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ドラゴンマウンテン  作者: 桃兎みいな
5/7

第5話 お祭りは空からやってくる(下)

     12


「ん…寒い……」

 マリンが目覚めると、そこは光の無い真っ暗な場所だった。

 ぼんやりとした意識の中、自分が今何処にいるのか思い出す。

「ワイバーンと…落ちたんだっけ……」

 ゆっくり指先を動かしてみる。見えはしないが動いている感覚。足も、ちゃんとある。

 どうやらうつぶせになっているらしく、下がざりざりしているのも分かる。

 あとは落ちたときの衝撃からか、背中が少し痛いのが気になった。

 問題は視界だった。そろそろ目が慣れてきてもおかしくないのだが、閉じた空間にいるかのように、何も見えない。

「明かりつけなきゃ……」

 起き上がり、背中のリュックからトーチを出そうとするものの、背中のリュックが無い。

 仕方なく、腰のポーチを探る。魔石は無事だ。

 小さい石を掴み短い呪文を唱えると、魔石が輝き、瞬く間にマリンの周りを光が覆う。

 突然の光に目がくらむが、少ししてから、恐る恐る目を開ける。

 目に飛び込んできたのは、とんでもない光景だった。


「な…なにこれっ!!!?」


 まず目に入ったのが、マリンの下で息絶えたワイバーン。

 そしてその周りにコレでもかと広がる骨。骨だらけの真っ白な地面だった。


「やぁっ!!?」

 マリンはパニックになり、慌てふためく。

 人間の物か、モンスターの物か分からない髑髏が、乾いた笑いを浮かべている。

「うっ、ひっく、大丈夫、こ、怖くないっ!」

 マリンの目からは大粒の涙があふれ出す。そうこうしているうちにも、魔石は光を弱めていく。

 震えながら左右を見渡すと、少し離れた骨の上にリュックがある。

「うっ、ひうっ」

 そっと骨に足を下ろすと、乾いた音を立てながら砕ける。

 パキ、パキと音を立てながら、リュックの所までゆっくりと歩く。骨を踏んで歩くのは気味が悪くて、溢れるの涙が止まらない。

 マリンはリュックを持ち上げ、白い骨の粉をぱんぱんとはたく。中身は無事らしい。

 リュックの底部分からトーチを出し、魔石の残りの魔力で火をつける。魔石がさらさらと消えていくと同時に、トーチに暖かい明かりがともる。

 トーチで頭上を照らすと、壁面はずっと上へ続いており、天井は遥か遠い所にあるようだった。かなり遠くに、小さな小さな光がちらちらとみえる。きっとそこが洞窟の入り口なのだろう。

