第一話「ステータス」
『ロゼリア王国』
この偉大なるヴォルガ大陸において、その国力により三本の指に入るほどの大都市である。
王国の内部には国王一家が住む王城を中心として貴族街が広がり、それを取り囲むように土地の約六割を平民街、残りの約四割を商人街が占めている。 東西南北に一つずつ巨大な門が設置されており、国の東から南にかけて草原が広がり川が流れ、西には少し歩けば森が広がり、北には荘厳な山が泰然とした雰囲気でそびえている。
この国を治めるのは約百五十年にわたって統治を行う“ハワード家”だ。
国王、カルロス・ハワード。 皇太子から国王に就任して数十年、由緒ある血縁に生まれた彼はその見事な統治能力で国を治めていた。
彼には王妃であるアリアナ・ハワードとの間に三人の子どもがおり、その中には今年20になる男の子もいるので安泰と言えるだろう。
このヴォルガ大陸では数年前までロゼリア王国を含めた三大都市で覇権争いをしていたが数年前に停戦協定が行われ、以来戦争というものは行われることはなく、どの都市も平穏な時間を過ごしていた。
しかし、平穏な時も終わりは来るというもの。
それは通常の国政の議会も終わろうとしていた頃、一人の男が扉を開けて入ってきたのだ。
「議会の最中、失礼します! 国王様にお目通り願います」
彼はこの城に努める衛兵の内の一人だ。
その言葉に議席にいた全員の視線が男に向いた。 カルロスの一番近くにいる内大臣が彼を見て言う。
「それは今報告しないといけないものなのか? わざわざ議会の最中に来なくてもよいだろう」
「いえ、これは恐らくこの国だけの問題ではなくなる可能性がありますので、大臣や元帥、騎士長に魔法長もそろわれている今が良いと判断致しました」
ほう、とカルロスは呟いた。 この国だけの問題ではなくなるかもしれない、ということはこの国だけでは手におえない、つまり残りの二大都市も絡んでくる可能性があるということ。
確かに一大事だとカルロスは判断し、男に先を促した。
「それで、その事案とはなんだ?」
「はっ、それはマルゴット様の予言により近々魔王が現れ、甚大な被害を受けることになる、とのことです!」
「なに……それは真か!?」
「はい、先ほどマルゴット様から手紙が届きましたのでまず間違いないかと」
マルゴット。
このロザリアから北にある山の中腹あたりに住む老婆のことだ。 ただし、ただの老婆でなく予言を得意とする特異な能力の持ち主である。 外すことは度々あるものの、天災や魔物の襲来など甚大な被害が出る予言は外すことがない、ということが有名で、その予言のおかげでこのロザリア王国だけでなく、ほかの二つの都市も何度か救われ、以来、マルゴットの予言には三つの都市が協力して乗り切るという形をとっている。
そのマルゴットの予言を持って甚大な被害が出る、というのだから相当なものなのだろう。
今までは災害や魔物の群れなどだったが、今度現れるのは魔王。
このヴォルガ大陸には数百年前に一度だけ魔王が現れた、という記録がある。 その被害は二つの大型都市の壊滅に、死傷者は数十万人ときている。
このことは小さい時から学校などでも教えられることで、この国内では知らない者などいないだろう。
数百年前のような惨劇が再び起きるのか……。
周りを見ればどの者も驚愕が大きく、思考が追いついていないようで、それも仕方がないことだと思う。
カルロスは視線を衛兵に戻した。
「それで、マルゴット様はどのような対策を取るように申されたのだ?」
