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不良な幼馴染

不良な友人の優しさに磨きがかかってきた件について

作者: 光好

これまたLINEで、その場の感情と勢いで書いたものです。思いの外二人が気に入ったので、書くつもりの無かった続きを書いてしまいました。

「ゆで卵さ、最近飽きてきちゃったんだよねぇ。」

「…唐突過ぎてなんて返せばいいのか分からん」


バスに揺られるたっつんが、隣に座る私に顔を向けた。不機嫌顔だ。眉間にシワを寄せて口を真一文字に結んでいる。


「ゆで卵、たっつんはどう思う?」

「どうも思わん」


すげなくあしらい、たっつんはスマホの画面に目を戻した。相変わらずケーキ屋を漁っているらしい。ふむ、今度は渋谷にオープンしたりんごパイの専門店に行きたいようだ。


「それ、彼女と行くの?」

「あぁ……はぁ!?なっ、おまっ」

「うーるーさーいー。バスの中だよ。静かにしなさい不良め。」

「お前が変なこと言うからだろっ」


周りの人がやっぱりね、という視線を送る。たっつんは最近不良度に本気で磨きがかかってきて、ボケているのか、髪の毛を金色にした。しかもピアスまであける始末だ。

もしボケているわけじゃなかったら怖いので、私はまだそこに触れられずにいる。でも周りがたっつんのことを不良だと勘違いして嫌悪感丸出しの視線を送ることに、正直息苦しさを感じずにはいられない。


「で、どうなのよ。誰と行くの?」

「……」

「一人で行く勇気があるのかな?」

「……」

「たつひろクン?」

「…母さんとでも行くよ」


意外な答えに、私は一寸返事に窮してしまった。

私を誘わない。

その事実がいよいよ私に重くのしかかってくる。

私がケーキ屋で見事にぶっ倒れてからというもの、たっつんは私をケーキ屋巡りに連れていかなくなった。もう半年は経つだろうか。待てど暮らせど、たっつんから行き先だけが書かれたメールは送られてこない。

心の隅で、他に行きたい人でも出来たのかと思った。だからさっき思い切って鎌をかけてみたら案の定だ。

今まで居心地の良かったたっつんの隣が妙に息苦しい。我ながら、話しかけるのにゆで卵はなかったと思う。情けない。

今は病院帰りで、お母さんが頼んだらしく迎えに来たたっつんと帰路についているところだ。

お母さんもなかなか余計なことをしてくれる。子の心親知らずである。全くもう。

バスが停留所に着いてバスから降りると、たっつんは当然のごとく家の方へと足を向けた。


「ごめんたっつん。私寄りたい所があるからここまででいいよ。ありがとう。」

「…付いてく」

「ううん、いい。一人でのんびり回りたいから。」

「……」


たっつんは真顔で、今何を考えているのか私に悟らせようとしない。いやそもそも、何も思ってはいないかも知れない。

迎えに来てやったのに、わがまま言うなと思ったのかも知れない。

そうか、とだけ言って背を向けたたっつんは、一度も振り返らずに去っていった。

私はそれに、どうしてだか心臓が痛いほど打って、動けないまま唇を噛み締めていた。

頬を熱い雫が伝い落ちて、喉がぐえっと変な音を出した。

誰にも見られてはいけない。恥ずかしくて、消えてしまいたい。そう思った私の足は自然家とは反対の方向へ向かっていた。


運動不足がたたって三十分も歩くとへとへとになって座りたくなる。

ただここは見事に何も無い。

田んぼの中に通された、割と余裕のある車道と歩道があるばかりで、ここを通る人は皆どこかへ行く途中にここを通り過ぎるだけ、ここに目的があるわけではない。だから自動販売機もない。強いて言うならガソリンスタンドがあるくらいだ。


「…はぁ」


座りたい。

心臓がばくばく言って、疲れた疲れたと駄々をこねる。田んぼと歩道を仕切る鉄製の柵に掴まって、気休め程度に立ち止まる。

どこか寄りかかって休める所はないかと辺りを見渡しても、本当に何も無い。この辺りに住んでいる人ごめんなさい。ディスってるわけではないんです。とか思ってもあまり気分は晴れなかった。

