誰かの後悔
美味しいミートプディングを作ってくれたコックさんと別れたあと、三人で次の仕事場を探して回っていた。
「もうおおよそ夕刻になる。ターゲットがたくさん増える時間帯だぞ。そして狙うはハンカチだ!」
「シルクのハンカチだ!」
意気込む二人。特にバーニー君なんかは悪戯の延長みたいなノリである。
まあ、こちらの生活がかかっているのはよく分かったので、モラルとかそういうのを考えるのは取り敢えず置いておく。
「市場や商店街は狙い所ではあるんだけど、この時間はおまわりが増えるからな……」
こんな世界にも警察がいるらしい。あんまり治安維持出来てるようには思えないけども。
「ちなみに、おまわりさんってどんな人なのかな?」
少なくとも今まで歩いた中で警察を象徴するようなものは見当たらなかった。あくまで私がいた世界での知識だけど。
「ほらあれ見て、分かりやすいでしょ」
バーニー君の視線の先には比較的綺麗な身なりの、眠そうな男が立っていた。
青い燕尾服に金色のボタン、白手袋、そして頭には固い釣り鐘のような帽子が乗っている。
帽子の全面には大きな金色のシンボルが描かれているのでかなり目立つ。なるほど、これが警察の象徴か。
「確かに、これなら遠くからでも分かるね。でもなんだかひどく疲れてない?」
警察官は半目で寝てるんだか起きてるんだか分からないような表情をしている。
「激務らしい。まあ弛んでる方が仕事もしやすいから有難いね。つまりこの辺りが狙い目ってことだ」
無慈悲である。まあ、生活のため……生活のため……。
しばらくすると人混みは成長していき、みるみるうちに大混雑と言っても差し支えないくらいの喧騒になっていった。客呼びの声に混じり、争うような怒声と警察官の呼び笛がひっきりなしに聞こえてくる。
私たちは影になっている細い小路でターゲットを見つけようと目を凝らしていた。
「ちょいと激しすぎるな、これなら単独でやった方がよっぽどいいんだけど」
「あ、どうぞ私に構わず……」
「そうだな、まあこの混雑ならまず失敗する事はないだろ。一人ここに置いて、後の二人はフリー。10分ごとに集合する形でやっていこうか」
「おっけー、じゃあ下見がてら、まずはお姉ちゃん留守番がいいかな」
「ああ。じゃあおおよそ10分後にな」
時間が惜しいとばかりに、ぱっぱと決まる作戦会議。口を挟む間も無く予定が組まれて、私を小路に残して二人は人混みに消えていってしまった。
「あ、あぁ……」
一人ぽつんと佇む。
目前にはひどく騒がしい光景が広がっているのに、この暗い小路に立っているのは私一人だ。ものすごく心細くなっていく。
たった10分がひどく長く感じる。
ハリィ君に会ってからはずっと誰かと一緒に、この知らない世界で行動してきた。手を借りながら、流されるように。
私は、これで本当に良いのだろうか。
私をここに追いやった元凶の変態うさぎ男が今も何処かで私を見ている気がして、何だかよく分からない、怒りのような感情が沸々と湧き上がってくる。
例えば、私から選択肢を奪ってゲームのコマのように動かして面白がっているんじゃないか、とか。
あいつの事を考えるほど、体の内から不思議な行動力が湧いてくるようだ。
あまりにも、遅い。
とっくに10分は過ぎている。
それなら、もうこの小路から向こうの喧騒へ飛び出して彼らを迎えに行った方が良いんじゃないか。
彼らが捕まる前に私が打って出るのが正解なのでは。
「……え?」
一歩踏み出した時に、瞬時に脳裏を過ぎったノイズに強烈な違和感を抱いた。
捕まる? 正解? なんの事だ。
この感覚は、そう。
朝起きる直前に知らされる、目覚まし時計が鳴る、僅か一分前の――
「こんにちは。少しお話をいいでしょうか」
通りの喧騒の中から、手がぬっと伸びてきて私の肩を掴んだ。白い手袋だ。手の主の男は眠そうな目で続けた。
「うん、やっぱり二人の知り合いとお見受けします。彼らは現行犯でした。あなたはどうでしょうか」
何故かこの時に私に湧き上がった感情は、驚きではなくて、悔しさだった。




