12.別れ
夏休み最後の日、朝からコウタの家のチャイムが鳴った。
たずねてきたのは、タケルである。
コウタの母は大よろこびでコウタの部屋まで通した。
「……何か、用?」
コウタは何を話したらいいのかわからない。
前にタケルが遊びに来たのはもう1年以上も前のことである。
「なあ、コウタ。宇宙人の本とか、あるんだろ。見せてよ!」
タケルが声をはずませて言った。
予想外のタケルの言葉に、コウタはぽかんとする。
だまったままベッドの下の本を差し出すと、タケルは夢中になってページをめくり始めた。
「きのう、UFOと宇宙人の夢を見たんだ。夢なのにすごくリアルでさ、こわかったなー」
タケルは昔のように親しく話しかけてくる。
「なあ、コウタ。もしかして、宇宙人ってほんとにいるのかもな!」
そう言って目をきらきらさせているタケルを見ていると、コウタはなんだかおかしくなってきて、少し笑った。
「さあ、どうかな。いたらおもしろいけどね」
「あの少年は、夢だと思ってくれたようですね。うまくいってよかったです」
ベランダから部屋をのぞいていたシルバーが、コウタといっしょに笑っているタケルを見て、ほっとしていた。
「ところで、コウタさんの弱点のことはどうするんですか、博士」
上に向かって話しかける。屋上の端では、ゴールドがこっそり様子をうかがっていた。
「……まあいいさ、そのうち何か考える」
そうつぶやくと、上着をひるがえして宇宙船に戻っていった。
* * *
新学期の日。家に帰る子供たちが、通りを走り回っている。
ゴールドは子供たちからかくれるように、人通りのない道をこっそり歩いていた。
「なんでこんな時間に子供がいっぱいいるんだ……」
「今日は始業式の日ですから、学校が終わるのが早いんですね」
姿を消しているシルバーとぶつぶつ話す。手にはデパートの紙袋を持っていた。
「ミルク、新しい服だ」
宇宙船に帰ると、ゴールドはミルクを呼んだ。
「早く出てこい。流行のやつを買ってやったんだぞ」
「店員さんのすすめるままに買わされただけですけどね。ミルクさんは外に出ないんだから、おしゃれする必要なんてないのに」
「うるさい。私の宇宙船に住むからにはだらしない服装は許さん」
シルバーと言い合っている間も、ミルクの返事はない。
「ミルク!」
もう一度呼ぶと、居間で物音がした。
「にゃあ」
その声を聞いて、ゴールドは手に持っていた紙袋を落とす。
おそるおそる居間をのぞくと、そこに人の姿はない。
「にゃあ」
居間のソファの上に、白い猫がちょこんと座っていた。
* * *
学校から帰ってきたコウタが部屋に入ると、猫に戻ったミルクが飛びついてきた。
コウタは驚いてミルクを抱き上げる。
「ミルク! でも、どうして……?」
「どうしてなのか、結局よくわからなかったんです。ミルクさんが人間になったのも、突然元に戻ったのも」
部屋でミルクといっしょに待っていたシルバーが、頭をかきながら説明した。
「おそらく、ミルクさんがなめたルミナスパウダーの主な成分が『流れ星』というのが原因と思われます」
「流れ星?」
「地球の人は、流れ星に願いごとをするんでしょう? だからもしかすると、ルミナスパウダーにふくまれる流れ星が、ミルクさんの願いをかなえてくれたのかもしれません」
「ミルクの願いごとって……なんだろう」
コウタの言葉に、ベランダで靴を脱いでいたゴールドが答える。
「ミルクは人間になって、おまえの友達になってやりたかったんだろう。しかし自分だけ先に大きくなってしまうことがわかって、猫に戻りたくなった……ということだな」
コウタは両手でミルクの体を持ち上げてみた。
少し重くなっていたが、まだコウタの力でもじゅうぶん抱き上げることができる。
ミルクはコウタの腕の中でうれしそうに鳴いた。
「せっかく新しい服を買ってやったのに、むだになったな。まったく」
部屋に入ったゴールドは体をかがめて、コウタに抱かれているミルクをうらめしそうに見る。
「にゃあ」
「ミルクがね、ありがとうって言ってる」
コウタがゴールドを見上げて笑った。
「……そうか」
ゴールドは手を伸ばして、ミルクの頭をなでる。
笑顔でこちらを見ているコウタと目が合って、あわてて後ろを向いた。
「さて、帰るぞシルバー」
コウタもミルクも、はっとした。ミルクは床におりて、心配そうにコウタを見上げる。
「帰るって、もしかして、自分の星に?」
「もちろんだ」
「論文もなんとか終わりましたから。……1年もかかりましたけどね」
シルバーが小さな声でコウタに説明する。
「帰っちゃうんだ……」
コウタは気がぬけたように、ふわりと、ベッドに腰かけた。
「コウタさん、ミルクさん、おせわになりました。お元気で」
「う、うん。元気でね。シルバー」
シルバーがぺこりとおじぎをして、コウタと握手をする。
「これでようやく、お別れだ」
ゴールドはちらりとコウタを見ると、すぐにまた背中を向けた。
コウタは何も言わずにぼうっとゴールドの後ろ姿を見ていたが、急に立ち上がる。
壁に貼られていたポスターをはがして、ゴールドに向かって差し出した。
「ゴールド、これ、あげるよ」
ベランダで靴をはいていたゴールドの動きが止まる。
「…………?」
少し考えたあと、ぽつりと言った。
「おまえ、今、私の名前を……」
振り向くと、コウタがポスターを広げて、にっこりと笑っていた。
「この絵がなくても、ぼくは忘れないからね」
ゴールドは何も答えずに、コウタをじっと見る。
自分もふっと笑顔になりそうになって、あわてて帽子を深くかぶり直し、小さな声でつぶやいた。
「どうせ大人になったら、子供の頃のことなんて忘れてしまうくせに」
コウタはむっとして言い返す。
「ぼくはだいじょうぶだよ、記憶力いいから。ゴールドこそおじさんだから忘れちゃうんじゃない」
「わ、私だって記憶力には自信があるぞ!」
ふたりは言いあらそいながら、ポスターをおしつけあい始めた。
シルバーがため息をついて、ミルクに話しかける。
「やれやれ、感動のお別れには、なりませんでしたね……」




