄色のアッシュが見える。黒髪だけでも珍しいというのにアッシュも入っているのはさらに珍しい。


 腰には刀が差さっているがよく見るとあれは”武装結晶ガンド”だ。


 横にいる紫色の短髪女性も右腕が鎧を付け、その背中には彼女の身長より少し大きい大剣の”武装結晶ガンド”が担がれていた。


「常時ステージ2を展開してるって……まさか」

「あれは黄の国の”紫電”に赤の国の”剛剣”……それにもう一人」


 シノブが指さしたのは上空だ、スピネルはその指された方向を確認すると何かが落ちて来る。


 中庭にいた生徒も気付き、その場から離れていくのだが、”紫電”と”剛剣”は気にせずその場に留まる。


 落ちてきた何かは大きな土煙を上げ地面に着地して、その大きな手を振り回し土煙を晴らす。


「おやおや?そこにいるのはいつぞやの、戦場以来か”紫電”」

「……登場する時に毎回土煙を上げるのはやめてくれないか”大拳”」

「こほっ!こほっ!じじい!いい加減にしろ!」

「おやおや小娘もいたか」

「あんたあーしと名前被るんだから改名しろって言ったろ!」

「それは茶の国に言えと何回も言っているだろうに」


 土煙から出てきたのは太い脚甲と大きな手を持つ、”剛剣”より身長の低い少年だった。


「茶の国の”大拳”も登場か……一体この学校に何しに来たんだが」


 まず、ガンドの展開について、展開時間には適正値が大きくかかわり、適正値が大きければ大きいほど出力の高い武装結晶を使っても展開する時間が長くなる。


 例えば、”Ⅴ晶クィンク”でのステージ3を長く展開できても、”Ⅲ晶トレース”のステージ3は短い時間しか展開できないということである。


 訓練を重ねれば展開時間も長くなるのだが、”Ⅴ晶クィンク”でのステージ1でさえ普通の人間であれば常時展開など難しい。


 ”紫電”、”剛剣”、”大拳”の三人はその常時展開を”Ⅱ晶ドゥオ”という実質一番の”武装結晶ガンド”のステージ2で展開している化け物たちだ。


 各国には”Ⅱ晶ドゥオ”が三個ずつ常備されているが、常時展開を可能としているのは各国一人だけとなる。


 そしてその半分である三人がこの学園に集うということは異常事態ということだ。


「なぁシノブ、あの人たちが何しに来たのかとか知らないのか?」

「流石にあの人たちの守りは硬くてな、ここに来るのがお偉いさんくらいしかわからなかった俺じゃとても無理だ」

「それにしては薄ら笑い浮辺てるけど」

「気のせいだ、なんか面白そうとか考えてないぞ」

「……調べる気なのかよ」

「ねぇねぇ、何を調べるの?」

「それはーー」


 スピネルとシノブはそこで全力でその場から離れるために窓から飛び出す。


 先ほどまで二人がいた場所は爆発し、中庭にいたはずの三人のうちの一人”剛剣”が爆発した場所から現れる。


「おお、反応速度はいいね、でも駄目だよー、逃げるんじゃなく攻撃を加える気概を持たないと、あーしだったら受け止めてあげられるから少し遊んであげようか?」


 ”剛剣”からは殺気を感じないものの、その圧倒的な力量が空気を重くするように二人に圧し掛かる。


「「(駄目だ!逃げたらやられる!)」」


 二人は同時にその結論を出し、二人して”武装結晶ガンド”を展開する。


 それを見た”剛剣”は口元が笑い、スピネルに向けてその大きい大剣を振り下ろす。二人はその動作を見た瞬間受けるという行動を投げ捨て、その場から勢いよく離れる。


 左右に避けた二人の間に”剛剣”の大剣が振り下ろされ、振り下ろされた地面にクレーターを作る。


「あは!避けた!お前避けたな!ステージ2なのに!」


 ”剛剣”の興味はステージ3を展開したシノブにではなくステージ2を展開しているスピネルに行く。


 シノブなど眼中にないという勢いで”剛剣”はスピネルに向かって剣を振る。


「スピネル!っ!?」


 襲われているスピネルに加勢しようと動くシノブに重い衝撃が走る。その衝撃はシノブを空中に吹っ飛ばすには十分な威力だったが、そのまま回転して地面に着地するシノブ、攻撃を受けた際シノブの双剣は一本が折れてしまう。


「今のはやったという感覚があったんだが、防がれた上にいなされるとは思わなかったぞ」


 シノブの目の前には”大拳”がおり、ここか先は行かせないと言わんばかりに”剛剣”とスピネルのいる方向で立っている。


「”Ⅱ晶ドゥオ”使いの貴方たちが、俺たち落ちこぼれ生徒に何の用ですか?」

「落ちこぼれ?”Ⅴ晶クィンク”で”Ⅱ晶ドゥオ”の攻撃を避けたり捌く奴がか?」

「……出来ることならこのまま逃がしてもらえると嬉しいんですが」

「ほざけ、この面白いものを目のあたりにして手を引くと思うが?」

「ですよね」


 シノブはもう右手に持つ剣を構えなおし、どこから攻めるか考えていた。


「あは!あははは!凄い!凄い!まだ避ける!」

「--っ!くっ!」

「使っている”武装結晶ガンド”は”Ⅴ晶クィンク”なのになんで避けられるの!?」

「(これでも避けるので精一杯だってんだ!)」


 スピネルの内心は荒れていた。


 いきなり襲われるのはそうなのだが、同じステージ2でここまで性能が違うことを心から呪う。


 今戦っているスピネルは”剛剣”の攻撃が少し見えるくらいで、そこから全力を駆使して避けている。反撃する暇もなく、次々と放たれる斬撃を避けているうちに一つの違和感を覚える。


「あはははは!」

「(上段から攻撃する時だけ少し遅れて、かつ脇に隙が出来る……だがそれも一瞬のことだ。他の攻撃に比べてその隙があるだけ、だが、ここしかないのならこのまま相手をするのではなくそこに全力の一撃を入れるしかない!)」


 スピネルはタイミングを計るため、まだしばらく避けることに専念する。


「くそ!」

「ほれほれ、まだ速くなれるだろ?」


 シノブは苦戦していた。”大拳”は”Ⅱ晶ドゥオ”使いとは言え”プッルム”系統を使っている。それなのに速さが武器の”ウィリデ”系統の動きに軽々とついてくる。


 速さで抜こうと考えても、同じ速さ……否、それよりも速いスピードで道を塞がれるシノブは一つの考えに思いつく。


「(この二人、手加減している!?)」


 差があることは先の模擬戦でも実感していた。”Ⅴ晶クィンク”と”Ⅲ晶トレース”でもその差を痛感させられた。


 だが、相手は”Ⅱ晶ドゥオ”それもステージ2、ステージが上のシノブであれば速さだけなら勝てると考えていたのだが、その考えも粉々に壊される。だからと言ってここで諦めるほどシノブは素直ではないのだ。


「(じいちゃんに教えてもらったあれがあるが、成功するかはわからない……”武装結晶ガンド”が無ければ)」


 シノブはせめて一撃、今手を抜いているこの時であれば成功することを確信してタイミングを計り、


「「(ここだ!)」」


 スピネルとシノブの考えが重なり、行動に移す。


 シノブは”大拳”に向けて真っ直ぐ走り出す。


「真っ向勝負か!面白い!」


 真っ直ぐ駆け出すシノブに向けて拳を振り出す”大拳”。


 だがその拳はシノブをすり抜ける。


「何!?」


 ”大拳”は辺りを見回すが見つからず警戒をする。そんな彼に。


「こっちだ」

「上か!?」

「”空蝉”」


 上から声が聞こえそちらを向くがもう遅い、空中から落ちてくるシノブは持っている剣を思いっきり”大拳”に振り下ろす。


「あはは!あはははは!」


 ”剛剣”が上段に構えた時、その動きを見た瞬間スピネルは持てる全力で”剛剣”の脇に向けて剣を振る。


 二人の渾身の一撃はそこで決まったーーそう思っていたが、


「まさか攻撃を受けてしまうとは思わなかった」


 ”大拳”はシノブの一撃を受けても傷一つなく、


「……やっぱりお前、面白い!」


 ”剛剣”は片手でスピネルの一撃を止めていた。


「「なっ!」」


 二人は驚いてそこで止まってしまう、思考も、体も、そんな二人を目の前にいる”Ⅱ晶ドゥオ使いが見逃すはずもなく、そのまま攻撃を入れようとするが、


「やりすぎだ、そこまでにしろ」


 甲高い音が二つ鳴り響くとともに”剛剣”と”大拳”が攻撃しようとしたが弾かれ、後ろに後ずさる、その二人の近くに柄に手をかける”紫電”の姿があった。


「……はぁ、ここの生徒には特例が無い限り手を出さない、それは六か国で決められたルールだろう」

「うっ!……そ、それは」

「確かにこの二人は見込みがある、だからと言っていきなり襲うバカがいるか」

「しかしな、こいつら”Ⅴ晶クィンク”のくせに面白そうなんだぞ」

「そうそう!特にこいつ!」

「……ここで争っても各国で戦争が起こるだけだ、余裕が出来たからと言って今はそんな暇がないのはわかるだろ?」

「ぐぬぬ……」

「ま、確かにの、だが”剛剣”も面白いものを見つけた。”紫電”こいつらも連れて行こう」

「……ハァ、言っても聞かないんだろ、そこの二人、悪いんだがこの後付き合ってもらえないか?」


 スピネルとシノブは今だに息が切れている中、この三人に関わると碌なことにならないと直感が働いたのかアイコンタクトを始める。


『シノブ、このままついていくと確実に面倒に巻き込まれるぞ』

『それはわかっている!問題はそこではなく、この状況からどうやって逃げるかだ!』

『このままついていくとバイトにも遅刻する、生活が、今日のおかずが!』

『ここで煙幕を投げてもすぐに取っ捕まる、ここは大人しくバイトがあると伝えて自然に逃げることにしよう!』

『よし!それで行こう!俺が話す!』

『いけスピネル!』


 この間、一秒もかかっていない。このアイコンタクトを通じてスピネルが口を開く。


「す、すみません、何分貧乏暮らしでして、この後にバイトがーー」

「さぁ行くぞ!あーしが連れてってやるからな!」


 話しかけたまではいいが”剛剣”がスピネルの襟首をつかみ担ぐ、担ぐ時に襟が引っ張られ喉が絞められたために話している最中だというのに言葉が途切れる。


 シノブはそんなスピネルを見て、話は聞いてもらえないなと諦める。


「せめてバイト先に連絡入れていいですか?」

「……すまない、”剛剣”がここまで酷いとは知ってはいるんだが止められん、連絡は私たちの方で行おう」

「……ありがとうございます」


 シノブは感謝の気持ちが一切籠ってない言葉を放ち、大人しくついていくことにするのであった。


 ☆☆☆


「そういえば……これってどこに向かってんですか?時間かかるようならスピネルを下ろさないと窒息死しそうなんですが」


 シノブの言葉通り、スピネルは襟首を掴まれて担がれているので首が閉まってその顔を蒼くさせている。


「おお!どうして顔が蒼いんだ?」

「”剛剣”が襟首をつかんで担いでいるからだろう、そろそろ放してやるといい」

「そうか!仕方ない奴だな!」


 ”剛剣”はそう言葉にすると担いでいたスピネルをゴミを放り捨てるように投げる。


 誰も受け止めることが無いためスピネルはそのまま地面とキスをする羽目になる。


「……扱いが……雑……」


 息を整えながらスピネルはその一言を絞り出すのだが、当の本人がまるで関係ないというような顔をして豪華な作りの扉に向かっていく。


 目の前まで行くと振り返りスピネルに一言。


「いつまで寝ているの?あーしが運んであげたのに、着いたんだから早く起きて」


 ”剛剣”のこの一言を聞いて、周りにいた人物は可哀想に、と思っても心の中だけに留めておくことにする。放り投げられたスピネルにシノブが近づいて手を差し出してくる。


「お前も大変な人に好かれたもんだな、まぁ諦めな」

「心底楽しそうに笑って言うことじゃないからな、命に係わるんだから」


 文句を言いつつもスピネルはその差し出された手を掴み立ち上がる。二人はそこで豪華な作りで作られた扉の上を見て内心だけでなく言葉に出してしまう。


「「どうして学園長室……」」


 二人そろって嫌な予感がしているようで表情を隠そうともせず表に出す。


 ”紫電”と”大拳”は引きつった笑いを浮かべているのだが、”剛剣”だけはそんなことお構いなしに学園長室の扉を盛大に開けて中に入っていく。


 そこには学園長の姿と共に六人の生徒がすでにいた。


「おう!またしたな!」

「こいつ……何でこうも口調が変わる……」

「子どもは何でも真似したがるとは聞いたことがあるが、それに似ているんじゃないのか」


 ”Ⅱ晶ドゥオ”を持つ三人の後に続いてスピネルとシノブも入室する、入室したところで知っている顔を二人見つける。。


「なぁ、あそこにいるのスカイとルビー嬢じゃないか」

「……何も言うな、シノブは何でも気にしすぎだ、そんな二人見えないぞ」

「現実逃避はやめろ、ルビー嬢がお前を殺すんじゃないかと思うほど睨みつけてるぞ」

「俺だって好きでここに来たわけじゃないっていうのに!」

「諦めよう、あの理不尽に会ってしまったのが運の尽きだったようだ、横に並んでいるようだし俺たちも並ぶぞ」


 スピネル達は諦めて列の左側に並ぶ、視線を感じるスピネルだがまるで何も知らないと言わんばかりに無視を決め込むとルビー家の息女も諦めたのか、前を向く。


 スピネル達の目の前には先程の三人の背中と学園長が座っているのが見える。


「えーと、お三方久しぶりです」

「久しぶりだな!まだ足は治らないのか?」

「ええ、これでも治療は続けていますけど」

「こやつ、怪我人相手でも空気を読まんな」

「久しぶりだな、息災だったか?」

「”紫電”様お久しぶりです、足以外は大事ないです」


 学園長、アイリ・ヘリオドールは黄の国”フラウース”のエースだった女性である。


 ”Ⅱ晶ドゥオ”を覗けば他の国も合わせて一番の力を持つと言われていた、そんな彼女が使ていた”武装結晶ガンド”は”フラウース”系統の”Ⅳ晶クァドラ”だ。彼女曰く、出力も大事なのだが動けなくなるのが一番怖いということで国から渡された”フラウース”系統の”Ⅲ晶トレース”を辞退して申請したらしい。


