うさ耳スカウト
少年に手を引かれるままに道を歩く。
これまでにかなり歩いてへとへとになっているけれど、手を握られていると元気が出た。少年の手は柔らかくて繊細で、暖かい。
行き交う異形の人々も、言葉が分かれば親近感を覚える。特に市場の人達はみんな活力に満ちていた。
大声で客を呼び込む人や、必死に買い叩こうとする人、隣店同士で野次を飛ばし合っていたり様々だ。
「ほら、あんたが欲しがってたやつだぜ」
市場を横断中に少年がパンを投げてよこしてくれた。
突然だったので落としそうになりながらも、何とか抱きかかえるようにしてキャッチをする。
「あ、ありがとう」
ちょっと固めのパンを頬張りながら道を歩く。お行儀が悪いかもしれないけど、周りも食べ歩きをしている人が多いのであまり気にならなかった。
「しかしちょっと鈍いっぽいな、あんた。たくさん訓練しないと」
「むぐぐ……ごくっ。くんれん?」
「スマートに物をキャッチする訓練ってところだな。 まあ家に着けば分かるよ。それより名前は? 俺はハリィ。迅速のハリィさ」
かっこいい。二つ名があるのか。
そういうのなら私も得意としているところだ。
「あ、織羽 秋葉です。えーっと……漆黒の……」
うん、だめだ。実際にやるのは恥ずかしいよ。
「ああ、よろしくな。オリビア」
「え? 織羽だよ?」
「そんなに可愛いのに男みたいな名前で呼べないだろ」
「はっ……はぁ!?」
カワイイ? かわいいって言われた? お父さんとお母さんにしか言われたことないぞ……?
一体どうなってるんだ……。
あー、あれかな。異世界だと逆に見えるとかいうやつかな。
念のために聞いてみよう。
「ど、どこガ、カワイイ…って」
「耳」
「……みみ?」
「ああ。俺が思うに男が生やしてるよりずっといい。他のやつには言わないでくれよ。さあもっと食べたい物はないか?」
まさかと思い、自分の頭の上あたりに手をやってみた。
ぺろん、という不思議な感覚が身体に伝わる。
「あ、あれ……? あれれ?」
「なんだ? あれってどれだ? あのベーコンか? あれは皆の視線が強いから無理だ」
代わりにどうぞと言わんばかりに、何処からか取り出したのか、りんごが飛んできた。今度はうまくキャッチする。
「そうじゃなくって、えーっと……あ、鏡! 鏡はどこかな」
「うーん。それはもっと難易度が高いな。ああ、あそこにデカイのがあるぜ。持って帰れそうにはないけどな」
ハリィ君の指差した建物へ急いで駆け寄る。
窓をのぞいた先の明るい部屋の中には、色々なボトルが並んだ大きなカウンターといくつかの丸テーブルが見えた。そこへグラスを手に持った人たちが座っている。
「酒場ってやつかな? 大きな鏡なんて見当たらないけど……」
何やらカードゲームを遊んでいるテーブルの周囲に人が群がって騒がしそうにしている。
「おーい! 迷子になってまた行き倒れになる気か? ……しかし流石うさぎだな。足が早い」
あとから走ってきたハリィ君が何やら不穏な事を言った。
「うさぎ……。やっぱり私って」
ハリィ君はポケットからマッチを取り出すと、慣れた手つきで靴底に擦りつけて点火した。ニンニクみたいな匂いがふわっと広がる。
「まだ混乱してるのか? ほらすぐ後ろだ。お目当ての鏡だぜ」
再度、酒場の方へと振り返る。
マッチの明かりによって窓が鏡のように私を映し出していた。
黒髪から突然伸びている真っ白な楕円の耳がピンと立っている。耳の内側はほのかなピンク色で、まるで大きな目のように私の方を向いていた。
そして、もう一つ変化があったのは本当の意味での私の眼だ。眼はというと、赤くなっていた。私をここに追いやったうさぎ男の眼のように、燃えるような爛々とした輝く瞳をしている。
私はこの世界の異形の人たちと同じように、人と獣の混ぜもののようになっていた。
「もふもふだぁ……」
もう一度、手を伸ばして耳に触れてみる。白い毛は柔らかくてふわふわ。明らかに髪とは違う質感だった。
「もういいな? あまり同じ場所に長くいると良くないんだ。あんた結構目立つしな」
手を引かれ、急ぎ足で路地を行く。
どう考えても通れないような人混みの中を縫うように、ときには無理やり押し通る。
けれども誰も気にしない。人口過密な世界で皆、力強く歩いていた。
普段の私ならこんなに長く歩いたり走ったりできない。これもうさぎ化したせいなのだろうか。
「そういえばオリビアは何処からきたんだ?」
すいすいと進みながらハリィ君が質問してきた。
「日本……あー、ジャパン?」
何となく言い直してしまう。
「知らない場所だな。そこはどんなところなんだ?」
「えっと、こことは全然違う世界で、うさぎとか犬とか猫の人はいなくって、皆普通の人間で……」
「アハハ! バニラたちの世界ってことか。やっぱり面白いなあんた。小説家になるといい」
信じてもらえなかった。なんとなく予想は出来てたけど。
まあ、私も穴に落ちた先の世界は獣人がいっぱい! なんて言われたら同じ反応をすると思う。
「あ、そうだ。うさぎの男を知らない? シルクハットをかぶって赤いチョッキを着てて、大袈裟な動きをする変態なんだけど」
「さあ、知らないな。というかうさぎの男も変態も探せばそこら中にいるだろ。その特徴だと的が広すぎる」
名前すら分からないからなぁ……。
話しながら歩いていると、道は更に狭くなり、雰囲気もどんどん怪しげな感じになっていった。
街灯が少なくなり、いたるところに闇が侵食している。裏路地といった所だろうか。
上を見上げると、建物と建物の間が橋がかかったように繋がっていたりする。街灯が近くに無い場合、その下は当然のように暗闇に包まれている。
そんな死角だらけの立体迷路の一画でハリィ君の足が止まった。
「さあ着いたぜ」
「うん。でもなんか、かなり怪しいような……」
「大丈夫。皆仲良しさ」
ちょっとした階段を上った先の薄汚れたドアをハリィ君がノックする。
「おーい。俺だ、ハリィだ。開けてくれ」
「そんな奴は知らん」
あれ? 拒否られてる?
「ふーん? それなら僕はおもらしバーニーだ! あれは確か6才の頃、強がってジンをたくさん飲んだ翌朝の」
ばん! と勢いよくドアが開かれ、ランタンを持った茶色のうさ耳の少年が顔を出した。顔付きはハリィ君よりも幾分か幼い。
「ねえ、 秘密の暗号は真面目にやってよ! 何がおもらしさ!」
「そうだぞバーニー。暗号をちゃんと全部言うまで誰も中に入れちゃいけないんだ。次からは気をつけるように」
バーニーという名前らしい。ハリィ君に頭をポンと叩かれて顔を真っ赤にしている。
「くそー! はめられたー! ……あれ、そのお姉さんは? 」
「オリビアだ。スカウトしてきた」
「は、はじめまして。私は織羽」
「あー待って。まずは中に入ってからにしよう。一人ずつやってたんじゃあの爺さん、辿り着く前にくたばっちまうよ」
「あははははは!」
ハリィ君とバーニー君は兄弟なのかな。かなり仲良しに見える。
家の中は暗いけれど、なんだか楽しげな空間だと思った。
不安と期待のないまぜになった気持ちで、私は家の中へ迎え入れられた。




