0003 三つの眷器
「眷器顕現:堕天乃刄」
灰色の刀がベリアルの右手に現れた。半透明で透き通ったその刀は素人の目でも分かる程に、とんでもない力を有しているのを感じる。
「すげぇ」
「これがボクの眷器の一つ。堕天乃刄だよ。攻撃用の眷器だね、使い方は悪魔を切りつける他にも座ったまま遠くのものを手繰りよせたりできるよ! ほら持ってみて」
最後の説明はいるのだろうか? そもそもそんな鋭そうな刀で手繰り寄せたらバッサリ斬れそうだが。
受け取った堕天乃刄の重さはさんなにない。例えるならば、リンゴぐらいの重さである。ぽいっ、と無造作に床に置かれた堕天乃刄。
「次がこれっ! 眷器顕現:聖癒乃杖」
今度は見覚えのある色であった。そう、天使の契約者が持っている眷器と同じ純白だった。
「まて、ベリアル。お前、堕天使だよな? どうして天使の眷器が使えるんだ?」
「だって、堕ちてるだけで天使だよ? 聖癒乃杖はまぁ、簡単に言えば傷を癒せるよ。あ、でもこれ。他の契約者にしか効かないから。天使や悪魔、もちろんボクも癒すことはできないよ」
今度は杖なのだろう。照明にも使えそうなほどに白い。限定的だが、癒せるのだから凄まじい力なのだろう。なんか強そうなものばっかり持っているなコイツ。これまた床にぽいっ、とした。先程より少し重い音がした。
「最後がこれっ! 眷器顕現:魔断乃壁」
「おい、ちょっと待て。おい、それって……」
目の前に現れたのは漆黒の盾だった。これはいわゆる、悪魔が使うモノ。大盾は、ベリアルがすっぽり隠れてしまうほどの大きさである。これだけ、半透明ではなく反対側が見えない。
「ボクは堕ちた天使だよ? 悪魔の眷器も使えるのさっ! 凄いだろう?」
確かに凄い。凄いが、天使の契約者に見つかったら殺されるのではないだろうか?
それにしても、三つも目の前に眷器があるなんて贅沢である。
「それ、他の天使との契約者に見せたらヤバいよな?」
「すごーく、ヤバいと思うよ?」
「最後のだけはお蔵入りで、」
そうだねぇ、と気の抜けた返事が返ってきた。そうだろうな、危険すぎる。
「ふぅ。あ、俺は風呂に入ってくるからな」
「じゃぁ、ごゆっくりと!」
麦茶を飲み干し、そのまま脱衣所に向かう。まさかベリアルが入ってくるなんてことはさすがに無いだろう。あいつも一応は女、だろうしな。
鏡に映る自分の背中を見た。生々しく残っている大きな傷痕をそっと撫でてみる。凸凹とした感覚が返ってくるが、これが生き残った証だと思うようにしている。
多くの犠牲の上に成り立った自らの命。だからこそ、最後の最後まで足掻いてやると誓ったのだ。今は亡き両親に。
栓を捻りお湯を出す。最初は、冷水が背中を濡らすが火照っていた体には丁度良かった。そして、ゆっくりと暖かくなっていく。
髪を洗い流し終えたぐらいで、突然扉が開いた。そして、出てきたのはベリアルだった。もちろん、あられもない姿である。
「ベリアルちゃん、とうじょうっ!」
「即刻、戻ってくれ。頼むから、俺の鋼の意思がぁっ!」
「え? ボクに性別は無いよ?」
性別は無いよ、性別は無いよ、性別は無いよ……頭の中でベリアルの言葉が反響している。どうやらそう言うことらしい。
「いや、そういう問題じゃない。見た目が少女にしか見えないからアウトだ」
即座に後ろを向いたのは、我ながら英断だったと思う。どこも見ていない。いや、見たと言えるのは顔ぐらいだ。後はちらっと腹を見たぐらい。
「でもさぁ。ボクの翼、自分じゃ洗いにくいんだよなぁ」
「いや、知らないし」
白々しくそうベリアルが呟くが、知ったこっちゃない。こんなこと二度とごめんである。
足音が近づいてきて、ピタリと背中にはベリアルの素肌が触れる。ベリアルからは心臓の鼓動すら聞こえない。ドッドッドッ、と脈を打つ自分の鼓動は煩いぐらいに聞こえるのだが。
「頼むよ。レイ」
「ぬぁぁぁっ! 一度だけだぞっ! それに前をタオルで隠せっ! と言うより、俺が着替え終わるまで脱衣所で待ってろっ」
「はぁーい」
そう言うと、そのまま素直に脱衣所に戻っていった。恐ろしい程に音の鳴る心臓を押さえつけて、一言だけ呟く。
「俺の精神。よく、耐えてくれた。そして、これからも耐えてくれよ。俺」
これからもこんな事が何度か来るのであろうと、頭を悩ませつつ体を洗い終え着替えてのだった。




