邂逅
長編構成ですが、短編です。
一話が短く、ライトな文体なので、気軽に読んで頂ければと思います。
今日は、綺麗な月が見られる日らしい。
僕の住むマンションのベランダに出て、僕は夜空に浮かんだ満月を眺めていた。
雲ひとつ見当たらない澄んだ空。手が届きそうな距離に浮かんだ丸い月。そっと伸ばした僕の手は、月を隠して、夜の空を掻いた。
腕を引いて、眼の前で開いた掌に、月は転がっていない。
だから、もう一度、僕は手を伸ばした。
「何をしているの?」
突然、声が聞こえた。僕の身体は跳ねて、咄嗟に、ベランダの向かいに建つ家を見ていた。
コンクリート製の古い家。所々が苔生して、至る所に大きなヒビの入った家の二階に付いた窓の奥。暗い部屋を背に、一人の女の子が佇んでいた。
両腕を窓辺に置いて、僕の方を眺める女の子。僕の頭は、言葉も考えられないくらい真っ白になっていた。
「何をしているの?」
同じ問い掛け。僕は、激しく波打つ心臓を抑えて、必死に口を開いた。
「月を見てる」
「ふうん」
風に揺れた黒い髪。頬を隠して、耳を隠して、うねった髪は揺れる。
「月は綺麗?」
女の子は、僕から視線を逸らさずに、頬を緩めて、僕に問う。その答えを見つけるために、僕は月を見た。
仄かな光を放って、もやのような白い放射線状の膜を張った月。他の星の何倍も何十倍も大きい月。
「綺麗だよ。凄く綺麗」
その言葉を発した僕の頬は、少し火照った。
別に、女の子のことを言っている訳じゃないと、僕は僕自身に言い聞かせた。
しばらくの間、女の子は黙って僕を眺めていたが、やがて、柔らかく微笑んだ。
「ならよかった」
女の子は、窓辺に手を突いて、細い身体を伸ばした。
「またね」
そう呟いて、君は窓辺から姿を消した。
僕が、「またね」と、言葉を返す余裕なんてなかった。
ほんの一瞬の出来事に、夢でも見ていたんじゃないかと、現実を疑う。さっきまで、ボロボロな家の窓辺にいた君の姿は、今では影も形もない。もはや、そこにいたのかさえ曖昧だった。
「……」
風が身体を撫でて、月は変わらず世界を平等に照らす。僕の身体は、ベランダに影を落としていた。
また、会えるのかな。またここで、君に……。
中編小説と長編小説の合間に書いております。
過去に経験した筈ですが、若い子の頭の中、心の中は度し難いですね。