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ドラゴンマウンテン  作者: 桃兎みいな
6/7

第6話 少女は白馬の騎士がお好き?(上)


     1


 どこまでも広がる大草原の、ど真ん中に走る首都へ続く長い道。

 もうすぐ冬だというのに、日差しはまだ暖かく、旅をするにはもってこいな天気だ。

 一行がチークを出発して三日。

 そんな景色の中を、一台の大型馬車と、一頭の白馬がのんびりと進んでいた。


「ちょい、ガント、あれ、ほっといてえぇんかいな」


 大型馬車を器用に操る茶髪の男が、後ろに向かって小さく声をかける。

「……」

 ガントと呼ばれた男は、眉間に皺を寄せ外を眺める。

 馬車と平行して進む白馬の上には、騎士を思わせる黒髪の冒険者と、横座りにちょこんと乗っかるレンジャー服の少女がいた。

 馬の歩みにあわせて、少女のポニーテールがぷらぷら揺れる。

「どうだい? 馬の上は気持ちいいだろう?」

 甘く涼やかな声で、冒険者は少女にやさしく話しかける。

「あ、は、はい、馬は初めてだけど、高くて気持ち良いですね、カレイドさん!」

「遠慮しないで、カレイドでいいさ。その代わり、私もマリンと呼ばせてくれないか?」

 神秘的な紫の瞳で、冒険者――カレイドはマリンを見つめる。


 普通冒険者といえば、無骨だったり、見た目は二の次という者が大半だが、カレイドは少し違っていた。


 白い馬に乗り、丁寧な装飾の鎧を着こなし、おまけに一流のレンジャーであるクロフォードが認める剣の使い手で、共にドラゴンフェスティバルを制した実力の持ち主である。

 さらに、整った顔立ちは美術館の彫刻のように綺麗だ。


 そんなカレイドに至近距離で見つめられたら、どんな女の子でもくらくらするだろう。


「あうあ、はい……」

 少し顔を赤くして俯くマリン。

「やん、マリン、赤くなっちゃってる。意外に面食いだったのね」

 大きな胸を揺らしながら、メディは馬車からマリンを見つめる。

「あいつはあんな顔してるが強いぜ? 一緒に戦った俺様がよく知ってるさ。おまけに良いとこの出身らしい。あの顔立ちだって納得だろうよ」

 クロフォードは本を片手に小さな声で話す。

「なるほどなぁ、あのカッコよさをちょっとくらい分けて欲しいわ。神様は不公平や」

 2頭の馬を片手で操り、アレイスは呟く。

「おい、ガント」

 クロフォードが、横で眉間に皺を寄せるガントに声をかける。

「俺様はマリンみたいなぺたんこ娘はどうでもいいがな、お前は違うんだろ? 今回は本気で気をつけてないと、持ってかれるぜ?」

「……どういうことだ?」

 一層不機嫌な顔をしてガントがクロフォードを睨む。

「おい、俺様を睨むなよ。同じレンジャーとしてお前にも世話になってるし、お前の事を多少なりと心配してるから、俺様が言ってやってんだぜ?」

 綺麗な金髪をかきあげ、クロフォードはため息をつく。


「お前、マリンの事、好きなんだろ?」


 クロフォードの直球に、アレイスとメディがぶふぉっと噴く。

「…なっ、そういうわけじゃっ……!」

 ガントは小さな声で否定するも、少し顔が赤くなっている。

「ほら、そんなだから駄目なんだよ、お前は」

 クロフォードは首を横にふり、溜息をつく。

「女の子って生き物はなぁ、はっきりしない物よりはっきりする物に心を寄せるもんなのさ」

 女たらしのクロフォードが言うと、妙な説得力がある。

 前で馬を操るアレイスも、うんうんと頷く。

「そうかも知れんなぁ。俺、女ちゃうからわからんけど。よっ!」

 アレイスは違う方向を向こうとする馬を誘導し、言う事を聞かせる。

「…、アレイス、お前馬使うの上手いな」

 クロフォードが感心した顔でアレイスを見る。

「どうせ馬と森でしか役にたたん、しょーもない男やけどなー」

 細い目をより一層細くしてアレイスは呟く。


 アレイスはレンジャーの中でも最弱だが、本人が言うように、森では無敵の強さを発揮するし、馬を扱えば誰よりも上手い。


「俺様も馬が使えたらなぁ。もっともてるんだろうな、ちっ」

 少し前をゆく冒険者見て、悔しそうに舌打ちをする。

 カレイドは白馬を優雅に乗りこなし、後ろから見ていると騎士のように見える。

「あいつは『マリンが好き』とかそう言うわけじゃないみたいだが、興味があるみたいだぜ? 俺様は一応警告したからなー」

 クロフォードはそう言うと、本に目を戻す。

「酔うわよ? 本なんか読んでると」

 メディがふぅ、と溜息をつく。

「何言ってるんだ、王様に謁見するんだぜ? きっと首都のレディ達も注目してるはずだ!そんなトコでヘマできないだろ?」

 真剣な顔で本に向かうクロフォードをみて、みんなが溜息をつく。

 クロフォードの唯一の難点は、女にだらしない所だろう。だがそれが彼の強さの理由でもあるので、別に誰も文句は言わない。

「ったく、カレイドも何でマリンに興味があるんだか、俺様には理解できないね」

 クロフォードは本を閉じて、さらさらの金髪をかきあげる。

「あら、マリンは素敵な女の子よ? 真っ直ぐで、元気で」

 メディは愛しそうにマリンを見つめる。メディにとってマリンは大事な妹分なのだ。


「それにしても、今日のクロフォードはえらくくだけてるのね」

 メディはふと気付き、不思議そうに声をかける。

 いつもクロフォードは、カレイドの様な口調でメディに話しかける。

 だが、今日は何か違う。

「俺らの前ではいっつもこうやけどなー」

 すかさずアレイスが突っ込みを入れる。

「でも、長いこと『メディを堕とす』いうてたのに、あっさり地をみせたなぁ」

