3.ポスター
「聞いて驚くなよ? ……私は、地球人ではない」
ゴールドはコウタの顔をのぞきこんだ。
「ふうん」
コウタはたいくつそうに、座ったままイスをくるくる回している。
「おまえ、わかってないな? われわれは宇宙人なんだぞ! 少しは驚いたらどうだ!」
思わず大きな声になるゴールドに、灰色の宇宙人がそっと小声で言う。
「博士、驚くなって言ったのに……。近所の人に気付かれますから、騒がないでください」
コウタはふたりをじっと見ながら言った。
「だって、そっちの灰色のやつは、どう見ても宇宙人だし、おじさんは暑苦しい変な服着てるし、普通の人じゃないのは、だれだってわかるよ」
ゴールドはむっとして言い返す。
「この服は貴族の正装だ。子供相手とはいえ、人の家に訪問する時は正装するのが礼儀だからな、暑いのはがまんして……ん? 今、また、おじさんって……」
「あっ!」
話をさえぎって、急にコウタが叫んだ。
ゴールドの足もとを指差す。
「部屋の中なのに、靴はいてる!」
「それがどうした」
「日本では、脱ぐのが礼儀なんだよ!」
「日本……? ああ、この国のことか」
「す、すみませんコウタさん。博士、早く脱いでください」
灰色の宇宙人があわててコウタに頭を下げた。
ゴールドはしぶしぶしゃがんで靴を脱ぎ始める。
コウタはイスの上からふたりを見下ろして、くすりと笑った。
「まあ、知らなかったなら、しょうがないね」
脱いだ靴をそっとベランダに置きながら、ゴールドがため息をつく。
「なんで私が……こんな子供に偉そうにされないといけないんだ……」
* * *
夕日が沈んで、窓の外は暗くなり始めている。
コウタは台所からコップと牛乳を持ってきた。ミルクのために、猫用の牛乳とお皿も用意している。
「すみません、わざわざ飲み物まで出していただいて」
コウタがコップに牛乳をそそいでいると、灰色の宇宙人が申し訳なさそうに話しかけた。
「別にいいよ。きみ……ええと」
名前がわからないので、コウタは呼びにくそうにしている。
灰色の宇宙人は思い出したように名乗った。
「あ、わたしはシルバーといいます」
「シルバーは牛乳飲める?」
「いえ、ロボットなのでちょっと無理かと」
「ロボット? 宇宙人じゃないの?」
「うちの星では、どの家にも宇宙船の操縦や家事をするロボットがいるんです。地球の人は、わたしたちロボットが宇宙人だと思ってるみたいですね」
「そうなんだ。……猫には猫用の牛乳があるけど、ロボット用の牛乳はないなあ」
「おかまいなく」
シルバーが、ぺこりとおじぎをした。
「シルバーはロボットなのに、大人よりも礼儀正しいんだね」
コウタはちらりとゴールドのほうを見て言ったが、ゴールドは気付いていない。
出された座布団の上に座って、牛乳の入ったコップをながめている。
「子供の飲み物だな……。紅茶のほうがよかった」
ひとりごとを言うゴールドに、シルバーが耳うちした。
「博士、わがまま言わないでください。せっかくお客としてもてなしていただいてるのに」
コウタはお皿に猫用の牛乳をそそぎながら、ミルクに話しかける。
「猫だって、好ききらいしないのにね、ミルク」
ミルクはおいしそうにお皿をなめると、ひと声鳴いた。
「にゃあ」
「おっと、くつろいでる場合ではない。本題に入るぞ」
牛乳を飲みほすと、ゴールドが立ち上がった。
「さて、今関孝太……なぜ私たちが君に会いに来たかわかるか?」
コウタはイスに座ってゴールドを見上げる。
「なんで?」
「君の記憶を、消すためだ」
ガタン。
大きな音を立てて、コウタはイスから落ちた。
ミルクはびっくりしてコウタのそばに駆け寄り、ニャーニャー鳴いている。
ゴールドは床にしりもちをついているコウタを見下ろして、言った。
「記憶を消す前に、一応、理由は説明しておいてやろう。礼儀としてな。……どうだ、私は礼儀正しいだろう?」
満足そうに笑うと、話を続ける。
「1年前、君はここのベランダで私の宇宙船を見た。しかもこのシルバーの姿まで。そうだな?」
「いやあ、まさかあんなにはっきり見られるとは。目が合っちゃいましたよね? コウタさん」
シルバーがはずかしそうにコウタに言った。
コウタは黙ったまま、うなずく。
ミルクは心配そうにコウタのそばでじっとしていた。
「この1年間、ずっときみを探していたのだ。われわれのことが世間にばれて、騒ぎにでもなったら困るのでね」
そう言うと、ゴールドはコウタの頭の上に手をすっと伸ばす。
「証拠は消さなくては。……といっても、命までは取らないから、安心したまえ」
大きな手のひらが、クレーンゲームのようにコウタの頭をつかんだ。
「おとなしくしていろ。痛くはしない」
「博士! あまり乱暴にしないでください」
「わかっている」
シルバーに注意されても、ゴールドは手の力を緩めなかった。
その足もとでは、ミルクがコウタを守ろうとゴールドに飛びかかっている。
しかし小さな猫の力では、ズボンのすそを引っかくのが精一杯で、気にも留められていない。
コウタは頭を持ち上げられ、ゴールドの金色の目ににらまれた。
「さあ、記憶を……」
ゴールドが言い終わる前に、コウタの声がさえぎる。
「そんなことしても、ムダだと思うよ」
その時、ゴールドは初めてコウタの表情を見た。
まったく、恐がっていない。
ゴールドの力が緩んだすきに、コウタは軽くゴールドの手を払った。
「記憶を消したって、たぶんまた思い出すよ。あの絵を見れば」
コウタはそう言いながらゴールドの後ろを指差す。
「去年、宿題で描いたんだけど、返してもらってからママが部屋にかざったんだ」
おそるおそるゴールドは振り返った。
後ろにはコウタのベッドがあり、その向こうの壁には1枚のポスターが貼られている。
ポスターには「交通安全」という大きな文字と、夜空に大きなUFO、そして横断歩道に宇宙人が描かれていた。
「へえ、このポスター、細かいところまでよく描けてますよ。小学生にしてはずいぶん上手ですねえ」
シルバーがほめると、コウタはとくいげに笑った。
「まあね。それ金賞とったから」
ゴールドはコウタのベッドを乗り越えて、両手でドンと壁をつくと、間近でポスターを見る。
「ちょっと待て。これはどう見ても、私の宇宙船だぞ? それにこの不格好な生き物……シルバーそっくりじゃないか!」
「だって、モデルにしたからね」
「勝手にモデルにするな! ……そうだ、こんなもの、はがして捨ててしまえば、思い出されずに済むな」
ゴールドがポスターに手をかけた瞬間、コウタが早口で言った。
「それ、去年の交通安全キャンペーンのポスターになったから」
「それがどうした?」
「印刷されたものが交番とかいろんなところに貼ってあるよ。たぶん全国で」
「ぜ、全国……?」
ゴールドはその場でへなへなとしゃがみこみ、体をシルバーが支えた。
さっきまでズボンを引っかいていたミルクも、心配そうに見上げている。
「どうする? 全国のポスターをはがしに行くの?」
コウタはイスの上から、勝ちほこった顔でゴールドを見下ろしていた。