5.変身
コウタが目を開けると、そこはうす暗い部屋だった。
本で見た、昔の外国の物語のさし絵のような、古い家具が並んでいる。
部屋の明かりがついたのか、あたりが急に明るくなると、目の前にゴールドがいた。
「ここは私の宇宙船の中だ。さて、君に……聞きたいことが……おい、暴れるな、こら」
ゴールドはしゃべりながら何かに気を取られている。よく見ると、上着の中がごそごそ動いていた。
ゴールドがあわてて上着を脱ぐと、そのポケットから出てきたものは……ミルクだ。
「ミルク!」
声をかけると、ミルクは元気に「にゃあ」と鳴いた。コウタはほっと胸をなでおろす。
「よかった、なんともなくて……。おい、宇宙人! ミルクに乱暴なことするな!」
「私の名前はゴールド博士だ! もう忘れたのか、まったく……」
「すみません、ミルクさんまで連れてきてしまって。どうしてもコウタさんに聞きたいことがあったものですから」
怒るコウタをシルバーがソファに座らせ、ゴールドは向かい側のソファに腰かけた。
「話なら早くしてよ。もう夜遅いんだから」
「どうせいつも夜ふかししてるんだろう、小学生のくせに」
頬杖を突きながらめんどくさそうにしているコウタに向かって、ゴールドがお説教をするように言った。
「1年前のあの日もそうだ。私の研究では、夜12時に起きている地球人なんていないはずなのだが」
「研究……?」
「ああ、さっきは説明してませんでしたが、博士は地球の研究をしているんです。貴族出身ですが生活に余裕がないので、あまり研究者のなり手がいない地球の論文で、なんとかお金をかせいでいるわけでして」
「……シルバー、そこまで詳しく説明しなくてもいい」
ぺらぺらと余計なことまで話すシルバーの口をゴールドが手でふさぐ。
コウタはふたりを見てくすりと笑った。
「いまどきは、夜12時に起きてる人なんていっぱいいるよ。研究が足りないんじゃない」
「そ、そうかもしれないが……子供が偉そうに言うな!」
ゴールドはソファの肘かけをにぎりしめ、立ち上がろうとしたが、シルバーにおさえられた。
「博士、落ち着いてください。コウタさんにあのことを聞かないと」
ゴールドのとなりで立ったまま、シルバーはコウタの顔をまっすぐに見る。
「コウタさん、去年のあの日のことを、どうしてだれにも言ってないんですか?」
「あの日のこと、って……?」
「わたしたちを……つまり、宇宙人を見たってことです」
「…………」
コウタは急にだまりこんだ。
「この1年間、地球では騒ぎになってる様子もないので、コウタさんしか知らないんですよね?」
「……ぼくしか知らないけど。それがどうしたの」
コウタは小さな声でそう言って、うつむいた。
ひざの上の両手が、にぎりこぶしをぎゅっとにぎっている。
「やっぱり、そうですよね。よかった。うわさが広まってたら、いったい何人の記憶を消すはめになっていたか、ねえ博士」
シルバーはほっとしたようにゴールドのほうを見た。
ゴールドはソファにもたれながら、足を組む。
「しかし、いつ言うかわからない。子供はなんでもぺらぺらと言いふらすものだぞ。親とか、友達とかにな。なぜ言わなかった? 何かわけがあるんだろう?」
ゴールドに問いつめられても、コウタはうつむいたまま何も言い返さない。
シルバーが心配そうにそばによってのぞきこむと、その顔は怒っているようにも、泣きそうにも見えた。
「言わないよ!」
突然、コウタが顔を上げて叫んだ。
ゴールドもシルバーも驚きで一瞬動きが止まる。
「……だ、だから、なんでだ」
小さな声でおずおずと聞くゴールドに向かって、コウタはにやりと笑って答えた。
「いまどき宇宙人なんて、だれも興味ないからだよ!」
それは、ついさっきまで泣きそうだったとは思えない、自信たっぷりな言い方だった。
宇宙船の居間が、静まりかえる。
シルバーはぼんやりと立ったまま、まるで電池が止まったようだった。
ゴールドはコウタに何か言おうと口を動かしているが、なかなか言葉にならない。
「そんな理由だと……それじゃ、それじゃまるで……」
テーブルを片手で叩き、勢いをつけてやっと大きく声を出した。
