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コミュ障JKが生く、ちょっとハードな異世界都市  作者: 汗茄子w8
第一章:ひねくれオリビア
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職業見学

 

 白い吐息が霧に混じって消えていく。


「うぅ……さむ」


 ゴルドマンさんから借りたコートはぶかぶかで、地面に擦れそうなぐらい大きかったけれど、それでも張り付くような寒さからは身を守ってくれていた。


 朝なのか夜なのかまるで区別のつかない寒空の下、私とハリィ君とバーニー君の三人は一緒に道を歩いている。

 まあ……寝てるところを叩き起こされてすぐ宿を出たので、今が朝だというのは分かっているんだけれど。


「変な事を聞くかもしれないけど……朝と夜の違いって時計を見る以外でどうやって区別をつけてるの?」

「空の明るさだな。分からん奴もいるらしいが、昼は間違いなく明るいぞ。気温も上がるしな」

「工場勤めとかは分かんない人多いみたいだよ。ずっと引きこもってるからね」

「なるほどー……?」


 空を見上げる。この世界に来て三日目の空だ。

 相変わらず雲は厚ぼったくて、夕焼けと黄昏を足して二で割ったような色をしていた。


 広い道へ出ると、遠くの方でいくつもの煙突が煙を上げているのが見えた。霧のせいなのか、煙のせいなのか、どの煙突もぼんやりとしていて判然としない。


「あの煙突が空を曇らせてるのかな」

「さあ。工業区の方はかなり空気が悪いのは確かだね」


 うっかり出た独り言にハリィ君が反応を返してくれた。彼はぶっきらぼうのようで、なかなか面倒見のいい人のように思う。


 大きな道はよく見慣れた作りだった。二車線の車道が中央にあって、両脇が歩道になっているのだ。

 ただし、車道を走っているのは自動車ではなくて馬車だった。

 馬車の形は大小様々で、単純に馬に跨って荷かごを引かせているものや、手綱を握っている御者がカゴの後ろの高い位置に座っているような形態のものもある。大きいものだと、馬を二頭繋げて何人も乗れるようにした屋根付きのものまである。共通しているのは、どの御者もしきりに時計を気にしている事だろうか。


「お姉ちゃん、バスに乗りたいの?」

「えっ? いや、そんなことないよ?」


 一番大きな馬車に見惚れていたらバーニー君に心の中を読まれた。正直すごく乗りたい。っていうかバスなのか。


「悪いがまだ稼がないうちから無駄使いはできない。半ペニーだって稼げない日を何度も経験してるんだ」


 二人を見ていると華やかに見える泥棒生活も、実際には相当な苦労の積み重ねの上にあるらしい。


「そういう貧乏くじを引いた時なんかはな、乞食の真似をやるんだよ。ちょっと見ててみな」


 いつの間にかバーニー君が、少し離れた所のバスの隣でパイプをふかしているおじさんの隣まで移動していた。

 何やら必死に、顔を真っ赤にしながら説明しているようだった。

 よく聞こうとそちらへ意識を集中する。


「お願いだよ! 足の悪いお姉ちゃんがいて病院へ急がなくちゃならないんだ! 」


 ええー。嘘八百だ。


「よく聞こえないな。なんて言ってるか聞こえたか?」

「足の悪いお姉ちゃんがいるって……」

「おう、そうきたか。よし。オリビア、ちょっと(びっこ)引く真似をして。右腕を貸して」


 ぐいっと引かれた腕がハリィ君の肩にまわされる。


「あわわわわわ」


 つまり、私はハリィ君に半分抱きつくような形になってしまったのだ。ちょっと積極的が過ぎませんか。


「しっかりな、足の悪いお姉ちゃん。もっとこちらへ体重をかけて……」


 遠くでバーニー君が手招きをしている。

 私は出来る限り足が悪い風を装って歩くふりをするけど、ハリィ君にくっついてる状況が特殊すぎて、右足が悪いのか左足が悪いのか設定が曖昧な歩き方をしてしまったかもしれない。

 それでも何とか御者の前まで辿り着いた。


「ああ、こりゃあ歩くのも大変そうだな! 病院前まででいいなら通り道だから乗せてってやるよ」

「ありがとうございます。 これで妹の(せき)が早く止められます」


 咳、咳だって。

 バーニー君の姉でハリィ君の妹で咳ね。 私は完全に理解した。


「お、おおゴホッ! ゴホンゴホンッ……ぉぇ」

「お姉ちゃん! しっかり」

「が、がんばれ! がんばれ!」


 力み過ぎて胃酸が逆流しかける。

 よかった。まだ今朝から何も食べていなくて。


「……おお、こりゃあ大変だ! はやく乗んねえ!」


 ともあれ、こうして私たち三人は無賃乗車を果たす事に成功したのだった。



 …


 ……


 ………



 車内は結構な広々空間だった。天井は弧を描いたようなお洒落な作りになっていて、座席は両脇に長椅子が二つ並んでいる。ちょっと揺れが激しい時があるけれど、それを差し引いても私には大満足の内容だ。


