プロローグ「こっくりさん」
「ふんぐるい……むぐるうなふ……ふたぐん」
私しかいない薄暗い部屋に陰鬱な声が響く。
机に広げられたノートの上の十円玉へ、人差し指を乗せたまま詠唱を続ける。
「いあ……いあ……狐狗狸さん……私に友達をくださぁい……」
小さな頃から人見知りの激しい私には友達がいなかった。
高校デビュー初日も他の人へ上手く話しかける事が出来ずに終わってしまった。
日々を虚しく消費していく事に焦燥感を覚えた私は、とある部活動に入部しようと決心を固めた。
それはオカルト研究部だった。部員はあまり多すぎず、活動内容も古今東西のオカルトを語り合おう! みたいな、ふわっとした内容。
何よりも私はそちら側の人間だった。ホラーだとか不思議な体験だとか、ちょっと現実離れした話とかが好きなのだ。類は友を呼ぶとも言うし、きっと友達が作れるかもしれない。そんな考えもあっての事だった。
ただ、手ぶらで入部というのも面白くないと思い、私はこの冒涜的な儀式を行う事にしたのだ。
昔、狐狗狸さんを呼ぶ遊びは各学校で禁止になる程の社会現象を巻き起こしたらしい。
なぜ禁止になったのか。そのほとんどの理由は禁忌を破った事に起因する、精神異常だ。
曰く、儀式の最中に指を離してはならない。途中で止めてはならない。正しく終了するには狐狗狸さんの了承が必要。これらのルールを破ると取り憑かれておかしくなってしまうらしい。
本当にそんな事があるのだろうか。
私は体を張ってこの古く危険な遊びに挑戦することにしたのだ……!
とか、まぁそんな感じの話をまだ見ぬ友達とする為に、私はこの儀式に挑んでいるわけである。
特に恐怖心は無かった。私にとっては目に見えない幽霊よりも、むしろ道端で突然話しかけてくるような人間の方が圧倒的に怖いのだ。
そういった意識を克服する為にも、この行動は意味があるものだった。
何か異変があればコミュニケーションの材料に出来るし、何もなくてもこの経験自体がオカ研での話のタネになる。ある種の使命感のようなものが私を突き動かしていたのだ。
「さあ狐狗狸さん。別に帰らなくていいですよ……っと」
私は挑戦するかのように指を10円から離し、くるくると高く掲げた。そのまましばらく耳を澄まして変化の観察につとめる。
静かな夜だった。
窓の外から聞こえる鈴虫の声が、静寂を更に引き立てている。
「……変化なし。ねよ」
そんなわけで少なくともこの日は特に何も無かった。
つまり何が言いたいかというと、事の発端になったと思しきこの行為にも、私なりの正当性があったという事だ。