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7.くるみ

 コウタの母が、今にもドアを開けようとしていた。

 コウタはベッドに寝そべっているミルクをちらりと見る。

 猫のしっぽはちょうどシャツの中にかくれているが、猫の耳は頭の上でぴくぴくと動いていた。

 あわててコウタは、机の横にかけてあった体操着袋をつかみ取る。

 中から赤白帽を出して、ミルクにかぶせた。


「コウタ、起きてるの?」

 そう言いながら部屋に入ってきた母は、目を丸くした。

 パジャマ姿のコウタのとなりに、白いぶかぶかのワイシャツを着て赤白帽をかぶった、知らない女の子がいるからだ。

「あ、ママ」

 声を出したのはミルクだった。あわてることもなく、にこにこ笑っている。

 この家の飼い猫のミルクにとっては、コウタの母も自分のママのようなものなのだ。

「だれ? コウタの、お友達……?」

 母がびっくりしている間に、コウタはうつむきながら大急ぎで答えを考える。

「うん、塾の友達の……くるみ。くるみちゃんっていうんだ」

 ようやく考えがまとまって、顔を上げると明るい声でそう言った。

 コウタの通っている塾には、小学生だけでなく中学生のクラスもある。ミルクの見た目は小学生にはとても見えなかったので、塾で知り合った中学生ということにしたのだ。

「ああ、そうなの。よろしくね、くるみちゃん」

 母はうれしそうにミルクに話しかけた。

 急に「くるみ」という名前で話しかけられたので、ミルクはきょとんとしている。

 

 シルバーは、姿を消しながらずっとなりゆきを見守っていた。

「とりあえず、正体はばれてないみたいですが……ちょっとまずいですね、このままでは」

 そっと窓を開けると、空中に浮いてベランダから急いで出て行った。



* * *



「コウタはこれから朝ごはんなんだけど、くるみちゃんもいっしょにどう?」

「ごはんなら、もう食べたよ」

「そうなの。くるみちゃんちは早起きなのね。朝ごはんはいつも何食べるの? ごはん? それともパン?」

 ミルクを居間に連れてきて、母はしきりに話しかけている。

 コウタはどきどきしながら、ふたりの会話を聞いていた。

「かんづめ」

「え? 朝ごはんが? 何のかんづめなの?」

「キャットフードの……」

 そこまで言いかけたミルクの口をあわててコウタがふさぐ。

 ごまかすように笑いながら、母に言った。

「魚のことだよ! ……くるみちゃんって、おもしろいよね」

「ほんと、おもしろい子ね」

 母もつられて笑っている。ミルクも、ふたりが笑っているので、わけがわからないまま笑った。

「……これ以上、ぜったいしゃべっちゃだめだよ! ミルク」

 コウタはこっそりミルクに耳うちする。

 ミルクは笑うのをやめて、しかられたようにしゅんとしてしまった。


 ミルクを居間のソファに座らせたまま、母は朝ごはんのしたくを始める。

「玄関から入ってきたの、気がつかなかったわ。朝早くから、急ぎのご用だったの?」

「えっと……」

 ミルクはしゃべらないように両手で口をふさぎながら、コウタのほうを見た。コウタも何も言えずにいる。

「あ、コウタ、いつまでパジャマ着てるの! 早く着がえてきなさい」

 母に手をひっぱられて、コウタは部屋におしこまれてしまった。

(どうすれば、ママにあやしまれずに、ミルクを家から連れ出せるかな……) 

 服に着がえながらずっと考えたが、何も思いつかない。

 その時、チャイムが鳴った。家にだれか来たのだ。

 玄関からコウタを呼ぶ声が聞こえる。

「コウタ、くるみちゃんのお父さんが来たわよ」

 母のその言葉に、コウタは耳をうたがった。

(ミルクにお父さんなんて、いない……。だって、ミルクは、猫なのに……)