「あ、あとどれくらい乗れるのかな!?」

「うーん、最寄りの病院ならそろそろ着いてもおかしくないかも」

「おい、病気の妹よ。もう少しテンション落ち着かせないと――」

「がはは! どうだい、良い乗り心地だろ? 休憩中じゃなきゃ三人で独占なんて出来るもんじゃねぇぞ! 」


 御者さんが振り返りながら大声で話しかけてきた。


「あ、は……はい……けほけほ」


 よそ見運転反対。


 それからお喋りはやめて、窓を流れる景色に意識を傾けた。


 霧は少しずつ晴れていき、それまで疎ら(まばら)だった人影も時間とともに増えていった。足早に道をゆく人、せっせと何かを運ぶ人、大声で食べ物を売り歩く人、それをタダで譲ってくれとねだる子供。気付けば、何処から湧いてきたのだろうと思うくらいに多種多様な人で溢れていた。

 雑踏に紛れて、どこからか楽しげな音楽が聞こえてくる。ヴァイオリンの流れるような音色だったり、オルガンの軽快な曲だったり。さらに遠くの方からは鐘の鳴る音や、汽笛の音が響いてる。


 良く言えば活気溢れる、悪く言えば喧しく雑多な道端の音。これがこの都市の日常なのだろう。


「さあて、乞食ども。 遊んでやれるのもここまでだぜ。 俺はこのラッシュで一日の稼ぎが決まるんでな。精進しろよ!」


 ばれてーら。


「……救貧院(スパイク)前か。ありがたいね」

「べーっ!」


 三人でどたどたと馬車を降りる。御者のおじさんは気分良さげに手を振って出発してしまった。私は特に悪い気はしないけど、二人はなんだか悔しそうな風だ。

 降りた先ではなんだか古臭い、今にも壊れそうな建物が見えた。病院は病院でも廃病院のような、お化けが出てきそうな建物だ。


「ここが目的地なのかな?」

「墓場という意味では目的地かもな」

「ここは病院じゃないよ。救貧院っていうね……えーっと、職がない人とか身体の不自由な人とかを何とかしようって施設……という事になってるよ」


 なんだろう、すごく含むような言い方だ。


「乞食にはここがお似合いってんで降ろされた訳だ。まあいいさ、仕事場に近づければな」


 そう言うとハリィ君はさっさと歩き始めた。私達も追いかけるようについていく。


「この都市には大小の違いはあるが、かなりの数の市場がある。もちろん宿の近くにもいくつもあるんだが、同じところばっかりだと顔を覚えられちまうからな。こうして遠くに行けば行くほど安全だ。ほら、あそこ」


 指差す先を見ると、大きな屋根のついた、ちょっとした商店街のような市場が見えた。

 果物やお肉、丸められた布束のような雑貨など、様々なものが売られている。頭に大きな籠をのせた人が何人もいて、良く動き回っていた。


「この時間は一般客はあんまりいないんだ。転売目的のやつばっかりさ。やつら貧乏だからポケットは気にしなくていいぜ」


 狙うのはあくまでも屋台の商品らしい。


「まずはちょっと離れたところから全体を見るんだ……うん、その辺かな。それで、死角を探す。死角っていうのは皆が注目しているところのすぐそばに出来るんだぜ」


 じっくり見回してみるけれど、人の出入りが激しくていまいち要領を得ない。


「全然見つからないだろ? そりゃそうだ。この時間はじっくり買物してる客なんかいないからな」

「でもね、タッグでやれば隙を見つける事が出来るんだよ」


 二人が目を光らせ始める。


「じゃあ、あの肉屋な。見えるか?」

「おっけー」


 そう言うとバーニー君は肉屋へ真っ直ぐと向かっていき、ハリィ君は別のお店に興味がある風を装いながらふらふらと視線を外しながら後を追った。


 黒光りするエプロンをつけた肉屋はかなりガタイが良く、大声で「うさぎ!羊! 犬! 牛! なんでもあるよ!」と繰り返し叫んでいる。

 肉屋の後ろに吊り下げられた、かつて動物だった塊の威圧感と、ほとんど怒号じみた声があわさり恐ろしい雰囲気を醸し出している。


「おうなんだ坊主! しっしっ、お前にくれてやるもんなんかここにはねえよ」

「お願いします……姉が病気で……大変なんです」


 ええー。無理だよ。このおじさんは怖すぎる。


「よくある話じゃねえか。せめてもっと面白い話を考えてきな」


 肉屋はバーニー君の方を見向きもせず、殆ど相手にしていない。

 ハリィ君はというと完全に背を向けていて、反対側のお店の商品と睨めっこしていた。


「姉が……姉が産後間もなくて……母子ともに腹ペコで――」

「じゃあそいつらのところまで案内しな! 腹一杯になる食肉に加工してやるよ! ぐわはははは」


 肉屋は巨大な肉切り包丁を取り出して、まな板の上に叩きつけた。


「ひいいっ!?」


 バーニー君がこちらへ真っ直ぐ逃げてくる。


「ギャーー! ちょっと巻き込まないで!」


 私も一緒になって走った。文字通り脱兎の如くだなとか、この場合人肉になるのか兎肉になるのかとか、そんな事を考える余裕は当然なく、背後から迫り来る、恐怖心を掻き鳴らすような笑い声が聞こえなくなるまで走りつづけた。

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