08
キルシュタイン公爵領でそんな話を聞いたジークは口にはしなかったが感想に困った。堂々と喧嘩を売りに行くティアナも怖いが、公爵家としてティアナを嫁にしたければ拳での語り合い必須と牽制している。
「その顔は弟王子に同情?」
マリアは思った通りに聞いてみた。そういう顔をしているのだから聞いても可笑しくないだろう。ジークはそっちではなく・・・と、言葉に困っていた。
「この家の人が怖いというか・・・」
「あら、ありがと。うちは極端だけど、どこもそんな感じだと思うけど。」
「稼ぎ少なくてすみません。」
ジークはそういう言葉しか出なかった。国のためと言われたらそれまでなのだが、この誰かの思いで生かされていることに感謝しなければならない。
自分の教師とも言える人々が王宮へ行ってしまって日長に薬草とハーブの世話かと思ったが、この社交界の花がそうは問屋が卸さないという感じで違う方面、つまり社交界に関しての作法を叩き込まれた。ダンスから大っぴらで相手の貶し方や贈り物の仕方など。
「土いじりして生計立てたい・・・」
「あら、王冠取り損なったらちゃんと土地と家くらいならあげるわよ。」
マリアはけろりとして成功しても失敗しても家に損害はないもの。と、コロコロと笑っていた。損害はあるだろう。
「損害はあるだろう・・・私を匿っていたとなると。」
「あらあらジーク君はウチがそんなヘマする分けないでしょ?ジーク君は1人で王宮へ帰って王冠を取り返すの。まぁ、護衛と手引きくらいならこっそりウチがしてもいいけど。」
護衛はティアナだ。こんな王冠云々の話が出来るのも落ち着いてきたというか、この家、領地で成果を残して認められてきたということだと思いたい。
「まぁ、まだ早いわ。あぁ、お馬鹿さん恋人が出来たみたいなの。カルスレー男爵令嬢だったかしら。」
夜会で起きた出来事をお茶ついでに話すのだが、マリアの話を聞いたジークは返答に困っていた。
「うーん。自分を嵌めた弟と同一人物かどうかすら危ういですね。これがかの有名な脳内お花畑というやつですか。聞いている限りではこのままやらかしまくって無血開城出来そうな・・・」
「そこまでお馬鹿でも無いでしょう。せっつかれたら反撃来るわよ。キチンと晴れ舞台は整えるからウチのためにせっせと働いてちょうだいな。あ、ティアナを妃にしたいならちゃんと決闘申し込んでね。」
お茶を吹き出しそうになった。街と人からはそれらしいことを言われていたが、直球来た。
「あら?考えてなかったの?」
「えと、なんと言いますか・・・はい、善処します。」
「ウチの娘じゃ物足りないと?」
「迷惑かけっぱなしなのでこれ以上は・・・」
マリアは最近この手のネタでジークをからかっていた。恋愛感情とかそういうのではないと思う。かと言ってティアナに情はないのかと問われたらある。なんの情かが分からないのだ。
「ティアナにはまた全国放浪してもらおうかしら。」
「???また何かあるのですか?」
「違うわよー。暫くは命狙われるだろうから的として適当にフラフラっとしてもらって時間稼ぎ。」
「あーそれは可哀想に・・・」
「本当に、可哀想ねティアナ。」
違うのだが、そうしておこう。腹いせに追いかけ回されるティアナも確かに可哀想だ。王宮にいた時より楽しいのは何故だろうか。
「マリア殿・・・」
「何かしら?」
「放逐される前と後では今の方が充実していて・・・冤罪で虜囚にされて川に飛び込んでティアナに拾われて城の外を見てここに来てた・・・決して楽しいこと、楽なことだけではないのですが・・・不思議な感じです。」
「あら、庶民扱いがそんなに良かった?」
「庶民というより肩書きが無くても普通に接してくれる辺りでしょうか。」
隠居して薬草とハーブの栽培はいい。王太后に頼んで可能なら庭の一角をちゃんと薬草の栽培にしよう。商売の仕組みも分かった。王都のことも少しだけだが、分かってきて・・・
「奥様、旦那様より早文です!!」