 これが地なのかと、メディは軽く驚く。

「メディはその気なさそうだし。俺様は『要らない努力』はしない主義なんだ」

 クロフォードは空を眺めて、鼻歌を歌う。もう首都の娘のことで頭がいっぱいのようだ。

「あきれた」

 メディの冷たい視線をものともせず、クロフォードは鼻歌を歌い続けるのだった。



「あ、あの、そろそろ降りた方が……」

 マリンが少し困った顔で、カレイドを見る。

「ん? つらいのかい?」

「そ、そうじゃないんだけど……」

 マリンはチラッと馬車を気にする。

 それを見てカレイドはやさしく微笑む。

「大丈夫。それにもう少し、マリンと話していたいんだ」

「なんですか?」

 ガントとは違う男の人の匂いに戸惑いながら、マリンは尋ねる。

「マリンは魔法使いだよね?」

「い、一応……」


 俯くマリンに、カレイドはさっと何かを差し出す。


「……、これ、魔石!?」

 マリンは驚いて、カレイドを見上げる。

 カレイドが持っているのは大粒の純度の高い、星の光が閉じ込められたサファイア。

 大量の魔力が秘められている事は間違いない。一級品のお宝だ。

「君の話はクロフォードから聞いたよ。凄いじゃないか。魔力が無くても魔法が使える様に、努力で乗り越えた。そうなんだろ?」

 マリンは突然褒められて、真っ赤になる。

「そ、そんな凄くは……」

「いや、凄いよ。それに並の魔法使いが扱えない魔法を使いこなす、と聞いたよ」

 カレイドは真っ直ぐ前を見て、マリンに話す。

「自信を持てば良い。誰だって持っている魔力の量は決まってるんだ。君の場合は全くのゼロかも知れないが、考えようによっては無限とも取れる」

「…え、……どういう事?」

 マリンは言われた事も無い台詞にドキッとする。


「君は魔力が無いから、魔石を自分の魔力として使える方法を編み出した。これは誰にでもできる事じゃない、君にしかできない事かもしれない。少なくとも、私が今まで会った魔法使いには、そんな者いなかったよ。補助的に魔力を高めるために、魔石を使う者は沢山見てきたがね。魔晶石で回復して魔法を使い続けるものもいたが、あれはあまりに高価だし使いすぎると魔力の逆流という副作用がある」

 カレイドは話を続ける。

「ということはだよ? もしマリンが、大きなの魔力を秘めた魔石を大量に所持出来たとしたら……分かるかい? その瞬間、マリンは世の大魔法使いを簡単に超えた存在になるかもしれないんだよ」

 カレイドの顔はいたって真面目だ。

「人は修行をして、体力や魔力を少しでも上げようと努力する。いくら戦術や、魔術の知識があったとしても、体力、魔力が足りなければ、戦場でそれが生きる事は無い。そして人間は限界がある。体力も魔力も、いつか成長の限界という壁にぶつかるんだ。だが、マリンは最初から壁だった。そしてそれをもう超えてしまっているんだよ」


「……!」


 マリンは驚いていた。

 これほど自分の魔法を理解し、認めてくれた人が今までいただろうか。

「私にはこのくらいの魔石なら、いくらでも用意する事ができる。君を生かすことが出来る、そう思っているよ」

「?」

 カレイドは少し馬の速度を落とし、馬車と並ぶ位置まで馬を戻す。

 そして大きめの声でマリンに話しかける。



「マリン、レンジャーを辞めて、私についてこないか?」  



「!!?」

 マリンも、馬車にいたメンバーも一斉にカレイドを見る。 

 カレイドは躊躇う様子も無く、話を続ける。

「首都で王に謁見した後、何も無ければ、私は南に向かうつもりだ。一緒に行かないか?もちろん強制するつもりなんて無い。マリン、君が決めれば良い」

 馬車から睨みつけるガントをちらりとみて、カレイドは話を続ける。

「私は君を困らせたりはしない事を誓うよ。その魔法力を見込んでのお願いだ。」

 カレイドは馬に乗ったままひょいとマリンを抱き上げ、馬を馬車によせ、マリンを馬車にそっと戻す。

「首都に着き、王に謁見するまでの一週間、ゆっくり考えてほしい。私は君の魔法を高く評価するよ」

 そう言うと馬を馬車の少し前まで進めて、また馬車と同じ速度で進みだす。


「……えっらい告白もろたな、マリン」

 アレイスは後ろを振り返る。

 マリンの右手には、いつの間にか持たされた大粒のサファイア。

 マリンは呆然と立ったまま、暫く固まっていた。


     2


 ――二日前。


「じゃあ、首都には六人で行くのかい?」

 夜の八時、女将さんが書類に目を通しながら、ロビーで寛ぐマリンに話しかけた。

「うん。私とガントとクロフォードと冒険者の人は、王様の直々のお呼び出しだから絶対でしょ? 移動するとなると、やっぱ遠いから馬車がいるし。そしたらね、アレイスが馬車出してくれるって。メディはギルドの更新に行きたいんだって」


 ドラゴンフェスティバルの後、祭りを制覇したという事で王様から書簡がマリン達に届いた。

 簡単に内容まとめると『十日後、王様と謁見し勲章の授与を受ける』というものだった。祭りを制した四人は首都に行く事になったのだ。

 あまり大きいといえないこの国にとっては、ドラゴンマウンテンは重要な土地だ。

 祭りを制するという事は、国にとっても大きなニュースであり、大変な名誉な事なのであった。

 勝者が出たのが八年ぶりという事もあり、首都でも話題になっているのだろう。


「なるほどねぇ。確かに、町馬車雇うより、うちの馬車使うほうが安く上がるしねぇ。アレイスが馬車使うなら、馬も安心だしね。更新も行っとかないと困るしねぇ。分かったよ、そういうことならメディとアレイスの休みを承認しないとね」  

