ロア(3)
「エヴァに見つからなくてよかったわね。あの子は猫が嫌いなの」
ロッテはさらに話しかけようとしたが、猫が応えてくれるわけがない。なんだか虚しい気持ちになって、口を閉じた。
この猫が人の言葉を喋って、私の悩みを聞いてくれたらいいのに。まるで、魔法かなにかのように・・・・・・。
ばかな私。
ロッテは自嘲気味に笑った。猫が話すわけがない。世間で言われている<魔法使い>は手品師のことで、ロッテは本物の魔法など見たことがなかった。ここからずっと離れた東の山峡には、本物の魔法使いが住む古城があると聞くが、それだって本当かどうか疑わしい。
自分がなにか特別なことを求めているだけなのだと、ロッテはとっくに気づいていた。単調な日々。単調な仕事。
旅回りは刺激的なことには違いないが、幼いころからそうしてきたせいか、旅芸人の一座「マリオネット」も、ロッテの冒険心を満たすには、少々役不足になっていた。
いつからそんな思いを抱くようになったかなんて覚えていないし、冒険への夢も、漠然とした憧れにすぎない。しかし、その小さな憧れが、ちょっとしたことにもロッテに希望を持たせてしまうことも事実だ。
ロッテは仏頂面で黙り込んでいたが、猫が――まるで、自分の存在を思い出させようとするかのように――鳴き声をあげると、ロッテの顔にふっと笑みが戻った。うじうじと考えている暇があったら、明日の舞台稽古をやるほうがいい。
「もう戻らなくちゃ。お前、名前は――」
そう言いかけて、ロッテは猫の首輪に銀色のプレートがぶら下がっているのに気づいた。それをひっくり返すと、裏に文字が刻まれていた。
ヴァーリア。
「そう、お前、ヴァーリアっていうの」
ロッテは猫をおろすと、頭を優しくなでてやった。
「またいらっしゃい、小さなお客さん」
ロッテは衣装の裾を翻すと、舞台裏の暗闇のなかへと引き返した。そして、踊り子の消えた舞台の上には、再び静寂が訪れたーー。