 適正値はこの学校に入学できるほどの値しかなかったとのことで一時期は”Ⅱ晶ドゥオ”の候補で考えられていたのだが適正値の低さでなくなったという話もある。


 そんな彼女がどうしてこの学校の学園長をしているのかと言われると、戦場で人類の敵”イレイザー”と対峙した際、殺されかけた仲間を助けるためにその足を犠牲にしたとのことだ。


 何とか倒したものの、足を食い千切られたとのことでそれを縫合して”ニウェウス”系統の”Ⅲ晶トレース”達と”Ⅱ晶ドゥオ”一人により時間はかかるが治せるまでに回復させることが出来た。


 しかし、上層部も優秀だった彼女を治療に専念させるだけというのも時間の無駄と考えたのか”武装結晶ガンド”軍事学校の学園長として任務を与えることにしたのだ。


「それにしても、この六人だけなのか?」

「うちから出せる生徒、それも適正値が高いものというとこの六人となります」

「それだったらあの二人も問題ないよな!」

「え、えっと……確かに適正値だけならそうなのですが」

「やった!二人とも喜べ!これから楽しいことになるぞ!」

「「(こっちは最悪だ!)」」


 ”剛剣”がこちらに向かって笑顔を向けると横にいる六人からそれぞれ視線を感じる二人。学園長は急に来た二人と”剛剣”の子のはしゃぎように面を喰らっている。


 そんな”剛剣”の頭に”紫電”拳骨を叩き込む。


「いた!なにすんだ!?」

「いい加減にしろ、アイリをこれ以上困らせるでない」

「困らしてない!あーしはちゃんと二人を面倒見ると言ったんだ!」

「……はぁ、わかった、その話はあとでアイリにしておく。今はここに呼ばれた生徒の自己紹介だ」


 そうして”紫電”達は生徒たちの方向を向き、彼らから見て左側を見る。


「ではそこの嬢ちゃんから頼むぞ」

「……ユイ・インペリアル」


 やる気なさそうに言葉を発するとポケットから”結晶通信媒体フラテル”を取り出して弄りだした。そんな彼女から仕事はしたもう何もないと空気を醸し出す。


「……次、隣りの貴女」

「は!自分はフウカと言います!使用する”武装結晶ガンド”は”ウィリデ”系統”Ⅲ晶トレース”です!」

「あ、うん……ありがとう」


 元気が有り余る彼女に”紫電”が引いている、そのまま次の順番を促していく。


「僕はスカイと言います、使用する”武装結晶ガンド”は”カエルラ”系統”Ⅲ晶トレース”です」

「ありがとう、次は……」

「私はフェイル・ルビー、使用する”武装結晶ガンド”は”ルベウス”、”カエルラ”複合系統”Ⅲ晶トレース”」

「ほぅ……」

「噂の新型か」

「面白そう!後で模擬戦やろう!そうしよう!」

「とりあえず”剛剣”は落ち着け、話が進まん」

「なんであーしだけ!?」

『(むしろ何で指摘されないと思った)』


 この場にいる全員が初めて心を一つにする瞬間である。そのまま自己紹介を続ける。


「ボクはユウカ・ブロンザイト、家名で呼ばれるのは嫌いだからユウカと呼んでね、使ってる”武装結晶ガンド”は”プッルム”系統”Ⅲ晶トレース”だよ」


 ユウカが挨拶し終えた時に隣の女性が丁寧なお辞儀と共に自己紹介を始める。


「わたくしはリッカ・キャストライトと申します、”武装結晶ガンド”は”ニウェウス”系統”Ⅲ晶トレース”を使っております」


 六人全員が自己紹介を終えた後にしばらくの沈黙、スピネルとシノブがどうしたものかと辺りを見回すと皆一様にこちらを向き、自己紹介を待っているように見える。


 そんな中、シノブが肘で小突き、小さな声でスピネルに話しかける。


「おい、どうやら俺たちも自己紹介しなきゃならんみたいだ、とっととしろ」

「待て、俺たちはここに連れてこられただけじゃないのか!?」

「それは周りを見てから言え、それに”剛剣”のあの目、キラキラと光っているように見えるだろう」

「ぐっ……わかったよ、やればいいんだろやれば!」

「俺にキレるな」


 スピネルは咳払いをして深呼吸、そしてーー


「お、俺はスピネルと言います!」


 自分の名前で声が裏返ってしまう、裏返ってしまったことを自覚し、一旦自己紹介を止めて周りを見るスピネル。


 スカイとフウカ、学園長が笑いを堪え、”剛剣”に至っては声を大きくして笑っている。


 スピネルは自分の顔が熱くなるのを感じるのだが、掻いた恥は消すことは出来ないと開き直り勢いに任せて自己紹介を再開する。


「”武装結晶ガンド”は”ルベウス”系統”Ⅴ晶クィンク”」


 シノブはスピネルの自己紹介が終わってすぐに自己紹介をする。


「シノブ・マキザキ、”武装結晶ガンド”は”ウィリデ”系統”Ⅴ晶クィンク”」


 この場にいる生徒の自己紹介が終わり、”紫電”が話を切り出す。


「我々についてはあえて自己紹介は省かせてもらう、わからないのであれば後日聞きに来い、まずはここに集まってもらった理由だが……その理由について知っている者はいるか?」


 ”紫電”の言葉に誰一人として返事をしない、その様子を見て満足そうな顔を見せる”紫電”。


「ではその理由について発表する、今この時を持ってここにいる八人は指定のクラスから脱退、新しく編成される”武装結晶ガンド実験検証班”としてクラスを編成する!」


『はい?』


 生徒の声が揃い、疑問が残る中、わかっていることはただ一つ、ここにいる生徒で新しいクラスを編成する、ということだけだ。


「詳細は明日連絡する、今日は解散なのだが、寮の手配をして荷物もすでに持ち込んでいる。この紙に書いている目的地に向かうように」


 ”紫電”は伝え終わるのと同時に一枚の紙を八人に配る。


 この一言に物申すのはスピネルとシノブの二人だった。


「ちょっ……待ってください!俺とシノブは二人で一部屋に住んでいるんですが!」

「荷物だって纏めていない!」

「それに関しては問題ない、こちらで話を付けておくと先ほどシノブ君には伝えたはずだ」

「あれってバイトの……まさか!?」


 シノブは今の会話のやり取りでもう一つ思い浮かぶことがあった。バイトを今日は休むと伝えると思っていたシノブはその可能性を思いついた。その反応を見て”紫電”は笑みをこぼす。


「バイト先の方にも今日を持ってやめることを伝えておいた、任務の方は続けても構わんが今日のところは休むといい、家を借りてた者はすでに解約しているから行くところは寮しかないぞ」

「「うそぉ……」」

「他の者も両親、家から許可を頂いたので荷物はすでに運び込んでいる、君たちの家に帰っても私物は一切ないぞ」


 スピネルとシノブ以外の者もその顔を驚きに変えている。


「重要なことはその紙に書いているが、クラスについては明日伝える、わかったのなら呆けていないで寮に向かえ」


 生徒たちはいまだに状況を自分の中に飲み込めてないもののこのままここにいても無駄だと思い、寮に向かうため学園長室を退室する。


 生徒たちが居なくなった学園長室には学園長と三人が残っていた。


「……それではあの二人について聞いても?」

「その前に、どうしてあの二人は除外されていたんだ?」

「適正値は基準をクリアしていた……ということはあいつら自身に問題があるのか?」

「え?あいつら反応速度よかったのに?」

「確かに、あの二人は適正値において高い、シノブ君に関しては学年で一番、それでいて実践にもなれているような動きもします」

「……選考基準から外す理由はそれ以外……ということかの」

「はい、あの二人はそれぞれ”イレギュラー”です」

「おー!なんかカッコイイ!」


 ”剛剣”が的外れなことを話すがそれを無視して話を続ける三人。


「スピネル君とシノブ君はそれぞれ何かを隠しているのですがそれがどんなものかわからないこと」

「スピネルの方はわからんが、シノブの方はステージ4でも展開できるのだろう?」

「ええ、だけど彼はそれ以外に隠している、あえてわかりやすい餌を用意してでも隠したいみたいです。それに彼らは”Ⅴ晶クィンク”を使っていますが”Ⅲ晶トレース”も展開出来るでしょう」

「……ますますわからないな隠し事は誰にでもある、それ以外で外すほどなのか?」

「シノブ君はスピネル君といることを望んでいるようですから外しましたが、問題はスピネル君です」

「?”Ⅲ晶トレース”が使えるなら問題ないんじゃないの?」

「確かに使えるのですが、彼はどんな”武装結晶ガンド”でもステージ2までしか展開できないのです」


 アイリの言葉に三人は声を出すことが出来ない、適正値が高いのならステージ3やステージ4でも展開できるだろう。だが適正値が高くてもステージ2まで展開できないなどありえないし、前例もない。


「スピネルがわざと展開してないとかじゃないの?」

「研究室に確認してもらいましたがそれはありません、展開する時に容量があり、それが適正値として出ているのですが……彼は研究室でステージ2を展開している時点で容量が一杯になるそうです」

「……何とも言えないな、こんなこと初めての事例だ」

「ええ、だからこそ彼を選抜から外しました、一様はシノブ君本人に確認を取ったのですがスピネル君がいないなら断ると言われました」

「確かに、問題はあるようだがあの小僧たちは面白いの」

「あーしスピネルが気になる!いい玩具になりそう!」

「生徒は玩具じゃないというのに……では学園長、認可を頂けないでしょうか?」


 三人は先ほどまでの砕けた雰囲気から硬い空気に変わる。上官からの命令を待つ新兵のように。


「……あなた方のような人たちを部下に持つことになるとは思いませんでしたけどね、あなた方を”武装結晶ガンド実験検証班”教員として配属を許可します、特例以外についての命令権は私にはありませんが生徒たちのことをお願いします」


「「「はっ!」」」


 三人はアイリの言葉に短めに返事をし、敬礼をする。


 ☆☆☆


「……今までの生活が嘘のようだな」

「……やめろ、その分使い潰されるかもしれないと考えるだろ」


 スピネルとシノブは通達された寮の前で今までの生活を振り返りながら、これから先の不安を覚える。


 二人が見上げる寮はとても豪華なもので今まで六畳一間に二人で暮らしていたとは思えない住居となっている、それでいて先ほど渡された紙を見れば、専用の制服の配布、それでいて食事も三食、今まで借りていた”武装結晶ガンド”が”Ⅴ晶クィンク”を後日回収のち”Ⅲ晶トレース”が配布、”武装結晶ガンド”のメンテ代は学園持ちとなる。と至れり尽くせりな環境に変わる。


 もちろん、今まで支給されていた給金はその数を倍にして振り込まれることになった。


「俺……ここで死ぬのか?」

「落ち着けスピネル、確かにそう考えちゃうがまだ死なない!」

「君たちは元気だね」

「あれスカイ?どうしたんだ、普段は俺たちのことゴミを見るように見てただろう」

「スピネルは自己評価低いな、そんな目で見ているのはルビー嬢位だろ」

「それでも面倒臭がりなお坊ちゃんが珍しいじゃないか」

「……シノブはその言い方わざとなのか?」

「別にぃー」


 スカイがシノブの言葉に警戒心を持って見つめ返すのだが、シノブはいつものようにふざけて誤魔化す。スピネルに至っては目の前で心理的な駆け引きが行われているのを理解していない。


「まぁいいや、僕はこの寮についての説明を任されたんだよ」

「え?どういうことだよ?」

「俺を見ても知ってるわけじゃないからな、忍者は万能じゃないだ」

「とりあえず話を聞いてよ、話が進まない」

「「サーセン」」

「……この寮は大きさと部屋の数はそれなりにあるんだよ、一階には食堂、大浴場、談話室、ロビーなどの共用施設、二階は生徒達の私室なんだけど、階段上って二手に分かれ右が男子、左が女子になる」

「「これから二階に向かってくる」」

「待てお前ら、今の話を聞いてどこに向かうんだ、それに女子の方はセキュリティがかかっているから男子は入れないぞ」

「「なら大浴場に」」

「……そちらも男女に分かれていて女子風呂にはセキュリティが」

「「こんちくしょぉおおおおおおおおおお!」」


 スピネルとシノブは今までで一番の後悔の声を出しながら四つん這いになる。スカイはそんな二人を見て心底呆れたようにため息をつく。


「とりあえず、問題は起こさないようにね」

「シノブ、ここのセキュリティ解除は」

「どうやら最新式のようだな、情報が必要だ、時間がかかるが何とかやってみよう」

「流石ニンジャ!」

「この時のために俺は忍者になったと言っても過言ではない」

「ちなみにこの寮には生徒以外にあの人たちも住むことになるから」

「「くそぉおおおおおおおおお!」」


 本日二回目の叫び声に私室にいた女子たちが集まり始めた。


「何の騒ぎ?うるさいのだけど」

「あー、いや、何でもない、こいつらがいきなり叫びだして」

「……静かにしてもらえるかしら、ただでさえ男性がいるだけでも不愉快というのに」

「まぁまぁ、ルビーさん落ち着きましょう、元気なのはいいことですよ!」

「……貴女も大概だと思うのだけれども」


 パシャ、そんな音とともにスピネルとシノブに一瞬、光が差す。


 二人が光の元を見つめると、


「……撮っても面白くない」

「「消せぇええええええええええ!」」


 光に当たると薄く光るような長い金髪を携えたユイが”結晶通信媒体フラテル”を二人に向けていた。


 写真を撮られた二人は叫び声と共に”結晶通信媒体フラテル”を奪取しようとするが最小限の動きで避けられ捌かれていた。


「うふふ、楽しいですね」

「ボクもこの空気は好きだな」


 結局、スピネル達は二対一でも”結晶通信媒体フラテル”はおろか、ユイの体にも掠ることが出来なかった。


 二人そろって地面に倒れているところをユイにまた写真を撮られる。


「……なんか面白くない」

「……ハァ……だったら……消してくれ」

「……ヤダ」

「……俺でさえ……盗ることが出来ないなんて」

「……触ろうとしたくせに」

「バレた?」

「お前はいつもそうだよな」

「何でもいいけどそろそろ食事の時間だよ三人とも」

「……もうそんな時間?」


 ユイはスカイの一言を聞いて食堂に向かって小走りで向かっていく。


 それを見た二人は青い顔をさらに青くする。


「……なんて体力してんだあいつ」

「最小限でも体力使うというのに自力があるな……」

「二人とも立てるの?」

「そういえばスカイだけか?」

「他の人たちはあの後すぐに部屋に戻ったし、食事の時間が近くなったら各自で食堂に向かってたよ、僕もそうだし」

「薄情な奴だな、なぁ忍者」

「坊ちゃんにそれを求めるのは酷ってものだろ」

「とりあえず大丈夫そうだし先に行くね」

「「俺たちも一緒に行こう」」

「え、断るけど」

「「そんなこと言うなよ」」


 軽い雑談を交えながら男三人で食堂に向かう。スピネルとシノブはこれでもかってくらいスカイと物理的にも精神的にも仲良くしようと近づいていくのだが、当の本人はやんわりとお断りの空気を醸し出すているにだが、この二人には全く通用しなかった。