 ぽん、と女将が書類に『了承』の判子を押す。

「ありがとう、女将さん。でも、ごめんなさい。レンジャーの仕事、今月は全然出来てな

いよ……」

 申し訳なさそうに俯くマリンに、女将が笑顔で答える。

「なに、気にしなくて良いんだよ。久しぶりの大型休暇だと思って、羽を伸ばしておいで。そうそう、マリンも元はといえば首都のあたりに住んでたんだし、ね?」

「……ありがとう、女将さん」

 女将さんはいつだって優しい。

 十人しかいないレンジャーが五人もいなくなったら、山の仕事をするのは大変になる。

 だがそんな事、女将さんはこれっぽっちも感じさせない。

 レンジャー仲間も、『名誉な事だから』と誰も嫌な顔をしない。

 マリンはそんなみんなが大好きで仕方なかった。


「あっ、マリンみーっけ!」

 階段の上から明るい声。メディが金髪を揺らしながら、マリンの元に駆け寄った。

「女将さん、マリン、借りてもいいですか?」

 ソファーに座るマリンを後ろから抱きしめ、女将さんをチラッと見る。

「はいはい、いいよ? あ、長期休暇、承認しておいたからね」

「まぁ! 感謝しますわ、女将さん! では」

 深々と頭を下げマリンをつれて上に上がるメディに、女将さんはなんとも言えない笑顔で見送る。

「さて、予定を組まなきゃね」

 女将は、再び帳簿に目を戻す。

 夜の女将さんは忙しいのだ。




「座って座って♪」

 メディは紅茶のポット片手にご機嫌だ。

「う、うん」

 少し緊張しながら、窓際のテーブルとセットになっている綺麗な椅子に腰掛ける。

 メディの部屋はいつも綺麗に飾ってあって、首都のお洒落ならき喫茶店のようだ。

「マリンは首都行くの、楽しみでしょ?」

 机にカップを並べて、手際よく紅茶を注ぐと花の香りが部屋いっぱいに広がる。

「うん、久しぶりだしね。いつも行ってた美味しいお店とか行きたいし」

「まぁ、それもあるかも知れないけど……」

 メディも椅子に座り、マリンを見つめる。


「ガントと一緒に旅行って感じで、うきうきしてるでしょ?」

「ななななな、別にそんな事はっ! み、みんな一緒に行くじゃん!!」


 真っ赤になって首をふるマリン。

「あー、それとも一緒に山に言ってる間に、イイコトあったー?」

「メ、メディ!?」

 メディが聞きだそうとしているのが何の事なのかは、マリンには良く分かっていた。

 マリンだって、丁度相談したかった所なのだ。

 こういうことを相談できるのは、マリンにとってはメディしかいない。

 真っ赤になった顔のまま、暫く考えてメディに呟く。

「あ…あのね、メディ、私、どうしていいか分かんなかったの……」

「な、なにが??」

 マリンは小さくメディを手招きして、寄って来たメディにひそひそと話す。


 山であった事の一部始終を。



「……んまっ!!!!」



 メディは思いっきり驚き、固まる。

「が、ガントったらやるわね」

「う…うん……」

 マリンの顔は火が出そうなほど赤くなっている。

「でね、ガント、すっごく辛そうにしてたの。私がちゃんと…キス、出来なかったからかな? でもね?! あんなの初めてで、ちょっと恐くて、どうしていいかわかんなくて……」


「マリン、ちょっとそれは真剣に身の危険を感じた方がいいかもよ?」


 もじもじするマリンに、メディはぼそりと言う。

「身の……」

「あのねマリン、ガントが辛そうだったのは、絶対キスとかそういう問題じゃないわよ。ガントが、男としてマリンに本気になってたってことよ、多分」

 いつものおっとりした口調じゃなく、少し真面目なメディにマリンはびくっとなる。

「う…、あう……まじ?」

 マリンはメディの緑の瞳を覗き込む。メディは決して冗談で言ってるわけじゃなさそうだ。

「うーん、マリン、嫌なの?」

「い、嫌じゃないけど…、私、そういう事、した事ないし…。それに……」

 メディは立ち上がり、ソファに移動する。そして、目を伏せるマリンをよび寄せる。


「……はっきり好きって言われてないのが、引っかかってるんでしょ」

「なんでメディ分かっちゃうの!?」

「分かるわよ。だってマリンは、私の大事な妹分だもの」

 メディは、確信を突かれて少し泣きそうになってるマリンを優しく撫でる。  


 マリンが『今昔亭』に来てから、メディはずっとマリンを見てきた。

 首都の魔法学校で一人孤独だったマリンを見つけ、レンジャーならないかと誘い、このチークの町に連れてきた時からずっとずっとマリンを見てきた。

 メディはマリンをレンジャーにした張本人なのだ。 


「ハッキリしないのは……まぁガントの問題だけど」

 メディはふぅと溜息をつく。

 マリンを悩ますガントに一発言ってやりたい気もするが、そうもいかない。

 だが人の欲望なんて、今は抑えていてもいつ爆発するか分からない。

 だからメディは心配だった。

「でもね、メディ」

「なぁに?」

 マリンは真剣な眼差しで、メディの腕にしがみつく。

「私、ガントの事、……好きだよ」

「うん、分かってるわよ」

「ガントが…その…あんなキスするって事は、その……」

「そうね、……ガント、マリンにベタ惚れだわよ」

「!?」

「やぁねぇ、ビックリしなくてもいいじゃない。周りから見てたらバレバレもいいトコよ?」

 実際、ガントが必要以上にマリンを大事にしているのは、『今昔亭』のみんな知っている事だった。

 アレで感づかないはずが無い。

 本人達以外は。

「でも、ハッキリしないまま、コトに及ぶと、困るわよねぇ」

「そ、そんな事ならないよ!」

「マリン、男は狼よ?」

「…うぅ、そうなのかなぁ」

「ガントの場合、ワーウルフだしね!」

「ギャグ言ってる場合じゃないよっ!?」

 マリンが突っ込むも、メディは真剣なままだ。

「ギャグなんかじゃなくてよ? 獣人は性欲旺盛って言うじゃない。俗説だけど」

「……恥ずかしいよ、メディ」

 マリンは赤い顔を耳まで赤くして俯く。

「いざとなったら、拒めると思う? 相手はガントよ? 腕力も、体格も、遥かに上」

「…どうしよう」

 困り果てて、泣きそうなマリンをメディは抱きしめる。

 マリンがメディのやわらかい胸に埋もれる。

「まぁ、今は必死に抑えてるみたいだから、マリンに無茶する気はないわよ。きっと」


 メディには分かっていた。

 マリンが困る事は絶対やらないガントだから、ぎりぎりまでは絶対耐え抜く事を。

 でも、絶対何も無いなんて確証はない。

 大事なマリンだからこそ、そういうことで後悔してほしくなかった。

 自分のように。


「まぁ、キス以上の関係になるのは、マリンが本当にすべてを許せるってなってからね」

「か、キス以上って、やだやだやだ、恥ずかしいよ!!」

 これでもかと首を振って、マリンは照れまくる。

 可愛くいやいやするマリンに、メディの中のなにかが壊れる。

「ふふふ、ねぇマリン?その気になった時の男の人って、どうなるか、知ってる?」

「あうあ、知らなくも無いけど、わかんないよ! やだもう!」

「こんな感じー」

 メディはマリンの手をとってすーっと何かをなぞるように動かす。

「うええええ!? そ、そうなの!!!?」

 マリンだって興味が無いわけじゃないから、つい、くいついてしまう。

 メディの思うつぼだ。 

「んでね、こーなっちゃうのよー」

「やめやめやめ、もう、恥ずかし死ぬ!!」

「マリン、こんな風に胸触られちゃったら、どうする?」

 後ろからそーっとマリンの胸を手で覆う。

「はうっ!! やら、やめてぇ、んうぅ…!」

「あらもう。そんな反応したら、ガント我慢やめちゃうわよ?」

「それはこまるぅううう、やぁあん!」

「もうっ、マリン可愛い、私がたべちゃおうかなー」

「やめてぇ、メディみたいに立派な胸じゃないんだからっ、ひうっ!」

「でも掌サイズで良いんじゃないかしら?」

「もぉ手ぇはなして~~!」



 夜に響く謎の声。

 防音に優れている『今昔亭』でも、さすがに隣に聞こえてしまう声量だ。

 隣の部屋のアレイスが、非常に困っていたのを二人は知らないまま、夜は更けていった。


     3


「マリン? 起きて?? もう首都に着くわよ?」


 マリンが目を覚ますと、もうあたりは真っ暗になっていた。

 目の前には、トーチに照らされた首都カデンツァの緑色の門が見える。

「うぁ、いつのまにか寝てたみたい」

 マリンは目を擦り、ふあぁとあくびをする。

「夢でも見ていたの? なんだか唸ってたわよ?」

 少し心配そうにメディが覗き込む。

「んー、出発前の夢みてた~」

「あらあら」

 メディは未だぼーっとしたマリンを撫で、くすくすと笑う。


 

