第1話: 職場の百合
第1話です。
ちょっとユルいかも知れませんが、
お楽しみ下さい。
「あら、まぁ~!」
背後から聞こえた女性の声に、
忍冬アヤは振り向いた。
両手で抱えた白百合の束が、
ガサリと鳴って、甘い芳香を振り撒く。
「キレイな百合やね。
お花に囲まれて、いいお仕事ねぇ~」
年配の婦人の言葉に、
アヤは曖昧な笑顔を見せる。
「・・・そーでもないですよ」
若干、というか、かなり
無愛想な対応かも知れない。
でも許してもらいたい。
このテの言葉はしょっちゅう投げられ、
彼女たちを軽く傷つけるからだ。
ここは、とある田舎町のホームセンター。
その中の、生花や植物を扱う部門である。
一見、華やかな職場に見えるが、
キレイなのはお花だけ。
そこで働く女たちにとって、
それはタダの“お花屋さん”ではなく、
『汚い(汚れる)』
『キツい(重い物が多い)』
『キレる(忙しくてプッツンする)』
と、3拍子揃った“3K”な職場だった。
今もアヤは、大量の白百合を抱え、
これからボキボキ折り、捨てるところなのだ。
決しておばあさんが言うような、
素敵な気持ちであろうハズもない。
花は生き物である。
それは、商品としては致命的な欠陥を意味する。
枯れるのだ。
そして、腐るのだ。
他の無機的商品に比べ、
植物の商品寿命は著しく短い。
枯れたり腐ったりしていなくても、
時間と共に色褪せ、開き過ぎ、花粉を飛ばす。
見栄えの悪くなった花は、
もう見向きもされない。
いくら仕入れ値を割る値下げを断行しようと、
汚くなった花は、もう売れないのだ。
(まるで女の人生やないか)
開き過ぎた百合を折りながら、
アヤは空しくそう思った。
いや、そうじゃない女も多いのだ。
世間には、“美魔女”とかもてはやされ、
マスコミを騒がす主婦だって数多い。
しかし、今のアヤには遠い世界だ。
かつて、スリムな長身がウリだった彼女も、
最近一気にキた。
いわゆる、中年太りってヤツだ。
いくら食べても太らない。憎らしいと言われ、
ダイエットとは無縁に生きてきたが、
そろそろ真剣にならねばマズい状況。
加えて更年期症状も表れるに至り、
どうにもやるせない今日この頃なのだ。
ついつい、百合を折る手に力も入る。
「忍冬さん、怖いよ、顔」
同年代ではあるが、この職場では先輩の、
花房琴美から指摘を受ける。
「またイラついてんの?ダメやん」
「だってさー、また言われたんよ、
“お花に囲まれて、いいお仕事やね~”って」
「しょーがないわ、そー見えるんやもん」
「分かっててもイラっとする!」
「まーまー」
元々小食なのか体質なのか、
琴美は未だ、スリム体型を保持している。
色白だし、美人だし、仕事も有能。
彼女は、アヤにとって身近な憧れの存在だ。
「・・・何?」
「いや、花房さんはキレイやなーって」
「やめてよー!急にお世辞言っても何も出んわ」
「お世辞やなくてさー」
捨てられた百合の中から、
まだ美しい一輪を拾う。
「同じ日に来た花でもね、コレはまだキレイ。
でもこっちはダメ。まるで花房さんと私やね」
「こらこら!」
琴美はペシ!とアヤをはたくと、
伝票を手に笑った。
「アンタがそんな暗いんは、
お腹空いてるからと違うのー?」
「そーかも?朝サラダしか食べてねーし」
「アカンよー、朝はしっかり食べて来な!」
「ダイエットより体力やもんな、この仕事」
「分かってるやん!あはははは」
「もーすぐ昼休憩か!もうひと踏ん張り!」
「その意気その意気。ほなお先にね~」
交代で昼を食べるので、琴美は休憩室へと去る。
シフトの都合で順番があり、
アヤはその後、休憩に入るのだ。
ハァ~
溜息をついたら、アヤはフと思い出した。
昔、中学生時代に読んでいた雑誌の一文だ。
女の人生は、フェルトペンに似ている。
若い頃は細く、瑞々しいが、
しだいに太くなり、バサバサしてくる。
「確かに~」
最後の百合を折り捨てたら、
捨てた数を台帳に記入した。
捨てられた百合たちに、
いくらかの憐憫を感じないでもない。
「でも、お互い様やし。
私も捨てられんよーに、せいぜい足掻くわ」
シニカルに笑うと、凛として歩き出す。
腹に力を入れ、演劇部仕込みの姿勢で歩けば、
高級花を入れたショーケースのガラスに、
まだそう悪くない自分が映った。
仕事は毎日、忙しくキツいが、
楽しい事だってあるものだ。
ヨシ!女一匹、滅入ってられんわ!
「すんませーん」
客に呼ばれた。
「はい、いらっしゃいませ!」
「あのな、オバちゃん。トイレどこ?」
頭頂部が荒廃した、初老の男性客だ。
(誰がオバちゃんじゃ!コラ!ジジイ!!)
心の叫びを隠して案内したが、
アヤの作り笑顔は少し、般若に似ていた。
*** 続く ***
一応主人公の、忍冬アヤ。
忍冬とは、スイカズラという花の別名です。
薄幸そうな字面がアヤに合うと思います(笑)
次回もよろしくお願いします。