 上に向かう途中の壁で何かがうごめいている事から、空を飛んで帰ることも出来そうにない。

 空を飛ぶ魔法は、魔石を大量に消費するし、さらに戦闘となれば、前のワイバーンとの戦い並みの魔石がいる。今の手持ちじゃ、そこまでは無理だった。

「そっか、あの壁に何か住んでて、この骨は…その餌の成れの果てかな」

 涙を拭って、再び骨を見る。餌にしては大きい、人より大きな骨も混じっている。

「穴の横の道、細かったからなぁ。落ちた人も、落とされた魔物もまじってるんだろなぁ」

 正体が分かってくると、だんだん恐怖が薄らいでくる。

「よく助かったなぁ、私……」

 大きく口を開けて息絶えているワイバーンを見ると、自分が怪我をしていないのが信じられなかった。

 ワイバーンがクッションになったのだとしても、かなり運が良かったに違いない。


 改めて周りを見渡すと、洞窟の奥につながってそうな穴がぽっかり壁にあいている。

「ここにいても仕方ないし…、進もうかな。…危ないし」

 マリンの明かりに気付いたのか、壁の上でうごめいていたモンスターが、餌がある、と言わんばかりにぎゃあぎゃあ鳴きだした。

 今なら死んだワイバーンを囮に逃げる事が出来る。

「こういう怖いの、ダメなんだけどなぁ」

 再び溢れそうになる涙を目にいっぱい浮かべて、暗い道に向かってマリンは歩き出した。





「今、六時かっ…!」

 肩で息をする大きな男が、ポケットの懐中時計を出して見る。

 普段、この男が息を切らすなんて事はほとんど無い。

 それほどに男は焦っていた。

 洞窟の通路の奥を紺色の瞳が見つめる。

「きゅぅ!」

 男に警告するように小さなドラゴンが鋭く啼く。

「まだいるかッ!!」

 道の奥からは数匹のグールの群れ。

 どす黒いいびつな食人鬼は、男を見て「がぁ」と笑う。

 男はあっという間に間合いを詰め、丸太の様な足を横なぎに放つ。グールの腐った脆い体はあっというまに真っ二つになり、地面を這う。

 ばたばたと倒れるグールを踏みつけ、再び走り出す。

 もはやグール程度じゃ、男の足を止めることは出来なかった。

「マリン…!」

 男の―ガントの頭によぎる最悪な光景。

 もし動けない状態で、グールに会ったら…。

「きゅぅ……」

「心配するな、あいつにはいざとなったら魔法がある。しばらくは大丈夫なはずだ」

 走りながら、ガントは小さなノートを確認する。

「この先から一本道のはずだ。昔来た時の記録が、こんな風に役に立つとはな」

 顔を上げると少し前で、グールが唸っている。

「急いでいるというのに、全くきりがない!」

 ガントは再び構え、グールに向かっていくのだった。





「ひぃいいいっ!!」

 その頃、マリンは全力ダッシュで逃げていた。

 背後から無数のグールが沸いてきたのだ。

「いやいやいやいやぁ~~~~~~~!!」

 マリンの後ろには麻痺毒をもった恐ろしい食人鬼の群れ。

 苦手な暗い道+グロテスクなモンスターの組み合わせに、すっかりマリンは混乱していた。こういうのが苦手なのである。

 グールは遅いので、素早いマリンに追いつく事はない。だが、目の前にもグールが現れて、マリンは凍りついた。

「ああああああああああああああっ!」

 通路の前と後ろに大量のグール。

 マリンの精神は限界だった。


「燃えてなくなれーーーーーーーーー!!」


 マリンはポーチから赤い魔石を取り出し、目に涙をいっぱいに溜めて呪文を唱えると、

突き出した手から炎の壁が現れ、左右のグールたちを次々に飲み込んでいく。

 グールたちが嫌なにおいを出して燃える、燃える。

 無数のグールを同時に仕留めた反動で、魔石は砂のようになって消えていく。

「ひっ、ひうっ、がんとぉ……」

 マリンは左の人差し指の指輪を右手で握り締める。

 ガントと一緒にいれば、こんな所、恐くなんてなんにもないのに。

 そう思いながら、また一歩づつ、通路を進むのだった。





「んー、あの二人、どっち行ったと思う?」

 トーチを片手にメディが首を傾げる。

「さぁなぁ、多分上に向かう道がカヒュラの居る所っぽいからな、そっちやとは思うんや

けど…」

 道の雰囲気だけで、アレイスは予想する。


 マリン達がどうなったかなど全く何も知らない二人が洞窟に辿り着いたのは、夕方の事だった。

 入り口から続く一本道の先の三つに分かれた通路の前で、二人は考える。


「確かに上に向かう通路には複数の足跡があるわ。まぁ、おそらくそっちよねぇ」

 真ん中は足跡がなく、下に行く道には走って行ったような靴跡が一つ。

「でも俺は真ん中が気になんねん」

 アレイスがまじめな顔で、真ん中の道を見つめる。

「マリン達からはすっかりはぐれてしまった事ですし、アレイスの好きになされば良いんじゃない? 私は反対しませんわ」

「よっしゃ、ならちょっとだけ真ん中行こうぜ?」

 何に惹かれているのか、真ん中の道に向かうアレイス。笑顔のメディはその後を追う。


 だが、真ん中の道は行き止まりだった。

「あちゃー、はずれか」

 振り返って、照れくさそうに頭をかくアレイス。そのアレイスの後ろにメディが不思議な物を見つける。

「アレイス、コレは…? この目立たない所……」

 苔を払うと、壁には竜の紋章が彫りこまれた石と、その下に謎の文字が出てきた。

「コレ、読めるか?」

「うん…、コレは魔法文字ね。『この封印の下…には……が…だがそ……』あん、この下は読めないわ」

 博識なメディでも、さすがにかすれた文字は読めない。

「……、カヒュラとは関係なさそうやな」

「確かに。ドラゴンが罠を仕掛けたとしても最近の事でしょ? それに比べてこの文字、かすれてるからそこそこ古そうですし」

 それにしても普通にしていたら、気付かないほどの物である。よく気付くなぁと、アレイスは目を細める。

「封印か、いじらん方がよさそうやな」

「そうね」

 意見を一致させた二人が壁に背を向け、一歩歩くと、背後から「ことん」と小さな音がした。

「うお、封印、落ちたで」

「うそん」

 振り返ると下に落ちたのはさっきの封印の石。裏には鏡がついている。

 アレイスがそれを拾い上げた瞬間、「ずぅん、…ずぅん」と二度、下から鈍い音がした。

「……、や、やばい事したかな?」

「さ、さぁ?」

 そっと鏡を戻そうとするも、戻らない。仕方なくアレイスはそっと鏡を懐にしまう。

 レンジャーとしてはそこそこな二人も、冒険者の真似事は苦手だ。何が起こったのか、見に行く勇気も力も足りなかった。

「…男らしくなくてすまんが、……帰ろか」

 アレイスは正直な男だった。笑顔のアレイスにメディも笑顔で返す。

「……、ついでとはいえ、お宝目指すんでしょ? いけるトコまで行きましょ?」

 それでも無理はしないことを決め、二人は歩き出す。

 その後ろで『参加証』の小さなドラゴンが怯えていたのを、二人は気付いていなかった。


     13


 マリンは必死に走っていた。

 後ろから迫る無数のグールは、どんなに焼き払っても、また沸いてくるのだった。

「私のバカバカっ、もう魔石あと三つしかないじゃないっ!!」

 泣きながら、走りながらポーチを確認する。

 実質使うことの出来ない、使いたくない魔石。ガントから貰ったアメジストと水晶だっ

た。

 パニック状態になって、ガンガン魔法を使ってしまった自分を呪うも、そうしなかったら死んでいたことも事実だった。


 マリンが涙を拭ったその時。


 ガゴォン!!


