06
突然の訪問者にジークは顎が外れそうになった。使わない庭の区画で薬草栽培をしていたら王宮の馬車が到着したのだから警戒したのだが、ティアナの叔母、マリアがキャーとはしゃぎながら握手やら抱擁をしていた。
「マリア殿の客人か。大人しく草むしりしていよう。」
自分は未だ居候と下働きしながら学ばせてもらっている身なのだ。ひょいひょいと現れて迷惑をかける訳にはいかない。
「ジーク様、奥様からお声が掛かってますので着替えてください。」
「俺?分かった。」
嫌な予感しかない。ティアナは熊取ってくると朝からいないし・・・ジークは野良仕事の服装から着替えてサロンに行くと見覚えのある人物が呑気にお茶を飲んで談笑をしていた。
「マリア、バカ孫いらなかったら捨てていいのよ?」
「彼の薬学の知識は役に立つから置いてるの。それにティアナが決めた事を尊重しているだけよ。」
「羨ましいわ、リヒトにティアナ、聡明かつ文武に特化した子供たちに恵まれて。ウチは何であんな残念な頭なのかしら。ティアナは?あの子には迷惑をかけっぱなしだから会いたかったのよ。」
「あの子なら熊食べたいからって山に入ってるけど、昼には帰ってくるわ。」
あ、お茶が減ってる。ジークは新しい茶の用意を頼み、茶菓子を頼んだ。
「俺の分はいいから。」
「彼の分も用意して頂戴、ジーク殿。おかけになれば?」
「歓談の邪魔をして申し訳ありません。」
目の前にいるのはどう見ても王太后・・・自分の祖母だ。若い時はその美貌と権謀術数入り乱れる後宮で気に入らない妃を闇に葬ったとか言われる人だ。
「マリア、私はティアナに会いに来たのよ?王宮の紋を見ておきながら背中を向けて草むしりしている阿呆に要件はないのよ?」
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません・・・」
「ま、どこの人間か分からないから気付かぬ振りをしつつ、逃げなかったのは褒めてあげるわ。全く、自業自得の癖にキルシュタイン公爵家全体に迷惑を掛けて・・・貴方何様?うら若いティアナと野営して自分はベッドでティアナを床に寝かせるとか・・・男の風上にも置けないわ。」
「返す言葉もありません。ごもっともです。」
「行く先々で民に施薬、処方は褒めてやってもいいわ。」
浮かれたらまたボロクソに言われる・・・王太后は新しく注がれたお茶を飲むとおや?と、表情を変える。
「マリア、新しいお茶?私こういうの好きよ。良いわね・・・」
「ふふっ。それは隣にいる不肖の孫が薬草をお茶にしてくれたのよ。ハーブティーというの。」
「そう、生産はどうなってるのかしら?」
ジークに説明を求める王太后にジークは簡単に咀嚼して説明をする。
「えと、栽培方法として安定してないので量を供給出来ないですが、来年には安価に出来るように収穫量を増やそうと思います。効能に合わせて王侯貴族に下ろす場合、庶民向けには薬としての効能を強めにして・・・」
「効能?お茶に?」
不思議に首をかしげて香りを楽しむ祖母にジークは柔らかな笑顔で説明をする。
「カモミールは気分を落ち着かせてくれますし、ペパーミントは整腸作用、ローズヒップは美容です。王侯貴族の食事は油や砂糖が多く使われているので肉付きがふくよかな人が多いので、お茶を変えるだけで肥満も抑えられるかと・・・飲んでいるからと言って食べたら太りますが・・・」
お茶の説明をしているとティアナが部屋に入ってきた。小脇に熊を抱えている。
「ティアナ、熊は俺が処理するけど?」
「ありがと、厨房に持っていってくれる?解放された訳じゃないのに逃げようとしてるのバレバレ。」
ジークは厩行きたいと小さく呟いて熊を抱えて一度部屋から出た。
「王太后様、お久し振りです。」
「久しぶり、ティアナ。孫が迷惑を掛けてるわね。殴っていいのよ?」
「・・・いえいえ、私が殴ると洒落にならないので。」
ジークは熊を厨房に任せるのだが、ティアナの分のお茶と時間を聞いて熊を見る。ティアナに怒られたら謝ろう。と、思いながら軽い軽食を作る事にした。
