蛇様とお話
『ここだ、小さき―――」
「ぎゃああああああああああぁぁぁぁぁーーーー!!!たすけてくんろ~~~~!!!」
目の前の大蛇の言葉を遮って俺は叫んだ。これ以上ないくらい叫んだ。だって考えてみてほしい。目が覚めたら山の如く大きな蛇が目の前にいたら誰だってすぐに思いっきり叫ぶと思う。
「俺を食っても旨くないですぞ!!むしろ腹を壊しますぞ!だから見逃してくだされ~~~!!」
やや百姓?のような口調になりつつも蛇に向かって土下座する。
『…別に取って食わぬ。安心するがいい』
「へっ!?ホ、ホントでごぜぇますか!!」
『あぁ…。だから静かに―――』
「合点承知でございます!」
『…はぁ』
何とか無事に命を取り留める事に成功した!ふっ、流石は土・下・座!!日本において土下座で解決しないものは無いのである!しかも、土下座をするときは、焼き板に乗っている如きの覚悟でする事によって……
『なにか、変な事を考えているようだが…。お主、どこから来たのだ?』
「変とは失敬な!!これは、かの有名な…あっ、いえ、なんでもありません」
ギロリと蛇様が軽く睨んできたのでこれ以上は土下座について考えない事にする。助かったとはいえ我ながら図太くなったもんだぜ。しかし、どこからって言われてもな…
「えっと、どこからと言うと地上としか…」
『それは分かる。地上のどこから来たのかと聞いておるのだ』
「ホントに地上としか言えないんです。私は…」
蛇様に、転生してここまで来た経由を話す。急に元いた世界で死に掛けた事、そんな時に見たことが無いくらいの美女が現れた事、それからのことを簡単にだが説明する。
『転生…か。やや信じられん話だが、神の奴が関わっているのならあり得んでもないか…』
「し、信じてくれるんですか?」
話しをしておいてなんだが、本気で転生を信じてもらえるとは思わなかった。この世界ではそんなに珍しくないのだろうか?しかし、この世界に来て初めて俺の事を理解してくれた事に少しだけ嬉しくなった。…蛇だけど。
「(まぁ、それより今はいかにしてこの蛇様のご機嫌を取りつつ退散するかだが…)」
蛇様は(本来の蛇が息を吐けるのか知らないけど)『ふぅ…』息を軽く吐いて、落ち込んだ様子だ。
『そうか、ならば地上について知らぬのも無理はないか。今の地上がどうなっているのか気になるのだがな』
「?? ならどうして地上に出ないんです?ハッ!?もしかしてここには出口がないとか!?」
もしそうなら、俺の転生ライフはここで終了になる。一生ここで蛇様と一緒!?そんな!?俺には美少女、美女に囲まれて幸せになるという目標があるのに!?
『うむ?出口がない事はないが、我がこの姿で地上に出れば大変なことになろうからな…』
「あぁ…。確かに」
話したせいか、今はそこまで危険を感じなくなっているが、見た目だけなら天災クラスの化け物に見えるもんな。俺もついさっき見た瞬間、両手を挙げて叫んでたし。
「蛇様、素朴な疑問なんですが…。なんでそんなに地上が気になるんですか?」
『…地上には会いたい友がいる』
「ご友人ですか。なら、私が蛇様が会いたがっていると伝えましょうか?」
蛇様がこちらを驚いたような瞳で見つめてきた。とても大きなその瞳にはガラスのように俺の姿が映っている。
『…お主が?』
「はい、まぁこれも何かの縁ですし」
なにより、壁だと思っていたが蛇の体温のおかげで体を冷やさず、回復する事が出来たのだ。これで、恩返しになるのなら容易いものだ。
あれ?蛇様のご友人ってどんな生物なんだ!?人間をベースに考えていたから簡単だと思っていたけど、もしかしたら会った瞬間にガブッとしてくる生物かも!?いや、まさかな。そんな事、な、ないよな!?
そんな俺が心の中で安請け合いした事を後悔しながら慌てているのを他所に、蛇様が長い間静かにこちらを見つめてくる。俺は心の中の考えを見破られないように必死に見つめ返す。
「(な、長い…)」
どれくらい見詰め合っているのだろう?正直、長い間そんなに見つめられると安請け合いした自分が恥ずかしくて逃げ出したくなる。だが蛇様はこの世界に来て初めて話す事が出来た相手だし、命の恩人だ。出来る事なら蛇様の願いは叶えてあげたい。だからこそ、俺は少しでもその思いが伝わるように必死に見つめ返した。
それからもしばらく見つめ合っていると、蛇様が俺の根気に負けたのか、ふと目を背けて俺に話しかけてきた。
『そなたは…、そなたは良い奴なのだな。ありがとう。その気持ちは嬉しく思う』
「はい!任せてくださ―――」
『だが、その気持ちだけで十分だ』
「…へ?」
蛇様は諦めたような目を俺に向ける。…なんだよ?その目は?