マリアは静かにお茶を飲みたいわねー。と、手紙の内容を見る。良くないようなのはわかっているけれど。ジークは自分も関係あるのだけど見ることはないだろう。関係ないと切り捨てられる。
「ジーク君、大至急髪を染めてきて。」
「自分が・・・?」
「陛下の容態が思わしくないわ。私のお抱えの薬師として王宮に向かいます。あなたの顔つきは変わっているからお花畑の王子様も気付かないわ。なんなら目の上から包帯でもしましょうか。」
「お任せします。すぐに支度を。」
みすぼらしいくすんだ黒髪に染めて公爵家の、普段の使用人服だけど薬師の時に着る服に袖を通し、フードを被る。そして道中に酒精を流し込み、吐いたりして声を枯らす。
「慣れないお酒を、しかも酒精よ?喉が焼けるわ・・・」
「数日、声が枯れるだけです・・・私が出来る精一杯がこれで申し訳ない・・・です。」
「私と王太后様が絶対に好きにはさせないから。」
ティアナは邸に帰っても影の苦労が増えるだけなのでトラブルも発生したので後宮で王太后の食客として招かれていた。ドレスではなく動きやすい男装。
「アシュレット妃、やってくれましたね。」
「えぇ、マリアが薬師を連れてくるわ。」
「・・・良いのですか?」
「最善を尽くす・・・それだけよ。あの毒婦・・・」
王太后が動かないと舐めきって大胆に動いてきた。ティアナは王太后の護衛も兼ねているので動けない。
「私に毒など思考回路が単純なのだから。」
この王太后は毒を持つ蝶そのものだ。趣味《毒薬作り》とかいて《お薬作り》と豪語するほどに。彼女は耐性はあるが人は治せない。だけど薬師は治す方に特化している。
「王には私の私兵で固めているわ。私自身の護衛が薄くなるけど。」
「その為の我が家と私です。」
時間との勝負だ。毒物の検出と証拠集めが出来ていない。後宮での出来事で物的証拠が全て隠蔽されている。
王の周りにいる薬師、占い師全てを排除した。王太后の命令で。彼女の私兵とも言われても過言ではない騎士団が守っている。
ティアナはジークの到着を待つしかなかった。彼ならまだ毒物を薬に変えられる。
マリアはジークを裏道から案内する。変装も殆ど解いて王の寝室に彼だけをいれる。
「任せたわよ、ジーク君。」
「最善を尽くします。」
王の寝室。血の匂いと薬と毒物の匂い。
死の匂い・・・近くにある水や薬の匂いや見た目、試薬を使って毒物を判別する。
「何で飲むんですか・・・俺が信用ならないのですか・・・」
身近な人を助けたいと動いていただけだ。少しは緩和出来るように薬を作って飲ませるが嚥下も難しいのか口から零れる。
「クソッ・・・」
口に含んで無理矢理飲ませる。顔色が悪い。だけど、薬を飲ませてすぐに効果は出ないだろう。それでも死人の様な王の肌の色に赤みが戻ってきた。
「誰だ・・・」
「・・・薬師です。キルシュタイン公爵家に仕えております。」
「薬師・・・か。もう疲れた・・・もう良いと思うたから分かっていて飲んでいたのに・・・」
「貴方の死を誰もが望んでいる訳では無いのです。死んでくれ、死ねと言われたのですか・・・!?」
「息子の・・・冤罪一つ・・・はらすのも出来ず・・・私に何を求めるのやら・・・」
ジークは手を握って泣かないように必死に堪えた。死なせない。死なせたくない。
「・・・まだ貴方にはすることがある・・・」
「薬師殿・・・か。息子を信じてやれなかった・・・私が悪い・・・」
違う・・・自分が声を挙げなかったから。自身を持てなかった。胸をはらなかったから。手を叩いて盃を落とさなかったから・・・王だからと遠慮したのが悪いんだ・・・この人の手はこんなに小さい・・・王は力なくジークのフードを外す。その現れた顔に驚いてから微笑んだ。
「ジーク・・・お前か。」
「・・・ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
俺が自分の事しかしていなかったから。王はぽすぽすとジークの頭を撫でる。