 嫌がるスカイを横目に三人は食堂に着き、それぞれ空いている席に座る。


「……この寮ってさ、あの三人を合わせて十一人しかいないよな」

「そうだな」

「どうして僕までここにいるんだ?」


 スピネルは四十人は座れそうな座先と三列の机を確認してから、シノブ達に疑問を口にする。


 ルビー嬢とユイは一人で食べたいのか他の三人と距離を置いたところに座り、お互い別の列に座っている。


 フウカ、ユウカ、リッカの三人はルビー嬢と同じ列にいるのだが正反対の離れたところで纏まって雑談をしている。


 真ん中の列が空いていたのでその中央に座る三人。


「この広い食堂ってこうやってバラバラに食べるために広いのか?」

「そもそも部屋の数が四十もないだろ、おそらくはここで働いている使用人もここで食べているのだろう」

「はっ?使用人?」

「お待たせ致しました」


 スピネルが呆けた声を出すとその横からいつの間に来たのかわからない燕尾服を着た男性が立っていた、見た目初老の白髪頭、その体は一般の男性よりは一回り大きい、片眼鏡モノクルを左目に着けている。


 気配を感じなかったスピネルは声は出なかったが、体をビクンと跳ねさせる。


 執事はそんなことはお構いなしにテーブルに料理を置いていく。スカイの方にも若い執事が食事を置き、他の女性メンバーにはメイドたちが食事を運んでいる。


「………………」

「スピネル、みっともないからその開いた口を閉じろ」

「は!驚きすぎて呆けてた!」

「……食事のたびに口を開けないでくれよ」

「ば、バカにするなよ!今回だけだからな!……それにしてもスカイは驚かないんだな」

「どういうことだい?」


 スピネルの質問にスカイは何を言っているのかわからないとても言ったような顔をする、シノブはその状況を見て心底楽しそうにニヤついている。


「いやさ、貴族出身でもないスカイが執事見ても驚かないんだから不思議に思ってさ」

「ハハハ、何を言うと思ったら十分驚いているよ」

「……そんな口調じゃなかったよな」

「くくく……」


 二人のやり取りを見てシノブは何も言わず、笑いを堪えていた。


「横、失礼致します」

「あ、はい」

「「くくく……」」


 執事の言葉に返事をして体を横に傾けるスピネルを見て今度はスカイも笑いを堪える。飲み物を入れ終えた初老の執事が「発言を失礼致します」と言い、スピネルに話しかける。


「私達の行動については無視してもらって構いません、アリが勝手に作業しているという認識でいてくれれば問題ありません」

「え、あ、はい」

「それでも何かしら感謝を伝えたいというのなら小さく手を挙げて頂ければと思います」

「あ、ありがとう?」


 初老の執事は優しく微笑むと静かにその場を後にする。


「くくく……ああ、声を出して笑えないのが残念だ」

「ってか、どうしてシノブはそのことを知ってるんだよ。俺と一緒に暮らしてからはそんな素振り一切見せなかっただろ」

「ああ、まぁ一般教養というか、たまたま知識として知っていたというか」

「そんな一般知識は貴族だけじゃないのか?」

「女とのデートでドレスコードのある場所に行くと考えれば知っていて損はないだろ」

「それか」

「スカイも似たようなもんだろ」

「……まぁ、そうだね」

「でもそれは勘弁願いたいな、生活するうえで一番の問題が金だからな」

「お前だったらそうだな」

「お前もだろ!」


 結局、その後は料理を食べて各自部屋に戻っていくのだが……。


「どうして君たちが僕の部屋にいる」

「はー、一人部屋で今まで住んでいた部屋の二倍くらい広いな」

「本当、今までの俺たちの暮らしがこれでやっと報われるな」

「無視をするな!どうして僕の部屋にいるかって聞いているんだ!」


 スピネルとシノブは自分の部屋ではなく、スカイの部屋に着いてきていた。二人そろって部屋の広さに驚いているのだが、スカイの怒鳴り声を聞き、二人はスカイに向きなおす。


「いやさー、自分の部屋がわかんないし、戻っても一人じゃん?」

「今まで二人で一部屋にいたし、こんな広いとこで一人でいるのが落ち着かないしな」

「なら部屋に案内するから自分たちの部屋でやってくれ!」

「そんなにカリカリすんなよ、将来禿げるぞ」

「誰のせいだ!」

「俺とシノブもお前と仲良くなりたいと思ってんだよ、同じクラスの男同士な」

「それは別に構わないけど、今は一人になりたいんだ」

「「一人遊びか?」」

「違う!」


 二人はスカイを煽るだけ煽り、どこからか持ってきたボードゲームを出していた。


「とりあえずはこれやろうぜ」

「お、ついに二人以上でやれる時が来たか」

「君たち実は自分の部屋知っているだろう!」


 スカイは二人に参加をするがせめて談話室でやろうということで自分の部屋から二人を追い出してゲームに参加する旨を伝え、それを了承した二人と共に談話室に向かう。


 談話室に着いた三人はそこで一人でソファーに体を預ける焦げ茶色の短髪、左側を編み込んでいる女性がいた。


「えっと……誰だっけ?」

「ユウカ・ブロンザイト、本人は家名嫌ってるから名前で呼んでやるといい」

「お、おう」

「普通は僕じゃなくて女性と仲良くなろうとするんじゃないのかい?」

「……ゴミを見るような目が怖い」

「ルビー嬢にトラウマ埋め込まれているから慣れるのに時間かかるんだよ」

「……大変だな」

「君たちはどうしたの?」


 ひそひそと話し合う三人組を見かねてか、ユウカから話しかけてくる。


「は、はい!ここでボードゲームをしようと」


 最初は声が上ずり、その後は段々と声が小さくなる、典型的な内弁慶と言えるだろう。そんなスピネルの後ろでシノブとスカイがひそひそと話し合う。


「確か、”剛剣”相手には強気に話していたよね」

「あー……あれは出会い方が特殊というか、あれを女と思うのかという失礼な言い方をするような」

「……君たちはあの”剛剣”とどんな出会い方をしたんだ?」

「不覚だったとしか言えない」

「本当に何があったんだ……」


 そんな二人を置いてユウカは立ち上がり三人の近くまで来る。


「へー、ボードゲームか、ボクはやったことないんだ。できれば一緒にやってもいいかな?」

「シノブ……夢の四人対戦だぞ」

「ああ、二人からいきなり四人だ、長かった」

「ユウカ嬢がいるなら僕はーー」


 スカイがユウカの参入に踵を返し、部屋に戻ろうとするとその方に二つの手が乗っかる。


「ス~カ~イ~く~ん」

「夢の四人対戦、君の部屋でやりたいのかね?」

「テンション上げてやらなきゃ損だね!」

「ふふ、三人とも面白いな」


 部屋に帰ろうと言いかけた言葉を無理やり方向転換させ、是が非でも部屋に来てほしくないと思ってもないことを口にするスカイ。


 これから四人でスタートというときにそれは現れた。


「お、ボードゲーム!あーしも混ぜてくれ!」

「「「うお!?」」」

「……いつの間に」


 ”剛剣”の登場に男たちは体を動かすほどに驚き、ユウカはただ静かに”剛剣”のその技術に感心していた。


「なぁなぁ、あーしも混ぜてくれよ!いいだろ!」

「それは別に構わない、これ三人から八人用で駒が余ってるし」

「君たちは最低三人という表記が見えていたのに二人で行っていたのか?」

「「だって面白いし」」


 思わぬところでスカイは精神的な疲れがどっと押し寄せ、ゲームを始める前から疲れ始めている。


 五人が自分の駒を選び、スタートに置いてからスカイは声を大にして叫ぶ。


「どうしてタイトルが”イレイザーの人生”なんだ!?不謹慎な上に人生って可笑しいだろ!?」


 箱はボードゲームとしか書かれていない箱、中身を空けてマップを広げると真ん中に”イレイザーの人生”とでかでかと書かれていた。


「いや、駒を選んでから叫ばれても」

「当時は貧乏だったが、娯楽が無いのはきつかったからな……一番安いこれを買ったら中身がこれだった」

「シノブも最初はスカイと同じように叫んでいたよな」

「それはお前だって同じだろ」

「「ハハハ!」」

「ハハハ……じゃない!仮にも軍事学校に入っている生徒がこれで遊んでいるだと!?」

「軍事学校じゃなくてもこれで遊んでいるのは不謹慎だと思うが」

「自分でそれがわかっているのならどうしてやってる!?ここの制作会社はどうしたんだ!?」

「これ作った会社は社員が全員夜逃げ、誰もいない会社がクレーマー達によって破壊、以前として社員は誰一人見つかっていない、らしいな」

「問題点しかない!」

「スカイ君ってこんなに叫ぶのかい?」

「いや、普段教室にいるときは机の上で突っ伏して寝てる」

「少なくとも普段は面倒くさそうにしているな」

「ずいぶんと話と違うんだね」

「「そりゃ、猫被ってるからじゃ?」」

「君たち二人のせいだろ!」

「もういいだろ!さっそく始めよう!あーし早くやりたい!」

「”剛剣”様!?」


 国の代表に近いといわれている”Ⅱ晶ドゥオ”の持ち主は今すぐにでも始めたいと瞳をキラキラとさせている。そんな”剛剣”にも叫ばずにはいられないスカイ。


「様って、あいつさっき様付けてなかったぜ」

「やっぱり猫被っているんだなププー」

「~~!もういい始めるぞ!」

「ふふ、やっぱり面白いな君たちは」


 そんなやり取りが行われた後、各人はサイコロを振り出目が高い人から始めていくようだ。


 最初のスタートは”剛剣”出した出目は十二、駒は大型二足歩行イレイザー。


「あーしのおーちゃんはその足を止めることなく一番に進む!行けぇえええええ!」


 サイコロを振るのは静かで丁寧だというのに声だけは大きい。


「……というか駒にもう名前つけている」

「え?普通じゃないか?俺のピーちゃんはいつも高いところを目指している」

「俺のポチはスピネルよりも賢いからな」

「ほのぼのとした名前とは裏腹に駒の方は凶悪だぞ」


 スピネルは飛行型イレイザー、シノブの駒は陸上速度型イレイザーなのだが、精巧に作られているので恐ろしいの一言に限る。


 ”剛剣”が投げたサイコロの出目は2、1の3だ。


「……ふふふ、あーしのおーちゃんは序盤はスローペースなんだ、後半に力を発揮する!」

「さっきと言っていることが違うんですが」


 スカイのツッコみも虚しく、”剛剣”が自分の駒を進める。止まったマスに書かれていたのは、



 落とし穴、一回休み



「おーちゃぁああああああああん!」

「次は俺だな、俺のピーちゃんは飛行型だから落とし穴を超えてくれるはず!」

「それよりもマスに書いている指示が雑すぎるんだが」


 またしてもスカイのツッコみは独り言とかし、スピネルがサイコロを振る。その出目は……



 3



「ピーちゃぁあああああああん!」

「ハハハ!飛行型であろうが所詮はスピネルのペット!飼い主に似るとはこのことを言うんだな!」

「飛行型がどうして落とし穴に落ちるんだ?」

「スカイ君、ボードゲームでそれを言うのはダメだと思うな」

「え?あ、はい、ユウカ嬢の言う通りだ」

「たぶん羽を狙撃されて落とし穴に落ちたんじゃない?」

「それはそれで酷いと思うが!?」


 スカイの独り言にユウカが入ってくれている中、シノブがサイコロを振る。



 3



「ポチぃいいいいいいいいい!」

「「あひゃひゃひゃひゃ!」」

「スピネルも”剛剣”様も容赦がない、同じ境遇になった奴を笑っている」

「次はボクの番か、よっと……」


 落ち込んでいるシノブを嘲笑っている二人とそれを見て呆れている一人を無視してユウカはサイコロを振る。


 この時に初めて違う出目が出る。その数なんと2。


「大丈夫だって、俺たちと同じで後から来るんだって」

「最初は落とし穴にはまるが普通だった俺たちにようやく違う時代が」

「あーしのおーちゃんはユウカの小型イレイザーも受け入れるぞ!」

「落とし穴には……はまらないね、何々?」


 森の中で襲われている人間を見つけた。襲っているのは小型イレイザーだったので説得、追い返すことに成功、助けた人間に拾われる。人族ルートへ。


「「「「人族ルート!?」」」」

「えっと、ああ、もう一枚パネルがあるんだねこっちには……人族ルートと悪逆ルート?」

「「「「悪逆!?」」」」

「というより持ち主の二人がどうして知らない!?」

「「落とし穴以外に降り立った記憶がない」」

「なぜに!?」


 持ち主が知らないルートがあったことに驚いた一同、ユウカ嬢の次はスカイの番となる。


「水中型イレイザー……陸地でも息できんのかな?」

「さぁ?」

「とりあえず振るか」


 さんざんツッコみを入れてきたスカイ、その手に持つ二つのダイスを転がしだした目は。



 3



「「「あひゃひゃひゃひゃひゃ!」」」


 同じ落とし穴に落ちた三人に盛大に笑われるスカイだった。


 翌朝、談話室には四人の人間が倒れていた。あの後、バカにされたスカイがどんどん熱を持ち始め、最終的には”剛剣”と張り合うまで冷静さを失くしていた。


 スピネルとシノブは一回目のすごろくが終了した時点で、ユウカを部屋に返し、また後日遊ぼうと退出させられたのだが、自分たちはスカイと”剛剣”に捕まり、朝まで何回も何回も勝敗を決めて一喜一憂している二人を見て、加減というのは大切だと悟りながら、最後のゲームの途中で全員が倒れた。


