プロローグ
今思い返してみても、なかなか恵まれた高校生活を送っていたように思える。
家族は両親、姉含めて仲は良く、金の苦労もしていない。 学校の成績はそこそこだし、親友や、クールな幼馴染だっていて、俺、向江紫音は今の現状に満足していた。
そんな生活が壊れるのは突然だった。あれが起きたのは俺が高校三年生の時。
高総体も終わり、受験に向かって動き出すころだった。
=========
「なぁ、紫音。昼食は食堂行こうぜ。 今日昼飯持ってきてなくてさ」
三時限目が終わった休み時間、日差しが強まってくるこの夏の暑さが鬱陶しくなり、机に突っ伏していた俺に親友の榊信吾が話しかけてきた。
榊信吾。 成績はぼちぼちだがスポーツはピカイチ。 身長は高くガタイも良く、つんつんした髪型から、いかにも頼れる兄貴って感じの男だ。 部活は剣道をやっていて警察になるのが夢らしい。
うん、ぴったりな気がする
こいつとは高校からの付き合いだが、昔ちょっとした切っ掛けで互いに仲良くなり、今に至る。
「そうだね……椛はどうする? 俺と信吾は昼休み食堂に行くけど」
俺は隣で先ほどの歴史の授業で使った教科書の人物写真に髭やらなんやらを描きこんでいる女の子に声をかけた。
何やってんだコイツ……。
「ん? そうだねぇ……私も行こうかな」
藤宮椛。 俺の幼馴染である。 身長はそこまで高くはなく、肩より少し長いセミロングの天然茶髪に、ぱっちりとした二重で学校の中でとても人気のある女の子だ。彼女は自炊をしたり、家事をしたりなど、いわゆる女子力はかなり高めである。
だが、椛は男兄弟の中で育った影響か、腕っぷしは相当強い。 ……学校では出していないようだが。
いつも昼食を摂ったり、放課後帰ったりなど、俺の生活はこの二人を中心に回っているような気さえする。
最初こそは椛という高校の中でも人気な女子と話していることにちらちらとこちらを見たり、俺と信吾に嫉妬かどうか分からない視線を投げかけられたものだが、三年になればそんなことも減っていた。
減っているだけであるにはあるのだが。
「つか、まだ三時間目だし。 腹減ってるの暑さで忘れてたんだから思い出させないでよ」
「俺も腹減ってんだからお互い様だな」
「次の授業はなんだっけ?」
「確か数学じゃなかったかな?」
「……監督じゃん。 私、監督の授業嫌なんだけど……というか、監督が嫌」
「仮にも俺らの担任でしょうに……」
「仮にも、ってついてる時点でお前もダウトだ、紫音」
監督とは俺らの担任でもあり、数学の教師でもある。 これが少し(というかかなり)熱血で、できればこの夏は休んでいてほしいとさえ思う。
そんな話をしているうちにチャイムが鳴り、四時限目が始まった。
俺の席は窓際。 カーテン越しに夏の暑さは感じられるが、外から入ってくる風は気持ちがいい。昨日は課題が終わるのが夜遅くまでかかった俺には眠気を誘う環境だった。
開始数分で瞼が重たくなってきた俺は数学の授業内容と監督にサヨナラをしてそのまま眠りについた。
それからあまり時間は経っていないだろう。
何か騒々しい音がするのが分かった。 耳障りな音に少しイラつきながらも紫音はうっすらと目を開ける。
なんだって、こんな騒がしいんだ。
そう思いながらも伏せていた目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「なん……だ、一体何が起きて……」
淡青な光を放つ謎の円陣。
それが地面と天井に大きく描かれ、円の中には複雑な文字やら線やらが書かれていた。
理解できない状況に唖然としていると近くにいた信吾と椛が俺のところまで駆け寄ってきた。
「信吾! 椛! これはどういうことなんだっ!?」
「お前、この状況で寝てたんだな……。 神経が図太いというか、鈍いというか……」
「あんたもそれだけ動じずに話してるんだから大して変わらないでしょうよ」
えぇい、そんな話してる暇はないんだっての!
「そんなことはいいから! で、結局これはナニ?」
「いや、誰一人分かんねぇだろうよ……。 逃げようとした奴もいたみたいだがドアは開かないし、窓に至っては開いてんのに通れないらしい 」
「なんだそれ……」
時間が経つごとに淡い筈光がだんだん強く、濃くなっているのが目に見えて分かる。
何が起こるのかはわからない、というのが一番怖い。
「俺らは……死ぬのか?」
「私は死にたくはないなぁ……」
そう椛が呟いた瞬間、光が一層強くなり俺の意識は途切れた。