「父上・・・っ」
「玉座は分け合えぬからな・・・王位はこれをもって・・・」
王の指に嵌められた指輪を渡された。王家の紋が掘られており、自分のものと似ていた。
「お前の顔を見れて良かったよ・・・」
王の腕は力なくジークの手から落ちた。その場で死を悼むことも許されない。何も残さず部屋を出る。王太后がこの後の処置をされる。
「・・・王太后を通してください。」
マリアはティアナを連れて帰るわよ。と、官吏の2人は王都に残り、ティアナとジーク、マリアはキルシュタイン公爵領に戻った。
「叔母様、ジークとゆっくり戻ります。馬だけ1頭頂ければ。」
「えぇ、分かったわ。」
馬1頭相乗りにしてジークを後ろに乗せて人が来ない山の中に入る。戦で人が追われて使わない小屋を見つけるのは容易い。月明かりだけが頼りだが、ティアナには問題ない明るさであった。
「ジーク、この小屋で泊まろうか。」
「?あぁ。」
「・・・宿や叔母様の前じゃ声出して泣けないでしょ。」
「っ・・・」
ティアナは服を適当に脱いで壁に掛けていた。ジークはフードを取らずに近くにある泉に行き顔を洗う。
「・・・」
「ジーク、酷い顔してる。」
隣に腰掛けて靴を脱いで泉に足をつけるとまだ冷たい。飲めなくはないだろう。
「・・・ジーク、私の両親の事聞いた?」
「?いや・・・」
「そっか。私の両親軍人だったの。2人とも武芸に秀でてたから。」
両親ともに一騎当千の力があったのに戦で命を落としたのは2人とも子供を助けようとしたから。身分が高い子供というわけでもなく逃げ遅れた子供だったり避難中に賊に襲われて人質にされた人達を助けるために無茶をした。
「死因を聞いて周りの人ね、流石だって褒めてくれるんだ・・・子供を助けるなんて凄い人だって、自分の命を投げ打ってまで国民を助けるのは騎士の鑑だって。私が生まれてなかったら冷静な判断をして生き延びてくれたかもしれない・・・小さな子供を残して2人とも戦死したことを誰も責めなかった・・・国の為の崇高な行為だと・・・私がいなかったら良かったと誰も言ってくれない・・・」
「ティアナのせいではない!!」
「子供を残して死んだ両親を、戦場に行く武人の子供を責めて欲しかった・・・何故子供を作ったのか・・・何故残される自分の子供ではなく人の子供を助けるのかって・・・」
ティアナは目に涙を浮かべながら服の左手袖を捲りあげる。袖の下には幾重にも自傷行為をした傷跡だけが残っていた。
「人に見せるの初めてかな。侍女とかにも見せないようにしてるし。我慢したら何処か壊れるよ、心とか。」
「ティアナは時間が掛かったのか?」
「えと、両親にも周りにもムカついて子供ながら戦場で鬼神のごとく殺戮をしました。すみません。参考になりません。」
「ティアナらしい・・・初めて俺のこと見てもらえた気がする・・・父上って呼べた・・・」
「ん。」
「あの人の仕事を見ていたかった・・・」
ボロボロと泣き出して膝を抱える。彼の髪をぽすぽすと撫でる。王子様らしさがなくなってしまった。ティアナの胸に顔を埋めて声を上げて泣いた。ごめんなさいと謝り続けた。彼女は突き飛ばすこともしないでただ傍にいてくれた。
「ティアナ・・・人前に出て大丈夫か?」
「ダメ。酷すぎる。」
目が腫れてしまって人前に出られない。ジークは染めた髪の色を落とす。月の光のような美しい銀髪が現れる。
「ジークの髪って年取っても困らなさそう。」
「は?」
「白髪か分からないし。」
「・・・白髪というか黄ばむんだ。元々色素が薄いからなのかも知れないけれど。ティアナ、ナイフある?」
あるけど。と、ナイフを投げ渡すと彼はそれを受け取り、それなりに伸びていた髪を一気に切り落とした。えと、貴族は一応髪を伸ばすものなんだけど。
「あーさっぱりした。」
「髪染め落ちてたのに。」
「そうじゃなくて、ケジメ?」
「は?」
「うん、多分このままだとティアナに結婚申込みそうだから。」
さらりと王子様は言い切った。