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花屋亜種~たたかうはなや~  作者: ささあきら
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第3話: 決意の花を君に

波乱の?第3話をお楽しみ下さい。


三杉小夜子みすぎさよこさんは、

この店で働き始めて、まだ日が浅い。


小柄だが、容姿端麗で、

笑顔も声も素敵な彼女は、

既婚・未婚・スタッフ・客を問わず

男性たちをザワつかせるお店の華である。



――― 残念ながら、新婚さんだ。




「三杉さん、マジ可愛いねぇ」


忍冬にんどうアヤが手を止めて、

レジに立つ彼女を眺めながら呟いた。


「実はさー、彼女が電話で応募して来た時、

花売り場の人員補充にって、話があったんよ」


花担当のリーダー、花房琴美はなふさことみが暴露する。


「やのに店長たち、面接の時イキナリ、

“レジ担当で!!”って決定しおったわ」


「何じゃそれぇ~?!

・・・まぁ、1号レジに綺麗な子が立ってたら、

確かに華やぐのは分かる・・・けど?」



二人が再び目を上げると、

小夜子のレジにはもう、オッサンが数人並んでいた。


「オッサンめ、相手にされっこないのに

哀れな生き物よのぅ・・・」


“ヤレヤレ”のアクションでそう言うアヤに、

琴美も笑って同意する。


「三杉さんの旦那さん、一緒に買い物来た時見たけど、

イケメンやったもんなぁ」


「それそれっ!NANAに出て来そうな九等身でっ!」


「忍冬さん、やたらソコ推すよね?」


「そら、ウチのダンナはペンギン村の住人(※)に

近い等身ですからに」


(※ 平均2~3等身?)


「おかげで私のスタイルが、実際より良く見え・・・

って、何言わせるねん!」


「自分で言ったやん、さー、次の仕事仕事!」


「イエッサー」



美人で気立ても良く、

みんなのアイドル三杉さん。


しかし、その近辺に忍び寄る、

不穏な影があった。




「うひーーー!今日も暑っ!!」


真夏の炎天下、花担当の屋外作業は過酷だ。


店内での切り花や、観葉植物販売はまだよいが、

屋外売り場では、花壇や庭用の花と植木の苗、

更に普通の花屋さんでは扱いの少ない

野菜と果物の苗から芝生まで、

花担当者の管轄域は、とてつもなく広い。


「は、早く片付けて、店内入りましょう!」


若い後輩、馬場しおんさえ、

体力に不安を覚える猛暑。


「うん、そうしよ・・・」


アヤの声が止まった。


「忍冬さん、どうし・・・」


しおんも止まった。



照りつける日差し、揺らぐ陽炎の中を、

黒い生物が歩いてくる。


「ま・・・マジか?」


それは、この店の近隣に住んでいる

常連客の一人であった。


気象予報士の発表では、気温37度。

湿度70%を超え、熱中症注意報が連日

出されっぱなしのこの時期に・・・


漆黒のライダースジャケット。

タイトな革パン。

同じく黒のロングブーツには、

サイケな色彩の刺繍入り。

おまけに長髪を無造作に束ねた姿は、

明らかに季節感を度外視している。


「い、いらっしゃいませ~」


弱々しく挨拶する二人に、

彼は見向きもしない。


彼の目指す場所は、そう!

三杉さんの居る1号レジである。



それは、三杉さんがパートに入って間もない、

まだ肌寒かった春雨の日。


彼は今と同じ服装で来店し、

乾電池と洗剤を買ってレジに立った。



「いらっしゃいませ!」



新人の三杉さんは、精いっぱいの笑顔で

彼を迎えたのだろう。


彼の中ではその瞬間、

どんな効果音が鳴り響いたのか?

