そろそろ森から出たい。
拝啓 お母様、お父様お元気ですか?そちらは花々が美しく咲き、出会いと別れで心機一転の季節かと思います。こちらは薄暗い森の中で、毎夜微かな物音にびくつく毎日を送っております(笑) とても今まで味わったことのないスリリングな環境で私の心ガラスハートがブチ壊れそうな事以外、なにも問題…ありまくりますが気にしないでください。お体に気をつけてくださいね 敬具
「……」
無言のまま、池の傍で地面に向かって書くのに使っていた木の枝を置く。
「…うーむ。我ながらこの状況はすごいと思うわ」
初めて獲物を手に入れてから一週間たった。人間慣れるもので、今では簡単な落とし罠なら仕掛けられるようになった。単純で案外使えるこの戦法を使ってウサギや鹿、時にはゴブリンを倒してきた。(ゴブリンは食べてませんからね?)
驚いたことは、たまにウサギ等を倒した時、さっきまでは無かったのに獲物の横に宝箱が落ちていた事だ。…質量とかどうなってんだろ?と不思議に思ったがどうせ考えても分からないと思って、そういうものだと諦めた。なによりこういうところは異世界というかゲームみたいで楽しかったし、開けるときのワクワク感も凄かった。
現在の装備(俺視点)
武器1 ゴブリンの棍棒
武器2 刃毀れしたナイフ
防具 学生服 皮の胸当て 疾風の靴?
装飾品 無
所持金 銀貨3枚
疾風の靴とは鹿を落とし穴をうまく利用して倒した時に手に入れた靴の事だ。履く事でやや気持程度だが速く動けるようになったので、勝手にそう呼んでいる。その鹿だが、とにかく動きが速かった。さっきまで近くにいたのに、気がついたら向こう側に移動していたってぐらいだ。正直、鼻が良くなければ追う事が出来なかっただろう。
ウサギと違って攻撃性は無いのか、あの速度による攻撃がなかった事が本当に幸いだった。銀貨はウサギを倒した時に出てきた。銀貨だと思われる500円玉より少し大きいこの硬貨の価値は分からないが、持ってて損はないだろう。残念ながらゴブリンは今のところ三匹しか倒していないので、いまだ宝箱は現れていない。
ここにきて一週間経った事で分かった事は、ウサギにしろ鹿にしろここに住んでいる野生動物はどれもただならぬ能力を持ち合わせている事だ。それに対して、ゴブリンは三匹とも(多分一匹目も)やや衰弱していた。ここの動物はどいつもひと癖ある奴ばかりなので、仕留められなくて弱っていたのだろうか?一度殺されかけた身としては、なんとなく納得できる理由だが、それだと今までどうやって暮らしてきたのだろうか?うーむ…、わからん!まぁどんな理由にしろ、俺としては助かっているので良いんだけど。
「(そういえばこっちに来てから、全然誰かと話してないなぁ)」
初めの4日は構わないと思っていた。だが一週間となると寂しくなってきた。何より文化が恋しくなる。風呂に入りたい。調味料をふんだんに使った料理が食べたい。本読みたい。などなど…。
「(そろそろ本格的に森から出ないと…)」
実はここ一週間過ごして二つの疑問が発生している。一つは一度だけ森の外に出ようと試みたのだが、結局夜近くになっても森の先が見えそうになく中断したのだ。一日二日程度なら、歩き続けられるだろう。だが、一日かけて歩き続けて、飲み水を確保できなかったのは辛い。水筒などないのだ。水が無いまま先が見えない移動を続けるのは、怖くてしょうがなかった。
また、ここは昼間でも薄暗く物音ですら集中して聞かないと何も聞こえないほど静かで不気味な森だ。それが夜になると更に不気味に成るのだが、そこで昼とは違う異変が発生する。
森中で多くの何かが静かに、だが確実に動く気配と鼻にツンと来る匂いが森中を充満させてくるのだ。どうやら火の傍には近づかないようで、俺が熾した焚き火の近くには寄って来なかったが、3日前ぐらいに結構近くでゴブリンの悲鳴が聞こえてかと思うと、どこかに引き摺られて行く音が聞こえたので、それ以来、余計に夜は出来る限り移動したくなかった。
