表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/13

2.出会い

「あれからもう1年か……」

「ようやく見つかりましたね、博士」


 マンションの屋上に、ふたつの人影がある。

 ある夏の日の夕方のことだった。

「この下が、やつの部屋だな? シルバー」

 背の高い男の影がたずねる。 

「はい、15階の8号室、『イマゼキ・コウタ』の家です」

 シルバーと呼ばれた背の低い影が答えた。


「では行きましょう、博士」

 そう言うと背の低い影はうすくなり、ほとんど見えなくなった。体が透明になったのだ。

 マンションの屋上の端から、ひょいとジャンプする。

 そのまま空中に浮いて、すぐ下の階のベランダへゆっくり降りていった。

 博士と呼ばれた背の高い男は、上着の内ポケットから小さなガラスびんを取り出した。

 ふたを開けて、中に入っている粉を体に振りかける。すると、体が白い光に包まれて見えなくなった。

 その白い光もまた空中に浮き、背の低い影を追うように下へと降りていった。



* * *



 夕日がさしこむ部屋の中で、コウタは勉強机に向かっている。

 夏休みはまだ半分以上残っていたが、宿題の算数ドリルはもう残り1ページになっていた。

 後ろでは、白い猫がベッドに寝そべりながら、コウタの宿題が終わるのを待っている。


 ガタン。

 急に、何か小さなものが落ちたような音がした。

「待ってミルク、あと1ページで終わるから。遊ぶのはそのあとだよ」

 コウタは机に向かったまま、ベッドの上の猫に言う。

 その時、部屋の窓がひとりでに開いた。風が吹いて、レースのカーテンが大きく揺れている。

 ミルクと呼ばれた猫が、びっくりして起きあがった。

「ミルク? 外に出たの?」

 コウタは振り向いた。しかしミルクはベッドの上にいて、開いた窓を見ている。

(部屋には、ぼくとミルク以外だれもいないはずなのに、どうして窓が――)

 コウタはごくりと息を飲んだ。

 ゆっくりとイスの向きを変えて、窓のほうをじっと見る。

 部屋の中に、ぼんやりとした灰色の影があった。


 目をこらしてよく見ると、それはだんだんはっきりしていく。

 灰色の影は、いつのまにか1メートルくらいの小さな人の形になっていた。

(なんだ、これ……。人間……?)

 大きな頭に細い手足、つるつるした体の表面に、ガラスでできたような透き通った目。

 それはどう見ても人間ではなかった。

 コウタは驚いて声が出ない。ミルクは毛を逆立ててうなっている。

(こいつ、どこかで見たことがある……)

 コウタの頭の中に、去年の夏休みにベランダで見た光景が浮かんだ。

「思い出した! おまえは、あの時の宇宙人!」

 そう言うと、目の前にいる灰色の宇宙人は、少し驚いたようにコウタのほうを見る。

「あ、やっぱり、覚えてましたか」

 それは、高いような低いような、不思議な声だった。



* * *



「覚えていた、だと? やれやれ、面倒だな……」

 どこかから男の声が聞こえてきた。コウタも、ミルクも、きょろきょろと部屋の中を見回す。

 突然、窓の外から大きな白い光が入ってきた。

 コウタはまぶしくて思わず目を閉じる。

 気がつくと、灰色の宇宙人のそばに見知らぬ男が立っていた。

「はじめまして、市立星森小学校5年2組、今関孝太くん?」

 そう言った背の高い男は、シルクハットをかぶり、ステッキを持っていて、長い外套を着ている。いつかコウタが本で見た、昔のイギリスの紳士のような格好だった。

「子供なんてものは、1年も前のことは自然に忘れてしまうと思っていたんだがな」

 男がコウタに向かってひとりごとのようにつぶやく。

 灰色の宇宙人は男を見上げてそれに答えた。

「地球人って、記憶力がいいんですねえ」


 コウタはイスの背もたれを手でぎゅっとにぎりながら、おそるおそる声を出す。

「おじさん、だれ……?」

 そう言われてシルクハットがぴくりと動いた。

 男はコウタに背を向け、宇宙人にこそこそと話しかける。

「おい、今、おじさん、とかいう言葉が聞こえたが、私のことじゃないよな?」

「どう考えても、博士のことだと思いますよ。おじさんって地球の言葉で、中年の男性のことをいうんです。知らないんですか?」

 宇宙人がとくいげに答えると、男はステッキの先を床に打ちつけて叫んだ。

「そんなこと知ってる!」

「は、博士、落ち着いてください」

 男はおびえる宇宙人から目をそらし、振り返ってまたコウタを見た。

 シルクハットの影からのぞくその目は、金色に光っている。

「地球の子供は頭が悪いな。言葉を間違えたんだろう」

 そう言いながら、コウタをおどすようにステッキを目の前に突きつけた。

「おじさんじゃない。お兄さんだ」 

「……どうでもいいよ、そんなの」

 コウタはイスから立ち上がって男に言い返した。

「なんでぼくの名前を知ってるんだ。おじさんも自分の名前を言えよ!」

「私はゴールド博士だ。おじさんって言うな!」

 男はステッキをまた床に打ちつける。

 しかし、コウタはおびえることもなく、またイスに座るとぼそりとつぶやいた。

「めんどくさいなあ……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