「!?」

 マリンの丁度真横で響く、大きな音。

 恐る恐る見てみると、通路の横の壁にさっきまで無かったはずの細い道が、ぽかんと口を開けている。

「え!? え!!?」

 わけが分からなかったが、後ろからはグール。前もグールの気配。

「えーい!!」

 思い切って細い道に入り、先に進む。細い坂道を駆け上がると、再びさっきと似た、岩

だらけの洞窟の道に出た。

 少しがっくりするが、グールから逃げられただけましだと、顔を上げると……。


「……あぁ」


 マリンは思わずトーチを下に落とした。

 少し信じられなくて、目を見開く。


 目の前に居たのは、息を切らせた大きな男の姿。

 紺色の瞳を見開いて、マリンを見ている。

 銀髪はすっかり乱れ、マントも無くズボンは腐ったグールの液体が付着しているが、間違いなくその人はマリンが探していた人だった。


「がんとぉ……」 

 マリンの目から、涙があふれる。


「マリン…!!」

「!?」


 不意にマリンの体を包む、太い腕。

「ふ、ふあ、ガン……」

 突然抱きしめられ、マリンは動揺する。

 ほっとしたのと、どきどきするのとが両方ないまぜになって、訳が分からない。

「無事で…良かった……!」

 ガントは強くマリンを抱きしめた。

腕の中ににすっぽりと入ってしまう震える少女の無事を確かめるように。

 これ以上力を入れると、折れてしまうような気がしたが、とても制御などできなかった。

「ガント、苦しいっ…」

 マリンの声に気付き、ガントは少し力を緩める。

「ガント、来てくれたんだね……っ」

 ガントの広い胸に顔を埋め、マリンはポロポロと涙をこぼす。

 さっきから泣きっぱなしで、目が痛い。

「すまない、俺の不注意だった」

「謝らなくていいよ、…ちゃんと、来てくれた」

 やっと、ガントがマリンから手を離す。

「どれだけ…、心配したか……っ!」 

 マリンの涙を親指で拭い、大きな掌で顔を、頭を撫でる。

涙で潤んだ茶色の瞳に、ガントの鼓動が速くなる。

 目を真っ赤にしてカタカタと震えているマリンを見ていると、また奥の方から熱い感情が湧き上がってくる。

 心よりも、体が先走りそうになる。勢いに任せてすべてを奪いたくなる。

「グールに追われてね? 魔石、いっぱい使っちゃったんだ…。もう……」

 そこまで話した時、マリンの唇が塞がれた。


「……!」


 ドクン、とマリンの心臓が脈打つ。

「んっ…、ふぅっ……!?」

 何かのタガが外れたかのように、何度も何度も重ねられ、息もまともにできない。

頭の後ろに手が添えられていて、離れることもできない。

 膝に力が入らず崩れるマリンに、ガントは追うように覆いかぶさる。

 背中にとん、と岩壁があたり、マリンは逃げ場を失う。

「…んんぅっ、はむっ……」

 されるがままのマリンに、不意に口内がまさぐられる。

 今まで体験した事の無い行為に、マリンの心臓が暴れだす。

「ふあぁっ!?」

 マリンを求めるガントに、抵抗する事も答える事も出来ない。

 ただただ、二人のキスの音が、洞窟に響く。


「んっ、ぷはっ…!」


 ようやく離れた二人の間を、唾液の糸が繋ぐ。

 ガントの上気した顔に気付き、マリンは直視出来ず、俯く。

 あんな、切なそうな、苦しそうな表情のガントは見た事が無い。 


 再び、ガントの顔がマリンに迫ろうとしたその時、「ガゴン!」と、二度目の大きな音が洞窟に響いた。


「……!?」

 ガントが来た道が岩で塞がれ、その横の壁にももう一つ道が現れる。

「上に行く道が……閉じちゃった」

 未だ落ち着かない胸の鼓動にくらくらしながら、今起きた現実を把握する。

「みたいだな」

 マリンから目線をそらし、荒くなった息を隠しながらガントは片膝をついてその場に座り込む。

「だが、新しく道も出てきた、そこを行くしか……、ないだろうな」

 マリンはまだ苦しそうに眉間に皺を寄せるガントが気になっていたが、そんなマリンに気付いたのか、ガントが口を開く。

「俺なら…大丈夫だ。お前を……こんな所で傷つけるわけにはいかない」

「……ガント?」

 ガントの言う意味がよく分からなくて、マリンは不思議そうな顔をする。

「少し、この横道の様子を見てきてくれるか、すぐ追いつく」

「う、うん」

 まだ落ち着かない体に喝を入れ、トーチを拾い上げ、新たに開いた通路に向かってマリンは歩き出す。

(ガントの体、すっごく熱かった……)