もう一つの疑問は、なぜかずっと同じところをぐるぐる回っている気がしてならない事だ。理由は池から森の外に向かって一日近く歩いたのに、戻るときには2時間足らずで戻れてしまったからだ。
「…やっぱ道に迷ってるよな。そこまで俺って方向音痴だっかなぁ。まぁ無理ない…のか?」
周りは木々ばかり。道を気にして進んでいても、しばらくすると分からなくなってくる。方向に関しては太陽を目印にしたら良いのかもしれないがこの森の中では太陽がまともに見えないし、木々は大きく高いので、のぼるなんて俺には無理だ。ならば匂いを頼りに進もうかしたが、明らかに何か匂うものがないと意味がなかった。…手詰まりか?森で遭難した時は下手に動かず救難を待った方がいいと聞いたような気がするが、この世界で救難が来るとは思えない。…となるとだ。
「やっぱあそこに行くしか…ないかぁ」
狩りをしている時、たまたま見つけたのだがこの池の行き先に洞窟があったのだ。初めは「おぉ!冒険といえば洞窟だぜ!」と興味心から入ろうとしたが、入って少し進んだところで鼻が反応した。言いづらいがあれだ。肉が腐ったような匂いと血の臭い。思わず体が震えて大量の汗を掻き、ここはやばいと心の底から感じるそんな臭いだった。底のみえない海中を覗いた時のような得体の知れないものがいる恐怖を感じた俺は、怖くなってすぐに洞窟から逃げ帰った。
そんな事があって俺はそれ以来、洞窟には近づいていない。だが、今は恐怖を忘れて考えてみる。川が流れているからには、どこか行き先があるはずだ。そしてその先は地底湖か海のどちらかだと思われる。可能性としてはおそらく洞窟である以上地底湖の可能性が高いのだが、手詰まりの今、海である本当に僅かな可能性に賭けるしかなかった。
「ま、まぁ、やばくなったら逃げればいいし。な、何より敵が近付いて来たら分かるしな!」
恐怖を忘れて考えているつもりだったが自然と声が震えてしまう。幸いと言うかオークになっておかげで鼻が良くなったので、敵が大体どの位置にいるか分かるようになった。敵と偶然鉢合わせという最悪の事態だけは避けれるだろう。
「よ、よっしゃ!いい加減、森を出たいし。行くか!」
俺は出来る限りの食料を持ってから、恐怖を押し込めながら洞窟に向かって歩き出した。
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洞窟についた。相変わらず嫌な匂いがする。正直今すぐにでも逃げ出したいが、現状は進むしかないので、俺は意を決して足を進め始める。洞窟の中は、真っ暗ではなく僅かに石の一部が淡く光っておりそこまで暗くなかった。うーん、こういうところは本当にファンタジーだな。
「これ、すげぇな。飛○石みたいだ」
あの雲の中に俺の夢が詰まっている!中学生のころ入道雲に向かって叫んでいたのは、良い思い出だ。そうやって、ちょっと感動しながら進んでいると、鼻に嫌な匂いがした。自然と俺の心臓が少し早く動き始める。
「(これは…、数匹いるな)」
感じたのは数匹のツンとくる臭い。どうやら、こちらに向かって走っているようだ。
「やり過ごせるか?」
緊張で乱れてきた気持ちを一度大きく呼吸をして整えてから、その場から少し離れた岩の陰に向かって静かに身を隠す。隠れてからしばらくすると
「ココカ?」
「ココダ!!イイニオイガスル!」
「ニク!ニク!」
岩の陰からこっそりと見る。洞窟の向こうから三匹のトカゲ?が二足歩行で走ってきた。手には武器等は持っていないが、爪は鋭く牙は強靭そうだ。あれは、肉体全体が武器として戦うタイプかな?…匂いに気付いて追ってきたのならここもばれるか?そんな風に考えている今も、トカゲ達は少しずつこちらに近づいてくる。