柵に組んだ腕を乗せて田んぼをぼんやりと見ていたら、自転車が来た道と反対の方向からやって来た。

競技なんかで使う趣味の自転車だ。実用性を全く無視したフォルムはとても洗練されて使い勝手が悪そうだ。

一瞬目をやってそんなことを考えていたら、乗っている男の人が、通り過ぎて少ししたところで自転車を止めた。


「…あ、あのー、お姉さん」

「…え、はい?私?」

「うん、そうそう、あなた。」


男の人は二度頷いてから、警戒を解こうとしてか歯を見せて笑った。

歯は、コーヒー好きには付き物の淡い黄土色になっている。あまり若い人ではないらしい。ヘルメットとサングラスであまり容姿が見えないので、どのくらいかは想像するしかない。


「いや、あの、お節介ならごめんね。大丈夫?」

「はい、ええ、大丈夫、です」


男の人は首の後ろをかいて照れくさそうに言う。


「そっか、うん、そうだね。いや、何だかとても思いつめた顔をしていたから。放っといたら、危ないかと思って。」


私もまた恥ずかしくなって顔をうつ向けた。


「え、そうですか、あはは。疲れちゃって休んでいただけです。大丈夫ですよ。」

「遊んだ帰り、とかなのかな。」

「いえ、そういう訳では。病院帰りに、散歩がてら出かけようかなーと思って。」

「び、病院!?そ、そりゃ大変だ。送ろうか?顔色も悪いようだし」

「え、いいですいいです。しかもその自転車じゃ…」

「…そうだね、ごめんね。」


男の人は申し訳なさそうに縮こまる。

私が申し訳ないからどうか立ち去ってくれ、と思っていると、男の人がごそごそと腰のポーチを漁ってケータイを取り出した。


「息子を呼びますから、ママチャリですけど、後ろに乗せてもらってください」

「え!あ、はぁ」


ちょっと怖くなってきた。

粘り強いというか、しつこいというか、何とかして私を助けようとしてくれるのは分かるんだけど、見ず知らずの人間にここまでしてもらわなくてもいいなんて思ってしまう。

でも好意を無為にも出来なくて、男の人が息子さんを呼ぶ電話を聞いていると、あれ、と思った。


「たつひろか?…ああ、え?まだ何も言ってないだろう。…いや、そうじゃなくて、お隣のお嬢さんとたまたま会ったんだが…って叫ぶな!…坂下ったところのサイクリングロードだ。…バイク!?いや、それ父さんの宝物なんだけどっ…て!ちょっと!もしもーし!たつひろー!?あいつはほんっとに!!」


電話の向こうで男の人に罵声を浴びせていたのは、たっつんとよく似た声の男の人だった。

というか、お隣りのお嬢さんて。


「…もしかして……たっつんのお父さん、です?」

「え、はい。そうですそうです。ごめん、気づいてなかったのか!」

「あ、あの、すみません!サングラスとヘルメットでよくわからなくて」

「ああ、道理で。警戒されてるなーと思ったよ。」


今なら、この人の笑い方がたっつんの優しいお父さんだと繋げて考えることが出来て、自然、人のいい笑顔に見えてくる。


「…て、え!たっつん呼んだんですか!」

「う、うん。え?ダメだった?ごめんね、うちの馬鹿が何かしたのかな」

「そういう訳じゃなくて…えとー、今はちょっと…」


マジか。

マジでか。

どうしてこうたっつんと一緒にいるはめになるんだ。

言い終わるか終わらないうちに、爆音を轟かせて向こうからバイクがこちら目掛けて走ってくる。


「お、きたきた。おーい!たつひろこっちだー!」


うんお父さん。

呼ばなくても、たっつん私をガン見してるのですが?

爆音頑張っちゃってる系バイクは私とたっつんのお父さんのすぐ側に横付けし、ヘルメットから頭を引き抜いたたっつんが車道と歩道を分ける柵を軽々飛び越えて私の真ん前に立った。