 山に囲まれた王国、グランディオーソ。その山々の中心に首都カデンツァがある。

 カデンツァは立派な城下町になっており、町は高い城壁に囲まれていて人口も多い。

 モンスターや外敵から民を守るために立てられた城壁は強固で、城壁が建てられて二百年、幾度となく民を守ったと言われている。

 城壁には三つの門があり、それぞれに赤、緑、青と色がついていて、それぞれ赤門、緑門、青門と呼ばれている。そしてマリン達は、そのうちの一つ、緑門の前に来ていたのだった。

 だが、日が暮れているせいか、門は硬く閉じている。


 マリン達の馬車を見つけ、一人の兵士が駆け寄る。

「もう閉門している。身分証はあるか? 無いならば出直してくれ」

 馬車の明かりに照らされたのは、きりりとした綺麗な女性の兵士だった。

 女性の兵士と見るや否や、クロフォードがすっと馬車を降り兵士に語りかける。

「あぁ、すまない。俺達はチークからやってきたレンジャーなんだ。王様からお呼びがかかってね」

 いつもより良い声で、何処から取り出したのか、例の書簡を女兵士に差し出す。

「! まさか、あのドラゴンフェスティバルの…!? それは失礼いたしました! お通り下さい!」

 少し興奮したように、女兵士は門の上の兵士に合図を送る。

 すると、分厚い門がずるずると音を立てて開いていく。

「ありがとう、感謝するよ」

 馬車のランタンの明かりの元、クロフォードは爽やかに微笑みながら、胸に手を当て、さっとお辞儀をする。

 金髪青目の美青年に見つめられた女兵士は、頬を染め、目をそらす。

「お、王から話は伺っております。第八地区の宿に行って下さい、まだ空室がある筈です。あ、あの、よろしければ私が宿まで案内しましょうか……?」

「ありがたい、そうしてもらえると助かるよ」

 照れる女兵士に再び微笑み、クロフォードは馬車に乗り込む。

「……、クロフォード、もう女の人引っ掛けてる」

 マリンがひそひそと話すと、メディも「やぁねぇ」と呆れ顔だ。

「仕事の邪魔したんじゃないのか?」

 ガントがぼそりと呟くと、クロフォードはフッと笑い、先を行く女兵士を眺める。

「まだ何もしてないじゃないか、普通に話をしただけだ。仕事が終わってから、彼女は俺様の元に来るのさ。何も問題は無い」

 獲物を見つめるような怪しい目つきのクロフォードを見て、少し前を行くカレイドも笑いを堪えているようだ。

「まぁ、たいした自信ですこと」

 メディは呆れ果て、はぁ、と溜息をついた。




「一人部屋しかあいてない? あぁ、ならそれでいい。ん、多少バラけてもいいかって?いいよなみんな。三階は小さい部屋が一つか。ん、マリン行くのか? じゃあ、三階にマリン。残りは二階で。あぁ、俺はその隅の部屋に」



 宿屋のカウンターで主人と交渉するクロフォードが、皆に確認しながら部屋を取る。

 なんだかんだでリーダーの素質があるクロフォードは、こういう時は早いし頼もしい。

「部屋、とれたぜ? ほら鍵」

 クロフォードが戻ってきて各自に鍵を渡す。


「さぁて、王様と謁見するまで、あと三日。それまでみんな自由行動で。構わないだろ?」

 クロフォードの提案に、みな頷く。

「では三日後に、解散!」

 クロフォードの掛け声で、それぞれの部屋へ移動した。





「……」

 マリンは三階の端っこの部屋の前で、鍵を片手に止まっていた。

 昼間のカレイドの事がぐるぐると頭の中で渦を巻いていたのだ。

 一人になった途端にその事で頭がいっぱいになって、破裂しそうになる。

 予想だにしなかった、カレイドの誘い。


『マリン、レンジャーを辞めて、私についてこないか?』


 あんなに、完璧な人が自分を必要としているのが信じられなかった。

 レンジャーの仕事は嫌なんかじゃない。大好きだ。

 でもあんな風に誘われると、心が揺れる。

 嬉しかったけど、胸の奥が締め付けられるような変な感じが苦しくて、考えがまとまらない。

 マリンはドアに手をかけたまま、俯いていた。



「何やってるんだ、入らないのか?」



 後ろから聞きなれた低い声。

 少しびっくりしたが、頭を振り、現実に意識を戻す。

「ガ、ガント? え、えと、もう荷物置いてきたの?」

「あぁ。お前もぼーっとつっ立ってないで部屋に入れよ?」

「う、うん」

 ガントに促され、鍵を開ける。

 ドアをあけ、荷物を置く。だが、マリンはまた黙り込んで立ちつくす。

 まるで心がそこに無いかのように。

 元気の無いマリンを見て、ガントは心配になる。


「あぁそうだ、お前に頼みがあって来たんだ」

 そんなマリンに、ガントが声をかける。

「え、私に?」

 はっと気付いたように、廊下に立つガントを見つめる。


「おう、飯、食いに行こう。外に」

 珍しいガントからの誘い。

 少し照れているのか、目線は下を向いたままだ。

「お前は二年前までカデンツァに住んでいたんだろ? 俺が知っているカデンツァは七年も前だ。お前なら…良いトコを知ってるだろうと思ってな」

 マリンの頭の中が、一瞬にして食事モードに切り替わる。

 気持ちが明るくなって、カデンツァの地図が頭に展開される。

「うん! いっぱい知ってるよ! 沢山食べれるトコが良いよね? ここからだと何処が良いかなぁ、八地区は観光客用の区域だから値が張るんだよね。七地区にまで移動すれば、今七時だから…うん、あるある! 良いお店!!」

