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ヘルメスの鳥  作者: アラヤ識
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(9)

それは、とてもよく晴れた、しかしどこか蜃気楼めいた日のこと。

「・・・・・・教授会・・・・・・ですか?それも緊急での召集?」

いつものように自分の研究室で錬金術の研究を行っていたヴラドに、緊急召集がかかった。

普段は研究にしか興味を持たないはずの教授たちからの呼び出し。教授になって初めての教授会。


不安・・・・・・よりも謎だった。


なにか特別な功績を残したでもなし、禁忌とされる錬金術を行った記憶もない。それ以外のこととなると、さらに心当たりはなくなる。

シヴァに相談してみたが、そもそもシヴァ自身教授会が開かれるなんてことを経験したことがないらしく、結局は捻る頭が二つになっただけだった。

「ま、行ってみればわかるでしょ。その場でいきなり殺されるなんてことも無いでしょうし、そもそも悪い知らせって決まったわけじゃないんだし」

・・・・・・しかし、そんなシヴァの励ましは教授会開始とともに砕かれることとなった。


薄暗い蝋燭が灯された部屋。中には白衣を着た数名の教授と、蝙蝠やピクシー、ケットシーが円卓に座っていた。

どこかコミカルに見えるその絵図等も、しかし決して笑うことのできない空気に包まれていた。

「・・・・・・座りたまえ」

前置きなどなく要点のみを告げる声。

「議長のメイグストだ。議題は、広がり過ぎた君の噂の真偽。・・・・・・パンの錬成などという初歩とも呼べないような錬金術を、錬金術世界の権威たる協会本部の教授が出来ないなどと、噂であっても許されないと数名の教授が申し出てきた」


ドクンと心臓が跳ねる。

聞こえる声はまるで、死の宣告のような重圧。


「問おう。真か偽か」


一切の虚言を許さぬ問い。言い逃れを挟む隙間すら見いだせなかった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・真実です」

質量すら持った沈黙の中、消え入りそうな声でヴラドは告白した。

途端、クツクツと笑う声や、ヒソヒソと話す声が溢れた。

「静かに。真偽は出た。処置を伝える」

馬鹿にするように笑うでもなく、失望に嘆息する事もなく、メイグストは続けた。

「すでに多数決による議決は取られており、噂は真であった場合は能力と記憶の封印、地位の剥奪による追放だ」

目の前が真っ暗になった。立っている足はガクガクと震えだし、脳が揺さぶられているように地面が揺れる。


・・・・・・僕は、終わった。


あまりに突然の終わりにまだ頭が理解を拒んでいた。

しかし、これまで機械的に会議を進めていたメイグストの声に、微かな変化が見られた。

「・・・・・・しかし・・・・・・今回特別に猶予を与える事とする。私の提示したものを錬成出来れば不問としよう」

これには周りが沸いた。先に行われた多数決の議会では無かった話だからだ。

殺気立つ他の教授達に対しそれでもメイグストは堂々と宣言した。

「噂の上書きだ。より高位の錬金術によって小さな噂を消せばよい。議長権限を使い、一度だけの試行機会を設けさせてはいただく!」

なにが起きたのか、まだ理解しきれてないヴラドは呆然となりながらも、メイグストがたった一度とはいえチャンスをくれた事に気づき、大きく頭を下げた。

震える手を握りしめ、己を鼓舞する。

(大丈夫・・・・・・どんな課題が出ても、絶対に成功させてみせる!)

そんな彼を見たメイグストは、しかし酷く静かに課題を告げた。


「ではヴラド教授、生命のエリクサーの錬成を行いなさい」


再び止まる空気。ヴラドは握りしめた手から、力が抜けるのを感じた。

周りからも、先ほどとは別のざわめきが起きる。


────生命のエリクサー・・・・・・万病を治し不老長寿を得る薬学系錬金術の極みの一つ。その材料は、龍の心臓、菩提樹の新葉、そして・・・・・・生きた人間の頭部。


メイグストはどこまでも冷静で冷酷な、正しく錬金術師だった。

「私は君の能力を高く評価し、正しく認めている。しかしあらゆる全ての現象は等価交換だ。竜の心臓はこちらが用意しよう。菩提樹の新葉もあるものを使ってくれ。汚染処理も結界もこちらが用意する。しかし、人の頭部と錬成を行うかは君の意志だ。それが錬金術師でありこれが錬金術。その世界に居続けるための覚悟を私に見せなさい」

人道的な師を持つヴラドは幸か不幸か、錬金術の暗い面をあまり見ることはなかった。それ故に、ただただ化け物を目の前に震えるしかなかった。

その間にも材料が目の前に並べられていく。

「ぼ・・・・・・僕は・・・・・・」

「ヴラド」

再び目の前が真っ暗になりそうだったヴラドに、最も聞き覚えがある声がかけられた。

部屋の外で待機していた筈のシヴァだ。

「あ・・・・・・シヴァ・・・・・・僕は・・・・・・」

「大丈夫、大丈夫よ。あなたは私が守る、そう言ったでしょ?」

慈愛に満ちた声。決意の色。

シヴァ・・・・・・?

いつもと変わらない笑顔を浮かべるシヴァが、ヴラドには堪らなく怖かった。

そして、

あまりにも滑らかな動作で腰のナイフを抜きはなった彼女は、そのナイフをピタリを自らの首に押し当てた。

「さぁ、私の首を使いなさい。錬金術師の頭なら錬成の成功率はさらに高まるはず・・・・・・じゃあね。ヴラド。愛していたわ」

言い終わると同時に、なんの躊躇いもなくナイフは彼女の白い喉を切り裂いた。

「・・・・・・え?・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ・・・・・・ぁ・・・・・・ぁぁああ”あ”あぁあぁぁあ”あああぁあ!!!!!!!!!!!」

吹き出る血飛沫に彩られたシヴァの顔は、それでも尚美しかった。

「・・・・・・ふむ・・・・・・さぁ、ヴラド教授。彼女の”好意”を無駄にしてはいけないだろう。錬成したまえ!」

まるで、こうなることがわかっていたかのように何も動じていないメイグストが声をかける。

それを意識したかは定かではないが、ヴラドの手にする本が輝きはじめた。

そして、

「警告。警告。管理者の異常を検知。状況を通常時Aから緊急時Cに移行。・・・・・・エラー。管理者権限により強制転移はキャンセルされました。優先順位の変更。管理者保護緊急コマンドは全てキャンセルされました」

半ば無意識に紡ぐ、錬成のための詠唱。

「インタラプトコマンド。高位サーバー:ニコラス・フラメルの書、第四十二章を起動。すなわち”生命のエリクサー”の錬成を行います」

”レシピ”にこの錬金術があったことは覚えていた。しかし今は、シヴァの死を無駄にしたくない一心で詠唱を続けた。

「・・・・・・管理者からの補助コマンド入力。成功率が1%から3%に上がります」

本の輝きが強くなる。目の前が暗い。腕に抱いた■■だった体が、やけに冷たく感じた。


「・・・・・・錬成成功」


周りからおぉ!という声が湧き上がる。頭がやけに霞んで、何も考えたくない。

無感動な錬成の成功を告げたヘルメスの書は、しかしそれだけで沈黙しなかった。

「現サーバーにおける最高位の錬金術に成功。これにより接続先サーバーが最高位、すなわちヘルメス・トリスメギストスの書庫に接続されます」


そして、変化が始まった。

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