 幸い、深夜のテンションで何か変なことや間違いなどが起こらなかったため、談話室にはボードゲームを中心にその周りに四人の人間が倒れこむという可笑しな現象が起きている。


 それを最初に見つけたのは白い長髪をハーフアップに結んだ女性がそれを発見した。


「あら?まぁまぁ、ここで寝てたら風邪をひいてしまいますよ」


 倒れている人間を起こそうとしているのはリッカ・キャストライトだ。彼女は朝食までの時間を談話室で過ごそうと足を踏み入れてみれば地面に倒れる人間を見て、とりあえずはゆすって起こそうと考えていた。


 彼女はスピネルのそばに近づき腰を下ろすと両手で彼をゆすってみた。


「いけませんよ、こんなところで寝てしまうと風邪をひきますよ」

「…………すぅ……すぅ」


 リッカが一生懸命に起こそうとゆするものの、彼女の力が弱いためいい感じにゆすられ、さらなる微睡みの中に沈んでいくスピネル、それはまるで揺り籠に揺られているかのように。


 だが、そんな幸せの時間もすぐに終わりが来た。


 それは突如何かに押しつぶされるのではないかという重さ、首を横に向けていたからだからか、側頭部に何かの重さを感じたと思うと、次に反対側の側頭部に痛みが走る。


 上からくる重さが地面に掛かるのは当たり前、右側頭部に重さを感じるのであれば地面に接している左側頭部に重さが掛かり、地面に頭を減り込ませるのではないかというほどの重圧に頭部が悲鳴を上げても可笑しくない。


 その痛みのおかげで、彼はすぐに目を覚ますが重さのせいか顔を動かせず、自分が倒れているという事実と痛みしか理解することが出来ない、この現状について考えようとしても痛みのせいか思考することも出来ない。


「痛い痛い痛い!何!?何が起きてるの!?」


 痛みを和らげるためなのか、スピネルは声を出し、少しでも気を紛らわせようとしている。だが、声を出した瞬間に右側頭部に圧し掛かっているものがぐりぐりと頭を押してきてさらに痛みをスピネルに与える。


「痛!いた……!もしかして!誰かが踏んづけているのか!?どうして?やめて!お願いします!痛いのでやめてください!」

「……あなた、キャストライトさんに起こしてもらうなんてどんな身分なの?」


 声を聞いた瞬間、スピネルの頭の中にある人物が浮かび上がり、痛みを感じていた筈なのに今は痛みを感じなくなっている。


「も、もしかして」

「こっちを見ようとしないでください」

「ぐふっ!」


 押し付けられている顔を力づくで動かそうとするがさらに力を加えられ顔を地面に押し付けるスピネル。


「あ、あの……ルビーさん、わたくしが自分で行ったことなのでもう大丈夫ですよ」

「……そう」


 顔にかかる重さが消えたと思った瞬間、今度は背骨に強い衝撃を受け、二、三回転がる。


 あまりの痛さに声も出ることなく、地面でもがいていることしかできないスピネル。


 痛みを我慢しながら痛みを与えた本人を見ると、今度はシノブに近づき、いかにも蹴ってくださいと言わんばかりの無防備な腹に向け蹴りを叩きこむルビー嬢。


「ブホォ……!うおぇ……!な……なんだ!?」


 シノブは蹴られた腹を守るように抱え、いまだ咳き込んでいる。


 同じようにスカイに近づいてこれまたシノブと同じ方法で起こし、スカイも混乱しながら起きる。


 ルビー嬢が”剛剣”に一度目を向けるが、何もせずにスピネル達に向き直る。


「貴方達、寝るのであれば自分の部屋で寝て頂戴、ここで寝ると他の生徒の邪魔になるでしょう?それにそこのボンクラは片づけも出来ない子どもですか?自分の出した玩具を片付けないなんて子ども以下ですね」

「ここぞとばかりに攻め立てるね」


 スカイだけに罵倒を繰り出すと、スピネルを睨みつけてから談話室から退出していく。


「……なんだったんだ?」

「すみません、わたくしが起こそうとしたばかりに」

「えっと……」

「いや、キャストライト嬢こちらが申し訳ない、まさか起こしてもらう状況を作ってしまうとは……それにあなたが起こそうとせずとも彼女の場合は蹴りを入れて起こそうとするでしょう」

「そうですかね?それと、わたくしのことはリッカと呼んでください、そこの二人もそう呼んでくれると嬉しいです」

「あ、はい」

「それならリッカさんと呼ばせてもらいますよ」

「ええいいですよ、それと朝食まで時間もありますし、お風呂に入ってきてはいかがですか?」

「あ、はい」


 リッカは立ち上がり、礼をするとその場から去っていく。こうして男三人は、自分がゲームの途中で寝てしまったのだなと思いくすりと笑う。


「むにゃ……あーしのおーちゃん!」


 ☆☆☆


 朝食を食べ終わり、各人自分の部屋に戻ろうとしているところで、ロビーに”大拳”がいるのが目に映る。


 その大きな手には普通の人間では持てないような大きな箱を二つ持っている。


「ん?おー、お前ら丁度いい、全員そこで待ってるといい」


 ”大拳”は持っている箱を間隔をあけ置き、生徒たちに近づいていく。


「……あの、これは何でしょうか?」


 誰もが疑問に思いながらもその言葉を誰も言わないからか、スカイが率先して”大拳”に持ってきた箱について聞く。その質問に対して”大拳”は笑顔を浮かべながら質問に答える。


「これか……ふふふ、聞いて驚くといい、これはお前たちのーー」

「あ!もしかしてそれは自分たちの制服でしょうか!?」

「………………そうだな」

『(凄く感情が顔に出ている!)』


 フウカが”大拳”のセリフを取ったからか、露骨に無気力な顔を隠そうともしない”大拳”フウカ以外の全員が気付くほど明らかに先ほどまでの落差が激しい。


 対するフウカは、”大拳”が持ってきた大きな箱に興味津々で、いろんな角度から箱を見ている。その姿は主人に纏わりつくような犬のように見え、彼女の緑色の二つのおさげがまるで尻尾のように見える。


「ハァ……ほれ、開けてやるから離れんか」

「わかりました!」


 ”大拳”の指示で離れ他の生徒のもとに戻るフウカ、しかし他の生徒も専用の制服というものに大なり小なり興味があるみたいでその場から動こうとはしない。


 ”大拳”は長い側面の端に近づき、何かを探している。だが、顔の動きが止まったかと思えば苦虫を潰したような顔をする。”大拳”が生徒たちに顔を向けるとその口を開いた。


「スピネル、ちょっとこっち来い」

「え?何ですか?皆の前で殴られるんですか?」

「そんなことせんわ!小娘と一緒にするでない!いいからこっちに来い!」


 怒鳴りつける”大拳”に対して、スピネルはびくびくしながらも近づいていく。


 ”大拳”に近づいても何もされず彼の大きな指で何かを指し示してくる。スピネルはそこに視線を向けると、彼の指と同じくらいのパネルに数字が書かれたパネルがあるのを見つける。


「……どうして一人で持ってきたんですか?」

「いや、これを持っていけるのは儂くらいのものだろ?任せろと持ってきたのは良かったのだがパネルがこんなに小さいとは思わなかった」

「数字は?」

「3369だ」

「単純ですね」

「そうでもせんと覚えない奴が一人いるからな」

「ああ……」


 スピネルは覚えないと聞いた時に一人の顔を思い浮かべる。


「(そういえば、寝かしたままなんだがまだ寝ているのだろうか?)」


 そんなことを考えていたのだが、別にどうでもいいかとという結論に至り、スピネルは言われた番号を入力していく。


 すると、長い側面部分が音を出して動き始め、その中身を見せるように開いていく。


「「「おお……!」」」


 男生徒は動く構造に感心し、女生徒は中に入っている制服を見てそれぞれ反応を見せる。


 中に入っていたのは女子制服だった。


 全身の色が白、制服の縁などは金色であしらわれ、左腕には黒い腕章が付いている。


「それぞれの名前が台に書いているから、取り出したら部屋に戻って着替え、再びロビーに集合だ」


 ”大拳”のその言葉をきっかっけにそれぞれが制服を取りに行き、自分たちの部屋に戻っていく。ロビーに残った男たちは女子全員が去った後、口をそろえて”大拳”に言葉を放つ。


「「「もしかして、男子も白なのか?」」」

「んなわけないだろ、男子が白など似合うと思っているのか?」

「「「ですよね……」」」


 男生徒たちはその言葉に安心を覚え、自分たちの制服に期待を膨らませる。


「スピネル、もう一つの番号は3699だ」

「わかりました」


 先ほどのように入力し、開いた箱の中身を確認する三人、だが中身を見た瞬間その顔を歪める。


 箱の中身は黒だった。上下黒色、上半身に着る制服に至っては背中に武研班と白い文字ででかでかと書かれている。


「あの……これは」

「制服だが?」

「「「え?」」」


 その言葉に三人とも声をそろえる。しかし、その反応を見た”大拳”が腹を抱えて笑い出し、その状況に追いつけずに固まってしまう。


「いやいや、すまん、嘘だ嘘、今見えているのは只の絵だ。その後ろに制服がある」


 大きな指で一つしかないボタンを押す”大拳”、押されたと同時に目の前にあった制服の絵は上に消えていき、絵に隠れていた制服が現れる。


 全身が藍色、制服の縁は黒、左腕には白い腕章がついている。


「なんというか……」

「普通」

「色合いが落ち着いているのが救いか?」

「ごちゃごちゃ文句を言うな、さっさと着替えてこい」


 三人は制服を手に取り、自室に戻ろうとするが。


「シノブ、スピネル、お前らはちょっと待て」

「やっぱり殴られるんですか?」

「結成初日から生徒の差別、こっちは望んだわけでもないというのに」

「人聞きが悪いこと言うな!お前らの持っている”武装結晶ガンド”の回収をするだけだ!」

「「ああ」」


 二人は大人しく”大拳”に自分の持っている”武装結晶ガンド”を渡す。


「……いざ外してみると腕に違和感があるんだな」

「一か月間着けてたから外すと違和感はあるだろよ」

「ここに集合したときに”紫電”が新しい”武装結晶ガンド”を渡すからな」

「あ、一つだけいいですか?」

「なんだスピネル?」

「後日でいいんですが、三等資源結晶で作った”結晶輪”を貰えないですか?」

「……”武装結晶ガンド”ではなくか」

「はい、予備という訳ではないのですが”結晶輪”をお守り代わりに持っておきたいんですが」

「……わかった、だが”武装結晶ガンド”ではなく”結晶輪”の申請は聞いたことが無いからわからんな」

「急ぎじゃないので、可能であればお願いします」


 伝え終わったとも言わんばかりにスピネルは、すぐに自分の部屋に向かう。その後を追うようにシノブも自分の部屋に戻っていくのであった。


「”結晶輪”を一体何に使う気だ?本当にあいつはイレギュラーだ」


 その背中を見て”大拳”はその口元をニヤリと歪める。


 着替え終わった生徒たちが揃うのはそんなに時間はかからなかった。とはいえ、着替えて戻ってきたのは男子の方が早かった。


 女子は着替え終わった自分の部屋の鏡で確認をしていたから戻ってくるのが遅れたらしい。だが、全員が揃ってしばらく待ってもまだ”紫電”が来ることはなかった。


「すまない、少し遅れた全員揃っているか?」

「おう”紫電”遅かったな、何していたんだ?」

「申請に時間がかかってしまってな、とりあえずはスピネル君とシノブ君にこれを渡すよ」


 ”紫電”が二人に渡したのは”武装結晶ガンド”だった。


「ありがとうございます」

「いやー、腕に違和感が消えた」

「二人とも今まで使っていた”ルベウス”系統と”ウィリデ”系統の”Ⅲトレース”でも問題ないかい?」

「「問題ないです」」

「それでは新しい教室……というより施設に向かう、みんなついてきてくれ」


 ”紫電”の言葉通りに着いていく生徒と”大拳”、寮からはそんなに離れておらず、本校舎からもそんなに離れていない、まさに理想な立地と言えるだろう。


 施設……というには寮よりも小さい、屋外演習場は何にも無いように見えているが、所々に結晶技術で作られた機材などが見える。


 一般との演習場と何が違うのかはまだわからないが軍の最新設備などを扱っているのだろうことは生徒たちの眼から見ても明らかだった。


「細かいところにも最新結晶技術が使われてんな」

「え?そうなのか?」


 スピネルは、シノブの言葉に反応し、聞き返す。


 他の生徒達も気になるのか、態度に出さないようにしているが、雰囲気が高ぶっているのを感じ取っている。


「まずは演習場の方なんだが、最近開発された投影結晶が使われているみたいだな……数種類のコアを複数用いる新技術……というには五十年は研究されている技術だけどな、組み合わせ、コアの個数、それによって得られる恩恵が変わるみたいだ。