とっても険しい顔をしている。素晴らしい。


「…どうした?何があった。ジジイに変なこと言われたのか」


ジジイさんが後ろで小さく抗議の声を上げたが、たっつんは無視を決め込んだ。


「いや、別に」

「目ぇ腫らして何言ってんだ」

「っ!」


そうだった。

今の私は他人に見せられない顔をしているのだった。

どうしよう、どうしよう、と狼狽えていたら、たっつんまでも狼狽えだした。


「あ、うん、悪ィ、そこまで強く言うつもりじゃなかった」


わたわたして私を覗き込んでくるたっつんは、私の知っているたっつんで、さっきまでの怒気はキレイさっぱり消え去っていた。


たっつんのお父さんと別れて、私はたっつんの運転するバイクに、たっつんにしがみつく形で同乗することになった。


「絶対、手を離すなよ」

「離すわけないじゃん!」

「…そうじゃねぇよ…あーもう…」

「何よ」


ため息をつくたっつんに少し傷ついてムスッとすると、


「意識飛ばさないでくれよ、頼むから。運転してると抱きとめられないから。」


さらっとそんなことを言う。

不意打ちするのがたっつんの得意技で、私は未だにたっつんの不意打ちを読み切れずにみぞおちにもろに食らう。


「…ごめんね、こんなんで」


そりゃ、彼女の方がいいよなぁなんて考えたら、また鼻の奥がつんとしてきた。

火を噴くバイクを悠々と操るたっつんの背中に顔を埋めてぶつぶつ独りごちる。


「最近誘ってくれないから、寂しかったよ。仕方ないんだけどさ。そうならそうと言ってくれないと…期待…しちゃうって……いうか…」

「…え?ちょ、何言ってんのか聞こえないっ…ちょいちょいちょい待った待ったっ!ごめん、俺なんかしたか!?」

「…っグスッ……ううん、じてない」


わざと顔を上げずに、背中に顔を埋めたまま首を振ると、震えだした私を不審に思ったらしくたっつんがバイクを道のわきに停めた。


「どうかした?具合悪いか?」

「…ちがう…」

「…なぁ、何で泣くんだよ…」


困りきったたっつんの声がぽつりと落ちて、それきり私の嗚咽が響く。


「…だっ……て、たっつん、私のこと、誘わないから…っ、黙って、彼女なんか、作って…」

「……え」

「…だっ、て、否定、しなかった…じゃん…グスッ」

「…えっと、ちょっと待って。泣いてる理由が可愛すぎるんだけど」

「…え?…何?…何か言った?」

「……うーんと、まず、それは勘違いだから」

「…何が」

「彼女なんかいるわけねぇだろ」

「…まじで」

「マジで」

「…じゃあ、なんで誘わないの」


たっつんが、何を考えているのか顎を指先でなぞりながら少しうなって、目玉をきょろきょろ忙しく動かした。


「…いや、最近、元気ないから、具合悪いのかと思って」


まあそれに、俺の見た目だいぶアレだし、と付け足すように言ったたっつんの頬は真っ赤で、ふいっと前を向いて顔を隠してしまった。


「…気を、つかったの?」

「…だって、前だって俺が無理やり付き合わせて、あんなことになっちまったし…」


私の額の傷は茶色い線としてシミのように残っているだけで、もうほとんど気にならなくなっていた。

たっつんが、あれをそこまで気にしているとは思わなかった。


「…急激に悪化するようなやつじゃないから、そこまで気にしなくていいんだよ。」


言葉の裏に、緩やかには悪化するんだけど、という意味も込めて言う。

たっつんの反応を伺おうと思った。

もし、付き合いきれないと言ったのなら、いや言わなくても、そんなふうな雰囲気を少しでも匂わせたら、私から離れるために。


「…まぁ、それもそうか。次は絶対抱きとめるから安心してぶっ倒れていいぞ」


それなのに。

たっつんはまた奇襲をかける。

次、なんて、期待させて、私の涙腺を粉々に粉砕する。


「…え、ちょ、マジ何で泣くんだってば!」

「たっつんが、優しいから」

「………ぉぅ」


たっつんの後ろでめそめそ泣き続けて、後日友人からもらったLINEが


『たつひろに何されたんだ!泣かされたってほんとか!?』


だったことには思わず感心した。

たっつんは不良に見られる星のもとに生まれたようだ。

それを、目の前でりんごパイにかじりつくたっつんに見せると、半眼で鼻を鳴らされた。


「たっつんの優しさについてとくと説いてあげよう」

「……」

「あ!私のりんご!」


私は、たっつんに取られる前にと、りんごパイにかじりついた。


余談だが、最近たっつんにかっこいいよねーと言って見せた芸能人が、金髪ピアスだった。

まさかと思って「真似した?」と聞いたら、唾を飛ばす勢いで否定されたのでちょっとびっくりした。

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