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11.宇宙人

 コウタは屋上を出たあと、家には戻らず、行くあてもなく外を歩いていた。

 もうすっかり夕方になって、あたりはうす暗くなっている。

 いつのまにか公園まで来てしまった。

 4年生の頃、クラブの友達とよくサッカーをしていた運動場には、人はひとりもいない。

 だれかの忘れ物なのか、サッカーボールがひとつ、地面を転がっている。

 コウタはそのボールをけりながら、公園をひとりで歩いた。

「あ、コウタ」

 遠くから人影がコウタを見て近づいてくる。

 サッカークラブで友達だった、同じクラスのタケルだった。

 タケルはコウタの足もとからボールを取り上げる。このボールはタケルの忘れ物だったらしい。

「コウタ、ひとりで何してるんだよ?」

 ボールを抱えながら、タケルはコウタをじろじろ見ている。

 コウタの後ろにある掲示板のポスターを見て、くすりと笑った。

「ああ、宇宙人でも探してたんだな」

 宇宙人、という言葉を聞いて、コウタはどきりとする。

 両手をぎゅっとにぎって、何も言わずに、ただタケルをにらみつけた。

「宇宙人の本ばかり読んでるから、本当にいるなんて信じちゃってさ。宇宙人なんて、いるわけないだろ!」

 タケルは一方的にしゃべり続けている。

 コウタはこれ以上聞きたくなくて、その場をはなれようと後ろを向いた、その時――。

 公園のすみから、背の高い人影が、こちらに近づいてきた。

 コウタの横を通りすぎて、タケルに話しかける。

「宇宙人か……。いるわけないと、なぜわかるのかな?」

 その人影は、シルクハットにステッキを持ち、夏なのに長い上着を着ている。

 あたりがうす暗くて顔はよく見えなかったが、コウタにはそれがゴールドだとすぐにわかった。


「あ、こないだの……おじさん」

 タケルは、以前ここでミルクにボールを投げつけられた子供のひとりだったので、ゴールドのことを覚えていた。

 ゴールドは近くにあったベンチに腰かけて、タケルにまた話しかける。

「宇宙人がいるわけない、なんて聞いたら、宇宙人はきっと気を悪くするだろうなあ」

「聞いたら、って、そんな、まさか……」

 タケルはボールをぎゅっと抱えて、あたりを見回した。

「宇宙人を信じられないような子供は、宇宙人にとってはめいわくなんだよ」

 ゴールドはおだやかに話しているが、その表情は帽子にかくれてよく見えない。

「な、なんで……?」

 タケルは少しおびえながら聞いた。

「そんな夢のない子供のせいで、宇宙人を信じる子供が、宇宙人を嫌いになってしまう。これは問題だな。宇宙人もだまってないだろうね」

 落ち着いた低い声でそう言うと、ゴールドは立ち上がった。

 その瞬間、まぶしい光が上からゴールドを照らす。

 タケルも、コウタも、空を見上げた。

 夕方のうす暗い空に、何か大きなものが光っている。

 それはゆっくりとこの公園におりてきた。

「なんだ……あれ……もしかして、UFO?」

 タケルの声はふるえている。

 コウタは驚いて声が出なかった。

(どうして……? タケルが見てるのに、目の前におりてくるなんて……)

 ゴールドをじっと見る。ゴールドは何も気にしていないような顔でタケルに近づき、ぼそりと言った。

「これで、信じるか?」

 その時、宇宙船の扉が開いてだれかが出てきた。

 小さな、灰色の、つるつるとした体。

「宇宙人だ! ……ほ、ほんとにいたんだ」

 タケルが叫ぶと、ゴールドは満足そうにほほえんだ。

 そのまま、タケルの頭の上に手をすっと伸ばす。

 大きな手のひらがクレーンゲームのようにタケルの頭をつかんだ。

 ゴールドの金色の目が光る。

 それは、コウタには見覚えのある光景だった。

(記憶を……消す気だ!)

 コウタは何も言えず、じっと立っていることしかできなかった。

 タケルは目を閉じて、動かなくなる。

 手に持っていたボールが落ちて転がった。

「安心したまえ、これは夢だ」

 そう耳もとでささやきながら、ゴールドはタケルを抱えてベンチに置いた。タケルはぐったりと横たわっている。


「これでやっと、宇宙人らしくかっこいいところを見せられたな」

 そばに歩いてきたシルバーに向かって、ゴールドが満足そうに笑った。

 シルバーはあきれて文句を言っている。

「どこがですか。こんなところに宇宙船を持ってこさせるなんて、むちゃをしすぎですよ。ほかのだれかに見られたらどうするんです!」

「こんな時間なら、このあたりにはだれもいないだろう……たぶん。さあ、帰るぞ」

 ごまかすようにそう言うと、ゴールドはシルバーをうながして歩き出し、宇宙船に向かった。

「待ってよ」

 後ろからコウタの声が聞こえて、立ち止まる。

「なんで、こんなこと……?」

「別に」

 ゴールドは振り返らずに答えた。

「あの子供が気にくわなかったから。それだけだ」

「記憶を、消したの?」

 コウタはベンチに寝かされているタケルをちらちら見て気にしている。

「消したのはほんの少し……私に頭をつかまれたところだけだ」

 ゴールドはまた歩き始めた。

「目がさめたら夢だと思うだろうよ。あとで起こしてやれ」

 そう言い残して、宇宙船の中に入ってしまった。シルバーもあとに続く。

 宇宙船はゆっくりと浮かびあがると、流れ星のように光って飛んでいった。

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