 ふとさっきまでの激しいキスが頭をよぎり、マリンの顔がまた赤くなった。



「…きゅ」

 空気を読んでいたのか、岩陰に隠れていたナイトが顔を出す。

「きゅ、きゅきゅ?」

 ニヤニヤと目を細めて覗き込むナイトに、ガントは目をそむける。

「するわけ無いだろ、こんな所で」

「きゅー」

「コレは仕方ないだろ、ほっとけ」

「きゅーーー」

「もう大丈夫だ、ほら、ぴろぴろ飛んでないで、行くぞ」

「きゅ!? きゅーーーー」

 呼吸を整えたガントが立ち上がり、一人と一匹も通路に向かう。  



 通路の先には、解き放たれた封印がうごめいている事も知らずに……。


     14


 新たに現れた道は、ゆるい上り坂になっていた。

「さっきまでと、全然雰囲気が違うね……」

 壁は岩壁ではなく土壁で、天井も高くない。この先がカヒュラに通じてるとは思えなかったが、他に行く道もなく、行かないわけにはいかなかった。

「出られなくて……とかなったらどうしよう」

 常にポジティブ思考のマリンですら不安になる古い道。

 モンスターが出ないのが唯一の救いだった。

「コイツが居る限りは、まだ大丈夫だろう。死ぬ寸前でもカヒュラがなんとか森まで戻してくれる。それが、ドラゴンフェスティバルなんだ」

 ガントはマリンの肩に乗った小さなドラゴンを突っつく。

「そうなの? ナイト?」

「きゅー」

 返事をするように、ナイトは頷く。

「やさしいんだね、カヒュラって」

 ドラゴンの暇つぶしにしては本当に親切なイベントである。

「単なる祭り好きかもしれんがな」

 こうやって道を歩く様子もカヒュラに見守られている気がして、マリンは少し暖かい気持ちになる。だがそうなると、さっきまでのガントとのキスも見られてたのではと気付き、急に倍恥ずかしくもなる。


 ぐるるるる。


 突然、通路に響く低い音。

「……ガント、おなか空いたの?」

「お前じゃないのか」

 互いに顔を見合わせる。

「ち、違うよっ!」

 確かに朝ご飯以外何も食べてないし、お腹は空いているが。


 グルルルルル。


「!!」

 今度は明らかに何かの唸り声だと分かる音。

「この先、……何かいるの?」

「そのようだな」

「きゅ…!」

 何かに気付いたのか、ナイトが震える。

「戦闘が出来る準備をした方が良いかもしれないな、気配がデカイ」

 ガントは愛用のナックルを取り出し、手にはめる。

「私、もう魔石が……」

 準備のしようが無くて俯くマリンに、ガントはやさしく頭を撫でる。

「いざとなったら俺を使えば良い。……あのときほどの魔力は無いがな」

 ワーウルフの魔力。

マリンはガントが獣人に変身した時の魔力を、好きに使える契約をしている。

 ただ、月の光も届かない洞窟内で、どれだけの力が出せるかガント自身にも予想がつかなかった。だが、それでも無いよりはましだろうと、ガントは考えていた。


 グルウウウ。


 唸り声は、徐々に大きく、近くなっていく。

「ガント、風!」

 進行方向から吹き付ける、少し冷たい風。

「まさか……外か?」

 自然と足が早くなり、通路の先へ進む。

「光だ……!」

 通路の先に見える、うっすらとした明かり。


 マリンたちが通路を抜けると、そこは岩山に囲まれた―まるで岩山を上から丸く削って

作ったかの様な不思議な広い場所だった。


「え…ここは……?」

 マリンが上を見上げる。四方は岩ばかりだが、すっかり夜になった空には、星と月がは

っきり見える。

 足元は硬く、荒れてはいるが、まばらに草が生えている。



「何者だ、お前達は」



 深く、低い、地に響くような声。

 ガントがライトリングを声の方向に向ける。

「ひっ!!?」

 マリンは声の主を見て、小さく叫んだ。


「ド……ドラゴ…ン?」

 

 マリンの目に飛び込んできたのは、この前に見た銀の竜とは全く姿の違う竜だった。


 いびつに歪んだ醜い大きな顔。首は長く、重そうな体。

 この円形の荒地の半分を埋め尽くすような、ぬるぬるとした紫の巨体。


「ポイズンドラゴンと、昔の人間は、私を呼んだ」


 月明かりに照らされ、ドラゴンはゆっくりと首を上に上げる。


「私の毒を恐れ、人間はこの山の隙間に、私を封印したのだ。死ぬ事もなく、死ぬこともできず、もう百年はここに居る。その人間が、今更何の用だ」


 その毒のせいなのか、ドラゴンが話すたびにまばらに生えていた草が変色し、枯れていく。 

 匂いはないが、それが余計に恐い。

「俺たちはドラゴンフェスティバルの参加者だ。カヒュラを目指して歩くうちに、ここに来た」

 話して通じるか分からなかったが、問われた以上、何も説明しない訳にはいかない。


「……私を殺しに来たか!」


 何を思ったのか、ポイズンドラゴンは大きく叫ぶ。


「封じられ何も出来ないと思うてか! 貴様らの命、今この瞬間で終わったと思えっ!!」


「だめだ、分かってくれないっ!!」

「コレがカヒュラの試練だとしたら、ハードルが高すぎるな……ッ」

 マリンとガントが身構える。

「ナイト、隠れて……!?」

 周りを見回すが、ナイトがいない。

「ガント、ナイトがいない!」 

「何?!」


「死ねぇ!」


 マリン達に構うことなく、大きな口を開けて紫色の息を吐くドラゴン。息はじわじわと流れて、草を枯らしていく。

「上に逃げるぞ!」

 壁岩を蹴りあげて上方に回避するも、空中で何かに弾かれて、地面に叩きつけられる。

「……った、ガント、上の方、結界が張ってある!!」

 ガラスのような強力な結界に、マリンも目を見開く。外のはずが、閉ざされた空間だったのだ。

 じわじわと毒の息が迫る。

「…、このままでは死ぬな。……いや」

 ガントは上着を脱ぎ、マリンに振り返る。

「魔法で……何とかできるな?」

「……、わかった、やってみる、了解!」

 二人は頷きあい、拳をつき合わせる。


 そしてガントは夜空を仰いだ。



「うおおおおおおおおっ!!」



 叫びと共に渦巻く魔力。

「ふっ…んぅっ!」

 マリンは流れ込む魔力に耐え、姿勢を保つ。

 確かにヴァンパイアの時よりはずっと少ないが、それでもちゃんとガントの魔力がマリンに流れてくる。

 ただ、魔力の流れてくる感じが何かに似ているのがひっかかった。

(な、なんだっけ、この入ってくる感じ…、……っ!!)