「残りの二大都市にもすでに使者は送っている。 しかし、現状魔王を倒すだけの戦力は三国の力を合わせても足りるか怪しい。 なのでこの国にしかできない【勇者召喚】を行ってほしい、とのことです」
勇者召喚とは、この世界の者でない者を文字通り呼び寄せる、という魔法だ。 これには龍脈と魔法陣、そして莫大な魔力が必要になる。
龍脈とはこのヴォルガ大陸の地中にパイプのように通っている魔力エネルギーのことで、僅かではあるがそれが地中から地上へと溢れ出る箇所があるのだ。その一つがこのロゼリア王国の内部にある。 それを使わないとこの勇者召喚は行うことができない。 というのもこの地中に流れる魔力エネルギーとは人間が魔法を使う際に取り扱う魔力とは全く別物なので、人間の魔力だけでは陣を描いても発動するのはできないのだ。 そしてさらに、人間の扱う魔力も莫大な量が必要になるので相当数の魔法師が必要となる。
「マルネ魔法長、聞いたな? 今から手配を初めて魔法を発動するのにどれぐらいかかる」
「そうですわね……。 龍脈の上に陣を描いてから詠唱をするので五日、と言いたいですが三日で何とかしましょう」
「よし、わかった。 そこの者、大儀であった。 早急に知らせてくれたことを感謝しよう。 もう下がってよいぞ」
「ありがたき幸せでございます。 それでは、失礼します」
そういうと報告に来た男は去って行った。
「それでは今回の議会はこれで終了とする。 それぞれが迅速に動く様に」
「「「はっ!!」」」
彼らは小さくはない不安を抱えながらも、国王の命を果たすために各々がすべきことに取り組むのだった。
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「――!」
誰かに呼ばれた気がした。 だが非常に眠たい、というより起きたくない。 なのでその声から遠ざかろうと声の方向と反対に寝転がった瞬間頭部に鈍痛が走った。
「紫音! 起きなさいっ!!」
目を開けると拳を握りしめた状態で額に青筋を立てた椛が笑顔で俺を見下ろしていた。
寝ている俺を殴ったのか、コイツ……。
「何か言うことは?」
「……えっと、パンツ見えるんだけど?」
「なっ、変態っ!!」
「理不尽っ!」
頭部にサッカーシュートを決められそうだったので慌てて起きる。
その先には信吾が呆れたような視線で俺らを見ていた。
「お前ら、こんな状況でよく漫才なんかできんな……。 っつーか、似たようなセリフをついさっき言った気がすんな」
「紫音がいつまでも寝てるのが悪いんでしょ!」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ信吾と椛。 というよりなんでこいつら俺の部屋にいるんだろう、と思ってあたりを見回して愕然とした。
「俺の部屋じゃない!?」
「「今更!?」」
近くにいた親友たちからツッコミが入る。 だって寝転がってたら自分の部屋だと思うじゃん? それに俺ら以外のクラスメイトは放心状態で騒いでいるのは俺らだけのようであたりは静かだったからね。
それにしても、ずいぶん広い部屋だ。 と、そこまで見て光り輝く地面の模様に気付く。
そうか、俺らはあの時教室で不思議体験をして……、でもここは教室じゃない?
「あのー、ちょっといいかな君たち」
などと思いに耽っていると一人の女性が話しかけてきた。
全身を豪華なローブに身を包んだ彼女は腰まで届きそうな長い金髪で、目はなんとエメラルドのような輝きをもっていた。 さらに驚いたことに、彼女の恐らく耳であろうものは常任よりも長く上部分は尖がっていた。
どこか人間離れした風貌を見せる彼女に俺らは茫然とした。
この人……本当に人間だろうか?
