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月下の徒花  作者: 摂氏
8/8

夢幻

空が青いのです。

いま思えば、端麗な君の顔を最後に見たのは、新月の前日だった。麗らかな君の姿を最後に見たのは、新月の翌日。明け方だった。

正しく言えば、君の姿を見た訳では無い。思い出せる光景は、壊れたメトロノームの様に、俺の思考を掻き乱した赤色灯。二人の警察に腕を掴まれて、力なく連れられた男。立ち入り規制テープの鮮烈な黄。二人の救急隊員が運ぶ担架に掛けられた鮮烈な蒼。急いた様子も無く、多くの見物客に見守られて、担架は赤色灯が灯った車の中に消えて行った。

その時に、君との再会は永遠に叶わぬ夢と成り果てた事を、幼心ながら悟った。

「……」

凍えた此の身に、寒風に舞った木の葉が纏わり付いた。

命の灯火が消えた塵芥に構う理由は無い。俺は煙草を咥えた儘、上着のポケットから携帯端末を取り出した。

古い端末を操作して、画像ライブラリから一枚の写真を開いて、映し出された色褪せない記録を眺める。

在りし日の思い出だった。鮮烈に鮮明に、脳裏に焼き付いた美しい記憶だった。

深海を宿す蒼の瞳が煌めいた、懐かしい君の柔和な微笑が、一枚の切り取られた風景の中で、今も儚く咲いて居る。寂れた家屋の窓辺に息吹いた貌佳花との二週間の逢瀬。突然の落花。徒花の様に生きて、短い生の花を散らした君。

俺は、此の一枚目の写真を撮った後、フラッシュが焚かれて居ない事に気が付いて、フラッシュを焚いた写真を二枚ほど撮ったのだったな。

思えば、フラッシュの焚かれて居ない写真ばかり眺めて居た様に思う。

それは、今も変わらない。仄かな自然光と僅かな人工光が織り成す、切り取られた刹那を写した一枚絵の中の君が、俺の描く君だったのだろう。暗い世界に生きて居た君の雰囲気を上手く表現して居た写真が、フラッシュの焚かれて居ない、此の一枚だったのだ。

俺は、あの日の約束を、未だに忘れて居ない。あの言葉が告白ならば、君から返事を貰って居ない。君の名前さえ、俺は教えて貰って居ない。女々しいと言われた所で、あの恋情は決して色褪せる事は無いのだろう。

あれが、俺の初恋だ。最初で最後の恋だ。

あの時に、少しの勇気が在れば、未来は変わったのだろうか。もう少し、躊躇して居れば、君の未来は変わったのだろうか。俺の未来は、変えられたのだろうか。此の世界も、少しは変わったのだろうか。希望は在ったのだろうか。

木枯らしは、俺の身体に吹き付けて、芯まで燃えた煙草の灰を蹴散らす。吸い殻を口元から離して、俺は灰皿に放った。

決して清算される事の無い過去に縛られた俺は、未来永劫、死が因果律ごと切り裂く日まで、叶う事の無い此の恋情を抱えた儘、此の世界を転々と彷徨い生きるのだろう。

明るい未来は、決して訪れない。

上天を眺めて、垂れ込めた暗雲を見据えて、俺は立ち上がった。

直に、冬の嵐が来る。

首に巻いたマフラーで口元を覆い隠して、永遠に踏み出せぬ一歩を夢見て、俺は一歩を踏み出した。

君との再会を夢見て……。

一日の経過で話を区切った結果、一話一話が非常に短い作品となりました。全八話の短編小説です。

二人の邂逅と逢瀬、決別。私は、悲恋が大好物なのです。仲良く結ばれる話も良いのですが、私の根は夭折の美学に在ります。そして、希望と表裏一体の絶望に在ります。お察し下さい。

少年は青年になって、少女は少女の儘、延々と青年の心に生き続けるのでしょうか。はたまた、別の未来が待って居るのでしょうか。

消えた命は、生きて居た痕跡を残す事が出来ます。傷跡を残す事が出来ます。然と刻まれた傷跡は、少年の命が消える日まで、永遠に残り続けるのでしょうか。

素敵な話です。


此処までお付き合い下さいまして、ありがとうございました。

次作は、短編および中編小説を予定しております。長編小説のプロットも練っておりますので、また近々の更新をお待ち下さい。

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