誘拐
「お母さん!?お母さん!!」
リルリカが何度もリレーアをゆすっている。リレーアの体には剣で斬られた傷がありそこから大量の血が流れ出ていた。
「ふぅ。失礼なことを言うものですから思わず斬ってしまいましたよ」
赤ローブの男が溜息をつきながら自分の剣についている血を拭う。
「お、おいおい!何してくれてんだよ!?殺すなんて聞いてねぇぞ!」
借金取りの男が赤ローブの男に詰め寄る。
「だから、思わず斬ってしまったと言ったでしょう?聞こえなかったのですか?」
「なんて事してくれんだよ!?こいつは俺が狙ってたんだぞ!」
「そうですか。まだ生きていると思いますから貰っていけばいいのでは?…まぁ、じきに死ぬでしょうがね」
「ククク…」と何が面白いのか、男が気味悪く笑う。そんな光景を見て借金取りの男は少したじろいたが、すぐに赤ローブに向かって怒声を上げる。
「ふざけんな!こいつが死んだら俺が疑われるだろうが!責任取れよ!」
「責任?」
「そうだ!とりあえず、金貨十枚は――
「ふぅ…」
「――え?」
サシュンッ!
風を切るような音が響く。そのすぐ後に借金取りの男の首が胴体から離れ、ガシャンッ!と大きな音を立てて胴体が机の上に倒れた。その事に少し赤ローブがしまったと言う様な雰囲気を出すが、すぐに問題ないような雰囲気に戻った。
「まったく。コレだから低俗は困りますね。さて…」
赤ローブはまた剣についた血を拭うと、未だにリレーアに縋り付いているリルリカへ近づく。赤ローブの男が近づいて来ることを見て、リルリカは母親を背中に守るように立ち、恐怖で震えているにも関わらず赤ローブの男を睨む。その姿を見て、顔は見えないが赤ローブの男がニヤリと笑うのが分かった。
「気丈ですね。お嬢さん」
「こ、こっちにこないで!」
「そういうわけにもいかないのです。あぁ、ご心配なく。あなたの母親にはもう何もしません。(もう助からないでしょうしね。)私が用があるのはお嬢さん、あなたですよ」
「わ、私?」
「えぇ。これから私と共に…」
「リレーアさん、さっきの音は…ッ!?あなた!一体何をしているの!?」
「むぅ!?この状況は一体!?」
「エルミアさん!ルドルフさん!」
「おやおや…。見つかってしまいましたか」
エルミア達が来たことで、リルリカの表情に少しだけ安心感が宿る。だが、その一瞬の隙を突いて、赤ローブがリルリカに忍び寄り口に布を押し付けた。
「む、むぅ~!?……」
布を口に当てられ慌てて抵抗しようとしたが、直ぐにリルリカの意識は眠るように失った。そんなリルリカを赤ローブの男が肩に担ぎあげる。
「さてと…」
「リルリカちゃんを放しなさい!」
赤ローブの男に向かってエルミアが対峙する。そこにリレーアの状態を見たルドルフが、エルミアに話しかける。
「お嬢様!リレーア殿が非常に危険な状態です!直ぐにイサミ殿を連れて来ないと助かりません!」
「っく!?何ですって!?」
「ふふふ、そうですよ?私に構っている暇などないでしょう?」
「…ルドルフ、ここは任せるわ。私はすぐにイサミを連れてくる」
「承知しました」
エルミアがキッと赤ローブを睨むと、直ぐに宿の奥にいるイサミの元へと向かった。
「リルリカさんを放して頂きたい」
ルドルフが護身用の短剣を構えて、赤ローブに話しかける。
「…断るといったら?」
「無理やり奪い返すだけ!」
ルドルフが赤ローブに向かって走り、短剣を一直線に突き出す。それを赤ローブの男が剣で下から上に上げる形で弾く…瞬間に、ルドルフが短剣を引っ込めた。短剣を弾くために入れていた力が空振り、剣が上を向いた状態で隙だらけのところを、再び短剣を赤ローブの向かって突き出す。「おおっと!?」と赤ローブの男は驚きながら無理やり剣を下げることによって短剣による攻撃は防ぐことが出来たが、無理に防いだことで力が入らず、赤ローブの男の剣がルドルフによって弾き飛ばされる。
ルドルフはそのまま攻撃を続行しようとすると、「おっと!そこまで」と赤ローブの男が肩に担いでいたリルリカを右手で持ち上げ、左手で予備に持っていた短剣を脅すように彼女の首もとに当てた。
