帰還
『ありがとう』
その言葉が頭に響いたとき、何故か悲しくも無いのに目から涙が出てきた。助けられなかったというよりは、寂しいと言った感情が沸き起こる。それは小さいときに年上の親戚と一緒に遊んでいて、何時の間にか遊び疲れて眠ってしまい起きたときには夕方で親戚は帰ってしまっていた時のあの寂しい感情と似ている。
怒りや悲しさでもなく、湧き上がるのは寂しさ。自分でも何故こんな感情になるのかが分からない。
「ッ!?イサミ…?イサミッ!!」
なぜ泣いているのか自分でも分からない、ただ寂しいと感じているときに後ろから声がした。振り返ろうとする前に抱きつかれて結構驚いたけど、抱きついたのがエルミアと分かったら安心した。
「(エルミアちゃん?ど、どうしたの?)」
声に出して伝えれないのがもどかしい。文字に書いて伝えようにもこの体制だと書きづらいし、書いたとしてもエルミアは俺の背中に顔を埋めていて文字が見えないだろう。エルミアちゃんは力一杯抱きしめていて無理やり離すのも少し躊躇われる。
「(うーん、どうしよう?)」
『イサミッ!!先程の行動は一体何なのだ!?』
どうしようかと悩んでいるときに、少しイラついた声でヤシロが話しかけてきた。でも、正直今はそれどころじゃないです。なんたって人生で初めて女性に抱きつかれているんですよ!?と言う訳でヤシロには悪いけど後回しにする。
「(ヤシロ、ごめん。また後で話すよ。)」
『何?どういうつもりだ!先程の…』
「(今は、ここから出る事を優先したんだ。頼む!後で上手い酒あげるから!)」
『ナッ!?そ、それぐらいで我がご、誤魔化せるとでも…』
「(そっか、残念。後で1人で飲むよ。)」
『ま、待てッ!?分かった!イサミがそ、それほどまでに言うのであれば仕方あるまい。この件は後で聞こう…。決して酒に誘惑されたわけじゃないぞ!?せっかくくれるというから貰おうと思っただけで…』
「(ははは、ありがとうなヤシロ。)」
『う、うむ。』
俺はヤシロとのお話を終えると、抱きついているエルミアの肩をポンポンと軽く叩く。すると俺の意思が通じたのかエルミアがゆっくりと俺から離れていく。あぁ女性特有のぬくもりが!離れていく!?…少し勿体無いと感じた。
「イサミ、顔を見せて?」
「???」
俺から離れてエルミアちゃんが顔を上げてからの第一声がそれだった。どうしたんだろう?俺の顔に何かついてるのかな?疑問に思ったが、素直に俺は軽くしゃがみこんでエルミアと同じ視線になるようにする。
エルミアは何かを確認するようにそっと俺の顔に触れながら俺と視線を合わせる。こうして見ると…やっぱりエルミアちゃんってめっちゃ美少女だよな。こんな可愛い子と目線あわせるのってかなり緊張する。
「良かった…、もう泣いていないみたいだね?」
「(…え?)」
どうやら先程まで泣いていた事を知られてしまったらしい。何故泣いていたのか俺自身でも分からないが、エルミアに見られていたと思うと急に恥ずかしくなって俺は何も考えられなくなってしまった。
しばらくの間、俺とエルミアは見つめあったまま無言になってしまう。エルミアは俺が何も答えないので俺にとって悪い事を聞いたと思ったのか人差し指と人差し指の腹同士を合わせて頬を染めながら視線をそらして謝ってきた。
「ご、ごめんね。無神経だった…かな?でも、イサミが…その…泣いてると思ったら居てもたっても居られなくなって…」
「(それで抱きしめて俺を慰めようとしてくれたのか…?…エルミアちゃん。)」
俺を慰めようとしてくれている、その事が分かると何故か俺は自分でも分かるぐらいに心臓が高鳴ってきた。
