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「最高位サーバー:ヘルメス・トリスメギストスの書庫の接続を確認。絶対権限の取得に成功」
次々に新しい情報を提示する一冊の本。一同が見守る中、それはこう次に続けた。
「・・・・・・”作成者”権限によるオートランプログラム始動。すなわち絶対権限の所持者による世界掌握を防ぐための管理者抑制、削除を行います」
本は告げる。力を手に入れたから、殺すと。
愛する人を無くし、忘我の中で死刑宣告を聞いたヴラドは、それでも特に焦るでもなくある日のことを思い出していた。
以前、シヴァが話してくれたことだ。
────いい?終わりっていうのは能動的に招き寄せる事ができるけど、それが出来るのは人間だけ。つまり本来の本質は受動的なの。・・・・・・私たちは終わりを始めるんじゃなく、迎えることが正しいのよ。だから、どんな突然の終わりを迎えても嘆かなくていいのよ。それが自然なんだから。
・・・・・・あぁ、全てがこの本で始まったのなら、この本で終わることも必然だったんだ。
もはや全てを諦め、ヴラドは終わりを受け入れようとした。
目の前で展開されているヘルメスの書が、詠唱もなく錬金術を行使しようとしていた。
「オートランプログラム、最高位サーバー:ヘルメス・トリスメギストスの書庫第一章、すなわち賢者の石の錬成を行います」
────賢者の石。錬金術究極の秘術であり、最も単純な等価交換。
人間を素材とし、命のストックを生み出す、悪魔の業。
「錬成・・・・・・開始」
始まりの声とともに、ヴラドの心臓がドクンと一度大きく跳ねた。気付けば錬金術の陣が自らを中心に画かれている。
周りにいた教授や使い魔は距離をとり、実験を観察するようにこちらを見つめている。
もはや逃れられない最後をさとり、せめて最後はと腕の中のシヴァの亡骸を抱きしめる。
錬金術の陣の中、素材は”二つ”。
「警告。警告。素材による出力超過が見込まれるため錬成素材の一部を変更。使用する部位を人体の心臓二つとすることで、出力を500%から200%とします。なお対応策不明により超過出力された錬成物は管理者に譲渡されます。なお本来の連生物はプログラムに基づきサーバーに転送されます」
陣が一際激しく輝く。
心臓にドロドロに溶けた鉄を流し込まれたような激痛が駆け巡る。
あまりの痛みに気絶しそうになっては、その痛みで覚醒する地獄の螺旋。
そこでふと、腕に抱いた彼女の身体が軽くなったように感じ、
暗転。ブツリ、と意識が切れた。
「錬成・・・・・・成功」
◇
ここは、どこだろう・・・・・・。
まるで体が無いみたいにふわふわしているのに、指先一本動かせない。
目に映るセカイはどこまでも暗くて、だけどとても純粋でキレイで、不安と安心を同時に与えてくれる。それに、目には見えないけど、確かにすぐ近く、まるでひとつになったように彼女の温もりが感じられた。
彼女・・・・・・シヴァは・・・・・。
あれ?
シヴァって、誰だ?
なんだか、とても大切なことのような気がするのに、どうしても思い出せない。
僕は、誰だ・・・・・・?
◇
会議室に集まった教授たちは、その一部始終を見ていた。
ヘルメスの書による生命のエリクサーの練成。それを成功させることでヘルメスの書独自のサーバーへの接続。神話の時代に続く奇跡のサーバーへ接続してしまった人間が、絶対的な力を振るうことへの抑制。
目の前の若い教授、ヴラドは確かに死んだ。
その命をヘルメスの書によって”賢者の石”へと変換されてしまったはずだった。
その証拠に、賢者の石が”2つ”確かに練成されていた。
ならばなぜ、彼はその体を今再び起き上がらせようと腕を立てているのだろうか。
この時、傍観者たちは失念していた。ヴラドが再び動いたことに気を盗られていたのかもしれない。
転がっていたはずの賢者の石が一つがなくなっていたことを。
賢者の石は命そのもの。生命と等価である。ヘルメスの書はこう告げていた。例外が発生したため、その分を管理者に譲与されると。
ゆえに、ヴラド本人の命はヘルメスの書によって失われたが、シヴァの分の賢者の石がヴラドに渡り、彼は息を吹き返したのだった。
しかしそれでも、のろのろと起き上がった若教授は動く屍であり、動く屍などネクロマンサーの資格を持っていればよく見る光景だ。
が、
「・・・・・・」
こちらをはっきりと視認し、敵視しているよに見えた。
ヴラドの様子がおかしいことに気づいた教授達は注意深く観察する。
錬金術で蘇生した彼らは命令をしなければ自ら動くことはない。あくまで動くだけの死体であり、思考回路は凍結しているからだ。
緊急事態を即座に察知した教授たちは、総出で彼の破壊を試みた。
爆破、腐食、空間圧縮。鉄の雨を降らせ、魔物が襲い掛かり、誰もが跡形もなく肉片と化した彼の姿を幻視した。
特大花火を密室でぶちかました後のように会議室が成り果てても、しかしそこには以前と変わらず立ち続けるヴラドの姿があった。
全身はボロボロであり、まさしく死に体であった。それでも、彼は立ち続けた。
ごきっという厭な音が響き、何かを嚥下する音が続く。まるで水を飲んでいるかのように、嬉しそうに喉を鳴らしている。
『ソレ』は、自らの右手に喰いついていた。
思考凍結。見えるのは真っ暗な絶望。この者は、自らの血を飲むことで賢者の石へ血を供給している・・・・・・!
目から流れる血は、泣いているようにも見えた。
「・・・・・・ヘルメスの鳥は、自らを喰らい、何度でも蘇る。私は、何度でも、何度でも、何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも蘇り、お前たちを冥府に誘ってやる。せいぜい待っていろ。お前たちだけは、ただの一人も許さない・・・・・・」
ワラキア皇国大学内生存者、一名。
死者は全てが長槍で貫かれており、ことごとく串刺しのまま放置されていた。
秘匿されることもなくこの事は報道され、人々は彼を悪魔、ドラキュラと呼んだ。
こうして、一人の男は永遠の命を手に入れ、その物語に終止符を打った。
終わる事のない生涯、ずっと一つの墓石を守りながら、彼はいつかは覚める夢を見るため、深く眠りにつく。
~fin~