 あの、機材も二等資源結晶と三等資源結晶を複数用いて作られているらしいが詳細は俺もわからんね」

「やけに詳しい、どこで調べてきたかはわからんが機密事項をぺらぺらと話されても困るんだがな」

「それなら今度、酒場『酒飲みたちの集い』に行ってみてくださいよ、酒って怖いね、何でも話したくなるらしい」

「……それはこちらのミスだな、しかし、シノブ君は酒場に行くのか?」

「情報収集するなら行かなきゃ損ってものさ、言っても空振りなんてこともありますけどね」

「そうか、今後の課題にさせてもらおう……それじゃ、中に入ろうか、ここの施設はどちらかというと上より下に広がっているからな」


 生徒達も施設の中が気になるのか大人しく”紫電”に着いていく。


「フフフ、案外集められた生徒たちは面白そうだ……しかし、小娘はどこにいるんだ?先に来ていると思っておったのだがな」


 そんな一言をつぶやき、”大拳”は遅れて施設に入っていく。


 ”紫電”が扉の前に立つと扉は自動で開く。科学があった時代では当たり前のように見れていた自動ドアという機構がこの施設には取り付けられている。


「……自動ドア、高級店にはあるのは知っていたが、こうして実物を見るのは初めてだな」

「この施設にはあるんだな……寮の方でも最新式のセキュリティを使ってたし、施設だけでも金を使っているのがわかるな」

「……やめろ、住みにくくなる」

「まずは普段集まる教室は一階にある。入って右に行けば部屋が一つだけだから迷うことはない、みんな中に入って席に座ってくれ、座る席は自由でいい」


 ”紫電”の宣言通り、生徒達が各々好きな席に座る。


 席は全部で三十一席。


 女子生徒たちが席を決めかねている中、スピネルは一番に動き、中央の席に座る。


 それを見て全員が動き出す。


 スピネルの横にはシノブとスカイが当然のように座りスピネルの座っている列の前の席にルビー嬢が座り、右後ろ角の席にはユイ、スピネルの真後ろの席にフウカが座り、左前の席にリッカとユウカが少し離れて座っている。


 まとまって座っているのはスピネルを中心にした中央付近だけだ。


「それじゃ、まずこのクラスがなぜ作られたのかを説明する前に自己紹介をしよう」


 教壇に”紫電”と”大拳”が並び、自己紹介を始める。


「まずは私は”紫電”という、黄の国から派遣されてきた。”武装結晶ガンド”は”フラウース”系統”Ⅱ晶ドゥオ”だ」

「儂は”大拳”、茶の国から派遣された。”武装結晶ガンド”は”プッルム”系統”Ⅱ晶ドゥオ”を使ってる」

「あと一人……”剛剣”という、赤の国から派遣されてきた奴がいるのだが」

「ふむ、なぜかいないな、小娘の使っている”武装結晶ガンド”は”ルベウス”系統”Ⅱ晶ドゥオ”」

「まぁ今述べた三人がここの教員として君たちの指導を行うことになる」


 二人は”剛剣”がいないのが不思議なのか、その表情を隠そうともしない。対して、一部の生徒たちはその顔を引きつらせている。


「さて、お前たちはこのクラスの活動内容はある程度予想できるか?」


 ”大拳”の言葉にいち早く口を出すのはルビー嬢、


「このクラスの名前通り、”武装結晶ガンド”の実験……つまりはモルモットということでしょう」

「その通り、言い方は悪いがその言葉通りに受け取ってもらっても構わない、そしてその実験は最新鋭の”武装結晶ガンド”複数属性武装結晶”、”混色結晶ネビュラコア”ちょうどそこのルビーさんが持っている”武装結晶ガンド”がそれだ」

「……すでに各国でも開発を進めていたとは」

「元の設計は”ルビー家”からの情報提供だ、だからこそ君の使っているその”武装結晶ガンド”はどの国も喉から手が出るくらいほしい代物だ」

「つまりは僕たちはルビー嬢の”武装結晶ガンド”を解析、作成されたものの試運転を行う……ということでしょうか?」

「このクラスの子は話が早くて助かるな、そしてその”武装結晶ガンド”を使い、イレイザーに対抗できるかの実験も行う」

『!?』


 生徒たちは”紫電”の言葉に衝撃を受ける。


 イレイザー、人類の敵と戦う準備と心の心構えをしていたつもりだが、こんなに早くイレイザーと対峙する機会があるとは思わなかったのだろう。


 彼らは入学してまだ一か月、基礎をまだ習い始めたばかりのひよっこだ。貴族たちはそれよりも前から”武装結晶ガンド”を使ってきたが、実戦は行っていない。


 実践を行っていない生徒たちにとっては不安のあることだろう。


「イレイザー相手にすぐに実践は行わない、君たちの実力も”混色結晶ネビュラコア”に慣れて貰う期間も必要だとわかっている。だが、実戦は確実にあることだと自覚してほしい、この実験は人類がイレイザーから被害をなくすために国が総出で進めているプロジェクトだということを」


 

 ”紫電”のその一言にこの場にいる生徒たちは緊張感を持つ……持つのだが、その緊張感が極限に振り切れている人物が一人いた。


「くくくくく国が総出のののののの、プロ、プロ!」

「あー、落ち着けスピネル」

「おち!おちつけーーシノ」

「あー駄目だこれ、話し続けてください」


 スピネルのこの慌てように、生徒たちの行き過ぎた緊張は程よくほぐれる。シノブはそのまま話を続けてもらうように促す。


「君たちの実力を見るために外に出ることになる」

「ちょっと待ってください!」


 ”紫電”の言葉に一番に反応したのは先ほどまで慌てていた筈のスピネルだった。


「どうかしたのか?」

「どうかしてるでしょ!俺とシノブは今日”Ⅲトレース”を渡されたばかりで実践をするには不安が大きいです!」

「……そういえばそうだったね、なら私が相手をするからとっとと慣れてしまおう」

「「え?」」


 その言葉にスピネルとシノブは呆けた声を出す。


 ☆☆☆


 地下にも演習場があるとのことで全員で移動してきていた。


「それでは二人とも展開してくれるか?」

「そ、その、”Ⅱ晶ドゥオ”使い相手に二人かがりでも勝てる気がしないんですが」

「安心してくれ、私は刀を抜かんし、そもそも勝ち負けではなく慣れてもらうことが目的だということを忘れないでくれ、 私相手なら全力でやっても問題ないだろ」

「……スピネル諦めよう、それに相手が”Ⅱ晶ドゥオ”使いなら全力で相手しても問題ないだろうし、逆に考えれば貴重な体験をさせてもらえると考えようぜ」

「……そうするか」

「準備が避ければいつでも来るといい」

「「武装開放パージ」」


 スピネルとシノブは”武装結晶ガンド”を展開する。スピネルはステージ2、シノブはステージ4。


「スピネルは相変わらずステージ2しか展開できないのか」

「でもシノブ殿はステージ4ですよ!自分も速くステージ4に至りたいです!」

「あの二人、”Ⅱ晶ドゥオ”使いの人たちが認めたようだけどどんな実力なのかな」

「怪我をしないでほしいですね」

「………………」


 他の生徒たちは二人がどんな実力なのかをこの時に見極めようと試合から目を離さない、その中でもルビー嬢だけはスピネルのことを睨む。


「んじゃ行こうかシノブ」

「ああ、久しぶりの”Ⅲ晶トレース”だ、最初は全力で行こうか!」


 お互いに檄を飛ばし、その足を進めるーーのだが、


「ぐはっ!」

「ぶふっ!」


 二人は時間差で盛大に壁にぶつかった。


 辺りを静寂が支配し、時が止まったようになるがその静寂も長く続かず、


『え?』


 その場で見ていたものと相対していた”紫電”が声を出し、その場の時間が動き出す。


「いたたた……ああ、やっぱり”Ⅴ晶クィンク”と全く違うな」

「こっちもだな、むしろ同じステージ4にすると機動性の違いが全く違うな、再展開して慣れていくしかないな」


 シノブはそういうと再展開してステージ3で展開する。


「今まで通りに動こうとするとまったく違う動きになっちまう」

「こっちなんか気づいたら壁に当たってたよ」

「こっちはまだ認識できてただけましか」

「……なんかステージ3で動くのも不安になってきた」

「言うなよ、こっちはステージ2でこれなんだぞ」

「とりあえず全速力はわかった」

「次は徐々にか」

「そうだな、”紫電”先生、もう一回行きますよ」

「あ、ああ」


 シノブから声をかけられて茫然としていた”紫電”は再起動する。


 二人はまず歩くことから始め、そこから徐々に速さを上げていく。


 そしてゆっくりながら”紫電”に剣を振っていく。最初に斬りかかるのはシノブ、だがそれは簡単に避ける”紫電”、続けてスピネルも上段から斬りかかるがそれも避ける。


 だが、徐々に、そう徐々に速さが上がっていき、”紫電”も気持ちを切り替えていく。


 スピネルは”Ⅲ晶トレース”のステージ2だからこそ、そこそこ速い程度になってきているのだが、シノブは違った。


「あれ?ズレた」


 シノブの速さは”ウィリデ”系統の最大の武器、だからこそ、スピネルと違い速さが変わるのも早い。その分、上がりすぎたスピードについていけず、攻撃するタイミングが遅かったり早かったりする。


「(ズレているのだが……正確になってきている、この短い時間でここまで適応するとは)」


 ”武装結晶ガンド”の副次効果で反応速度や認識速度は上がっているが、それに慣れるには速くても一週間はかかる。


「ふっ!」


 スピネルはシノブほどではないにしろ、大雑把になら動けるようになっている。


 剣を振る速度もばらつきはあるが、最初に振っていた剣に比べれば大分安定してきている。


「(この二人、それぞれイレギュラーだが、戦闘センスが高いのは確かだ)」


 ”紫電”の考えは今この状況で立証が出来る。なぜなら、シノブの攻撃はズレていた筈なのに今では当たるようになり、スピネルは斬りつけた後の動きが変わってきた。


「……凄い」

「最初に壁に当たったのが嘘のようだ、まだ粗削りだがすでに適応しかけてる」

「ハッハッハ!あったときから思っていたが、あいつらは面白い!」


 先ほどまで低レベルだと思っていた見学者達は今目の前で起こっていることを認識して、彼らの異常性に気付いていく。


 二人の動きはまだまだ荒っぽいというのに、すでに個人だけの動きではなく、二人で連携をしていた。


「ここまで」


 その言葉と共に、スピネルとシノブの放った斬撃を片手で止める”紫電”。


「おっと」

「まじか……」


 止められた二人はそこで集中力が欠けて止まる。スピネルはまた片手で止められたことに悔しさを超えて自信を無くす。


「まだまだ調整しなきゃいけないが、ここまで動けるのなら問題ないだろ」

「「……ありがとうございます」」


 二人が他の生徒たちの元に戻るのと入れ替わりに、”大拳”が”紫電”に近づく。


「……気付いたか?」

「実際に相手したからな、スピネル君は固有オリジンスキルを持っているな」

「それも、今まで見たことのないものだ……”Ⅲ晶トレース”のステージ2の動きを逸脱していた」

「……彼自身は気づいている、それにシノブ君も、二人で隠しているようだけど……ルビー君とスカイ君は気づいたみたいだ」

「あの嬢ちゃんはスピネルのことを嫌っている理由はそこか?」

「それも一つの理由だが……それ以外にもありそうだ」

「教育って言うのは大変だな」

「まだ始まってすらいないだろ、この後は実践で他の生徒の実力を確認しないと」

「お前は教育に向いているようだな」

「……そんなことはいだろ」


 二人の教員はそこで話を打ち切り生徒たちの方に向かう。


「スピネル君とシノブ君はこれで最低限慣れてもらったと思うからこれから外に出る」

『はい!』


 ”紫電”の一言に生徒たちは返事をし、国の外に向かう準備を始める。


 準備と言ってもそれぞれ行軍用の荷物を持つだけで、たいした準備もすることはなく教員二人と生徒全員で検問所に着いていた。


「小娘はここにもいないのか」

「……どうやら先走ってという訳ではないようだ」

「確認取れました、””武装結晶ガンド”実験検証班”の皆様ですね……聞いていた人数と違うようですが?」

「ああ、こちらの不手際だ、もしも”剛剣”が来るようだったら通してくれ」

「は!了解しました!」


 憲兵らしきものが敬礼をした後、検問所に戻っていく。


 ”紫電”は生徒たちに向きなおし、もう一度口を開く。


「今回、君たちにとって初の実戦となるだろう、だが問題ない、私たち二人がついているから危なくなればすぐに助けに入ろう。だが、だからと言って気を抜けば死ぬ」


 生徒たちは”紫電”の死ぬという言葉を聞いてその顔を引き締める。


「まぁ、だからと言って気負いすぎても体が動かなくなる、ここから外に出れば危険が低いが死ぬ可能性もあることを頭の隅に置き、考えすぎるな、それでいて周りで連絡を欠かさないようにすることだ。今回は君たちの初陣、遠慮なくやっていけばいい」

『はい!』


 生徒全員がもう一度気を引き締めなおしたところで”紫電”は検問所に向き直る。


「門を開けてくれ!」


 ”紫電”が叫んだあと門がゆっくり開いていく。


「””武装結晶ガンド”実験検証班”行くぞ!」

『了解!』


 門を抜け、国の外に出る。全員が門の外に出るのと同時に先ほどと同じ速度で門が閉まっていく。


 門の外は平原が広がっている。


「周囲の警戒は怠るな、ここは門がある国の中ではなく、国の外だ。国に近づくイレイザーは知能が無い低レベルなものだが、その力は強い。今回は国の近くの森に入る。知能が無いとはいえ隠れることなどは本能で出来る奴らだからこそ、油断しないように」

『了解!』

「ハッハッハ!空元気でも声が出せるのはいいことだ」

「”大拳”生徒たちを不安にさせるようなことは言わないでくれ」

「すまんすまん」


 ”大拳”が言ったように、生徒たちは初陣ということで動きがぎこちない、大抵のものは初陣の時は声を出すのも難しいほどなのだが、生徒たちは声を出せるだけの余裕はあった。


