4.ゴールドのゆううつ
「どうして、こんなことに……。予定外だ……」
ゴールドはソファに横たわりながらぶつぶつと言った。
ここはゴールドの宇宙船の中の部屋である。
宇宙船の中といっても、ゴールドが故郷の家と同じようなつくりにしていたので、まるで昔の外国風の居間であった。
茶色のカーペットの上に、彫刻のほどこされた古い木の家具が並んでいる。
ゴールドはシルバーに抱えられて、コウタの部屋から宇宙船に帰ってきていたのだった。
シルバーが紅茶を運んできて、テーブルの上に置く。
「しっかりしてください、博士。せっかくコウタさんを見つけたのに、なんで逃げ帰ってきちゃったんですか」
「逃げたわけじゃない。とりあえず、作戦会議だ」
ゴールドは体を起こすとため息をついた。
「あんな子供に秘密をにぎられて、記憶も消せないなんて……情けなくてとても故郷に帰れない」
「地球の研究論文がぜんぜん終わってないんですから、どうせ帰るに帰れないですけどね」
「あの子供を探すのに1年もかかってるんだ。研究どころじゃない。おまえが顔を見られた場所を忘れてなければ、こんなに時間はかからなかったのに」
ゴールドにうらめしそうにそう言われて、シルバーはごまかすようにティーカップを差し出す。
「ま、まあ、紅茶でも飲んで、落ち着いてください。とりあえずコウタさんが見つかったんですから、一歩前進ですよ?」
「前進どころか、一万歩くらい遠ざかった気分だ……」
ゴールドはひと口飲んだティーカップを置くと、またソファにたおれこんだ。
シルバーが本棚から地球の事典を取り出し、ページをめくる。
「一応、この国の交番の数だけでも調べてみますか。ええと……」
「調べなくていい。交番を全部まわってポスターをはがすなんて……それに、貼ってあるのは交番だけじゃないんだろう? どう考えても無理だ!」
ゴールドはシルバーの手から事典を取り上げると、床に放り投げた。
そして自分も床に体を投げ出し、寝そべって天井を見上げる。それを見てシルバーはあきれていた。
「博士、はしたないですよ、まったく。はしくれとはいえ貴族なんですから」
「いいんだ。もう身分なんて何の意味もない。どうせ帰れないんだ」
言っているうちにゴールドは弱々しい声になる。
「いや、それどころか、あの子供がそのうち言いふらして、われわれは地球人に捕まるかも……そうなるとシルバー、おまえは解体されるな」
「恐いことを言わないでくださいよ、博士」
「いっそのこと、あの子供を始末するか? そうすれば、ポスターが残っていても二度と思い出さないぞ……」
ぼそぼそとつぶやくゴールドに、シルバーがぴしゃりと言った。
「わたしたちの星の法律では、地球の生き物をむやみに傷つけることは禁止されています。犯罪者になるつもりですか?」
「……どっちにしても、捕まるのか……」
ゴールドは天井をあおいだまま、これ以上考えるのをやめて、目を閉じた。
すっかり冷めてしまった紅茶をテーブルから片づけながら、シルバーがなぐさめるように言う。
「研究のために地球に来る宇宙人は、うちの星以外の人もたくさんいるらしいです。でも、地球人に捕まったなんて話は聞いたことないですよ」
「ほかのやつらは、地球の子供に見られるほど間抜けじゃないんだろうな」
目を閉じたまま、ゴールドは力なく答えた。
「いえ、地球人はきっと乱暴なことはしないんですよ。そもそも、わたしたちは見られてから1年も経っているのに、まだ捕まってないじゃないですか」
シルバーはなるべく明るい声でそう言った。
「それは、あの子供がまだ言いふらしてないからだろう」
ゴールドはまだ暗い顔をしている。
「そういえば、もう1年も経つのに、どうしてですかね」
不思議そうにつぶやきながら、シルバーは紅茶を持って居間を出ていった。
ゴールドはしばらくそのまま床でじっとしていたが、急に何かひらめいて、体を起こす。
「……何か、わけがあるな」
* * *
「コウタ、今日はお友達が来たの?」
台所で、コウタの母が洗い物をしている。
コウタは小さな声で「ううん」と答えると、自分の部屋に戻ろうとしていた。
「でも、コップが2個あったから……」
「ぼくひとりで2個使っただけだよ。友達なんて、来るわけないだろ」
そう言いながらちらりと見ると、母は少し悲しそうな顔をしていたが、コウタはかまわずにドアをばたんと閉じてしまった。
「おやすみ!」
自分の部屋に入ったコウタは、部屋の中がふだんと違うような気がして、なんだか落ち着かなかった。
ベッドの上を見ると、いつもそこに寝そべっているミルクがいない。
ミルクを探して部屋を見回した。
いつのまにか、窓のそばに大きな人影がある。
「猫ならここだ。騒がれると困るので、いっしょに連れて行く」
そこにはミルクを抱えたゴールドが立っていた。
「ミルク! 連れて行くって、どこへ……」
コウタの目の前に突然シルバーが現れ、口に指をあてた。
「静かに、コウタさん。ご家族に気付かれます」
その瞬間、部屋が白い光に包まれる。
コウタがまぶしくて顔をふせると、床の上に白い靴下をはいている足が見えた。
ゴールドのいばったような声が聞こえる。
「私は礼儀正しいからな。今度は最初からちゃんと、靴を脱いだぞ」
ぎゅっと目を閉じて、わけのわからないうちに、コウタの体は何かにつかまれてふわりと浮かんだような気がした。