「ジーク様・・・」
「見逃して調理させてくれ!!今日だけはあのこの国の最強女傑が集まった女子会なるものには近寄りたくない!!」
と、作って渋々給仕をする。逃げたい。馬の世話でも薬草の草むしりでもいいから。
「あら、てっきり逃げたかと思ったのに。」
「逃げたら逃げたで王太后様のお言葉に頭が上がらないから時間稼ぎだけして現れたのかと。」
「逃げないだけマシということで。」
一応、逃亡中で、身を隠してるけど王子なんだけどなぁ・・・女性って怖い。ジークは下座でお茶を飲む。後宮ってこういうおっかない女性が貶して貶めて愛憎劇繰り広げてるんだよなぁ・・・恋愛結婚したい。後宮廃止したい。
即位して後宮残ってたら胃痛の種にしかならなさそう。
「情けない顔ね。」
「この顔の時案外頭の中でまともな事考えて現実逃避してますから。」
ティアナは何考えてんの?と、頬をつつきながら尋ねる。
「あ、いや、即位する前には後宮解体したいなと・・・それで爵位の低い貴族の子女の作法を学ぶ場というのも分かるし、女官とか侍女の雇用もあるが、胃に穴が開きそうだ・・・即位とか今の段階で言える立場ではないが・・・」
「考えはまともなのに、考えてる時の顔が無防備過ぎるわね。」
それからボロクソに言われまくったのはジークだけ。ただ、一言王太后より「以前よりはマシになった」の言葉を貰えたのだから成長しているのだろうか・・・と、少し思えた。
王太后がお邪魔しました。と、笑顔で帰っていき、ジークは現実逃避のための片付けをする。
「まぁ、ウチで1年もタダ働き同然で学んでるのに成長してなかったらもっかい橋から川に叩き落としてやるわよ。」
「今度は上手く生き残ってみせるぞ!?」
領地における政務には携わらせて貰えているジークは商会の商売関連は全く触らせてもらっていない。それが当然だし文句もない。ただ、王子としてのジークではなくキルシュタイン公爵家の下働きのジークとして市街に出て買い物もするようになったが王都の状況はよくないらしい。
王が表に出てこず第二王子が欲しいままにしているが故に腐敗しているのだと。ティアナの無事は公表されているし、王太后の祖母も来たのだからティアナは夜会に呼ばれそうだな。
「剣術上手くなってるのかだけが不安で仕方がない。」
ティアナにかなり手加減をされている状況なのだ。ある程度の時間撃ち合ったらあっさり殴られて負ける。やはり弟には玉座をやりたくない、自分が相応しいとは思っていないけど、今の状況はよくない。
館に戻ると自分の仕事を行う。主に薬の調合やハーブティーにするためのハーブの栽培だけど1人で野良仕事をしている。
「ジーク、段々貴族っぽさなくなってるわよ?」
ティアナが姿を見せるのだが腕に抱えてるのはどう見ても虎。小さいが虎。この屋敷は何で珍獣・・・猛獣の部類を館内に放し飼いしてるのだろうか。
「そうか?城にいた頃からこういうことは好きでしていたし、鉢でしか育てたこと無かったが、庭を貸してもらえて嬉しい。この当たりの薬草は動物にはあまり良くないから食べさせないようにしてくれ。」
「柵作ってるから大丈夫だと思うけど。それと、ジーク。」
「ん?」
「私、暫く王都にいるから。叔母様の手伝いお願いね?」
「分かった、気を付けて。」
自分から言える言葉もないし、何か言ったところで彼女の頭の中にそれは入っていることだろう。自分はただの下働きだし。彼女と特別な関係もない。
「それでお茶会とかあるのよ、女子のめんどくさいイベントというか行事。」
「あ、面倒なのか。」
「そりゃ相手の腹の中見に行くだけだし、親しい方との方が少ないもの。で、お土産でお茶を分けてもらいたいのよ。宣伝も兼ねて。そこそこの品質でいいからないかしら?」
ジークは待ってて。と、腰を上げてどれ位いる?と、一応聞いてお茶を入れた小瓶をポイポイと投げ入れる。
「瓶は可愛いわね。」
「それは商会の試作品。コストが合わないからっていう失敗作。ラベル付けてるから何か分かるようにしてあるし、作り方も入れてあるから失敗はしないと思う。」
「ありがと。」