 おそるおそる部屋を出ると、そこにはゴールドが立っていた。

 コウタは驚いて声も出ない。

 ゴールドはコウタを見ても知らん顔で、コウタの母に深々とおじぎをする。

「朝早くおじゃましてすみません。娘がいつもお世話になっております」

 ゴールドがなぜ、人間になったミルクの父親のふりをしているのか……? コウタはさっぱりわからなかった。ミルクもコウタのとなりで、ぽかんとしている。

「娘が、その……塾で、忘れ物をして、コウタくんが預かっていてくれたんです。あ、そうそう、その帽子だ」

 ミルクのかぶっている帽子を見て、ゴールドはとっさに思いついたようだった。

 母はすっかりゴールドの話を信用してしまったらしく、立ち話を始める。

「塾にこんなに仲のいいお友達がいたなんて……この子は何も話さないものですから……これからもよろしくお願いしますね」

 母もゴールドも、おたがいに何度も頭を下げている。母の話は長くなりそうだった。

「ぼく、マンションの下まで送っていくよ!」

 コウタはミルクの手を取って、外に出る。

「朝ごはんできてるんだから、すぐ帰るのよー」

 母の声に振り向きもせず、マンションの通路をいちもくさんに走って行った。


 1階におりるエレベーターを待つ間も、コウタの胸はまだどきどきしていた。

「コウタ、だいじょうぶ?」

 ミルクに声をかけられて横を見る。

「まったく、私はまだ若いのに、なんで中学生の父親役なんか……」

 いつのまにか、ミルクの後ろにゴールドが立っていた。

 コウタの母とあいさつをすませてから急いで追いかけてきたようで、ゴールドの息もあがっている。

「シルバーにたたき起こされて来てみれば、猫娘が母親に見つかっているとはな。この私が機転をきかせたから助かったようなものだぞ。感謝してもらおうか」

 ゴールドはぶつぶつ言いながらコウタをにらむ。

 コウタは目をそらすようにうつむいて、ぼそりと言った。

「ふうん。おじさんも、いいとこあるじゃん」

 そして、ゴールドが何か言う前に、急に気がついたように顔を上げて叫ぶ。

「でも、ミルクがこうなったのはもともとそっちのせいだから、どうにかするのは当たり前だろ!」

「あの、コウタさん、早く帰らないと朝ごはんがさめますよ」

 いつからそこにいたのか、シルバーが姿を現してコウタに声をかけた。

「あ、そうだ。もう帰るよ。ミルク、じゃあね」


 あわてて戻っていくコウタを、シルバーはほっとしながら見送った。

 ミルクはさみしそうにコウタの後ろ姿に手を振っている。

 コウタに何も言い返せなかったので、ゴールドはひとりで不機嫌な顔をしていた。

「……われわれも帰るぞ」

「まだ、エレベーターきてないよ?」

 ミルクが不思議そうに聞いた。

「下におりるんじゃない。宇宙船はすぐ上の屋上に置いてあるんだぞ? 階段で上に行くんだ」

 ゴールドはミルクに言い聞かせながら、手を引っぱって階段に向かう。

「まったく……私のシャツたった1枚で、しかも、はだしで出歩くなんて、はしたないぞ、『くるみ』!」

 ミルクはきょとんとしていたが、だまってついていった。

 あとに続くシルバーが、ゴールドに聞こえないように小さな声でつぶやく。

「博士、嫌がってるわりに父親役がうまいですね……」



* * *



 夕方までおとなしく宇宙船ですごしていたミルクが、おなかがすいたのか急にそわそわし始めた。

「ミルク、またコウタのおうちでごはんたべてくるね!」

 そう言うと、宇宙船の入口を勝手に開けて外に飛び出していく。

「コウタさんのご家族に見つからないように、気をつけてくださいねー」

 後ろ姿に向かってシルバーが声をかけたが、ミルクは聞いていない。

 マンションの屋上の端まで走ると、ひょいとジャンプして、コウタの部屋のベランダにおりていった。


「ただいまー」

 しばらくして、ミルクは機嫌よく宇宙船に帰ってきた。

 食事中のゴールドが不機嫌な顔で答える。

「やっと帰ったか。またはだしで出歩いて、行儀が悪いぞ」

「コウタのところに行ってきただけだよ。ベランダから」

「ベランダから出入りするところを人に見られたらどうするんだ。ちゃんとチャイムを鳴らして玄関から入れ」

「ですが博士、それではコウタさんのお母さんに見つかりますよ。コウタさんのお母さんの前で、キャットフードを食べたり、猫のトイレで用を足したりしたら、まずいですからね」

 シルバーが口をはさむ。ミルクはにっこり笑ってうなずいた。


「食事ならここですればいいだろう! ほら!」

 ゴールドがテーブルの上の皿をつき出すと、ミルクはぷいとそっぽを向いてしまった。

「ミルクこんなの、たべられないもん。いつものキャットフードがいい」

「ミルクさんは、体の中身は猫のままなんです。人間の食べ物は猫に合わないものもありますし……」

 シルバーに説明されても、ゴールドはぶつぶつ言っている。

「めんどうだな、まったく。牛乳も猫用のじゃないと飲めないんだろう? せっかく、好きだと言うから買ってきてやったのに」

 ミルクはテーブルから牛乳のコップを手に取ってみるが、においをかいだだけで口をつけず、ゴールドを見上げてにっこり笑った。

「猫用のぎゅうにゅう買ってきてよ、はかせ」

「自分で買いに行け!」

 ゴールドは地球のお金をテーブルにたたきつける。ミルクはめずらしそうにお札をながめた。

「博士、あのかっこうでミルクさんをお店に行かせるつもりですか」

 シルバーが静かに言った。

 ゴールドはわれにかえってミルクを見る。

 あいかわらずミルクはゴールドのワイシャツ1枚を着ているだけだった。

「……まずは服だな、うん」

 ゴールドがせきばらいをしながらそう言うと、シルバーがにこやかに答える。

「そうですね、ミルクさんに似合いそうな服を買ってきてください」

「えっ」

「この3人の中で、人前に出られるのは博士だけですよ」

「……なんで、なんで私が、そんなことまで……」

 ゴールドはテーブルにつっぷして、ため息をついた。

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