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月下の徒花  作者: 摂氏
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再会

子供に戻りたいですね。

僕はエレベーターに乗り込んで、三階のボタンを押す。押したボタンが点灯した後に、エレベーターの扉を閉じるためのボタンを押した。

無機質な音声案内を耳に、僕は今日の授業の内容を思い浮かべていた。


ー愛の告白を、月が綺麗と表現した作家がいる。


国語の先生の言葉だ。夏目漱石と言う名の小説家が、そう表現したと言う。

どのような状況で言った言葉か説明していたことは覚えてる。でも、内容は覚えてない。表現した事実を知った時に、僕の授業態度は変わってしまったから……。

エレベーターが開いて、僕は自分の家に続く廊下を辿る。

君が問い掛けた、「月が綺麗?」と言う言葉。その問いに対して、「綺麗だよ」と答えた僕。君は、意図して聞いたのかな。

僕は一日中、君との会話ばかりを考えていた。

自宅のフェンスを開いて、僕は家の扉に鍵を差し込んで捻った。

二段階のロックが解除された扉を引いて、身体を捩じ込んで、僕は靴を脱いだ。

「ただいま」

返事はない。両親は、まだ帰宅していないらしい。廊下の電気を点けて、僕は自室の襖を開いた。

暗い部屋。襖の横に付いたスイッチを探して、僕の手に触れたスイッチを押した。

グローランプが紫色に光って、やがて白熱灯に光が灯る。眩しい光に目を細めながら、ランドセルを部屋の隅に置いて、ベランダに続く窓を見れば、僕の姿が映っていた。

君は、今日もいるのだろうか。

ゆっくり窓辺に足を向けて、僕は窓を開く。サンダルに足を通して、振り返った先。昨日の窓辺に、君はいた。

「おかえり」

囁くような声。繊細な管楽器のような声。僕の心臓は跳ねた。

「た、ただいま」

用意していた挨拶が使えず、僕は何とか言葉を絞り出した。

「ここから見えたよ。君が帰ってくるとこ」

窓辺に肘を突いて、微笑んだ君。僕は、その場に立ち尽くして、訳も分からないまま、「え」と呟いた。

「ここ、通ったよね?」

「あ、うん」

ベランダの手摺に手を突いて、僕が通ってきた通学路を見下ろした。

ずっと、そこにいたのかな。

疑問に思っても、言葉は口から外には出てこない。ただ、君と目を合わせるのが怖くて、理由もなく通学路の端から端まで眺めていた。

「月は綺麗?」

「え?」

僕は、ハッとして空を見上げた。

今日の月は、満月から一日後の月。十六夜と呼ばれる月だ。ほとんど満月と変わらない。でも、ほんの少し欠けているように見えるのは、きっと見間違いじゃない。

そして、僕は思い出していた。

昨日の言葉。今日の国語の授業。その言葉を思い出した僕の心臓は、痛いほど早くなっていた。

「どうしたの?」

君の不思議そうな表情。僕は、うるさい心臓を肌と服の上から掴んだまま、思い切って口を開いた。

「綺麗だよ。今日も凄く、綺麗」

月を見て、君を見て、僕は告げた。

「ありがとう」

迷いなく、君は微笑んで言った。

その言葉の意味。「ありがとう」と言った君。月が綺麗と告げた僕の言葉に対して、君が呟いた言葉。僕の心臓は、爆発寸前だった。

君が、この言葉に隠された意味を知っている可能性。僕の勘違いかも知れない。でも、君の問いの意味について、僕の口から直接、君に聞くことは出来なかった。

「じゃあ、またね」

満足気に身体を起こして、君は手を振る。

「あ、うん。またね」

僕は、勢いよく手摺から手を離して、手を振り返した。

そして、昨日と同じように、君は消えた。暗い部屋に、溶けて消えた。そこに、何もなかったかのように消えた。

まるで泡のように、一瞬で現れて、一瞬で消えてしまった。

僕は、頭に残った君の残像を追い掛けるように、君のいない窓辺を眺め続けていた。

今夏の暑さは続くと聞きます。蝉が喧しい日が続きますね。

この作品も、まだ続きます。

お付き合い下さい。


※サブタイトル変更しました

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