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冬猫  作者: あびすけ
2/6

冬猫2

 猫を探して欲しい、と同級生の冬野みゆきに言われたのは数時間前の事で、休みだというのに朝早くに目覚めてしまった俺は何をするでもなくだらだら顔を洗い、朝食を作り、炬燵に入り、積んでいた小説を消化しつつ、二度寝に挑戦していた。昨夜布団に潜り込んだのは四時を過ぎている。だが睡魔が訪れることはなかった。俺はぼやけた視界で暇をもて余していた。


「すいません」と声が聞こえたのはそんな折だ。玄関に向かうと同級生の冬野みゆきが立っていた。肩までの髪、色白で平凡な目鼻立ち。冬休みだというのに高校の制服を着ている。学校での姿そのままだった。ただ、数日ぶりに見るその姿がなんだかひどく懐かしく思えて、俺はぼうっと冬野を眺めていた。


「あの、玄関の鍵が開いていたから・・・」俺の視線の意味をとり間違えたのか、冬野は慌てて場を取り繕い始めた。俺はああ、開けっぱなしだったかと頷き、別に怒ってないことを伝えた。冬野は「よかった」とはにかみながら胸を撫で下ろした。怒ってはいないが驚いてはいた。俺と冬野は一年の頃からクラスが同じで、席が隣同士になることもままある。女子生徒の中でも比較的会話をする方で、仲もよく、長期休みの後など英語の宿題を写させてもらうのが常だった。小中こそ違うものの同じ町に住んでいることもわかった。だが、それだけだ。お互いプライベートを共有しようとしたことは一度もない。学校内の関係、純粋な友情、健全な間柄だ。だからまさか冬野が俺の家を訪ねてくるとは思ってもみなかった。


「頼み事があって」


 とりあえず部屋にあげ熱いほうじ茶を差し出すと、冬野はそう切り出した。


「頼み事?」


 冬野の正面に腰を下ろし、自分の茶を啜った。熱かった。


 静かな沈黙が流れる。冬野は逡巡している。小さく短く、呼吸をしている。外から犬の鳴き声が聞こえた。


「その・・・」少し口ごもりながら遠慮がちに「死んでしまった猫を探してほしくて」


 黒猫を飼っていたという。名前はシロ。一般的な日本猫。オス。ガラスの目玉に象牙のような鋭い歯、しなやかに伸びる長細い尻尾、艶やかな毛並み、優雅で気品に満ちた身のこなし。特に日本猫の毛並みのよさは海外でも評判なのだという。色も白、茶色、灰色と様々で、三毛猫のように複数色持ち合わせた種いる。俺の中の猫は生ゴミを食い散らかし、鴉と争い、毛は抜け落ち、あげく車に轢かれて昇天、というイメージだったので、話を聞いていると猫に申し訳ない気持ちになってきた。それは野良猫だよ、と苦笑しながら冬野は言った。


 一年前に亡くなったのだそうだ。忽然と姿を消したという。冬野家は大騒ぎになった。シロは愛され可愛がられていた。家族総出で一週間探し、二週間探し、一月が過ぎ、冬野家はあきらめた。漠然と、霧のようなシロの死の気配みんな感じていたのだそうだ。猫は死んだ。ついぞ死体は発見されなかったが、週に一度は動物霊園へ墓参りに行っているという。


 「なるほどな・・・でも、誰に聞いた?」疑問が口をついて出た。


 俺には霊感めいたモノが幼少の頃から備わっている。幽霊や妖怪のようなモノをよく見てきた。両親が枕元に立っていたり、修学旅行先でくだんを目撃したこともある。だが、そんなことを冬野に話した覚えはない。


 一瞬冬野は息を詰まらせたが小さな声で「・・・岬さんに」


「春宮か」


 幼馴染みの顔が頭に浮かび上がってきた。長い黒髪、凛とした顔立ち、高飛車な性格。絵に描いたような大金持ち、岬春宮。俺にとって腐れ縁の代名詞。アイツは俺に霊感があることを知っている。俺の事はなんだって知っている。なんといっても腐れ縁なのだから。


 俺は頭をかきながら視線をはずす。別段、用事がある訳じゃない。死んでしまった猫を探すくらいやってやってもかまわない。ただ、見つけられる自信がない。冬野の瞳に儚げな光が灯り、口を開きかける。俺はそれを遮る。「生きてる人間と死んでる人間の区別もつかないときがあるんだ」そういうと冬野は曖昧に表情を濁し、悲しそうに笑った。数秒の沈黙、俺はため息をつき「見つけられるかわからない、それでもいいなら」


 一瞬きょとんとし、次にやわらかな笑顔でありがとうと冬野は言った。なぜか今にも消え入りそうな弱々しい声だった。

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