 満面の笑みを浮かべながらうきうきするマリンをみて、ガントも表情を緩ませる。

 悩んだり、困ったりしているマリンより、こういう笑顔のマリンの方が、ずっとマリンらしい。

「なら、急ぐか」

「うん!」

 廊下のガントの元に、てててっと駆け寄るマリン。


 廊下に沿って下まで伸びる階段を、二人で降りていく。

「七地区までちょっと歩くけど、いいよね……?」

 一階への階段に足をかけたところで、前を行くガントが階段の途中で立ち止まる。

 眉間に皺を寄せ、真っ直ぐ下を睨みつけている。

「…??」

 何事かとガントの目線の先を追うと、階段の下に黒髪の青年がいる。

 いつもの様な綺麗な鎧は着ていないが……カレイドだ。

 カレイドも同じようにガントを見ているが、その目線は冷ややかだ。


「おや、先を越されましたね。私もマリンを誘おうと思っていたんですが」

「そうか、悪かったな。俺が先だ」


 なんともいえない雰囲気に、マリンは戸惑う。

 ガントは明らかに殺気のようなものを放っているし、カレイドの目線は痛いくらいに冷たい。昼間の優しげな微笑みのカレイドとは正反対だ。


「そんなに睨まないで頂きたいね。マリンも困っているじゃないか」

「困らせている張本人が。何を」

 ガントはこれ以上、カレイドの前にとどまるつもりは無かった。

「行くぞ」

 ガントはマリンの手を掴み、階段を下りていく。

 少し強引に引っ張られたマリンは、少しよろけながらついていく。

 一階に降り、カレイドとすれ違う。

「君は女性の扱いがなってないね。クロフォードにでも教えてもらったらどうだ?」

「余計なお世話だ」


「君じゃマリンを生かしきれない」


「……何?」

 ガントは振り返り、カレイドを睨みつける。

 カレイドもガントを睨み返すが、次の瞬間、いつもの穏やかな顔に戻りガントに言い放った。

 あくまでも、あの涼やかなやさしい声で、微笑を浮かべながら。



「じゃあ問うがね。君はマリンの何なんだい?」



 その問いかけに、ガントは言葉を失う。

「ガント……」

 マリンが泣きそうな顔をして立っている。

「マリンに…手を出すな」

 怒りのせいなのか、少し震えて搾り出すように出した声。

「それじゃあ答えになっていないね」

 ふっとカレイドが笑う。

「マリンは私の所に来るよ。そうだろ? マリン」

 そういって、カレイドは外へと出て行った。


 しばしの沈黙の後、ガントが口を開く。

「……、今日はここのキッチンを借りて何か作ろう。それで大丈夫か?」

「うん……」

 マリンは浅く頷く。

 カレイドの問いかけに、自分でもどうしたいのか分からなくなっていた。



「なにしてんねん、クロフォード」

 馬を見に行こうとしていたアレイスが、二階の廊下で壁に隠れるようにもたれかかるクロフォードを見つけ、尋ねる。

「いや、俺様は外に行こうとしてたんだけどな。修羅場っててさ、出るに出られずだ」

 アレイスがひょいと覗くと、階段の下の所にガントとマリンがいる。

「なんや、お二人さん、喧嘩かなんかか?」

「いや、さっきまでカレイドがいた」

「なんやて?!」

 小声で驚くアレイス。 

「なんか言うたんか、カレイド」

「あぁ、おもいっきりガントを挑発していったぜ? そして俺様を褒めていたな」

「あ? なんや分からんけど、めんどくさい事になりそうやな」

 アレイスは眉間に皺を寄せる。

「マリンがいなくなったら、女将さんも困るだろうな」

 クロフォードの何気ない一言にアレイスが噛み付く。

「何いってんねん、マリンがあっちに行く言うんか?!」

「ガント次第だろうよ。二年前のマリンを覚えているか? 何に対しても怯えて、人の目を見て話せないガキだったろう。あの手のタイプは、愛され慣れていないんだよ。今は大分変わったが、人間、なかなか根本は変わらないもんだ。あそこまでストレートに必要とされるのと、ガントの様な愛し方と。どちらの愛が分かりやすい?」

「別にカレイドのアレは、愛でも何でもないやろ。あと、マリンをあそこまで明るくしたんは、『今昔亭』のみんなや。中でも一番大きいのは、師匠でもあるガントで間違いない。やけどな、ガントが踏み切れん理由も俺は知ってる」

「……、面白そうだな、その話、聞かせろ」

「言えるか。昔の話や。ガントと俺が傭兵やった頃の話や」

「ち、相変わらず口が堅いぜ、アレイスは」

 少しつまらなさそうに、クロフォードが舌打ちする。

「お、あいつらがいなくなった、やっと外に出れる」

 下を覗き込んだクロフォードが、肩をこきこき鳴らす。

「まぁ、俺様もマリンがいなくなると色々厄介だからな。すこしカレイドについて調べてみるさ」

 少し真剣な顔でクロフォードが答える。

「お、お前が動くんかいな。マリンがいなくなったら困る理由がなんかあるんか?」

 いやらしい系の女がらみ以外で動くクロフォードがいまいち信じられず、驚きを隠せないアレイスに、クロフォードがふっと笑う。

「俺様の朝帰りをいつも女将にばれないようにしてくれてるのは、マリンなのさ」

 衝撃の真実に、アレイスは噴出す。

「てめ、そんなに朝帰りしてんのかよ」

「交換条件は魔石だ。良い取引だろ?」

「おめぇなぁ」

 アレイスは呆れて物が言えない。

「んじゃ、調べにいってくるぜ」 

 階段を軽快に下りていくクロフォードを見ながら、アレイスも馬小屋へ向かう。

「……あいつこんな夜に、どこに何を調べにいくゆうんや」

 もう少し早く突っ込めたら、そう思うアレイスだった。


     4


「…うぅ、眠れない」

 夜中の二時になっても寝つけなくて、マリンは起き上がる。

 ぐるぐるぐるぐると、頭の中をめぐるカレイドの台詞。

 ガントが用意してくれたスープの味すら思い出せない。

 

 レンジャーでいたい気持ち。

 レンジャーのみんなは、家族のように大事にしてくれる。

 仕事は大変だけど、楽しいし苦じゃない。きっといきなりやめたら、みんなも困る。

 でも、自分の魔法を試せるいい機会でもある。

 マリンの魔法を認め、理解し、必要としてくれるカレイド。


 マリンは立ち上がり、カーテンを開ける。

 窓の外には、欠けた月。半分雲に隠れていて少し暗い。

 最近は月を見るとガントを思い出す。人差し指の指輪を握り締めてマリンは呟く。

「私は…ガントにとって、何なんだろう」

 今までそこまで真剣に考えずにいたことが、カレイドのせいで頭から離れない。

 いや、考えないようにしていただけかもしれない。

(私は…ガントの事……)

 ガントを思うと、胸の奥が熱くなる。

 嘘なんかじゃない、本当の気持ち。

「あぁっ、だめっ、もう!!」

 じっとしていられなくなって、白いワンピースのパジャマの上に上着を羽織る。

 護身用の銀のナイフだけ腰に忍ばせて、部屋を出る。

 月明かりに照らされた廊下を歩きながら、マリンはため息をついた。



 一階まで来ると、ロビーの一箇所だけ明かりがともっていた。

「あん、マリンか」

 マリンは突然話しかけられて、びくっとする。

「その声は……ガント?」

 誰かがランタンの明かりに照らされながら、ソファーに深く腰掛けている。

「あぁ、そうだ」

 ガントが返事をすると、手元のグラスの氷がカロンと鳴る。

 机を見ると、お酒の瓶が2本置いてある。

(飲んでる……って、あれ、酔ってる……?)