 ガントとのキス――深く求められたあの時の感じと似ている事に気付き、体が熱くなり心が動揺する。

(だ、だめ、落ち着かなきゃっ……!)

 改めて踏ん張りなおすマリン。左の人差し指から、全身に流れる魔力。

 だが、前の時よりもスムーズに魔力が入ってくる。使える魔力の最大出力量を把握し、それにあった魔法を頭に思い描く。

 尻尾が生え、耳が毛に覆われ、牙が伸び、徐々に変わっていくガントを見ながら、マリンは呪文を唱える。


 だがいつも違って普通のスピードで、下を向いてゆっくりと呪文を練り上げるマリン。

 体中から汗が吹き出て、血管が浮く。


「我らを守れ、消滅結界!!」


 ガントとマリンを白い魔力が包み込むと、二人に迫っていた紫色の息がその周りだけ蒸発するように消える。

「見事ダ、マリン」

 マリンが顔を上げると、いつものガントとは少し違う、半分獣が混じり、一回り大きくなった獣人のガントが立っていた。

「ガント、ごめん、この魔法、結構強引に使ってて、ちょっとまともに動けないの。ドラゴンへの攻撃、頼むね」

 額に汗を浮かべるマリンを見て、ガントは頷く。

(あぁ、こんな事なら毒の中和とかメディに習っとけばよかったかな)

 そんな事を思いながら、マリンは呪文を練り続ける。


 マリンは攻撃の魔法は異常に得意だが、どうも回復系が苦手だ。むいていないのだ。

 回復の魔術は奇跡の魔術。信仰心や、<聖>の属性の存在にどれだけ近いかがキーになる。

 今使っている魔法は、〈聖〉奇跡による毒の中和ではなく、消滅。

 毒の成分そのものを、精霊の力を借りて強引に分解するという荒技だった。

 精霊に愛されし故と、マリンが努力で身につけた並みならぬ知識、そしてガントの絶え間なく供給される魔力によってなせる術だった。

 だが、元からこの術を編み出していたわけではなく、たった今さっき思いつき、現在進行形で作っている状態の術だった為、集中して行使しないといつ崩壊するか分からない危険なものでもあった。


(ガントは私が何とかできるって、信じてくれてた、この術が途切れたら二人共……!)

 魔法使いとして無茶を言われるのは、マリンにとって本望だった。

 ただ、強引な精霊の行使のせいで魔力が追いつかず、体力は急激に奪われはじめ、指の先からは出血しだしていた。


「毒を消すか、魔法使い! だが何処まで持つか?! 術で動けないお前が!」


 ドラゴンは毒の息を吐きながら、マリンに噛み付かんと首を伸ばす。

「ココニモウ一人イル事ヲ忘レタカ!」

 銀色の光が、ドラゴンの顔を真横から貫く。

 ガントの拳が、ポイズンドラゴンの皮膚をあっさりと貫通する。と同時に、拳の周りの毒を消滅させる結界がドラゴンを焼いた。


「ぐぅ、貴様獣人だったのか!! ふん、面白い!!」


 顔が半分消し飛んでも何一つ苦しい顔もせず、ドラゴンは笑う。

 尻尾と顔を振り回し、ガントを捕らえようとするものの、その素早さに追いつかない。

「ハッ!!」

 銀色の獣の腕がドラゴンの腹に炸裂する。 


「ゴアァア!」  


 ドラゴンの臓物が、破れた腹からびちびちと飛び散る。

 だが、ドラゴンの目は諦めることなく輝いていた。まるで戦闘を楽しむように。

(あれ、あのドラゴン……!?)

 呪文を続けながら、マリンは異変に気付く。

(どうして…、あのドラゴン…!?)