「これから国王様のお話があるからちょっとついてきてくれないかなって」
そう言った彼女は俺ら全員を煌びやかな装飾で施された部屋に連れて行かれた。
壁にあるのは見たこともない絵画。 椅子はとても座り心地のよい革張りの椅子。 床には靴越しにでも分かるとても柔らかい絨毯。 恐らくどれも俺らでは一生手に出来ないような金額の一品であろうことは素人の俺でも分かった。
これは靴で上を歩いてよいものなのだろうか……。
信吾や椛も同様に感じ取ったようで顔色が少し悪そうに見える。 たぶん俺の顔もあんな感じだ。
そして俺らが全員着席して直ぐに、後ろに鎧に包まれた人間(恐らく男)を引きつれて初老の男が入ってきた。
彼が入ってきた瞬間場の空気がピリッとしたものに変わった気がする。
少しばかり伸びた髭を蓄えた男は身長は百七十五の俺よりも低いが、醸し出す威圧感が半端じゃない。
これが一国の王というやつか……。
「遅くなって申し訳ない。 私はこのロゼリア王国を治めるカルロス・ハワードという者だ。 歓迎しよう、勇者一行よ」
そしてこの国王から何故自分たちがここにいるのか、ここで何をやればいいのか、ということを聞かされたのだった。
「ふっざけんな! いきなりわけのわかんねトコに来させられて魔王を討てだ!? 冗談じゃねぇ!」
「そうよ! 大体命の危険があるんでしょ? そんなのできないわよ!」
「今すぐ俺らを元の世界に返しやがれっ!」
数々の罵倒が国王に浴びせられた、カルロスと名乗った国王はその言葉に不快さを示すこともなく、国王を糾弾した者を捕えようした鎧男を制止させていた。
「やめよ、彼らの糾弾はもっともであり、それを受ける責任がワシらにはある」
「しかしっ……。いえ、出過ぎた真似をして申し訳ありません」
国王から何か感じ取ったのか、鎧男は引き下がった。
そして再び国王が口を開いた。
「すまないとは思う。 だが、我々にも引くことはできない事情がある、ということを理解していただきたい」
「それは我々を巻き込む理由にならないと思いますが?」
「ふむ、君の名前は?」
「篠崎綾香です」
答えたのは篠崎綾香。 才色兼備とは彼女の代名詞とも言える。 黒のストレートを三つ編みにし、丸メガネを掛けていていかにも委員長といった感じで、彼女は身長はさほど高くないが勉強はできるし、なんとスポーツもできるという、どこの漫画から抜け出してきたんだと言いたくなるような人だ。
彼女の顔を見る。 やはり国王相手となると緊張するのか少し顔が強張っているように感じられる。
「確かに理由にはならない、しかし今となっては君たちを帰す手段がないのも事実だ」
「それは……何故でしょう? 向こうから呼び寄せることができるなら元の場所に返すこともできるのでは?」
「君たちを呼ぶのに使った物の中で龍脈、というのを説明したな?」
「はい、人間が所謂魔法にしようする魔力とは違う魔力エネルギーなんですよね? 最も魔法、というものが今だ信じられないのでいまいち理解しにくいですが」
「魔法については後で説明させよう。 ……その龍脈なんだが、今回使用した魔法は確かに呼び寄せることもできれば送り出すこともできる。 そういう陣だからな。 しかし、使う魔力が膨大なのだ。 なにせ世界と世界を繋ぐ魔法だ。 人間は代わりの者を用意すれば済むが龍脈はそうはいかん。 またそこに魔力エネルギーが溜まるまでの時間がいるのだ」
「その時間とは……どれくらいでしょうか?」
「およそ一年」
「一年……」
「それまでには必ず魔王は現われるであろう。 マルゴット様の予言はそういうものだからな」
なるほど、自分たちの身の安全を守るためにもどっちみちその魔王と戦わないといけないわけか。
だが、すこし気になったので質問をしてみた。
「すみません、一つ質問をいいでしょうか?」
「君は?」
「向江紫音と申します。 それでですが、一般兵士でも直ぐに殺さるようなヤツ相手に何の訓練も積んでいない一般人が役に立つとは思えませんが……何か考えがあるのでしょうか?」
「その点だが……、全員頭の中で【ステータス】と唱えて右手を前に出してもらえないか?」
「ステータス? それが何か関係が?」
「いいからやってみろ」
国王の態度に少しイラッとしながらも言われた通り頭の中で【ステータス】と唱える。
すると前に出していた右手に光り輝くスマートフォンサイズのカードが出現した。
再び現実離れした現状に驚いていると国王が話していた。