「っく!卑怯な!」
「ふぅ、まさかこれほどの使い手がいるとは思いませんでした。ここは常套手段を採らせていただきますよ」
「逃がすとお思いで?」
「思ってはいませんよ。ですから逃げられる状況を作らせてもらいます」
赤ローブの男が指をパチンッと鳴らすと、入り口から黒いローブの複数の男達が入ってきた。
「お前達、目標はそこに倒れている女性だ」
「なっ!?」
「ふふふ、もう助からないでしょうが、まだ息のある女性をおいて私を追えますかねぇ?私を追えばこの者達がその女性を始末してしまいますよ?見た目が美しい女性ですから、死んだ後でも僅かな間は楽しめるでしょうし。ククク…どうします?」
赤ローブは下種な笑みを浮かべながら入り口に向かって歩いていく。ルドルフが阻止しようとするが、黒ローブの男達がリレーアさんに向かおうとするのを見ると動くに動けなかった。
「それでは、御機嫌よう」
「ま、待ちなさい!」
ルドルフが声を荒上げるが、赤ローブはそれを笑って答えながら幾人かの黒ローブの男達と共に去っていった。
すぐにでも追いかけたいが、残った黒ローブ達をそのままにしておく訳にもいかない。
「っく!覚悟!」
ルドルフはその場に残った黒ローブに向かって短剣を構えて攻撃を繰り出す。しかし、いつもの得物と違うことによる動きにくさと、黒ローブの男達の目的が時間稼ぎであり、慎重にこちらの動きを伺ってくるということが合わさってすぐに倒すことが出来なかった。
---イサミ(少しだけ時間が遡る)---
「ふぅ、さっぱりしたぁ!」
俺は風呂から上がってから、腰にタオルを巻いた姿で休憩をしていた。ここで牛乳とかあれば格別なんだけど、そこまで贅沢は言えないよな。
「(さてと、明日から何するかなぁ。やっぱり冒険者ギルドでランク上げ?でも、今はそこまでお金に困ってないし…。なら、レベル上げかな?)」
今後のことについて考える。そして今更ながらこれからどうするか考えてなかった事に気付く。エルフ国に行くための船がある港町に向かうまで、まだ十日ぐらいあるので結構時間があるのだ。
「うーむ…、ここはもう少しお金を貯めて、お、大人のお店に行ったり…ん?なんだ?」
ちょっとアダルト的な事を考えていたら、廊下のほうから誰かが走ってくるような音に気付く。そしてその音の主は、そのままイサミがいた部屋の扉を勢いよく開け放って入ってきた。
「イサミ!すぐに来てちょうだい!」
「ギャーー!ちょっと!エルミアちゃん!俺、今ほとんど裸なんだけど!?」
「早く!リレーアさんが大変なの!急いで!」
「え?…わかった!」
エルミアの表情から何か大変なことが起きた事を察した俺は、急いでもうボロボロになった服を着るとエルミアの後を追った。宿の入り口の広間に向かっていると、血生臭い匂いが鼻に入ってくる。一体何が?と思いながら宿の入り口へとたどり着くと、そこらじゅうが血で汚れており、そんな中でルドルフさんが複数の黒ローブの男達と戦っていた。奴らは一体?
「「ルドルフ!」さん!?」
「お嬢様!イサミ殿!私のことより、すぐにリレーア殿を!」
その言葉にエルミアが頷き、「イサミ!こっちよ!」と俺を案内する。案内された先には、剣で斬られたのか、見ているだけで気分が悪くなるような大きな傷から大量の血が流れ出しているリレーアさんが倒れていた。正直、まだ生きているのか分からないほどだ。
「イサミお願い!助けられる!?」
エルミアが俺に懇願してきたので、俺も急いでリレーアさんのところに向かい、首元に手を当て意識を集中する。…僅かに、本当に僅かに脈があることが分かった。
「(よし!まだ生きてる!)今助けます!リレーアさん!」
俺は、悪いと思いながらもリレーアさんの服を脱がす。いつもの俺なら「うひょう!生○!」と喜び勇んでいるんだろうけど、今は非常事態。そんなことをしている気分にはならなかった。俺はすぐに、傷の上に手を当て回復するように意識を集中し始めた。