「(落ち着け、落ち着け…。まだ見つかっていない)」
自分にも聞こえてくるぐらい心臓が脈打っている。ウサギやゴブリンの時でも、ここまで緊張しなかったと思いながら、どうすればこの場を上手く切り抜けられるかを必死に考える。奴らは良い匂いがすると言っていた。もしかすると持ってきた食料に反応したのかもしれない。俺自身の匂いだったら誤魔化し様がないが、ここは食料のほうに引き付けられたのだと信じるしかない。
「(…良し)」
俺は持っていたウサギの肉の一部を俺がやって来た方向に向かってこっそりと投げた。肉が落ちる音がするとトカゲ共は一斉に首を肉のほうに向けた。
「ゲギャ!?ソコダ!!」
「ニクダー!」
「ギャギャー!!」
三匹とも我先にと肉に群れ始める。
「コレハオレノダ!」
「ダマレ!オレノダ!」
「ニク!ニク!」
遂には三匹が喧嘩を始めたようだ。目を離さないように顔を向けながら少しずつ先に進む。どうやら、俺の匂いに反応してここに来たのではなく、持っている食料に反応したようだ。その事に少しだけ安心するが、別の問題も出てきた。
「(しまったな……。こんなことなら多く持ってくるんじゃなかった)」
多く持っているため匂いが強くなっているのだろう。しかし、ここまで来て何も得ずに引き返すのは気が引ける。なによりここで帰ると二度と来たくなくなる気がしてならない。ならば今出来る限り進もうと考え、三匹から目を離さずに蟹のように岩の陰を横移動していると急に視界が斜めになった。
「ありっ!? うわあああああぁぁぁぁぁ!」
進んだ先が水によってか、滑り台のような斜面になっていた。それに気付かず足を踏む外してしまい。そのまま俺は滑り落ちていった。
「~~~ッ!?尻が痛い」
長い間滑っていたせいで尻が痛かった。尻を触りながら立ち上がると
「っげ!?」
目の前には広大な空間が広がっていた。僅かに光る石が沢山壁に散りばめられていてまるでプラネタリウムようで幻想的だった。もしコレで隣に彼女がいれば、さぞ良い雰囲気になっただろう。だが現実には、数えきれないほどのトカゲだけしかいなかった。幸い、どうやら全員寝ているようで俺には気がついていなかったようだ。
「(こ、これはマジでやばい…。俺死ぬかも…)」
とにかく、この場にいると見つかるのも時間の問題だ。なので静かに、ゆっくりとその場を離れようとしたら、ギュニュッ!という音が聞こえそうな感触を足に感じた。恐る恐る、足元をみると……。
トカゲの尻尾を踏んでいた。
「ギャギャギャーーーー!?」
「…えー」
何このお約束展開…。案の定、周りのトカゲ達全てが目を覚ましこちらに目を向ける。
「「「「ギャーギャーギャー!!」」」」
一斉に声を荒げながら俺に向かって走り出す。
「やばい!マジでやばいって~~!!」
俺は一目散にトカゲのいない方に逃げ始める。逃げる先は洞窟入り口付近と違い石があまり光っておらず、ほぼ暗闇だった。それでも、俺は構わずに走りぬける。
「俺!異世界こっちに来てから逃げてばっかりじゃねーーかーーー!」
叫びながら走る。途中、トカゲが背中から襲いかかってきた。中には槍をもった奴もいて、物凄い跳躍をして突いてくる。それを鼻だけを頼りに「ひぃ!?」と必死に避けつつ、走り抜けると、急にトカゲどもが立ち止った。「(な、なんだ?)」と不審に思いながらも足は止めない。
「はぁ、はぁ、よくわからんがこれで逃げ切れ――」
足元が急になくなり俺は自然の重力に従って落下し始めた。
「チョッ!?ホントに死ぬーーーー!?!?!」
落ちる先は何も見えず一寸先も闇だけが広がっていた。
暗闇で走っているため足元がなくなっていることに気付けずに、どんどん下に降りて行きます