落ち着く事が出来ないまま、俺も慌てて視線を外して文字を書き始める。書く時、文字が震えてしまい文字が汚くなってしまったが、俺は構わずに書き続ける。そして書き終えると俺はエルミアちゃんに文字を見せる。
「“エルミア、心配してくれてありがとう。”」
先にも思ったけど、感謝したい気持ちを文字でしか伝えられない事が本当に残念で仕方が無い。だがエルミアは文字を見た途端、大きく目を見開いて俺を見つめる。
恥ずかしくて俺は頬を書きながら顔を横にしてチラリとエルミアを見ると、今まで見てきた時の中でも一番綺麗な笑顔を浮かべて俺の首に手を回して抱きついてきた。
「ッ!?…ううん!どういたしまして!!」
俺は抱きついてきた小さな体を抱きしめ返しながら微笑む。何時の間にか、先程まで感じていた寂しさは消え去っていた。
---半日後---
その後、洞窟にはギルドから派遣されてきた複数の冒険者達やギルド職員によって取調べが行われた。ここに連れてこられていた大半の人たちは獣人の国から誘拐された人たちばかりだったが、中にはリルリカちゃんと同様にこの国から連れ去られていた人たちもいたらしい。
ここにあった死体は全て俺が大蛇で取り込んでしまったし、資料なども俺が処分してしまったので、犯行組織についての有益な情報が得られなかったとギルド職員達が呟いていた。…ばれたら怒られそうだから秘密にしておこう…。
俺はエルミアと一緒にルドルフさんに合流した後、2人揃ってお説教を喰らった。まぁ当然だ。この人にはかなり心配ばかり掛けてしまったみたいだし、エルミアちゃんも同じ考えなのか文句言わず説教を聴いていた。
説教の途中、俺はエルミアの方を見ると偶然エルミアも俺を見ていたらしく思いっきり目が合った。だが慌てたようにすぐお互いに視線を外す。
あの時、抱きつかれて離れた後、急に恥ずかしくなったのかエルミアは俺とわずかに距離をとってしまった。だが、それは嫌いで離れるというわけではなく、一緒にいたいけど恥ずかしいから距離を取るといった感じだ。現に時折、エルミアが俺をチラチラ見ているときがある。…どうしよう!!エルミアちゃんが超可愛いんですけど!!
「ノアさん、大丈夫ですか?」
「あぁ、すまない足を引っ張ってしまったな…。」
エルミアちゃんの可愛さに悶絶している間、渡辺さんが俺が治療したばかりのノアさんの看病をしていた。先程、治療しようローブを外そうとしたときにエルミアに止められたのは何故だろう?まぁ、服越しにノアさんの腹に触れて治療したから問題ないけど。
「ノア、起きてももう大丈夫なの?」
「問題ない。薬代は何れ返す。」
ノアには俺が治した事は秘密にしておいた。エルミアが言うには出来るだけ“再生”の事は秘密にしておきたいとの事だそうだ。なので、ノア本人は傷が無くなるほどの高価な薬を使ったのだと勘違いしてるようだ。
「べつに返さなくてもいいわ。仲間でしょ?」
「…本当に何もかもすまない。」
「はい、この話は終わり。リルリカちゃんは体は大丈夫?」
「うん!元気だよ!!ホラッ!」
リルリカちゃんは先程目を覚ました。捕まった後の記憶は無いらしく(俺が記憶を喰う以前に薬で眠っていた為)年相応の元気よさを見せていた。今も俺に向かってジャンプして背中に捕まっている。うむ!この背中越しに感じる少女特有のぬくもりは最高なり!でも、こんな元気な子だったっけ?
「そ、そう。元気なら何よりね。それよりイサミから降りよっか?」
「えー…。イサミさんに捕まってたら安心するのに…。」
「い・い・か・ら!降りようね?」
「…はーい。」
なんだろう?エルミアとリルリカちゃんとの間で、一瞬だが火花が散った気がした。改めてみれば2人とも仲良さそうに話している。気のせいか?