「出てきたか? それはステータスカードと言って己の能力値を数値で知ることができる。 君たちは龍脈を通してこちらの世界に来たのだ。 龍脈のエネルギーを受け取ったおかげで数値は常人を遥かに凌ぐものになっているはずだ。 それに固有能力といって、君たちにだけしか使うことのできない魔法もある。あぁ、言っておくがそのカードは他人から見られることはできん」
「なるほど」
カードを見てみると ATK や DEF 、STR など、どこぞのロールプレイングゲームのような文字が書かれているのがわかった。
この文字こっちにもあったんだな、と驚いたが、後から聞くに、これは自分たちが見やすいように人よって変わるらしい
ちなみに MP はあったが HP は表示されていなかった。
「あとは、そのカードに《クラス》という欄があるだろう?」
「ありますが……」
「それは君たちの専門分野を示す。 例えば騎士なら剣や守ることに、聖者なら他人を癒すものに、狩人になら弓やの扱いに長けたりなど、クラスは挙げればキリがないが、それが君たちの得意分野となるのだ。 そしてこれが肝心なのだがクラスに勇者、と書かれている者はいるか?」
しんっ、と静まり返る中、一人が手を挙げた。
「あ、はい、俺でーす」
「うげ……あいつかよ」
俺はぼそっと呟いた、小声で言ったつもりだったが隣にいた椛には気づいたようで肘で小突かれた。痛い。
手を挙げたのは俺のクラスメイトでもあり、高校で嫌いなやつナンバーワンでもある梶谷賢治だった。 所謂イケメンでちゃらい見た目とは裏腹に頭は相当良く、そのおかげか俺のクラスにも女の取り巻きが何人かいる。
何が気に食わないのか普段から俺と信吾、椛の三人でいるとき何故か俺だけに突っ掛ってくるのだ。 わけがわからない。
それに、コイツが勇者? いいんだろうか? 人間サイド滅ぶぞ?
国王は梶谷を見る。 あ、今俺の見間違いでなければこの国王顔歪めたぞ。 国王も気に食わないんだな。
周りを見るが気づいたのは俺だけのようだ。 崩した表情をすぐに戻した国王は梶谷に向かった。
「君は魔王を倒す素質を持つものだ、是非とも魔王を討伐してほしい」
「どーしようかな。 あ、そうだ。 褒美って出ます?」
「あぁ、できる限りのことを尽くそう」
「あ、ならやります! 俺に任せてください」
胡散くせぇ。 取り巻きも流石梶谷くーん、だって。
呆れた表情で梶谷ズを見ているとこっちの視線に気づいたのか勝ち誇ったような表情を向けてきた。 なんだアイツ。
「ねぇ、私いい加減にイライラしてきたんだけど。 アイツ殴っていいかな?」
「いいんじゃない? 少なくとも俺はハッピーになれる」
「やめとけ、あんな奴でも一応人類の希望らしいからな」
ちなみに梶谷は椛や信吾にも嫌われている。 二人曰く俺に突っ掛ってくるのが気に食わないらしい。 いい友人を持ったもんだね。
「ねぇ、私は職業聖者だってさ。 二人はなんて書いてあるの?」
「マジか、お前なら狂戦士とかいけそうだけどな」
椛からの高速肘打ちが脇腹に決まった。 すげぇ痛い。
「お前ら何やってんだよ……。 俺は騎士だな。 紫音はどうだ?」
「え? 俺? 俺は……」
そういいながら自身の手にあるステータスカードを見る。
これは、恐らく他人に言えるものではない。 二人に重大な秘密を作ってしまうことを心苦しく感じたが仕方のないことだ、と諦めた俺は笑いながら彼らに答えた。
「俺のクラスは……道化師だってさ」
「ははっ。なんだよ、道化師って。 ピエロか?」
お前にぴったりだな、と信吾は笑う。 そんなことで笑ってもらえてよかったよ。
それにしてもコイツ……どうするかな。
俺の手元に表示されているステータスカードにはこう書かれてあった。
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名前 向江紫音 男
年齢 18
魔力 6000
筋力 4500
敏捷 4500
物防 4000
魔防 4000
クラス 《魔王の憑代》
固有スキル 【創造主】
スキル 属性操作、魔力操作、近接格闘、自己修復
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毎日更新している人がすごいと感じる今日この頃です笑
二日連続で投稿していますが、これを続けられる自信はないので、
せめて三日に一度は投稿できるように頑張ります