「来い!お前たちの全力を見せてみろ!!!」


 ドラゴンは大きく首を振り、ガントを狙う。

 一瞬、その毒の牙が腕にかする。

「クッ!」

 毒が銀色の毛を溶かすが、マリンの魔法で毒そのものが少しづつ消えて、問題にはならない。

 空中で強引に姿勢を変え着地し、ドラゴンの下にもぐりこむとガントは真上に向かって思いっきり拳を突き上げる。


「ウオオオオオオオオッ!」  


 ドラゴンの大きな体を焼きながら貫通するガントは、銀の炎のようだった。

 炎に貫かれ、大量の血を吐いて、ポイズンドラゴンは地面を揺るがしながら地面に倒れこんだ。

「もうっ、だめぇっ……!」

 マリンも限界に来て膝をつく。指先は血まみれになり、呼吸も浅くなっている。

 紫の霧が消えると共に、マリンの魔法も途切れた。

「大丈夫カッ!?」

 ふらつくマリンを、いつも支えてくれる大きな手。

「うん、凄いでしょ? 私」

 マリンは精一杯の笑顔で答えた。


 その時、急に真っ暗になる視界。

「ナンダッ!?」

 上には大きな影。大きな大きな…



「お前達、よくやったな」



「あ……!!」

 マリンは目を見開く。

 再び差し込む、月明かり。

 月明かりが、銀色の塊を照らす。



「カヒュラ……!!!」



 上空に現れたのは、あの時に見た巨大なドラゴンだった。


     15


 それは間違いなく、シルバードラゴンのカヒュラだった。

 祭りの主は、姿を半分ほどに縮め、その身には狭いであろうこの空間に、結界を越え、あっさり降 り立つ。


「ゾーイン、お前も満足だろう」

「ふん、まさか封印がとかれ、私を死に追いやる人間が居るなんぞ思ってもいなかったよ、カヒュラ。貴様の祭り好きにはあきれていたが、ふん、楽しかったさ」


 二人のドラゴンの会話についていけず、呆然とする二人に、光が舞い降りる。

「きゅー!!」

「な、ナイト!!」

 マリンの胸に飛び込むナイトを、マリンは抱きしめる。


「そのドラゴンが、私の元に「二人を助けろ」と、結界を越えて飛んできたのだよ」

「結界を越えたの!? そんな力あったの!!?」

 マリンがビックリしてるのを見て、ナイトが小さく笑い、足のリングを見せる。

「ナルホド、ナッシングリングカ」

「まぁ、そのリングのおかげで私もここに入れたのだがな」

 カヒュラはぐっぐっと笑う。


「私もこの封印があることは把握していたが、まさかゾーインの元まで辿り着ける人間が居るなど、思ってもいなかったのでな」


 やはり、今回のことは、カヒュラの予想外の出来事だったらしい。


「ゾーインは人間に封印されたのだ。その毒ゆえにな。ついでにその人間は酷い呪いもかけて行った。人の手以外では死ねない呪いだ」


 ゾーインという名のポイズンドラゴンが、頷く。



「もういいさ…、これでやっと死ねる」



 ゾーインはそういうと少し笑う。

(あの時…悲しそうだったのは……)

 マリンは戦ってる最中のゾーインを思い、苦しくなる。


「知恵のあるドラゴンにとっての最高の最後というのは、持てる全力で戦って死ぬ事なのだよ。お前達は、百年の間誰も成し得なかったゾーインの願いを叶えたのだ」


 カヒュラはやさしい顔でゾーインを見下ろす。

 マリンは立ち上がり、傷ついたドラゴンに触れようと近づくと、ゾーインは恐ろしい顔で唸った。


「触れるな! 貴様の指など、あっという間に溶けるぞ。所詮俺は嫌われ者のドラゴン。これ以上貴様らに触れられてなるものか」


 だが、その表情はすぐに緩み、紫のドラゴンは声を絞り出す。

「魔法使い、まだ魔法は使えるか?」

「うん、なんとか…大丈夫」


「はっ、その血濡れた手でよく言う! …では頼もう。私の体を、少しも残らぬように焼き払え」


「……!!?」

 マリンは戸惑い、カヒュラを見る。

 カヒュラは頷くだけだった。

「……分かった」

 マリンは丁寧にゆっくり呪文を練り上げる。

 その間、ゾーインは一人一人に話しかける。


「獣人よ、お前たちの名は?」

「マリン・ローラント、ソシテ、ガントレット・アゲンスタ、ダ」

「獣人ガントレットよ、そなたの拳は迷いの無い良い拳であった。魔法使いマリン、もはや改めて言う事もあるまい。色々問題があるようだが、その魔術は比類ない。いつか自らに与えられし運命に気付いた時、怯まず進め。カヒュラよ、この人間たちの願いを叶えてやってほしい。私からの最後の願いだ。あぁ、この百年、閉じ込められ何も食えず苦痛でしかなかったが、いや、最後はとても楽しかったよ」


 マリンが詠唱を終えると、血だらけの指先から紫の炎が上がる。

「私が知ってる中で、一番あなたに近い色の炎だよ」

 炎はあっという間にドラゴンを包み、光と炭の粉に変えていく。

 半分だけの顔を持ち上げ、紫のドラゴンは大きく笑った。



「ふはははは! コレは愉快だ! さらばだ、人間よ! お前たちの名は忘れない!」

 


 消えていくゾーインを、マリン達は最後まで見つめる。

 マリンの目に、涙が浮かぶ。

 最後にゾーインの牙が一本、炎に耐えその場に残った。


「それはゾーインが生きた証。マリン・ローラント、お前が持っていろ。きっとそれがゾーインの願いだ」


 マリンは掌ほどのおおきな牙を拾うと両手で握り締める。

 そして彼を思い祈りを捧げると、涙を拭った。



「さて、マリン・ローラント、ガントレット・アゲンスタよ」



 カヒュラが二人を見下ろす。

「お前達には大変楽しませてもらったし、ゾーインの頼みもある。祭りの覇者とは認めてやれんが、出来る事をしてやろう。 魔法使い、そなたの願いは何だ」

「え…、い、いいの……?」

「何を躊躇う、早く言わぬと帰るぞ」

「私、私の願いは……」

 マリンは、少し考えてカヒュラを見つめる。大きな金色の瞳に真っ直ぐ訴えかける。



「この…この空間に、私の研究室をください! 魔力のない私が使えるような魔法の研究室を!」



 ガントもナイトもカヒュラも、一斉に驚いた顔をして、マリンを見つめる。


「ふむ、変わった願いだ。良いだろう、知っている限りのノームとドワーフに掛け合ってみよう。確かにここなら、誰にも邪魔はされまい。何時でもここに来れるように、仕掛けもしなくてはいけないな。うむ、時間はかかるだろうが待っていろ。カヒュラの名にかけて極上の物を用意しよう。完成したらこのフェアリードラゴンに伝えさせよう」


