表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/13

10.うそつき

 夏休みも、もう残り少なくなってきた。

 コウタは朝からずっと自分の部屋にいたが、今日はなぜかミルクが来ない。

 チャイムも鳴らず、ベランダにもだれも姿を見せなかった。

「ミルク……何かあったのかな」

 ベランダに出て上を見ても、屋上の様子はわからない。

 外を見るともう夕方で、コウタはだんだん不安になってきた。

 部屋からキャットフードのかんづめを持ち出して、玄関を出る。

 足はひとりでに屋上に向かっていた。


 屋上の扉は、今日もカギがかかっていない。

 扉を開けて屋上に出ると、コウタはじっと目をこらしてあたりを見回す。

 一瞬、何かがきらりと光った。

 夕日をあびて、透明な宇宙船が光っているのが見える。コウタはほっとした。

「あ、コウタさん。……ちょうどよかった」

 屋上に気まずそうな声がひびく。いつのまにかすぐそばにシルバーが経っていた。今まで姿を消していたらしい。

「今、お部屋にうかがおうと思ってたんです。ええと、あのですね……」

 シルバーが用件を言い出す前に、コウタが聞いた。

「ミルクは?」

 答えにくそうにしているシルバーの肩をつかむ。

「ねえ、ミルクはどこにいるの?」


「宇宙船にいる。もう外には出せない」

 低い声がした。

 シルバーが後ろを振り返る。

 コウタが宇宙船のほうを見ると、ゴールドがこちらに歩いてきていた。

「どういうこと……病気なの?」

 弱々しい声でそう聞くコウタの顔を、シルバーはもうしわけなさそうに見る。

「そうじゃないんです。ただ、猫と人間の成長のしかたには違いがあってですね――」


 ミルクの体が猫と同じように成長していて、もうすぐ大人になってしまうこと。

 成長が早すぎて、もしコウタの家族や学校の子供たちに見られたら、ミルクがふつうの人間でないのがばれてしまうこと。

 それらをシルバーは、コウタにわかるようにていねいに説明した。

「コウタさんなら、わかりますよね? だから、ミルクさんは外に出せないんです」

「……わからない」

「じゃ、じゃあ、もういちど説明しますね、あの……」

 シルバーはうつむいて首をふるコウタに、また長い話をしようとしている。

「その必要はない。こいつは理解してるはずだ」

 ゴールドが冷たい声でそう言って止めると、コウタはうつむいたままぽつりと言った。

「ぼくにはもう、ミルクしかいないのに」

 顔を上げて、ゴールドをにらむ。

「ひどいよ。もういっしょにいられないなんて」

 小さな声が少しずつ大きくなっていく。

 目からは涙がどんどんあふれてきた。

「外に出られないなら、ぼくが宇宙船に会いに行けばいいんだろ。会わせてよ」

 コウタはシルバーの手を取った。

 しかし、シルバーは首をふって悲しそうに言う。

「それが、ミルクさん、ショックで部屋にとじこもっているんです」


 コウタは力がぬけて、シルバーの手をはなした。

 何も言えずに、ただ涙がぼろぼろこぼれている。 

「あきらめろ。ミルクはもう子供じゃないんだ。そのうち、おまえとも遊ばなくなる」

 ゴールドの静かな声が聞こえた。

 コウタはゴールドのほうをちらりと見たが、ゴールドはコウタと目を合わせず、どこか遠くを見ていた。

「ミルクは猫だ。友達のかわりにはなれない。ミルクはそう言い聞かせたらちゃんと理解したぞ。あれはもうおまえより大人だからな」

 コウタは下を向いて、手で涙をぬぐった。 

「おまえのせいで、ぼくはひとりぼっちじゃないか」

 そう言いながらゴールドの上着につかみかかる。

「おまえのせいで、ぼくは友達がいなくなったんだ!」

 顔を上げ、まっすぐゴールドを見て、叫んだ。

「宇宙人なんか……宇宙人なんか、大嫌いだ!」


 コウタはゴールドの上着から手をはなし、後ろを向いた。

 そのままもう何も言わず、屋上の出口へ歩いていく。

「あの、ミルクさんが猫に戻れば、お返しできますので。それまでほんの少しの間、待っててほしいんです。いつになるかはわかりませんけど……」

 シルバーがあわてて追いかけながら、コウタに話しかける。

 コウタはだまったまま、持っていたかんづめをシルバーにわたした。 

「ありがとうございます、コウタさん。ミルクさんは責任を持って育てますから。それで、その……ミルクさんのトイレも、お借りしていっていいですか」

 帰っていくコウタの後ろ姿にシルバーがおずおずとたずねると、小さな声が聞こえた。

「勝手に持って行けば」


 コウタが行ってしまったあとも、ゴールドとシルバーはしばらくその場に立っていた。

 屋上には、ふたつの長い影が伸びている。

「コウタさん、わたしたちを警察に通報したりしませんよね?」

「そんなことをしても、あいつの気持ちはおさまらないだろうな」

 シルバーは不安そうにゴールドのほうを見た。

 ゴールドはぼんやり遠くを見ている。夕日の光がまぶしくて、シルバーにはその顔はよく見えなかった。


 コウタを探して初めてここに来た日のように、マンションの屋上には夕日がさしこんでいる。

 ただ、もう夏も終わりに近づいていて、日が短くなったせいか、すぐにうす暗くなっていった。



* * *



 姿を消したシルバーが、窓からコウタの部屋に入る。

 ゴールドはベランダから中をうかがっていたが、コウタがいないとわかるとそっとシルバーのあとを追った。

「コウタさん、どこかに出かけたみたいですね」

「早くミルクのトイレを探して、持って行くぞ」

 だれもいない部屋の中を、ふたりはあちこち探し回る。

「そもそも、猫のトイレってどんなものだ?」

「た、たぶん小さいものだと思うんですが。あ、この下にあるかも……」

 シルバーはコウタのベッドの下にもぐりこんで、中をさぐってみた。

 奥のほうで何か固いものを見つけて、取り出してみる。

 それは1冊の厚い本だった。

 さらに奥のほうを探すと、何冊も何冊も、同じような本が出てくる。

「本ばっかりです。なんでこんなところにしまってるんでしょうね」

 シルバーはあきらめてほかの場所を探し始めた。

「早く見つけろ。コウタが帰ってくる前にだ」

 そう言いながらゴールドはベッドに腰かける。出てきた本をなにげなく1冊手に取った。

「だったら博士もまじめに探してくださいよ」

 シルバーがあきれてゴールドのほうを見る。

 ゴールドは手に取った本をじっと見たまま、動かない。

「何の本ですか?」

 シルバーも1冊の本を開いてみた。

「……博士、これって」

 ベッドの下の本を全部広げてみる。それは全部、UFOや宇宙人の本だった。


「なあシルバー、コウタは、いまどき宇宙人なんてだれも興味ないって、言ってたよな?」

 ゴールドがうつむきながらつぶやく。

「あいつは、宇宙人なんか、嫌いなんだよな?」

 シルバーは壁を指差して、答えた。

「……嫌いな人が、あんな絵を描けると思いますか?」

 そこには、コウタの描いた交通安全のポスターが貼ってあった。

 

 ゴールドはゆっくり立ち上がって、帽子を深くかぶり直す。

「やっぱりあいつは、うそつきだな」

 ひとりごとのようにそう言うと、ベランダから部屋を出て行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