01
頭が痛い。瞼を開けると薄暗く、肌寒い所にいた。何があったか徐々に記憶が蘇ってきた。
ティアナ・キルシュタインはこの国で広大な土地を持つ王室の次に権威を持つ公爵の娘・・・家が公爵ということで政略婚を望む男は多いけど、彼等を適当にあしらっていたのだ。貴族の子息が通う学園で変な噂が立たないために関わらずあしらってきたのに。
学園で急に殴られたんだっけ・・・誘拐でもされたのかしら?足に細い鎖が繋がれているし、牢屋?座敷牢にも近いわね。
困ったわね、ほぅ。と、ため息をついていると足音が聞こえたので取り敢えず身体を起こして姿勢を正すが、緊張した面持ちは見せない。
「あら、目が覚めてたのかい。」
「えぇ、最近寝不足でしたのでよく眠れました。私に何を求められているのでしょう。」
出で立ちは下町の人間というより花街の女将といった感じか。ティアナはまぁ、騒いだところで疲れるし対応も悪くなるだろうし。
「おや、物分りがいい娘さんだね。娼婦として稼いでもらうだけさ。」
「そうですか。」
ティアナはにこりと、女将を見る。
「断ればここで餓死でしょうか・・・困りましたね。外の空気も吸いたいので了承するしか無いのでしょうね。」
乱暴に牢から出され、制服を脱がされ質の劣るドレスを渡される。この娼館は建物は古いが装飾などがお金をかけられているし、客は貴族狙いなのだろう。
「新人かい?せいぜい頑張るんだねー。固定客付いたら楽なもんさ。」
「固定・・・」
というより公爵の叔父に伝わっているだろうし、城下がよく火の海になってないなぁ。護衛も影で尾行して報告も終わっているだろうから待っていたら助け出してもらえる。
客引きの時間になった時気娘の新人として前の方に出されたのだが、目の前に現れた人間にニコッとティアナは笑った。
「この娘を。」
手もみしながら金額を吹っかける男に対してその人は金を大量に渡した。
「人払いしておけ。」
部屋にティアナが入ると目の前で冷たい視線で町並みを見下ろしていた。
「どうやって城下を燃やすか考えるのは流石に辞めてください。叔父様。」
「ティアナ・・・無事か・・・」
ティアナはそうですねぇ。と、考えながら公爵である叔父の膝に座り頭を撫でてもらう。たんこぶがあるくらいで後は何も無いがたんこぶに気づいた。
「ティアナ・・・私は私刑では気が済まないのだが。」
「あら、私刑とはお優しい。叔父様なら正攻法で袋小路に追い込むかと思いましたのに・・・」
呼吸が荒くなる。キルシュタイン公爵はティアナの様子を見てベッドに寝かせて顔色を見るが頬が赤くなり熱がある。
「毒?違うか・・・あのクソ共。」
冷酷、冷徹、冷血と呼ばれるアルバート・キルシュタイン公爵は何を飲まされたのか瞬時に理解しティアナを抱き締める。
「流石に毒物ではないので・・・少ししんどいです・・・」
「何でも言ってくれ・・・兄上に申し開きができない・・・」
ティアナの両親は二人揃って軍人で一騎当千の実力を誇っていた。だが、戦で関係ない子供を殺されそうになったのを庇って命を落としたらしい。ティアナにも武芸の才能はあるが必要時以外は振るわないと決めているので護られていた。
薬が抜けてからはティアナはそのままおやすみなさい。と、叔父の隣でぐーすかと眠り出した。明日には問題なく帰れるのだから。と、アルバートは姪の隣で寝ることにした。
翌朝にはアルバートの息子リヒトが騎士団を率いて娼館を包囲していた。
「人身売買をして娼婦にさせていた証拠は上がっているんだ。」
「何のことですか、ここには借金で首の回らない娘しかいれてませんよ!!」
「我が家に借金などあるものか。」
アルバートはティアナを抱き抱えて彼らの前に現れる。ティアナは安心しきってまだ夢の中でスヨスヨと眠っていた。
「その娘は貴族様から借金のある侍女だと・・・」
「そんな娘が殴られて薬かがされて地下の牢に放り込まれるか。」
「父上、ティナは・・・」
「精力剤まで飲まされて可哀想に・・・屋敷に帰る。全て吐くまで温情など掛けるな。」
吐いたところで温情があるわけでもない。ティアナは屋敷に帰る途中で目を覚ました。叔父の腕の中にいた事に驚くことなく、そのままくっつく。
「帰ったら風呂に入りなさい。」
「あの、娼館は・・・」
「リヒトが率いてきていた。直ぐに終わるだろう。」