「えっ、いいの!?」

 マリンは自分の無茶な願いあっさり通った事に驚く。


「では、ガントレット・アゲンスタ、お前の願いはなんだ」

「俺ハ……」

 ガントは少し黙ってから、口を開く。


「何モ望ム事ハ無イ」


「が、ガント!?」

 マリンは驚いて、がくりと崩折れそうになる。

「ソノカワリ、マリンニイイ研究所ヲ作ッテヤッテホシイ」

「はっはっは、そうか、お前はそう言うか。心配せずとも、立派なものをマリンには授ける。コレだけ楽しませてもらって何も出来ないのは歯痒いし、なによりゾーインに怒られるな」

「ダガ……」

「わかっておるよ、お前の望みくらいな。だが、その心の底にある願いは半端な覚悟では超えられないだろう。一生をかけるつもりなのだろう?」

「アア……」

「ならばこれを持って行くがよい」


 ガントの目の前に光が現れ、ガントはそれを受け取る。

 程よい重さの、綺麗な装飾の施された不思議な赤い手甲ガントレット


「お前の名に合った、良いものだ。その手甲はドラゴンガントレット。それは特殊な金属で出来ていてな。使用者の意思を汲み取り変形する、使い方によっては頼もしい武器となるだろう。”ドラゴンバスター(ドラゴンを倒した者)”の称号に相応しかろう」


「が、ガント、それ、めっちゃ高そう……」

「高イトカ、ソンナレベルジャネェダロウヨ」

 所謂神具級のアイテムに、さすがのガントも震えた。



 そして、夜が明ける。

 日の光に照らされ、ガントが元の姿に戻っていく。


「最後に、このフェアリードラゴンが伝えたい事があると言っている。『名前をつけてくれてありがとう。普段は町の西の丘の花畑にいるから、会いに来てほしい』だそうだ。はっはっは、懐かれたものだな!」

 