 ガントは酒に強いし、こうやって飲んでいるのも別に珍しい事ではない。

 みんなと酒を飲んでいるガントを、何度も見た事がある。

 ただ、ガントの顔がいつもよりも赤くて、酔っているように見えるのが気になった。

 そんなガントを見るのは初めてで、マリンは驚く。


「こんな夜中に、何してるの?」

 少し離れた位置に立つマリンに、ガントは同じ台詞を返す。

「お前こそ、何してるんだ。もう二時だろうが。」

「…眠れないから、ちょっと気分転換しようと……」

「一緒だ。寝れやしねぇ」

 そういうと、一気にグラスの酒をあおる。

「んだ、お前も飲むか? 座れよ」

 酔っているガントはいつもと少し違ってなんだか尖ったナイフみたいだ。少し恐かったが、ここでぼーっと立っている訳にも行かず、ガントの隣に恐る恐る座る。ふわりと、強い酒の匂いが鼻をつく。

 ガントは空になったグラスに新たに酒を注ぎ、マリンに差し出す。

「一口…だけね」

 マリンはそっと口をつける。

「んはっ、何これ!?」

 あまりの酒のきつさに、マリンはけほけほと咳き込む。

 新年の祝いの時の酒なんかとは、比べ物にならない。ほんの少し口に含んだだけなのに、顔が一気に火照る。

「あぁ、お前にゃきつかったか。やめとけ」

 マリンからグラスを奪い、なんでもないようにガントはまた少し飲む。

 ガントは横においてあった別のグラスを「水だ、飲め」とマリンに差し出す。

 度のきつい酒にくらくらしながら、差し出されたグラスを手に取り水を飲み干す。

 冷たい水が、気持ち良い。


「…、マリン」

 ガントがマリンの名を呼ぶ。

 距離が近いせいもあってか、その低い声がマリンの心拍数を上げる。

「お前、行くのか」

 険しい表情のガントにいきなり核心を突かれ、マリンの心臓が跳ねる。

 ガントの紺の瞳が明かりに照らされて赤く染まる。

「……、止め…ないの?」

 マリンが震えながら答える。

「あぁ、止めない。それがお前の選んだ道なら、止めない」

 ガントの真っ直ぐな瞳が、マリンを捕らえる。

 止めない、と言われて戸惑うマリンに、ガントはニヤリと笑う。

「…、なんだ止めてほしいのか?」

 ガントの右手がマリンに伸びる。

「……!!」

 不意に抱き寄せられ、マリンの思考が止まる。

 心臓がばくばくと暴れ、息がうまく出来なくなる。

「俺はお前が傷つくのを見たくは無い。お前を悩ますアイツも許せない。だがな、俺はっ……!!」

 不意にきつく抱きしめられ、ガントの熱くなった胸が頬に当たる。

 マリンの耳に、ガントの胸の音が響く。強く、早い、ガントの鼓動。

「俺は、俺を止めるので精一杯なんだよ。分かるか。それがどれだけか」

「ガント、酔ってる……の?」

 呼吸の荒いガントに、震える声でマリンは尋ねる。

 マリンの体は、すっかり硬直してしまって動かない。

 ガントに抱きしめられるのは、決して嫌なわけじゃない。むしろ、嬉しくさえあった。

 だが、切なそうな、苦しそうな眼差しが、マリンを混乱させる。


『マリン、男は狼よ?』


 メディの台詞が頭をよぎる。

 マリンを抱くガントの力が少しづつ強くなる。

 本気になったガントが、こんなに恐いとは思っていなかった。

「ほら、震えてるじゃないか。こんなに怯えている。だがな、マリン、男はそんな程度で止まれる生き物じゃないんだ」

 マリンを抱いていた右手が徐々に下がる。

 背中から腰へ、ゆっくりと指を動かす。

「ひうっ…ガントっ……!」

 ビクッと跳ねるマリンの体。

 それを見たガントが更に息を荒くする。

「今ならまだ止められる。どうせ俺は『こういう生き物』だ。嫌ならもう部屋に帰ってくれ。ただやさしくしてやれるほど、俺は紳士じゃない」

 真っ赤になり震えるマリンの頬をガントの左手が触れる。

「なんだったら、その腰のナイフで刺してくれてかまわない。銀だろ?俺は獣人だ。それを胸に一突きすれば、俺は死ねる」

「わ、わかんないよ、ガント、何言ってるの…!?」



「なにやってんだ、お前ら」



 入り口の方から、聞いた事のある声。

 それを聞いて、ガントは手を離す。

「クロフォード!」

 そう叫んだマリンの声は震えていて、目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

「……なんだ」

「なんだじゃねぇよ。てめぇ、酔うのは勝手だが、女泣かせてんじゃねぇよ」

 クロフォードはマリンをガントから引き剥がすと、マリンの肩をさっとマントで覆った。

「てめぇが焦るのは勝手だがな、ちったぁ頭冷やせ」

 クロフォードは、水の入ったポットをガントの頭の上で逆さまにする。

 水をかぶって目を丸くするガントに、ぽいとタオルを投げる。

「明日、マリンに謝れよ。さ、マリン、歩けるか?」

 クロフォードに連れられ、ロビーを後にするマリン。

 ガクガクと震える膝を必死に動かし、マリンは階段を上がる。

「…、クロフォード、私……!」

「何も言うな。マリンはゆっくり考えれば良い。あいつは今の自分にいっぱいになっちまってるがな。フッ、きっと今頃、あいつは死ぬほど後悔してるさ」

 クロフォードに連れられ、部屋の前まで歩く。

「ほら、ちゃんと寝ろよ?」

「うん……ありがと」

「いつも助けてもらってるからな。たまにはこういうのもアリだろ?」

 フッと笑って、ウインクするクロフォード。

「……クロフォードって、いい男だったんだね」

 マリンの呟きに、クロフォードが噴出す。

「あ? 今頃気付いたのかよ。ま、俺様もレディ達の前じゃ今日のアイツみたいになるんだぜ? 現にさっきまでレディを啼かせてたからな」

 誇らしげに胸を張るクロフォードが少し可笑しくて、マリンは小さく笑う。

「じゃぁな」

