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穴に落ちた日

 

 翌朝のよく晴れた日。


 学校へ向かういつも通りの道を、いつものように一人で歩いていると、いつもとは違う光景が視界の端に映った。

 足を止めてそちらを見ると、何やらポーズを取ったりパフォーマンスをしている人がいる。


 シルクハットのような黒い帽子を被り、真紅のチョッキを着こなしている金髪の青年だった。

 背を向けて緩やかな坂を下っていく彼の周囲では、何かがキラキラと光を反射して輝いている。


「なんだあれ?」


 不思議な人は、道を行く大勢の人へと進んでいくけど誰も見向きもしない。

 朝の通勤通学ラッシュ時なので皆それどころじゃないのかもしれないけど、紺色やグレーの制服たちの中で真っ赤な服の彼は一際浮いて見えた。


 更に近付いていくと、彼がジャグリングをしながら歩いている事に気付いた。投げているものはジャグリング用のピンではない。1~12の数字が描かれていて二本の針がある、そこそこ大きな時計だ。キラキラと太陽の光を反射させて、いくつもの時計を器用に投げている。


 これはちょっと異様だと思った。昨日の今日だし、もしかしたら。


「まさか狐狗狸さん……?」


 いや、でもまだ早合点かもしれない。彼は見たところ立派な足がついているし、狐でも犬でも狸でもなく人間だ。

 たまたまここに訪れた旅芸人みたいな人なのかもしれない。

 それでも時計を投げるなんて聞いたこともないけれど。


 気付けば人通りはめっきり減り、普段からあまり通行量の少ない道に入っていた。

 この先にあるのは奥行き20メートルくらいで、向こう側が見える程の小さなトンネル。そこへ向かっているようだ。


「うーん……」


 普通、パフォーマーなら人の多い場所に行くはずだけど、実際その逆をやっている。いよいよ怪しくなってきた。

 万一襲われるような事があったら運動音痴の私では到底逃げ切れない。

 しかしここで引き返したら、今日オカ研へ捧げる土産話に泥が付いてしまう。

 一応、男はまだ一度もこちらへ振り返っていないのだから、まだ大丈夫かもしれない。もしおかしな動きをしたら今度こそ引き返そう。

 そう決心して、


「あ、あれ?」


 少し意識を外していた間に、男の姿は見えなくなっていた。

 トンネルに入って進んで行く所までは確かに見ていたはず。隠れる場所なんて無い小さなトンネルなのだ。


 小走りでトンネルを進んで行くと、突然横合いから生暖かい風が吹き込んだ。


 横を向いてみると、不自然に開け放たれた扉があり、その奥には真っ黒の闇が広がっている。

 明るいトンネル内とは不釣り合いな暗さと生暖かい風は、まるで生き物のような存在感をもっている。


「こんなところに扉なんか……あったっけ?」


 口に出す事で目の前の異常を再確認してしまい、全身が粟立つ。

 毎日目にしているトンネルだ。こんな扉に見覚えは無かった。工事をしている様子なんてなかったし……。


 私は混乱しつつも、正解を求めるかのように中を覗き込んだ。暗闇に目が慣れていっても、少し先のコンクリートの地面しか見えない。かなり広い部屋みたいだ。


 突然、背後から大きな声がした。


「やあ! やあ! 寄り道好きのお嬢さん、あなたの友達だ! ごきげんよう! 」


 あまりにも急だったので前方へつんのめり、真っ暗な部屋へと踏み入ってしまった。

 声の方へ振り返ると、先ほど追いかけていたジャグリングの男が帽子を脱ぎ、紳士がよくやるような大袈裟な挨拶のポーズを取っていた。表情は読み取れない。彼の前面は黒く影になっているのだ。

 心臓が早鐘を打ち始める。入り口を塞ぐように男が立っているので完全に逃げ場はない。


「ひっ……あ、あ……あの…」


 あなたは何者だとか、一体どうするつもりだとか、とにかく喋って威嚇したかった。

 だけど言葉も悲鳴も出てこない。パニックのせいか全身が硬直して、まるで力が入らない。


「ああ! 今答えよう! 私はあなたを導く白うさぎさ! そして、ここから先は黒うさぎ! 死者の世界!」


 テノール歌手のような大声で訳のわからない事を言う男は、爛々とした火のように輝く眼でこちらを見据えている。

 先程まで帽子が乗っていた頭を見ると、確かにうさぎの耳のようなものが生えていた。


「いや待てよ? それならあなたもうさぎになるがいい。それがフェアだ」


 そう言うと男は後ろ手にドアを閉めてしまう。

 部屋は完全な闇で満たされてしまった。


 これはどう考えてもやばいやつだ。

 体は男が居た場所へ向けたまま、早足で後ずさる。


「お嬢さん、目を閉じておくことをオススメするよ。チェーンジ・エル・アライラー!!」


 男が居た場所に明かりが灯る。

 既にさきほどまでいた男の姿は無く、代わりに赤色の丸い光源が宙に浮いていた。


 光源は徐々に眩しさを増し、ぐねぐねと一際眩しい赤い柱のようなものを吹き出し始める。

 太陽だ、と思った。


「うぐ……眩しっ…」


 咄嗟に目を閉じ、両手で光を遮る。でも、後退する足は止めない。

 一刻もはやくこの異常事態から抜け出さなければ。

 コンクリートの地面を感じながらすり足で下がっていく。


 そして、地面に変化があらわれた。

 最後の一歩。

 体重を預けようとした足は中空を踏もうとし、

 物理法則はそれを許さずに、

 体勢を大きく崩した私は、


「え……?あ、わあああああああ!!」


 大きな穴に吸い込まれるように落ちていった。

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