 しかし、進んでいく一行の中で一人だけが立ち止まる。


「…………森、か」

「ほら止まってると置いてかれるぞ」

「シノブ」


 止まっていたスピネルの背中をシノブが叩き、肩を抱く。


「大丈夫だ、今回は”Ⅱ晶ドゥオ”使いが二人もいるんだぜ、最悪な状況は無いって」

「……そう、だよな」


 スピネルの顔がいつものような顔に近づくとシノブはスピネルの背中を押す。


「ほらほら!遅れてるんだよ!早く行け!」

「押すな!押すな!自分で歩ける!」

「うっせー!前見ろ前!離されてんだ!」

「そんな……ってうぉ!マジで離れてる!走るぞ!」

「お前が言うなって!」


 二人は離されたことを確認し、駆け足で合流しに行く。


 そして合流早々、歩きながら説教を受けている。


「……君たちは出発前の話を聞いていたか?まさかこんな初めから集団行動を乱すバカがいるとは思わなかったぞ」

「「……申し訳ありません」」


 二人の今回の行動は自業自得なため、文句を言うこともなく甘んじて受ける二人、説教を受けている二人を放っておき、他の生徒は周りの警戒を厳にして進む。


「まぁそれぐらいにしろ”紫電”説教なら帰ってからでもできるだろ、ここは外なのだから一つでも経験を積んでもらわんと連れ出した意味がない」

「……わかった、二人とも、戻ってから覚えておくように」

「「……はい」」

「ああ、それとスピネル、朝言われたものを渡しておくぞ」

「え?申請通るの早くないですか?」

「申請は口頭だった……むしろそんなものを欲しがるのは頭おかしいといわれるような目で見られたぞ」

「……重ね重ね申し訳ありません」

「”大拳”、一体何を貰ってきたんだ?」


 スピネルと”大拳”のやり取りが気になったのか、”紫電”が二人に疑問を投げかける。


「準備する際に申請だけしようと国の研究所で”結晶輪”のことを聞いてきたんだ」

「”結晶輪”を?」

「申請はしなくていい、三等資源結晶体で作る”結晶輪”は数が作れるようになったと言われて渡されたな」

「……お前に任せたら書類仕事が増えると思ったんじゃないのか」

「ハッハッハ!それはありそうだ!」


 ”紫電”とのやり取りを終え、スピネルに”結晶輪”を渡す”大拳”。


「スピネル君、”結晶輪”なんて何に使うんだ?」

「ああ、保険……みたいなものですかね、使わないことに越したことはないんですが」


 スピネルは”紫電”の質問に答えることなく、はぐらかす。当然教員二人は誤魔化されたことに気付いているがこれ以上は何も聞かないことにした。


 会話が終わったと同時にスカイが大声で報告をする。


「前方から黒煙が上がっているのを確認!黒煙の発生場所は一度足を止める村が一つあった方角!」

「明らかに村が襲われているな、総員”武装結晶ガンド”を展開しろ!緊急時の為私が指揮を執る!」

武装開放パージ!』


 生徒全員が”武装結晶ガンド”を展開したのを確認した”紫電”は”大拳”を前方にし、その後ろに生徒達、最後に自分を据え置き、移動を開始する。


 村について初めて見たのは燃え盛る民家と四足歩行の黒い獣だった。


 黒いだけでも普通の獣と違うと判断できるのだが、その獣の額にはコアと同じくらいの大きさの黒い石が埋め込まれている。


「イレイザー!それもレベル1を目視で一体確認!」


 イレイザー。


 それは人類の敵、なぜかはわからないが人類を襲う敵。


 イレイザーにも強さの基準があり、レベル1はどのイレイザーでも額に黒い石、イレイザーの核が露出している。レベル2になるとさらに深く埋め込まれて露出する核の部分は少なくなり、レベル3は核を取り込んでいる為どこにあるかはわからなくなる。


 レベルが上がると奴らは知性を付けていく、イレイザーは大量の人を襲い、喰らうことでそのレベルを上げると言われている。


 国の近くの村には軍の小隊が警備についていることが常になっている。さすがに全ての村に配備は出来ないが、国近くに群れを置くことが怖いため、出来るだけ置いている。


 そしてその警備がいるはずの村にレベル1のイレイザーが一体だけなんてありうることはなく、周りには目の前にいる黒い獣、陸上速度型イレイザーが十数体囲んでいた。


「この数、群れということはこの群れを統率する個体がいるはずだ、それもレベル2が確実にいるな」

「”大拳”はスピネル、ルビー、スカイ、リッカを連れて村の避難所に向かえ!残りは私と共にここのイレイザーを殲滅する!」

「了解、ほれ四人ついてこい、道は儂が作ってやるからついてこい」


 ”紫電”の指示通りに班を分け、”大拳”は四人を連れて包囲網の一つに向かって走る。


「ほれ邪魔だ!」


 近づく”大拳”に四体のイレイザーが襲い掛かるが、両手を大きく開き、虫を潰すようにその大きな手を閉じる。圧力に負けたイレイザーはそのまま簡単に潰れ、消失する。


「止まるな、走れよ」

「なんだあれ?」

「スピネル呆けるな、着いていくぞ」

「お、おう」


 五人が包囲網を抜けていくが、それを気にすることなく見過ごすイレイザー達。


 すると群れの中から三匹、一回り大きい個体が現れる。


「……レベル2が三匹……避難所の方にレベル3がいるな」

「それで先生、俺たちはどうすればいいんだ?」

「あの大きい個体ーーレベル2三匹は私が足止めしておこう、君たち四人でレベル1を相手にするように」

「自分たちはがあの数をですか!?」

「レベル1なら比較的君達でも倒せるはずだ、弱点は額にある核、レベル2の相手をさせるには君たちの実力がわからなすぎるからね」

「……問題ない」

「や、やってやるですよ!」

「ボクも頑張るとするかな」


 ユイ、フウカ、ユウカの三人がやる気を出している中、シノブだけはスピネルが向かった方向を向いている。


「シノブ君、心配なのはわかるが今は目の前に集中してもらえないか、君は実践を経験しているみたいだしね」

「……わかりました」

「ここが終われば私たちも避難所に向かう、今は目の前の敵を殲滅することだけを考えろ」

「了解!」


 シノブは双剣を構え、目の前の敵に向けてその刃を振るう。


 ☆☆☆


「見えてきたぞ……周りはイレイザーばかりだな」

「小隊の生存を確認、無事とは言い難いですがあの数を相手に生き残っています」


 スカイはステージ4での展開をしており、右腕、両足に鎧、頭にバイザーを付けており、バイザーから生体反応を確認していた。


「ほう、あの数相手に村人を守り切っているのか、敵の詳細な数は?」

「大まかであれば三十と少しです、一つだけ反応がでかいのがあります」

「……よりによってレベル3がいるのか?」

「大きい反応は群れの後ろで動かずにいます」

「どれどれ……、まずいな」


 先ほどまで余裕のあった”大拳”の声に余裕が消える。反応が大きいイレイザーを確認するとその大きさは他のイレイザーとは圧倒的に違い、その尻尾は長く、三つに分かれた刃となっている。


 そして何より、そのイレイザーが纏う圧力プレッシャーは圧倒的な力の差を見せつけるように重いものだった。


「どうかしましたか?」

「……よりによって大物が襲いに来ている、情報部や戦場にいる奴らは何をしているんだ」

「まさか……」


 ”大拳”の様子からルビー嬢は何かを察したのか、普段の彼女では見られない青い顔を見せる。


「こんなところに”幻獣”の一角、《群れを成す王フェンリル》がいるとは思わん」

「”幻獣”!?こんなところに!?」


 ”幻獣”、イレイザーの中でも異常な力を持つ五匹の総称、この五匹それぞれ同時に同じところを襲うことはないし、動くことも滅多にない。


 六宝幻装セイスオリジンが相手して撤退に追い込むことくらいしかできないほどの力を持ち、数十年単位でこの世界にいるイレイザーの象徴ともいえる。


 そして”大拳”が驚いている理由は複数の国が合同で防衛力を残しているとはいえ最大戦力で目の前にいる《群れを成す王フェンリル》の討伐に向かっているからこそここにいることに驚いている。


「あれがいるということは余裕がない、大まかに倒すから残りは任せる」

「しかし!一人ではーー」

「わかってはいるが時間稼ぎは出来る……お前らを守る余裕が無くて申し訳ないがな」


 ”大拳”はそう言い残し、茶色い光を体から放つ。


「”粉砕する杭グランドアンカー武装開放パージ


 その言葉と共に”大拳”の全身に重鎧が展開され、小さかった体が重鎧のおかげか、二メートルの大男みたいになり、大きい拳は大きい籠手と変わり、先端が尖っている長い杭が籠手についている。


 その姿はその場の全員が初めて見るであろうステージ5ーーつまりは、全身武装を展開していた。


「細かい操作は出来んからな、出来るだけ抑えるから後を頼むぞ!」


 地面に拳を叩きつける”大拳”、その後すぐに地面が揺れ、敵の群れ中央から岩の花が咲いた。花が咲いたと言っても実際は岩の棘が地面から空に向けて飛び出し、それがいくつも交差をして花のように見えるだけというものだ。


 岩の棘の先にはいくつかのイレイザーが貫かれ、棘が交差する間に挟まれ、三十もいた群れは十数匹まで減る。


 《群れを成す王フェンリル》は大きく空を跳んで”大拳”の出した棘を避けていた。空に跳ぶ《群れを成す王フェンリル》を確認した”大拳”は《群れを成す王フェンリル》に向け跳び、その大きな拳で殴りつける。


 生徒たちは”大拳”がいつ跳んだかを認識できず、気付けば敵の親玉に殴りつけている姿を見る一同、ただ、その拳は《群れを成す王フェンリル》にたいしたダメージを与えたようには見えずその腹に拳を押し付けていた。


 ただ、《群れを成す王フェンリル》は攻撃を受けたことに反応し、三本の尻尾を別方向から”大拳”に向かって放つーーのだが、尻尾が”大拳”に当たることはなく大きな音ともに《群れを成す王フェンリル》は地面に向けて吹き飛んだ。


 大きな音を出したのは”大拳”の籠手についている杭からだった。杭が《群れを成す王フェンリル》の腹に貫こうと籠手内で勢いをつけ先端が当たるが、貫くことは出来ずに弾かれた音であった。


「いつまで見ているの!私たちは小隊の援護に向かうわよ!」


 見入っていた一堂に一番に声をかけたのはルビー嬢だった。


「リッカ!極力攻撃はしないで、回復だけをお願い!スカイは敵の詳細と数を調べて!」

「は、はい!」

「了解!」


 その後もいまだに呆けている三人の代わりに指示を出し、それぞれの役目を伝えていく。二人に指示を出した後、スピネルを見つめる、そこにはいつもの嫌悪感がこもった瞳はなかった。


「あんたはリッカを守りなさい、近づくイレイザーだけを相手にしてそれ以外は私とスカイに丸投げしなさい」

「……僕が前に出るのか?」

「今は人手が足りない、文句を言わないで頂戴……それで詳細は?」

「残った敵は十三……うち三匹は小隊が始末した、四匹がレベル2、五匹がレベル1、残った一匹がーー」

「レベル3ね、私たちはレベル1を殲滅して可能であればレベル2の撃破、だけど撃破よりも小隊と合流することを優先する、意見があるものはいる?」


 ルビー嬢の意見に誰も文句はなく、一斉に首を振る三人。


「OK、リッカは合流したらまずは小隊の回復、それがすんだら全体を見て回復をかけていきなさい」

「はい!」

「スカイは私と一緒に敵を引き付け足止め、回復した小隊と合流したら遊撃」

「君は本当に人使いが荒いな……了解した」


 そして最後にスピネルを睨みつけるルビー嬢、その目には嫌悪感が戻っている。


「あなたはリッカを死ぬ気で守ること、だから離れることが無いようにしなさい」

「わ、分かった」


 その瞳は力強く、視線がウロチョロするなと言っていた。スピネルはその視線に押し負けて素直に頷く。


 それを合図に四人は動き出す。


「くっ……!」

「隊長!腕を!?」

「構うな!敵は減ったと言ってもレベル3のイレイザーが一体いる!今は避難所を守ることに専念しろ!」

『了解!』


 隊長と呼ばれた男は片手で剣を構え、目の前の敵に斬りつけていく。だが、その剣を軽々と避けるイレイザー。


「(あのレベル3のイレイザー、先ほどの《群れを成す王フェンリル》と同じで動かずに指揮をしているのか?明らかにレベル1の動きじゃないぞ!)」


 今、この村にいる小隊の人数は二十一、系統の内訳は”ルベウス”系統六人、”カエルラ”系統二人、”ウィリデ”系統が二人、残り十一人が”プッルム”系統となっている。


 偶然見回りしていた”ウィリデ”系統の二人が群れを見つけ全速力で戻ってきたのだが、戻っている最中に攻撃を受け、二人とも戦闘に介入できなくなる。逃げていた二人を見張りの”カエルラ”系統の一人がもう一人を見張りにおいて報告に向かう。


 村全体に避難所に行くように隊長が指示をしている最中に群れが村を襲いだす。


 村人たちはかすり傷や擦り傷はあるが死傷者は誰もいなかった、それも小隊のメンバーが命を懸けて守ったからである。村人の避難の際、”カエルラ”系統が一人、”ウィリデ”系統が二人、”プッルム”系統が三人殉職。残ったメンバーで防衛線をするも、唯一の遠距離攻撃が出来る”カエルラ”系統が展開時間がなくなってしまい、後ろで休んでいる。


 残ったメンバーでいまだに守っているが、数が圧倒的に足りず、残った”プッルム”系統を守りに集中させ、その後ろから攻撃していた。


 先ほどの岩の棘のおかげで数は減ったが、手ごわいことには変わらない……そんな時、またしても小隊の目の前で異変が起こった。


 まさに今、隊長が襲われるというときに、襲い掛かったイレイザーの腕が吹き飛んだ。


 一瞬呆けた隊長だが、その時にできた止まった時間を見逃すことなく目の前のイレイザーを仕留める。


「残り九匹!」


 すると少し離れたところから大声で叫ぶ少年が走ってきていた。


「流石スカイですね、走りながらでも当たるじゃないですか、まずは《炎よ》」


 その後、隊長の近くから少女の声が聞こえる。その少女ーールビー嬢が一言放つと、炎の壁が小隊、避難所を守るようにイレイザーとの間に現れる。


「兵士の皆さん、一か所に集まってください!わたくしが回復いたします!」


 リッカの言葉に小隊のメンバーが困惑しているが、言う通りに集まる。


「では行きます、《癒しを》」


 すると通常は一人ずつ掛けていかなければいけない回復属性の手当てをまとめて一瞬で終わらしてしまう。


 回復がすむとリッカがへたり込み、力を抜いていた。


「え?え?何今の?回復って一人ずつじゃないの?」

「……あなたは黙っていられないんですか?今のは彼女の固有オリジンスキル《複数発動マルチウェイク》、”ニウェウス”系統では最強と言われるスキルだけど、使用した際の規模によりスタミナと”武装結晶ガンド”の展開時間を短縮してしまいます」