「それじゃあまるで、われわれが時代遅れみたいじゃないか!」
コウタは悪びれもせず、言い返す。
「うん、時代遅れだね。だって宇宙人なんて今人気ないもん。あのポスターが金賞に選ばれたのも、UFOなんて描く人がほかにだれもいなくて、目立ったからだよ」
「人の宇宙船を勝手にモデルにしたくせに、いちいちばかにしたような言い方をするな! おかげで金賞がとれたんだから、感謝でもしたらどうだ」
「ちょっとふたりとも、落ち着いてください……!」
シルバーはようやく動き出して、おろおろしていた。
ゴールドもコウタも、立ち上がって言い合っている。このままだと夜中になっても終わりそうもない。
「と、とりあえず、問題は解決しました。よかったですね、博士?」
ふたりの間に入ってシルバーが無理に明るい声を出す。
「これでわたしたちが捕まる心配もないし、全国のポスターをはがす必要もありません。地球人がわたしたちに興味がないほうが、こちらとしては助かりますよ。ねえ?」
「……ううむ、理由がどうも納得いかないが、まあ、いいだろう」
ゴールドは大声を出しすぎて息切れしていた。
「じゃあさっさと、帰らせてよ」
ぶっきらぼうに声をかけられ、シルバーはあわててコウタの手を取った。
「は、はい。お送りします」
シルバーに連れられてコウタは居間の出口に向かう。
ゴールドはソファに座りながら、ぼそりと言った。
「早く返してこい。生意気な子供はもう見たくもない」
コウタが振り向いてこちらをにらんだが、ゴールドは気にも留めず、脱げかけた帽子をかぶり直している。
「あの、コウタさん」
居間を出るその時、シルバーはコウタをじっと見て、すがるように言った。
「コウタさんは、これからもずっと、わたしたちのことはだれにも言わないでくれますよね?」
コウタが答える前に、ゴールドの声がさえぎった。
「どうせ、大人になったら子供の頃のことなんて忘れるだろうさ」
ゴールドは振り向かず、目を合わせようともしない。
コウタは何か言い返してやりたかったが、言葉が出てこない。
「あっ」
ドアノブに手をかけた瞬間、コウタは大事なことを思い出した。
「そういえば、ミルクは?」
* * *
ミルクは居間のすみで、投げ出されたままのゴールドの上着をごそごそと探っていた。
「ミルク、帰るよ」
コウタが上着をめくってみると、ガラスのびんが床に落ちていて、白い粉がこぼれている。ミルクはその粉をぺろぺろとなめた。
「あの粉は何?」
「あれはルミナスパウダーといって、光る粉なんです」
不思議そうに見ているコウタに、シルバーが説明した。
「姿をかくしたい時にあれを振りかけると、光って見えなくなるんです。博士がコウタさんの部屋に入った時も、これを使ったんですよ。あ、わたしは高性能ロボットなので、こんなのなくても姿を消せるんですけどね」
シルバーはとくいげにしゃべり続けるが、コウタはあまり聞いていない。
「それより、あの粉、猫が食べてもだいじょうぶなの?」
「一応、害はないと思いますが……」
シルバーの声から自信がなくなっている。コウタも不安になってきた。
目の前で、ミルクの体がだんだん光り始めているのだ。
「ミルク!」
コウタが叫ぶのと同時に、真っ白な強い光に包まれて、ミルクの姿は消えた。
「……うるさいな。何がどうしたっていうんだ」
さっきからずっとコウタたちを無視していたゴールドだが、さすがに気になって振り向いた。
そこにはシルバーと、コウタと、もうひとり。
ゴールドの上着をはおった、見知らぬ女の子が立っている。
「だ、だれだ!」
立ち上がってみがまえるゴールドに、女の子はにっこり笑って答えた。
「ミルク……だよ?」
ミルクと名乗ったその女の子は、コウタより少し背が高く、ふわふわの黒い髪が肩まで伸びている。まるで普通の女の子のようだった。
ただ、上着の下には何も着ていない。
そして、頭には大きな白い猫の耳がくっついていて、足の間にはふさふさの白いしっぽがのぞいていた。
「ミルクが……人間になっちゃった」
コウタはへなへなとその場に座りこむ。
ゴールドとシルバーは、驚きで声が出ないままぼうぜんと立ちつくしていた。