「それじゃ、帰ろう!リルリカちゃん、リレーアさんが心配して待っているわよ?」
「お母さんが?…うん!帰ろう!」
「はぁ、やれやれ。なんとかリレーア殿に面目が立ちますな。」
「ほ、本当ですね!生きて帰れてよかった!!」
「ホンマやなぁ。思った以上にしんどかったわ。」
「…なぁ、なぜマロクとイサミがここにいるんだ?えっ!?何その今更?とでも言いたいかの目は!?俺だけか?俺だけ置いてけぼりなのか?!」
「(お酒、用意しておかないとなぁ)」
「「「「皆さん!助けてくれてありがとうございました!!」」」」
それぞれが言葉を発しながらギルド職員と冒険者達に攫われてきた人達をお願いして洞窟を後にし、俺たちは王都に向かって歩き始めた。
---王都---
「リルリカ!!」
「お母さん!!」
リルリカちゃんを連れて宿に入ると、最初はリレーアさんが落ち込んだ顔で食器を片付けていたのが見えたが、俺たちとリルリカちゃんを見つけると食器を落としたのも厭わずに娘に向かって走り出した。
リルリカちゃんも走り出して母の元に向かい、親子同士で抱きしめあう。よかったなぁリルリカちゃん!いかん!涙と鼻水が!ハンカチ!ハンカチ!ふと横を見るとエルミアちゃんも涙ながしながらでハンカチに鼻チーンをしていた。泣いてる姿も可愛いぜ!あっ、ルドルフさんハンカチありがとうございます。
「リルリカ!本当に心配したんだからね!本当に…無事でよかった!」
「うん!エルミア姉さんやイサミさんの皆が助けてくれたの!」
リレーアさんは目じりに涙を浮かばせながらリルリカちゃんを離して、改めてこちらに向き直ってから頭を下げる。
「皆さん。本当に…本当にありがとうございました!」
リレーアさんの御礼に皆が少し照れながらも答える。その日はリレーアさんが腕によりをふるって料理を作ると言ってくれたので、晩御飯を楽しみにしながら俺たちは洞窟でギルド職員に貰ったクエスト達成証明書を持ってギルドに向かった。
「あっ!!お帰りなさい!!聞いてますよ!無事クエストを達成して娘さん達を助けられて大活躍だったとか!本当にお疲れ様でした!!」
「えぇ、はい。これがクエスト達成証明書よ。」
「お預かりします。…はい!確かに証明書ですね!それでは、クエスト達成記録を更新しますのでギルドカードを出して下さい!」
エルミアとルドルフ、渡辺、ノアさんがギルドカードを提出する。俺も提出しようとすると受付嬢さんが困ったような顔をしてギルドカードを返してきた。
「あの…本当に申し上げにくい事なのですが、イサミさんは今回のクエストを受注していないので達成報酬や更新が得られないんです。」
「(なっ!なんだって!?)」
「そら、そうやよイサミはん。今回のクエストってイサミはんが大活躍したのは皆知ってるけど、クエスト受けてないんだからただ働きやで?」
「(マジで!?)」
そりゃねぇぜ…。あんだけ頑張ったのに…そりゃ、リルリカちゃんを助けるためだから無償でもやっただろうけどもさ。てっきりコレで一気にランクが上がったりとか有名になったりとかと淡い期待をしていただけにちょっとショックだ。
「イサミ、落ち込まないで?イサミが活躍したのは私達が知ってるから。…ね?」
エルミアちゃんが地面でのの字を書いている俺の頭を撫でながらローブを被った状態ではあるが微笑んでくれた。て、天使!?天使がここにいる!!あと、名も知らない男共!エルミアちゃんの美声に反応してんじゃネェ!!
「えっと、それじゃあ進めますね?」
俺がローブ越しに名前も知らない男共に向かって「(ガルルゥ!)」と敵意を飛ばしている間に、受付嬢が四人のギルドカードと一緒に大きな判子を押した証明書を水晶玉に入れる。証明書は水晶玉に入ると光の粒子になり4つのギルドカードに吸い込まれていった。ううむ、相変わらずファンタジー。
「はい!これで完了です!お返ししますね!それと……これが達成報酬です!」
それぞれのギルドカードを受付嬢が返していく。そして、渡し終えると一度奥に行って戻ってきたときには手にお金が入った袋を持ってきた。中身は銀貨小が26枚(2万6000アルム)入っていた。一瞬、人の命を救う仕事にしては少なくないか?と思ったけど、この国での成人男性の平均年収は約2万アルムらしいし、そう考えると結構な値段なのかね?
エルミアが袋に入っていた銀貨の枚数を数え終えた後、銀貨を袋に戻す。その際に何枚かを握って俺に差し出してきた。
「ありがとう。…はい!イサミ、報酬だよ!」
エルミアの手には6枚銀貨小があった。いいの?と皆を見れば、皆頷いていた。
「イサミ殿は活躍されたのですから当然ですな。」
「は、はい。私も異論はないです。」
「…正直、俺はイサミが何をしたのか良く知らないが、まぁエルミア達が良いというのであれば従おう。」
「ワイは何もしてないしね~。」
「“皆、ありがとう”」
俺は感謝を伝えながらエルミアから銀貨を受け取る。エルミアは残りの銀貨小20枚を1人銀貨小5枚ずつ配布していた。マロクにも銀貨小を何枚か渡そうとしたようだけど、やんわりと本人に断られたみたいだ。配布が終わると、エルミアは元気な声で
「それじゃ、宿に戻りましょう!」
エルミアの言葉に皆が頷いた。