 ひらひらと手をふり、下に降りていくクロフォードを見送り、マリンは部屋に入る。


 ドアを閉めた瞬間、膝の力が抜け、その場にへたり込む。

 なぜか分からないけど、涙が溢れてくる。

「ガントっ……!」

 マリンの頭は更に混乱して、もう何も考えられなくなっていた。


     5


 カデンツァに着いて二日目の朝。

 メディとマリンは、近くのパン屋で朝食を買い、公園のベンチで並んで食べていた。

 少し冷えるが、公園は綺麗に整備してあって気持ちが良い。

 ただ、目の前のマリンの様子ががどうもおかしいのが、メディは気になって仕方がなかった。

「マリン、……大丈夫?」

「うん、心配しないで、メディ」

 いつもの笑顔で、朝ごはんを食べるマリン。

 メディには、その笑顔が無理して作っているように見えた。

「昨日、何かあったのね」

 メディの言葉に、ビクンと反応するマリン。

 目が泳ぐマリンを見て、メディは心配そうに声をかける。

「マリン、本当に困った時は、私を頼ってね。いい?」

「ありがと、大好き、メディ」

 マリンはにっこり笑って、立ち上がる。

「うあー、体なまっちゃう! さすがに首都にいると、町にモンスター来る事も無いね!」

「そりゃないだろう」

 伸びをしたマリンに話しかける声。

「……!」

 その声に、マリンの表情が一気に曇る。

「昨日は、…悪かった」

 少し離れた位置から、銀髪の男が目を伏せている。

「…ガント」

 三人の間に流れる沈黙。

 なかなか話の進まない二人に、メディが割ってはいる。

「はいはい、私はお邪魔ね。マリン、私は先にギルドに行ってるわ。話終わったら来てね」

 メディは二人の前から立ち去る…、訳が無かった。

 少し離れた所で『気配消しの札』を装備し、話が聞こえる程度の木陰に潜む。

(マリンに変なことしてみなさいよ? 許さないんだから)

 だが、中々話を始めない二人。

 待つこと数分、沈黙を破ったのはガントだった。

「昨日は俺がどうかしてた。だから……」

「馬鹿!」

 いきなり怒鳴られて、目を丸くするガント。

「馬鹿馬鹿馬鹿、私、こ、恐かったんだから!」

「マリン……」

「私……」

 マリンが意を決したように、ガントを見つめる。


「私、ガントにとってどんな存在なの? 私は…ガントの何なの…?!」


(ちょっと、マリン! いきなり直球じゃない!!)

 影で聞いているメディは気が気じゃない。

 再び黙り込むガントに、マリンはまくし立てる。

「弟子? …それともただのレンジャー仲間? それとも…!」

「言うな、それ以上言うな」

 マリンの言葉を遮るガントが震えている。

「どうして…? どうして言ってくれないの…? 雰囲気で判れとでもいうの? やだよ、そんなの。絶対納得しないんだからっ……」

「俺が……ハッキリ言ったら、どうだと言うんだ?」

「それで、…多分決まっちゃう。行くか、行かないか」

 マリンは自分の中の勇気を精一杯搾り出して、話している。

(ガント、次はあなたの勇気よ?)

 メディも目が離せない。

「自分で決めろ。昨日もそう言った筈だ」

「ずるいよ! ガントはずるい!!」

 泣きそうな顔をしながら訴えるマリンに、ガントはつらそうな顔をする。

 マリンを悲しませてるのは誰でもない、自分だという事がよく分かっていたから。

「分かった、言ってやる」

 ガントの鋭い紺色の瞳が、マリンを射抜くように見つめる。


「マリン、お前を誰よりも大事に思ってる。だがな、恋人には……してやれない」


 マリンの顔からすっと血の気が引いていく。

(ガ、ガント、何を…!?)

 メディも予想外の答えに、焦る。

「じゃあ、何故洞窟であんなキスしたの? 何故昨日あんな風に迫ったりしたの!?」

 ガントの眉間にしわが寄る。奥歯をかみ締め、表情が険しくなっていく。

 マリンはこれ以上言いたくなかった。でもとめられなかった。

 心の中の黒い部分がどんどん溢れて止まらない。

 言ってはいけない一言がこぼれる。

「体…だけが…ほしかったの?」



「もう一度言ってみろッ!!」



 誰もいない公園に響く、鬼のような顔をしたガントの叫び。

 マリンは驚きのあまり、身動きができない。

 こんなに怒っているガントを、マリンは見たことが無かった。

「マリン! 二度とそんな事は言うなッ!! それは絶対にない! …自分で自分を傷つけるような事は言うなっ!!」

「じゃぁ…なんでっ……!」

 マリンの目からは大粒の涙。

 自分の言った事は酷い事だと分かっている。でも、でも。

「……っ!」

 マリンは全力で走った。何処へ向かうわけでもないが、走った。

 その場に残されたガントは、俯いて歯を食いしばる。

「…そんな風に思われていたのか…、俺はっ……!!」

 悔しさと惨めさとで胸が締め付けられる。

 追いかける事も出来ずに、その場に立ち尽くす。

(あぁもう、ぐちゃぐちゃだわっ!)

 メディはマリンを追いかける。マリンの足は速く、メディの足ではとても追いつけそうに無い。

(…! マリンが止まった!)

「マリ……!?」

 声をかけようとしたが、止まったマリンを見てすぐに木の陰に隠れる。

(なんてタイミングで…!)

 泣きじゃくるマリンの前にいたのは、カレイドだった。

「マリン? どうしたんだい、そんなに泣いて……」

「っ、…っ! なん…でもっ……!」

「ほら、君が泣くと、私も悲しい」

 カレイドがそっとマリンの肩を抱き寄せる。

 マリンの体がビクッと怯える。ガントと違う手が触れる違和感。

 嬉しくもないし、何故か気持ちが悪い。

 でも、今目の前にいる人以外、自分を抱きとめてくれる人は他にいなかった。

「……!!」

 マリンはカレイドに持たれかかり、泣いた。

(マリン…!!)