 固有オリジンスキル。


 ステージ4に至ったものが極僅かな可能性で手に入れることのできる能力、研鑽を積んだ使い手が”武装結晶ガンド”に適応した結果手に入れるといわれる。


 適正値などでの獲得の違いはなく、高くても低くても能力に目覚めるものは目覚める。ただ、ステージ4に至って覚えなくても、使い続けることでも覚えるものが現れるため、詳しいことはわからず研鑽を積んだものとしか言いようがないのだ。


 ルビー嬢はスピネルをゴミを見るような目で見るが、律義に説明する。


 そんなやり取りをしていると炎の壁のせいか、スカイの方に数匹のイレイザーが襲い掛かる。


「スカイ!」

武装変更タイプチェンジ双銃ツーハンド”」


 スピネルが慌てて叫ぶが、当の本人のスカイは落ち着いて言葉を紡ぐ。


 スカイが持っていた狙撃銃が消え、代わりに二つの拳銃が現れ、連射を始める。


 放たれる銃弾は数発が核から外れるが、一発は核に当たり砕く。砕いた瞬間にイレイザー達は消滅した。それを見ていたスピネルは口を大きく開けていた。


「今のも……」

「スカイの固有オリジンスキル《切替武器クイックウエポン》ですね」

「ルビー嬢!今のでレベル1は殲滅した!残りはレベル2が四体に、レベル3が一体だ!」

「”プッルム”系統の小隊メンバーは全員で固まって避難所を守ってください!小隊で援護に出せるのならば借りたいのですが、ここの指揮官は?」

「わ、私がそうです、”ルベウス”系統であれば二人出せます」

「二人……それであれば援護は不要です、小隊の皆さんで避難所を守ってください」

「は、はい……一つ聞いても?」


 小隊の隊長がルビー嬢に恐る恐る質問する。


「何でしょう?」

「あ、貴女方はどこの隊のものでしょうか?」

「……すみません、私たちはまだ軍属ではなく学生です、”武装結晶ガンド”軍事学院、””武装結晶ガンド”実験検証班”所属のものになります」

「学……生?」

「はい、それでは避難所と彼女、リッカをお願いします、彼女には回復を優先させてください」

「了解!」

「あなたは私たちと一緒に前に出てイレイザーと戦いますよ」

「え?」

「行きますよ」

「いやいやいやどうして俺まで!?」


 スピネルはルビー嬢に引きずられて炎の壁の近くに向かう、スピネルは異議を申し立てるがルビー嬢は全く聞いていない。それどころが、


「今から炎の壁を解きます!総員構えなさい!」

「俺の話を聞いてくれ!」


 ルビー嬢に放り投げられるが炎の壁がなくなった瞬間にスピネルは剣を構え、イレイザーを相手に立ち向かうのであった。


「”プッルム”系統は襲ってきたイレイザーの足を止めろ!止まったイレイザーには”ルベウス”系統が三人で攻撃!」

『了解!』


 炎の壁がなくなった瞬間、小隊の方に二体のイレイザーが襲い掛かる。だが、隊長の指示通りに最初の初撃に”プッルム”系統が四人対応する。二人で一体の攻撃を正面で受け止める。


 すかさず四人が動き、それぞれの横から万力のようにイレイザーを抑える。残った三人は他のイレイザーの動向を警戒し、その場に待機。


 抑えられたイレイザーは体を動かそうと抵抗するが、左右についているメンバーは動かさないように全力で押しつぶす。そして、押さえつけている”プッルム”系統の間から見える足を”ルベウス”系統のメンバー四人で刺し貫く。


 それを確認した瞬間”プッルム”系統のメンバーはすぐに後ろに下がり、”ルベウス”系統は刺した剣を抜かずに、足を切り裂いてから後ろに下がる。


 前足を使えなくなったイレイザーは顔を地面に落とす。メンバーが下がったことを確認した隊長ともう一人が単騎で近づき、弱点である核に向かってその剣を振り下ろす。


 攻撃はそのまま防がれることなく額に吸い寄せられ核を破壊、イレイザーはそのまま消滅する。


「総員!避難所を守ることが絶対だ!前に出ずに避難所と彼女を守るぞ!」

『おおう!』

「女神さまをお守りしろ!」

「指一本触れさせないぞイレイザー!」

「女神様!女神様!」

「……こいつらは」


 隊長はメンバーのテンションの高さを無視し、学生たちに目を向ける。


 小隊は数がおり、連携したからこそ無傷で仕留めることは出来た。レベル2であるイレイザーを単騎で撃破できるが、下手したら怪我をする可能性があるのも確か、残りは少ないのだからそこまで無理をしなくてもいいと判断し、冷静に対処したのだ。


 だが、助けに来てくれた学生たちは単騎で戦っていた。


「(ステージ4が二人いたことを確認していたが、残りの一人はステージ2だった。下手したらその少年が死ぬことがあるかもしれない……危なければ助けないといかん)」


 しかし、隊長は視線を向け驚く。


 それはレベル2を相手にしていたのはステージ4を展開していた二人で、レベル3のイレイザーを相手にしていたのはステージ2を展開していた少年ーースピネルだからだ。それも、スピネルは攻撃をしてはいないがレベル3の攻撃を避けていた。


「くっ……!これ絶対っ……相手間違えてるだろ!」

「いいからそのままそいつを引き付けておきなさい!」

「ルビー嬢!小隊は二体を倒してくれたぞ!」

「それなら反撃に入る!あなたはそのまま引き付けておきなさい!」

「無理を言ってくれる!」


 ルビー嬢とスカイは先ほどまで避けていたのが嘘かのように相手しているイレイザーの前で構え始める。


 スカイは両手に持った拳銃で目の前のイレイザーに向け乱射を始める。だが、威力が足りないのか銃弾は弾かれてしまいイレイザーを逆上させる。


 逆上していたイレイザーはスカイに駆け、その爪で切り裂こうとする。それを難なく回避し、さらに数発拳銃を打ち込む。今度の銃弾は核に当たったが、それも弾かれてしまう。


「やっぱりレベル2からは”双銃ツーハンド”じゃキツイかな」


 スカイがぼやくが、イレイザーはその攻撃の手を緩めることなく、噛みつこうとその口を開く。


武装変更タイプチェンジ狙撃スナイプ”」


 先ほどと同じように両手に持っていた拳銃が消え、今度は初めに持っていた狙撃銃が現れ、その銃口をイレイザーが開く口に突っ込む。


「そういえば、イレイザーの口の中って柔らかいのかな?」


 そんな一言ともに引き金を引くスカイ、口の中から額にあるであろう核を撃ち抜き、イレイザーを消滅させる。


「これで終わりっと、ルビー嬢手助けはいるかい?」

「いりません!さっさとあいつの援護に行きなさい!」

「はいはい」


 スカイはルビー嬢に援護を断られ、スピネルの援護に向かう。


 対してルビー嬢は苦戦……というより手をこまねいていた。


 ルビー嬢の相手しているイレイザーは爪の攻撃を入れるとすぐにその場から離れ、ルビー嬢の槍の射程から外れ、


「《炎よ》!」


 属性攻撃を放つも距離があるため余裕で避けられる。


「(このままではあの二人が死ぬでしょうね。あいつは死んでもいいのですが、スカイ……サファイア家の者を見殺しにしたと言われればなんと言われることか)」


 放たれる爪の斬撃を槍で弾くとルビー嬢はため息をつく。


「仕方ありません、これを早く倒して援護に行かなければ後が面倒そうだ」


 もう一度距離を取ったイレイザーがすかさずルビー嬢に駆けていく。ルビー嬢はその突進を回りながら避け、そのまま槍を薙ぐ。


 イレイザーに初めて槍が当たるが、イレイザーの体はその場でよろめくだけ、がら空きなその腹にルビー嬢は構えなおした槍を突き刺す。


「《炎よ》」


 そして刺してすぐに属性攻撃を放ちイレイザーの体の内側を焼き尽くし、核を破壊。消滅を確認したルビー嬢はそのまま援護に向かった。


「このっ……!全然攻撃が通らねぇ!」


 スピネルは必死にイレイザーの攻撃を避けながら余裕があるときに刃を振るう。だが、レベル3のイレイザーの体を傷をつけることが出来ず弾かれる。


「このままだと俺の方が先にやられちまう!」


 普段の訓練でシノブと組むことが多いスピネルは、シノブのスピードが見慣れている為にギリギリであるが避けることが出来る。


「(あいつが居なかったら今頃俺はあいつに殺されてるぞ!)」


 心の中で悪態をつくことが出来るが段々声を出すのも辛くなってきているスピネル。繰り出される突進を避けた時、それは起こる。


「ギャウ!」


 イレイザーが何かを弾く音と共に横に吹き飛ぶ、数回転がるがすぐに態勢を立て直しその場で警戒をする。


「……マジか、こめかみを狙撃したのに弾かれた」


 離れた木の上からスカイが狙撃をする姿があった。


「遅いぞスカイ!」

「そんなに怒らないでくれ、それに僕が来ても奴を倒すことは不可能なようだよ」

「そんなことを落ち着いて言うな!」


 二人が話している際、イレイザーは今にも突進するためにその身をかがめると、上から衝撃を受け地面にクレーターを作った。


 イレイザーの頭上からルビー嬢が槍を刺そうと落ちてきたのだ。しかし、槍はその体を貫くことが出来ず、すぐにイレイザーの上から離れてスピネルの近くに着地する。


「貴方達、喋るのはいいのですが警戒を解かないでください、死にたいのならいいのですが」

「「いいえ!助けてくれてありがとうございます!」


 雑談していた二人はルビー嬢が助けてくれたことを察し、すぐさまお礼を言う、が、ルビー嬢は見向きもせずに言葉を放つ。


「まだ倒せていません、私の槍は奴に傷を与えられないようです。スカイの狙撃は?」

「僕の狙撃も駄目だね、奥の手を使ったとしても傷一つ付けられないだろう」

「俺のーー」

「「結構」」

「せめて最後まで言わせろよ!」


 雑談するほどの余裕が出来た三人、イレイザーは地面に倒していた体を起き上がらせて体を震わせる。それを見た三人は同時にため息をつく。


「僕たちの攻撃は埃か何かかな」

「……あれを殺せない私たちには一つしか手段がありません」

「援軍……というより”紫電”先生が来るのを待つしかないかな?」

「グァアアアアアアアアアアアアア!」


 イレイザーは辺りに咆哮を轟かせる。その咆哮は大気を震わせるのと同時にイレイザーの雰囲気を変える。


「あれって戦闘態勢……ってことか?」

「先ほどのルビー嬢の攻撃で目覚めたみたいだ」

「来ます!」


 ルビー嬢の言葉と共にイレイザーが動くがその動きを視認できなかった一同。


「まだ速くなるのか!?」

「っ!スカイ!そこからすぐに離れなさい!」

「はっ?」


 ルビー嬢の言葉に呆けるスカイ、しかしその後ろにはイレイザーがすでにおり、空中で体を回す。そしてその動きを追うようにイレイザーの長い、刃物のような一本の尻尾がスカイの胴体に当たる。


「がっーー!」


 スカイの体は真っ二つにならず、そのまま二人の近くの地面に叩き落とされる。


「スカイ!」

「避けなさい!」


 スカイに近寄ろうとするスピネルをルビー嬢が全力で押す。


 そのせいで……否、そのおかげでスピネルは体勢を崩し、地面に倒れた。その上を何かが通り、背後にいたルビー嬢を吹き飛ばす。


 ルビー嬢の体は水きりの石のように、数回地面を跳ねると寝ているように動かなくなる。


「ルビー!」


 スピネルが叫んで呼ぶも嫌みの一つも帰ってこない、その代わり、スピネルの顔に影が差し、影が差す方向を向くとイレイザーがその前足を振りかぶっていた。


 瞬時にしまっていたあれを取り出そうとするスピネルだが、その前にイレイザーの爪が振り下ろされる。


「(駄目だ!間に合わねぇ!)」


 スピネルがそこで諦めかけた時、イレイザーが振り下ろした前足は宙に浮き、目の前には小さなシルエットに合わない、見たことのある大きな大剣がスピネルの瞳に映る。


「遅くなったな!あーしが来たからには安心しな!」


 そこには肩に大剣を背負う”剛剣”がこちらを向き、満面の笑みを浮かべてくる。


 イレイザーは前足を片方斬られたとはいえ、いまだ敵意を沈めることはなかった。


「あーしがいない間に好き勝手やってくれたな、お前程度の小物はこのままでも十分だ」


 もう一度咆哮を上げるイレイザー、先ほどよりも大気が揺れるが、”剛剣”はそよ風が通ったような表情をし、自分の持っている大剣を両手で上段に構える。


 レベル3のイレイザーは持てるスピードを最大限出し、”剛剣”の小さい体に噛みつこうとする。が、それはかなうことなく無慈悲に大剣が振り下ろされた。


 知性があるはずのレベル3でも前足を斬り飛ばされ、挑発されれば、頭に血が上るようで、今までのように小細工なしに真正面から襲ってくる。”剛剣”が振り下ろした刃はイレイザーの顔を軽く消し飛ばし、地面に当たる。当たった地面は爆発したかのように岩を辺りに飛ばし、イレイザーの体を吹き飛ばす。