ティアナはうわぁ。と、思ったが、仕方ないか。と、思って席を移動しないで甘やかしてもらう。
リヒト兄様は叔父様より私に甘いのよね。それに拷問とかそういう暗部な面を好んで学んでいたからやり始めると慣れてる兵士でも気持ち悪くなるって有名なのよね。顔はこの国一の貴公子とか言われてるけど・・・腹の底は真っ黒だし残忍だ。
館に戻るとメイドたちが女主人の帰還を喜んで泣いていた。
「あらら、1泊2日の遠出叔父様のお迎え付きなのに、大袈裟ね。お風呂入れる?」
「薔薇の湯にしております。香油なとも用意しております。」
「じゃあその後の身体の手入れもお願い。」
ティアナは風呂に向かい、安いドレスを脱いでメイドの1人に捨てといて。と投げ渡し、浴槽に入る。薔薇の香りが疲れを取ってくれる。
「お嬢様、何か飲み物をお持ちいたしましょうか?」
「んー水。」
嫌がらせにしては手の込んだことをされたな。人に迷惑をかける形で。湯上りして叔父の部屋に入る。いつもは綺麗に整理されているが今日に限っては書類の山を作っていた。
「叔父様?」
「医者が必要か?」
「いえ、今回の事でちょっとした細工を・・・」
ちょっとした事なのだ。上手くいくかどうかも分からないが、お茶を飲みながら提案すると叔父は一瞬目を見張ったがカラカラと笑い出した。
「お友達の嘆願かと思えば・・・」
「こういう事をする方はお友達でも学友でもありませんから。」
リヒトが率いてきていた武官は監査を司る部署に所属している。リヒトの息が掛かっているのだから統制は取れる。ティアナは行方不明のまま処理をされる。情報に上がった娼館には哀れな貴族の娘がいただけ。それがティアナと似ていたに過ぎないと。
「ティナ、行方不明になってどうするんだい?」
「それで匿名情報で不正している貴族の邸、商家への乗り込みが容易いでしょう?公爵令嬢行方不明の調査だなんて。王太后さま、嬉嬉として悲しみにくれる演技してくださるんじゃない?膿を洗い出す為なら。」
リヒトは彼女の部屋に入り、無事でよかったと押し倒した。
「リヒト兄様娼館の人と遊ばずに帰ってきたの?」
「取り敢えず、普通にお話聞いてから私が聞くんだよ。」
リヒトは心配した。と、顔を埋めていたので彼の頭を撫でるしかなかった。ティアナは彼よりも武芸に関しては出来るので気を付けることは無防備、平和ボケしたお嬢様の演技だ。贅沢はしないし、宝石にも興味はないのだが何かしら嫌味を言われる。どこの派閥の人と仲良くするとか決めていないし、趣味が合う人と趣味の話しかしないから。
「ティナは行方不明で何するの?」
「そうね、暫くは領地で保養でもしてその後は宮仕えでもしようかしら。王都ってなんだかきな臭いし。」
叔父が宰相をしていたとしても周りが好き勝手にしていたらそれを大事にしないように、戦にならないようにするのに必死だ。
実際今面倒事が起きている。
「あー第一王子と第二王子なぁ。」
「どう面倒なの?リヒト兄様の主観で良いから教えて欲しいな。」
第一王子は温和な性格で前に出ないらしい。派閥というのも持っていない。政に無関心という訳では無いらしい。
第二王子は意地でも王位が欲しいのか精力的に勉強などをしているが自分に都合のいい言葉しか聞いていないらしい。
「叔父様はどちら推し?」
「どっちもどっち・・・」
それは困った。どちらかがどうしようもないアンポンタンならやりようもあるけど一長一短。第一王子の後見が男爵、第二王子の後見が侯爵とあるから余計に。
「ティナを自由に動かせる位置の方が父としてもやりやすいだろうね。君が馬に乗って国内を駆け回ったところで誰も気付かないだろうし。」
「大変なのよ?か弱いお姫様を演じるの。殺気とか視線に気付いても全て気付かないように、足取りはお嬢様、悪意に気付かないおバカさんって。あぁ、机に鶏の死骸?を置かれた時も困ったわね・・・」
「ティナなら血抜きとかしそうだ。」
貴族の派閥の縮図である学園でティアナは囮だった。面倒臭がりな性格もあるが、王太后よりの命令で足がかりが欲しかったので彼女は見事に演じきった。
「ティナ、出立まで甘えてもいいかい?」
「叔父様と喧嘩しないなら。」
お兄様と呼ぶが従兄弟だし、歳も二つしか変わらない。敬語は抜けてきた。リヒトは一応夜着に着替えて同じベッドですやすやと眠る。