教会の鐘?小鳥のさえずり?いや・・・


ウエディングマーチだったのかも知れない。


「バイクでお越しですか?」


彼女は、濡れた男のジャケットを見て言った。


「雨で大変ですね、ありがとうございました」


男はほとんど視線を合わさず、ボソリと言った。


「へ、ヘンな恰好で、す、すいません」


そんな事、誰も言っていないのだが、

免停で自転車通いの負い目が、

そう言わせたのかも知れない。


「いえ、お似合いです。カッコイイ」


三杉さんは、元紳士服ブランドの人気店員。

思わずこう持ち上げたのも、職業病だった。


――― それが全ての始まりであった。




「あれからずっと、あの恰好で来るよね?」


「はい。さすがに暑いと思いますケド?」


「・・・恋は怖いね、しおんちゃんも気を付けな」


「私は大丈夫です。3D男に興味無いので」


「そっちじゃない、逆だよ逆。

ストーカーみたいな男に狙われるかもって話」


「ああー、それも無いかな?」


何を根拠の否定かまで、アヤはツッコむ気が無い。

早く作業を終え、店内へ戻らねば、

命が危ういほどの暑さなのだから。


ちなみに、しおんは関東の大学を出たので、

標準語に近い言葉を使う。

アヤは遠い学生時代、演劇部でセリフ訓練したため、

しおんと話すと、つられて標準語になりがち。

――― それはさておき・・・



一旦、自動ドアを入ったはずの男が、

二人の方へ戻って来た。


「うっ?!な、何?!」


「ストーカーって聞こえたんでしょーか?」


男は二人の前で立ち止まり、モソモソ声を掛けた。


「お、お花・・・の・・・人?」


「あ、は、はい、そーです」


「お花・・・花束・・・作って」


「は、花束!はい!すぐにっ!」



男は赤いバラをありったけと、

白いカスミ草の花束を注文し、

アヤがアレカヤシの葉を、アクセントに薦めると、

了承してこう言った。


「それを・・・レジの・・・み、三杉さんに」


――― ハァ?!わ、渡せってか?!


アヤは疑惑の目で彼を見たが、

男は視線を逸らし、レジを指した。


アヤは振り向いた。


しおんは黙ったままで、

鳥肌の立った腕をさすった。



不気味で不毛ではあるが、客は客。


アヤは立派なバラの束を作り、

美しく包んでリボンを掛ける。


「お待たせしました」


花束を男に差し出す。


「花を贈られるのでしたら、

ご自分で渡すのが。礼儀だと思いますよ」


「え?・・・で、でも俺・・・」


男は明らかに狼狽し、目と手を泳がせる。


「花を贈られて、怒る女性は居ません。

あなたが、どんな想いでこれを、

贈られるかは知りませんけど」


アヤは、男の腕に花束を乗せる。


「一生懸命咲く花を、私も一生懸命花束にしました。

そこに、贈り主のあなたが心を乗せれば、

言葉が下手でもきっと、気持ちは彼女に届きます」


しおんが後ろから、そっとアヤのエプロンを引く。


「ちょっとー、いいんスか?ンな事言って・・・」


しかし、アヤは冷静な面持ちで

花束の料金を、精算カードに記入すすると、

男の手のひらに押し付けた。


「レジで、担当者にこのカードをお渡し下さい」


そして深くお辞儀をする。


「ご注文いただき、ありがとうございました。

どうぞお早く、レジの方へ」


顔を上げ、軽く目で促す。

視線の先にあるのは1号レジ、

居るのは三杉小夜子だ。


男は最初ポカンとし、手の中のカードを見た。


小さなカードには花束の金額と、

製作担当者であるアヤの印鑑。

そして片隅にピンクのペンで、

『いいね!』 の手のイラスト。



男は、緊張したのか暑いのか、

汗まみれの顔でアヤを見た。


そして、初めて微かな笑顔を見せて、

コクンと頷き返事した。


「・・・はい!」




店がザワついた。


異様な黒ずくめの男が、赤いバラの束を手に、

ズンズンと小夜子のレジに近付く。


ベテランパートの見満珠代けんまたまよが、

殺気に気付き、レジに駆け寄る。


「三杉さん!アタシが代わるから、

事務所に避難しなさい!早くっ!!」


「え?で、でも私・・・」


「いいからっ!あの男、どー見たって普通じゃないよ。

あなた目当てで来店してる事、前から見え見え!」


それは、小夜子自身だって正直分かっている。

あの日、自分が褒めたのが理由で、夏が来ても

彼があんな暑苦しい恰好をしているのは明白だ。


苗字だけ記載された名札を、

来るたびに彼が、凝視するのも気味悪かった。


「早く!ケガさせられたら大変よっ!」


珠代のたくましい手が、小夜子の細い手首を掴み、

レジの前から引き出そうとすると、

小夜子はたまらず、数歩レジから後ずさった。



「三杉さんっ!」



男の声は、有線の音楽響く店内に、

負けじと響き渡った。

今まで彼が喋ったとしても、

モソモソ、あるいはボソボソとした、

泥の泡みたいな声しか発した事が無い。


思わず小夜子が、そして、珠代までもが

意表を突かれ、動きを停止した。


「・・・これを」


精算カードを台に置き、料金を支払うと、

彼は花束を小夜子に差し出す。


「あ、あのー・・・」


困る小夜子。当然の反応だろう。


「ちょっとお客さん?