 ナイトが名残惜しそうに、マリンに擦り寄る。

「ナイト、会いに行くからね、今度は花畑で遊ぼうね」

「きゅー……」

「カヒュラを呼んできてくれてありがとうね。感謝してるよ」

「きゅーー!」

 ナイトは誇らしげにマリンの肩に乗り、透き通る羽を広げた。

「では、特別に町まで送り届けよう! 準備はいいかな?」

 マリンはリュックを背負い、ガントも上着を羽織る。

「カヒュラの宝……それ以上の物を貰った気がするな」

 ガントは手甲を嵌めて、少し緊張したようにその感触を確かめる。

「そうだね、なんか”ドラゴンバスター”になっちゃったしね。うぅ、いいのかな、そんな大層な称号……」

「さぁ行くぞ」

 カヒュラが笑顔で翼を広げる。

「え? 行く?? 魔法じゃない…の?」

「今までずっと、祭りの勝者は自ら運ぶことにしておるのだよ。今回は特別だ」


「ええええええええええええええええ!?」


 驚く二人をひょいと乗せ、大空へ羽ばたく。

 見る間に元の大きさにもどり、あっという間に雄壮な巨大なドラゴンになる。

「ったったった、高いよーーーーー!?」

 マリンはパニックになり、ガントに抱きつく。

ガントはニィと笑って、上空の風に銀の髪を煽られながら登りきった朝日を睨む。

「折角だから空を楽しめよ? こんな事、めったにないからな!!」


 空から見たドラゴンマウンテンは、地上から見るより偉大で、未知の空間といわれる山の奥の『連なる山々』も綺麗に見えた。

 チークの町は小さな四角に見えるし、遠くを見ればはるか南の大陸すら見えそうだ。

「空は良いだろう? あぁそうだ、また次の祭りも参加すると良い。楽しみにしているぞ!」

 銀のドラゴンは楽しそうに笑う。

 そして、あっという間にチークの上空に辿り着く。



「チークの町の者達よ! この者達は、祭りを制したわけではないが、このカヒュラが認める者だ! ”ドラゴンバスター”! その栄誉を称えよ!!」 



 銀色の竜の雄叫びに、町から歓声が上がる。

「や、ヤダ、ちょっと照れ臭いよーーー!」

「人間よ、何を恥ずかしがる? お前達の間では『名誉』なのだろう?」

「ははは! レンジャーにとってもこれ以上ない名誉だ! でも、よく考えるとドラゴン殺しのレンジャーって、どうなんだろうな!」

 ガントはカヒュラと笑う。

 それでもマリンは少し恥ずかしくて、手で顔を覆うのだった。


     16


 マリンたちが帰ってきてから一週間、『今昔亭』は大騒ぎだった。

「ふいー、食べきれないよー」

「俺も、流石にもう無理だな」

 食堂で唸る二人。

 綺麗に並んだ空の皿をみて、マリン達は幸せそうな顔で机に伏せる。


 カヒュラが派手に演出をしたせいで、あれから町は、興奮の渦につつまれた。

 町のみんなが祝いに、ご馳走やら花やらを持って『今昔亭』に押しかけたのだ。

 カヒュラが祭りの終了宣言をするまで、それは止む事は無かった。


「こんな大騒ぎになって、私ちょっと照れくさいよ……」

 マリンは目を細めて首を振る。

 目の前には、町の子供がみんなで作ったというケーキが、どん、と皿にのっている。

 よろよろの文字で『まりん・がんと・みんなのえいゆう!』と書いてある。

 食用花で飾られて、この上なく可愛らしい。

 それを見て、マリンの表情がゆるゆるになる。

「今年は祭りを制した者も出たからな、まだ騒ぎは収まらないだろうな」

 ガントが、ケーキを切ろうとナイフを取り出す。

「うは、もうちょっと見てようよ、可愛いからまだ切らないでー」

「後五分だけ待ってやる」

「いぢわるー」


「はいはい、そこらへんにしときな、さすがに食べ過ぎて吐くよ?」


 女将さんが笑顔で入ってくる。

「あ、例の覇者、帰ってきた?」

 マリンが顔を上げる。

「あぁ、クロフォードかい? 帰ってこないよ。ホント、女ったらしなんだから」

 クロフォードは、あの後に冒険者と共に見事試練をクリア。

 同じようにカヒュラにつれて帰ってきてもらったのだが、マリン達が祭りを制覇したわけでも無いのに、称号まで引っさげて自分より早く帰って来たのが、よほど気に食わなかったのか。未だに女の子達と遊んびまくり、帰ってこないのだ。

 まぁ、見た目は文句なく格好良いし、なんせレンジャーナンバーワンだしで、女の子たちが離さないだけなのかも知れないが。

「困ったもんだよ、うちのナンバーワンは」

 女将さんがふぅとため息をつく。


「あ、そうそう、国王から書簡が来てるよ? 二人に」

「!?」

「ここ、国王!!!?」

 ガントは紅茶をふきだし、マリンはあいた口が塞がらない。

「そりゃカヒュラの祭りを制したからだろうよ? クロフォード達にも来てたみたいだけど、後で探しに行って届けてやらないとねぇ」

 女将はほくほく顔で、マリンたちに王家の刻印の入った銀の筒を手渡す。

「ちょ、私達、制してないってば!!」

「カヒュラに認められたなら、そう変わらないさ。よかったね、首都にいけるよ?お土産頼むからね」

 女将さんはニコニコしている。

「あーー、ちょっと俺寝てくる」

 ガントは嫌な顔をして、食堂を後にする。

「ガントは首都に行くの、いやなのかねぇ?」

 女将さんが軽やかに笑う。


「あ、そうだ! 女将さん、聞きたかった事があるんだけど……」

 マリンが小声で女将に詰め寄る。

「なんだい?」

「女将さん、ガントに私が食費別で払ってるの、話したの?」

 まじめな顔で女将に詰め寄るマリン。

 それを見て女将さんは大笑いする。

「はっはっは! 聞きたかった事ってのはそんな事かい? 話すも何も、ガントもマリンも同じ事してるからぽろっとしゃべっちまったんだよ」

「……え、えええええ!?」

「ガントも大分前から払ってくれてるんだよ? まぁ、おかげで赤字になら無くてすんで助かってるんだけどね」

「が、ガントもやってたんだ」

「いいレンジャーを持って、幸せだよ。でも前から言ってるように、無理に払わなくても良いんだよ?手数料として元から差っ引いてるんだからね」 

「いえ、それは出来ません!!」

「はっはっは、同じ事をガントも言ってたよ!」

 何だか、恥ずかしくなって、縮こまるマリンに、今度は女将さんが問う。

「今度はこっちが聞いていいかい?」

「なんですか?」


「最近、二人の距離がやけに近い気がするんだけど? なにかあったのかい?」


「~~~~~~~~~~~!?」

 ニヤニヤする女将に、真っ赤になるマリン。

「ななんな、なんにもないです!」

 全速力で走り去るマリン。

「…、あんなふうにしたら、余計なんかありそうじゃないか。ねぇ? メディ?」

 食堂の窓際で、ダウンして顔を伏せるメディ。

「そうですわね……」

「あれ? つれないねメディ。まだ治らないのかい?」

「あぁん! もういやよぉ、グールキライっ!! まだ麻痺毒ぬけない! 敗者はみんな苦しんでるのよ? 物凄い数のグールの後は、トラップの連続! カヒュラ、やりすぎよぉ……」

 メディだけでなく、アレイスも自室にこもっている。

 洞窟に辿り着けなかった者も災難だったが、辿りついた者はもっと悲惨だった。

「毎回祭りの後は、みんな動かなくなるねぇ。やれやれ。それでも楽しいんだから、困ったもんだよ」

 女将さんは、笑顔でメディを撫でる。

「うぅ、マリン…」

 メディは深く溜息をついた。




 町は祭りの余波で、まだまだ熱気がさめそうにない。

 その様子をカヒュラは魔法の鏡で眺めていた。



「今回は覇者も出たし、面白い人間にも会った。うむ、次の祭りが今から楽しみになってきたな。何年後にするか。今から準備せねば、あの者達ならあっという間に超えてきそうで恐いがな! よし、次回は難易度を更に上げるか! 他のドラゴンたちにも声を……」



 人間好きの銀色のドラゴンが、ニヤリと笑う。

 また次の祭りも、空から告げられるのだろう。


「さぁ、挑んで来い! 人間達よ!!」


 ドラゴンは飽きることなく、楽しそうに騒ぐ人間を眺めるのだった。





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