 地面で倒れた顔のないイレイザーの体はしばらくして斬られたことを思い出したかのように消滅した。


「うーん、ちょっと強すぎたか?顔を消し飛ばすんじゃなく斬りつけようとしたんだけどな」


 スピネルは先ほどまで自分たちが傷も与えられなかったものを一刀で斬り伏せる”剛剣”に、初めて”Ⅱ晶ドゥオ”使いということを認識させられた。


「みんな無事か!?」


 ”剛剣”がイレイザーを倒したのと同時に”紫電”が率いる残りの生徒も合流した。


「おー”紫電”、遅かったな」

「遅かったのは君だろ、だがスピネル君たちを守ってくれてありがとう」

「あーしもこいつらの先生だからな!当然のことだ!」

「……そういうのであれば遅刻しないでくれるか?」

「……起きたら誰もいなかったんだよ」


 ”紫電”からの指摘に徐々に視線を外していく、スピネルは”紫電”の後ろについているシノブの姿を確認し、呼ぶ。


「シノブこっち来い、スカイが気絶してるから連れていくぞ」

「……こっちの方にやっぱり大物がいたか」

「レベル3を”剛剣”が倒してくれたんだ」

「レベル3!?よく生きてたな」


 シノブが盛大に驚きを表す。こんなに驚くこと事態、普段は無いものだ。スピネルはそんなシノブにさらに爆弾を放つ。


「でも、それよりヤバい《群れを成す王フェンリル》が現れて”大拳”が一人で戦っている」

「「《群れを成す王フェンリル》!?」」


 シノブは顔だけいろんな表情をランダムに繰り出しており声も出せないほどに驚いている。そのシノブを押しのけ、スピネルに詰め寄る。


「スピネル君!今《群れを成す王フェンリル》と言ったか!?あの”幻獣”の!?」

「本当に見たの!?あーしに嘘をつくなよ!」

「え、ええ、”大拳”自身がそう言って全身武装を展開して応戦してます」

「くっ……!なぜここに!?討伐隊は何をやってんだ!」

「それよりも今はすぐにでもじじいのーー」


 だが”剛剣”の言葉は止まってしまった。上から落ちてきたその物体を見た瞬間にーー。


「じ、じじい!」


 落ちてきたのは今話題に出た”大拳”だった。


「……なん、だ?よう……やく、来たか、小娘」

「生きていたかじじい!」

「ほざくな」

「リッカ君は無事なのか!?」

「こ、ここに!」

「”大拳”の回復を頼む!他のみんなは小隊のメンバーと共に固まっててくれ!」

「っ来る!《灰燼の斧メルト・アッシュ武装開放パージ!」


 ”剛剣”が赤い光を放つとともに全身鎧を展開し、大剣が大斧に変わる。その大斧を真上に向けて振り上げると甲高い音と共に何かを弾く、そして”大拳”と同じように上から絶望が降ってくる。


「《群れを成す王フェンリル》……、ここにはあれと戦えるのが三人しかいないぞ」

「あーしたちでも全員で対応してどうなるかだ」

「……それでもやるしかないだろうよ」

「”大拳”、平気か?」

「おう、リッカに回復してもらったからな、あのケモノの主な攻撃方法は尻尾だ」

「それは見ればわかる!じじいは見えないのか!?」

「小娘は少し黙れ、尻尾の一本一本がまるで意志を持っているかのように自由自在、それでいて本体も攻撃をしてくるから厄介なものだ」

「……たたっ斬ればいいだろ?」

「とりあえずは三人でやれるだけやるとするか、《雷切二式》武装開放パージ


 ”紫電”の体が黄色く光り、全身に甲冑を展開、頭には兜ではなくハチマキが巻かれている。そして両手には刀が二本ある。


「お前のそれハチマキだよな?何で兜じゃないんだ?」

「……兜だと視界が塞がるんだよ」

「”武装結晶ガンド”の形状を自分で決めれるわけないだろ、二人ともバカだな」

「「バカにバカと言われるとは」」

「お前ら後で覚えとけよ」


 ”Ⅱ晶ドゥオ”使い全員が全身武装を展開し、戦闘態勢を取る。


「……自分たち、今凄いものを見ているのではないのですか?」

「たぶんそうだろうね、こんな光景を見れるのは世界広しと言えどもボクたちくらいだろうね」

「……戦闘は?」

「ルビー殿が起きました!」

「っ!?敵は!?」

「落ち着け、スカイも起きたぞ」


 気を失っている生徒たちも目覚め始め、その場にいる全員の視線が《群れを成す王フェンリル》と三人の”Ⅱ晶ドゥオ”使いたちに集まる。


 そして誰もその始まりを認識できることなく”剛剣”の初撃が《群れを成す王フェンリル》に初めての傷をつける。


「ガァ!」


 だが傷は浅く、《群れを成す王フェンリル》が怯むことなく三本の尻尾を連続で”剛剣”に放つ。”剛剣”は避けようとせずそのまま肩に斧を構える、尻尾が”剛剣”に当たる前に”紫電”が割込み、尻尾の連撃を全て弾く。


「重いな」

「余裕なくせに」

「これでも全力で対応しているんだ”大拳”!」

「はいよ!」


 ”紫電”の合図と共に”大拳”が地面に両拳を叩きつける。先ほどと同じように地響きが起こるとともに《群れを成す王フェンリル》を左右から挟むように地面の壁が迫りくる。


 気づいた《群れを成す王フェンリル》は離れようと唯一の退路である後ろに跳び下がる。だが、それを許さないともいうように”紫電”が近づき今度は斬りつけていく。


 《群れを成す王フェンリル》は”紫電”の連撃を尻尾で捌いていき反撃も入れる。


「くっ……!」


 尻尾の反撃を捌いて攻撃をしていた”紫電”だったが大きく身をよじって反撃を回避、その隙にもう一度後ろに跳ぶが、着地点の方から熱を感じ、そちらを向く《群れを成すフェンリル》の視界内に先ほどまで前方にいたはずの”剛剣”が斧に炎を纏わせて構えていた。


「いらっしゃぁああああい!」


 そんな言葉と共に斧を振り下ろす”剛剣”、《群れを成す王フェンリル》は一本の尻尾を使って軌道を逸らそうとするのだが、


「しゃらくせぇえええええええええ!」


 防御に回した尻尾を斬られ、体に初めて大きな傷を受けた。今までも”紫電”たちからの攻撃を受け傷を負っていたが、すぐに回復していたので問題視すらしていなかった。


 それが裏目に出てしまい、初めてのミスを《群れを成す王フェンリル》は犯してしまった。斬られた衝撃で左右から迫る土の壁の間に戻る、そう思っていたのだが尻尾を使い土の壁の端を掴み、パチンコの要領で土の壁を脱出する。


 戻ってくるとは思わなかった”剛剣”は横に大きく飛んで《群れを成す王フェンリル》を避ける。


 ”剛剣”の周りに再び集まりだす三人、最初に睨みあっていたように動かなくなる。


「”剛剣”攻撃を受けたな」

「ああ、避けたと思ったけどあーしもまだまだだな、奴の爪を喰らった」

「”紫電”もあの尻尾の攻撃を何度か受けたな」

「……攻撃に入るのを待っていたようだ、カウンターで何度か貰った」

「それにしても小娘」

「なんだじじい?」

「お前の武器は大剣じゃないのか?”剛剣”という名前は詐欺に近いぞ」

「ああ、それは思った」

「あーしがこれを使う機会がなかっただけだ!あーしのせいじゃない!」


 三人とも今のやり取りの後に普通に会話する。


 まるで先ほどの戦闘が無く、ダメージも受けていないかのように。


 それを見ていた他の全員はほとんどの者が何が起こったかを見れていない。


「もはや別物だな……」

「同じ”武装結晶ガンド”とは思えない」

「わたくしは一切見えないのですが」

「自分の最高速度を簡単に超えてます」

「シノブ」

「ああ、拮抗している……だが続けば負けるな」

「どういうことだい?二人とも」


 スピネルとシノブの話している内容にユウカが割って入る。


「シノブが言ったように、このまま続けば負ける……あいつの傷を見ろ」

「……あれって泡立ってる?」

「イレイザーは自己修復機能があるみたいだ、時間をかければ斬れた前足も生えるほど」

「つまりーー!」

「そう多分もう修復に入ってる、時間が立てばあの大きな傷も治るだろうな」

「そんな!」


 リッカも近くにいたため聞いた内容に口を隠して驚く。スピネルは”結晶輪”を取り出し”武装結晶ガンド”の近くに装着する。


「……やるのか?」


 その行動を見たシノブが呼び止めるかのように言葉を放つ。


「……あと一人、あと一人いれば仕留められる」

「……時間は?」


 シノブは諦めたようにため息をつき、無理やり笑顔を作る。


「五分」

「ならその後は俺に任せろ」

「シノブがそういうんだったら任せられるな」

「うっせ……勝ってこいよ」

「任せろ相棒」


 二人は拳を突き出し当てる。その後にスピネルは吼えるかのように言葉を放つ。


「《過剰増幅オーバーブースト》!限定開放オーバーパージ!」


 言い終わるとともにスピネルの体は赤く光り電流がほとばしるかのように黒い光が弾ける、その後、洋紅色の全身鎧を展開、その手に剣を持つ。


 もちろん突然光出したスピネルを誰も見ていないということはなく、シノブ以外の生徒にもその光景を確認する。


 だが、誰かがスピネルに質問する前にスピネルは《群れを成すフェンリル》に向かって駆け出していた。


「いま……のは……」

「全身武装……どうしてスピネル殿が」

「それも先ほど見た”剛剣”様のように赤いわけではなく、さらに深い色をしていた気がする」


 飛び出したスピネルを様々な視線が見つめ、ルビー嬢の目はいつもより機嫌が悪いように見えた。


「リッカ、まだ回復は使えるか?」

「はい、使えます……どこか怪我を?」

「いや、してない、この後使わないままでいてくれるか?」

「大怪我をする人が居なければ問題ないです」

「それでいい」


 シノブはリッカに伝え終わった後、すぐに視線をスピネルに向けるのであった。


 先ほどと同じように”紫電”が尻尾の攻撃を捌き、その合間に”剛剣”と”大拳”が攻撃を入れていくのだが、先ほどのような連携を警戒しているのか《群れを成す王フェンリル》は動きを止めることはせず、一人に攻撃を集中させながら、攻撃をしてきたものには爪で攻撃を入れ、膠着状態に入っていた。


 お互いにダメージを与えあっている為か、両者ともに決め手を与えることが出来ないでいる。


「このっ……!」

「待て!踏み込むーーっ!」

「小娘!」


 痺れを切らした”剛剣”が先走って踏み込んでいく。それを”紫電”と”大拳”が止めに入ろうとするが二本の尻尾の動きがさらに激しく速くなる。


 そのせいか”剛剣”と《群れを成す王フェンリル》の本体の一騎打ちになる。真正面だというのに”剛剣”は攻撃力に自信があるのか、お構いなしに斧を振りかぶる。


 その瞬間、足止めをしていた尻尾が標的を”剛剣”に変え襲い掛かる。


 一本は避けたのだが、もう一本が”剛剣”の肩に当たってしまい地面を転がる。すぐに態勢を立て直すも、”剛剣”の目の前にはすでに《群れを成す王フェンリル》の爪が振り下ろされており、避けることなどもうできない。


「”剛剣”!」

「くそっ!」


 二人もすぐに行動を起こそうとしたが、すでに遅い、爪はそのまま”剛剣”に対して振り下ろされたーーが、”剛剣”ではなく横の地面を抉った。それは、今駆け付けたもう一人によって体を蹴られたからだった。


「大丈夫か?腰抜かしたりしてないだろうな?」

「……スピネル」

「なぜ彼が、全身武装を展開してる」

「それは後だ!ふんっ!」


 突然の乱入者、それもそれがステージ2しか展開できないと言われた生徒が全身武装で現れたというのはかなりの衝撃を与えた。


 そんな中、”大拳”だけがすぐに行動を始め、地面に拳を叩きつけ《群れを成す王フェンリル》の腹に土の杭を叩き込み吹っ飛ばす。


「展開できる時間は短いので、短期決戦で行きます!皆さんすぐに動いて!」

「……話は後で聞かせてもらうぞスピネル君」

「それは後で!行きます!」


 スピネルは返事をしてすぐに《群れを成す王フェンリル》に向かって駆け出す。剣に炎を纏わせて構えを取る。


 接近に気付いた《群れを成す王フェンリル》は二本の尻尾ですぐに迎撃に入る、だが、


「俺の持ってる”武装結晶ガンド”は確かに”Ⅲ晶トレース”だが、出力は跳ね上がっている!」


 そう吼えるスピネルは向かってくる尻尾を切り裂くーー否、溶かしてしまう。


「ガァアアアアアアアアア!?」


 溶かされるなど初めてのことに対し、《群れを成す王フェンリル》は初めて怯みを見せる。もちろん、この瞬間を逃すほど、”Ⅱ晶ドゥオ”使いたちも暢気ではない。


「先ほどのお返しだ!」


 ”紫電”が先ほどよりは手数が少ないが、その分威力を上げたため、すぐに回復できない傷を幾つも刻む。


「足が止まったな!全力の拳……とくと味わえ!」


 ”大拳”は真上に大きく飛び《群れを成す王フェンリル》の背中を思いっきり殴りつけ、杭を打ち込む。


 今までは衝撃を与えていただけだったが、”紫電”が刻んだ傷が押しつぶされ、その傷をさらに深く、広げていく。


「ガァアアアアアアアアアアアア!」


 咆哮ではなく悲鳴の声を上げる《群れを成す王フェンリル》、しかし、目の前から膨大な熱量を感じ、その元凶に目を向ける《群れを成す王フェンリル》。


 そこには先ほどよりも斧に炎を纏わせている”剛剣”の姿、逃げようと体を動かそうとするが、先ほどの攻撃が体の機能を失くしているために動くことが出来ない《群れを成す王フェンリル》。


「これがあーしの全力!以前、お前の仲間の片腕を消し飛ばした一撃!」


 言葉を放った後、”剛剣”は動かなくなった《群れを成す王フェンリル》に対してその斧を振り下ろす。避けられることなくそのまま吸い込まれるように当たると同時に一本の赤い柱が立つ。


 《群れを成す王フェンリル》が受け止められなかった熱量が柱となって辺りを明るく照らす。


 しばらく経つと、柱は消え、その場には《群れを成す王フェンリル》が立っていた。


「くそ!まだーー」

「いや、よく見るんだスピネル君」

「え?」


 ”紫電”に言われ、《群れを成す王フェンリル》をしばらく見る。すると、《群れを成す王フェンリル》の体が徐々に崩れていき、《群れを成す王フェンリル》がいた場所に大きな黒いコアが落ちる。


「……倒……した?」

「ああ、倒したようだ」

「ふぁー疲れたー」

「儂は一人で相手してる時が一番死ぬかと思ったぞ」


 《群れを成す王フェンリル》の消滅を確認した瞬間、それぞれが軽口をたたく。


 スピネルも消滅を確認して安堵した瞬間、”武装結晶ガンド”が強制解除され、”結晶輪”が砕け、体に激痛が走る。


「ぐぁあああああああああああああ!」


 突然の苦痛の叫びに周りにいた三人がスピネルに寄っていく、スピネルはあまりの苦痛に体を倒し、意識を失う。


 だが、スピネルは意識を失う前に視界の端で見たことのある影を見た。


 それは以前、スピネルの村を襲い、両親を目の前で殺した。イレイザーの姿を。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