 メディはカレイドを見て凍りつく。


 カレイドはマリンを抱きながら、凍るような冷たい微笑を浮かべていたのだった。


     6


「厄介な事になったな」

 アレイスの部屋にあつまった三人がため息をつく。

 時刻は昼の二時。

 あの一件の後、メディは町に散らばった二人を探し出し、宿屋まで連れ戻したのだ。


「デートを邪魔されて何事かと思ったが。嫌な感じになってきたな」

 クロフォードが顎に手を当てて、目を伏せる。

「昨日の晩にそんな事があって、今日でそれか。なんや急展開やな」

 アレイスも表情を曇らせる。

「もう、どうしてこんな事に……!」

 メディは苦しそうに首を振る。


「さて、問題のカレイドなんだがな。一通り調べてみたらちょっと面白い事が出てきたんだ」


 クロフォードがひらりと一枚のメモを出す。

「ちょ、早いな! どうやって調べてん!!」

 ここぞとばかりにアレイスが突っ込む。

「首都のレディは情報が早いんだよ」

「まぁ、特技が役に立ちましたのね」

 少し嫌そうな口調で皮肉を言うメディだったが、クロフォードは気にせず話を続ける。



「カレイドはこのアタリじゃ結構有名な冒険者らしい。各地の遺跡や洞窟を攻略してまわっているらしいんだ。皆知っての通り、この大陸は四つの国に分かれている。北東に位置するここグランディオーソ。東南のコン・アニマ、北西のリゾルート、南西のフェローチェだ」

「おう、グランディオーソとコン・アニマは仲ええけど、リゾルートとフェローチェは未だ戦争中だっけか」

 真剣なクロフォードとは裏腹に、お菓子を食べながらアレイスが答える。

「カレイドはどうやらリゾルートの貴族だったらしい」

「あら、イイトコの出身ってそういう意味でしたのね」

 うんうんと頷くメディ。

「あぁ。それでだな、カレイドはどうやら前線で戦ってた事があるらしいんだ」

 前線と聞いて、ぴくんと反応するアレイス。

 顔からはさっきまでののんびりした表情が消え、真剣なものに変わる。

「前線で何か失敗したのか、家から出る事になって、冒険者になったらしい」

「…、えっとな、クロフォード、ヤツの家の名前、分かるか?」

「そこまではちょっとな。紋章がヒドラだとか…」

「……!!」

「なんだ、心あたりでもあるのか?」

「あー、やな記憶や。俺とガントも、傭兵やってた時、前線にいた事があるからな」

 本当に嫌そうにするアレイスに、クロフォードがちゃちゃを入れる。

「そういやアレイス、俺様は未だにお前が前線で戦えてたと思ってないんだが」

「あーあー、そりゃなぁ、俺は弱いからな。俺は馬に乗って伝令してただけや」

「それなら納得だ」

 うんうんと頷くクロフォードに、アレイスは乾いた笑いを浮かべる。

「せやけど、ガントは違う。戦場でも結構恐れられていた存在やった。今と違って性格もきっつかったしな」

「アブねえヤツだったのか。なんか分かるけどな」

 昨日の悪酔いするガントを思い出し、クロフォードが頷く。

「まぁ、そんでな、俺とガントの最後にした仕事が国境の森でリゾルートの軍隊を追い払うって任務やったんや。こっちは若いやつばっかりでできた部隊で相当きつかった」

「アレイスたちはフェローチェ側だったのね」

「そうそう。そこで、デカイ戦いになってな。二日間丸々戦いっぱなしやった。俺も森でなら戦えるからな。せやけど、アレは酷かった」

「どうしたんですの?」

 メディが首を傾げる。

「ガントがキレてな。相手の軍を撤退に追いこんだんや」

「一人でそこまでって…、ガントは一体何を……」

 怪訝そうな表情のメディを見て、アレイスは少し考えてから話し出す。

「皆うすうす気付いてるとは思うがな、ガントは獣人や」

「やっぱりそうか。あんだけ力があるんだ、そうじゃないかとはおもってたさ」

「えぇ」

「で、二日目の夜、ちょっと事故ってな。ガントが変身して暴れたんや。敵も味方も無かった。で、その相手が…ヒドラの紋章やった」

 クロフォードとメディが驚いた表情でアレイスを見る。


「嫌な繋がり方したな…。間違いないんだろうな」

「間違いない。あの戦だけは忘れられへんわ」

「カレイドがガントに気付いてる可能性はあるな。カレイドが『今昔亭』に依頼にきた時、ロビーにいたレンジャー達をじっと見てたからな。依頼した俺様じゃなくな。たしかあそこにいたのはマリンとガントとメディだったはずだ」

「…まさか、復讐…とかですの?」

 メディが暗い顔になる。

「いや、それは違うな。ヤツとは山で少し話したが、昔の事は何一つ気にしていた様子は無かった。『昔、自分が弱かったせいで負けた』とは言ってたが。マリンを狙った理由はもっと別だろう。『南を目指す』といってたろ? おそらくそれはコン・アニマの『大遺跡』を目指すって事で間違いない」

「『大遺跡』? ってなんですの?」

「レディ達がいうには、冒険者の間で今、一番盛り上がってる場所らしい。最近見つかった所で、地下一階からデーモンクラスの魔物がごろごろしてるとんでもない場所らしい。とても剣士一人で行くような場所じゃないらしいぜ」

「なるほどね。そこの攻略に、マリンが必要って訳なのね……」

 メディが深く頷く。

「まぁ、ガントへの嫌がらせも多少混じっていそうだがな」

 クロフォードも表情を曇らせている。

 だがそれ以上に、話を聞くたびにアレイスの表情がどんどん険しくなっていく。


「…、いかんな。本気であの時戦ったヤツやとしたら…。ガントがまたキレかねん」

「…? なんですの?」

「話すまいと思ってたんやけどな。ガントがいまいちマリンに踏み切れない理由は、その戦の時の事故が原因なんや。所詮戦争やから、誰が悪いなんて言い切れんねんけどな。あの戦で村が一つ、焼かれた。そこは俺達がずっと世話になってた村やった」

「…まさか」

「そう、ヒドラの紋章の騎士が、村を焼いた。そして一人の女が死んだ。女は……」

「言うな。大体分かった」

 クロフォードがアレイスを止める。

「そうなると、今回で二回目って事になるってか、やばいじゃねぇか」

「今はまだガントが気付いとらんかもしれんが、気付いたら…。メダルの授与とか言ってられへん事になる」

「俺様達にできる事があるかどうかは、微妙だな。さて、どうするか」

「私はマリンを迎えにいくわ。あんな男には渡せないもの!」

 メディは立ち上がり、部屋を出て行く。

「とりあえず、俺らもおっかけるか」

 クロフォードとアレイスもメディを追って外へ向かう。

 だが、三人が外へ出ると、町の雰囲気が変わっていた。

 ざわついて、町の人のテンションが上がっている。  



「おい、例の覇者が闘技場で戦うんだって?」

「もうすぐ始まるらしいじゃない、急ぎましょう」

「魔法使いでしょ? 早くはやく!」



「…、なにこれ、一体どうなってるのよ?!」

「マリンが…闘技場に!?」

「あかん! 俺らも行くぞ、闘技場へ!!」

 メディ達は闘技場へ向かって走り出す。

(マリン、自分を見失わないで…!!)

 メディは必死に祈るのだった。





 つづく

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