「ッ!!」
俺はその諦めた目に苛立ちを感じた。
この世界に来てからの一週間で死ぬような思いを何度も味わった。だが、その度に諦めた事なんてなかった。最後の時まで可能性があるのであれば諦めることはしたくなかった。全ては俺の野望の為。そして、あの高名なぽっちゃりしたバスケの先生のお言葉を尊敬しているから。
とは言え、諦めることが悪い事ではない。どうしても可能性が無い場合には、諦めも大事だ。もしかすると重要な理由があるのかもしれない。だから、俺は畏れを忘れて問う。
「…理由をきいても?」
『そなたには関係ないことだ。…もう去るが良い。今なら見逃すよう伝えてやろう』
「…そうですか。所詮、会いに行くのも面倒になる程度のご友人と言うことですかぁ」
『ッ!? だまれ!!貴様に何が分かる!!』
蛇様が初めて声を荒げて首を持ち上げて俺を威嚇するようにしてきた。会ってすぐの奴に馬鹿にされれば当然怒るだろう。俺も、なんでこんな事を言ったのだろう?だがなぜだろうか?見るものが見れば全力で逃げるような視線を向けている蛇様の事が、どうしてかほっとけなくなっていた。
「なら、なぜ会いに行かないのですか!蛇様が出ると大変な事になるのは分かりますが、それなら人目の少ないところに呼び出せばいいだけじゃないですか!それぐらいなら俺が伝えに行き―――」
『黙れ!我が友は!…我が友はすでに生きておらぬ!』
「なっ!?」
『……』
…長い間沈黙が流れる。蛇様が会いたいと言うのは墓に行きたいと言う事だったのだ。俺は自分勝手な決め付けで、軽率にも蛇様の事を傷つけてしまった。
俺は頭を下げる。謝罪のためではなく、蛇様の目を見れなくなったからだ。
「…申し訳、ありません。蛇様…」
『…良い。我を案じてくれたのであろう?そんなお主を咎めたりはせぬ』
蛇様も俺を案じてくれているのか、先程とは違う優しい声になっていた。だが、そんな声を聞くと俺は居ても立ってもいられなくなってきた。
「あの…、俺帰りますね。すいません。出口はどこでしょう?」
蛇様の目を合わせないようにしながら出口を尋ねる。蛇様はゆっくりと首を下げて俺の目の前までやってきた。
『待て。お主に興味がわいた。お主について聞かせよ』
「…俺について?でも、特に何もないですよ?それこそ相手のことを考えずに、自分の考えでしか物事を進められないただの…ガキです」
『そう悲観するな。お主はただの餓鬼ではない。我とここまで正面から見つめあって逃げなかったのはお主が初めてなのだから。それになんでもよい。…そうさな。ならば、この世界に来てお主は何をしたい?』
「え?そりゃ、もちろん…」
俺は、蛇様にハーレム作成が夢である事、ハーレムの素晴らしさを淡々と説き始めた。
---10分後---
「…であるからして!ハーレムによる!ハーレムの為の!ハーレム―――」
『お、おう。……も、もうよい。良く分かった』
「そうですか?」
まだ話したい事が沢山あったが、蛇様のご機嫌を損ねるわけにもいかないし、ここまでにしておこう。
『しかし、世界を取る。王を名乗る。名誉名声を得るでもなく、ただ複数の異性との付き合いを欲しがるか。…愚かだな』
「そりゃ、世界を取るとかは男のロマンですよ?だけど、俺にはそんな力も知恵も度胸もないですし」
『ふふふ…、本当に愚かよな。だが正直でもある』
「蛇様に嘘をついてもどうしようもないんで。へへへ…」
蛇様が俺のたわいない話に微笑んでくれた。その事に、なぜか俺も嬉しくなってきて笑みが浮かんでくる。そんな時に背後から声が聞こえてきた。
『頭よ。何を話しておるのであるか?』
『頭が、楽しそうにしているのって何時ぶりだ?』
蛇様と同じような顔をした蛇が数匹現れた。蛇様を含めて全部で7匹。俺を囲むように頭を地面に付けてこちらを見ている。
「ぎ、ぎゃあああああああああぁぁぁぁ!!!」
またしても俺は叫んでしまった。