この子に何するつもりです?」


珠代の接客は、威圧感で並ぶ者無し。

その体格、眼光、声の張と大きさ、堂々たる風格。

ベテランパートの金字塔おつぼねとして、

長年この店に君臨する。


珠代の威嚇に晒されながらも、

しかし、男はくじけなかった。


「この花束を、三杉さんに・・・」


「あの、こ、困ります、私・・・」


「そーですよ!この子はウチの、大事な従業員で、

しかも新婚、ダンナは超イケメンなんです!」


「分かってます!分かってるけど・・・!」


男の顔は真っ赤に紅潮し、汗は滝のよう。

それでも震える声を振り絞る。


「俺は・・・嬉しかった・・・

三杉さんみたいに・・・キレイな人が・・・

笑い・・・かけて・・・カッコ・・・イイって」



男は初めて顔を上げ、

真正面から小夜子を見た。

微笑みを浮かべ、そして・・・・・・



倒れた。





「で?」


翌日、出勤した琴美が尋ねる。


「救急車呼んで、それから?」


「熱中症だったって。点滴で良くなったって」


「でしーょね。この気温と湿度であの服じゃ」


「後からお母さんが、お礼に来たわ」


「お母さん?・・・あの人いくつ?」


「32か33らしーよ?

知り合いのお客さんが言うには」


「独身無職ねぇ、“高等遊民”ってヤツ?」


「トレンドっぽく言うと、ソレかも?」


「これからどーすんのかね?彼ら母子は」


「おおっ?!ウワサをすれば・・・」



――― その母子が来店した。



再び店内に、ざわめきが起こった。


彼は確かに、昨日の彼であったが、

同時に昨日の彼では無かった。

髪を切り、水色の開襟シャツとデニム。

真新しいスニーカーの白が眩しい。


二人はアヤらの作業台に歩み寄り、

同時に一礼をした。


「花束を一つ、小さいやつを」


その声は、昨日の泥泡の音とは違う。


「この母親に・・・今まで心配させたから」


地味な服装の老夫人が、笑顔でそっと老眼鏡を外す。

潤んだ目元をハンカチで拭い、また小さく礼をした。


「昨日は、息子がお世話になりました」


「いえ、私はご注文をお受けしただけです」


「昨日の件で、吹っ切れたらしいです。

これからバイトして、専門学校で勉強をすると」


「そうですか、頑張って下さいね」


「私と主人と姑が、一人っ子の息子に

家と田畑を継げと、小さい頃からヤイヤイ

うるさく言い過ぎたせいか・・・ちょっと・・・」


「・・・アレな感じになっちゃったと?」


「・・・はい」


「に、忍冬さん、失礼よ!」


「いえ、いいんです。でも目が覚めました。

この子が好きな、ゲームなんとか?

それを目指すと言うのなら、なればいいかと」


「頑張って、親孝行して下さい。

花束くらいで誤魔化してはアカンよ!」


「忍冬さんっ!」


慌てて花を見つくろう琴美に、

花束製作を任せたアヤは、

笑って親指を立てる。


「グッドラック!三杉さんも喜ぶわ」


彼は照れたように頭を掻いて、

短くなった自分の髪に、オドロキ顔をした。


「俺・・・秋から下宿と・・・バイト・・・で、

しばらく来ない・・・けど・・・」


チラ、とレジに目を移す。

今日は小夜子の姿は無い。公休日である。

もちろん、彼もそれは承知なのだろう。


「また・・・来ます。いつか・・・」



琴美は、さすがに手慣れた技で、

ピンクが基調の、可愛らしい花束を仕上げた。

琴美が書き込んだ精算カードに、

アヤは横から手を伸ばす。


「ちょ、ちょっと!何?」


「いーから、ちょっと貸して!」


アヤの雑な字は、ピンクの


『Fight!』


それをまた、彼の手に押し当てると

アヤは今日も、頭を下げて言った。



「ご注文、ありがとうございました!」



*** 続く ***


実際、可愛い店員には、似たような事があります。w


では、また次回。

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