この印籠が目に……目がぁ!?
俺たちは眼鏡をかけた男の家から出てから、ルノリックさん達と出会った公園に戻っていた。辺りはもうすっかり日が暮れて真っ暗になっていた。
「あの…、これはどうすれば?」
ルノリックさんから渡された小瓶を持って、困ったような顔をしていたリルリカちゃんが聞いてきた。
「お嬢さん、改めてお聞きします。その薬を譲っていただきたい。対価は…そうですな。200万アルム(金貨20枚)でどうでしょうか?」
「そ、そんなにいりません!」
「ふむ、そうですか?では100万アルムでいかがですか?これが最低価格ですからな。これ以上は下げることはできません。先ほども言いましたが、その薬はそれだけの価値があるのです」
「わ、分かりました」
「交渉成立ですな。それでは…」
ルノリックさんが懐から小さな袋を取り出すと中から金貨10枚を取り出し、リルリカちゃんに手渡した。
「お確かめください」
「うわぁ…」
恐らく初めて見た金貨に驚いているのだろう。しばらくの間、ぼ~っと金貨を見ていた。そして、ハッと何かを思い出したかように、俺達に「ありがとうございます!」と何度も頭を下げてきた。
「これから、リレーアさんの所に行くんでしょ?私も一緒に行くわ。説明が必要でしょうし」
「本当!?ありがとう!エルミアさん!」
「あっ!なら、わいも行くわ。ムフフ…、リルリカちゃんがこんなに可愛いんやから母親はもっと美人なんやろうなぁ…。はぁ、人妻!最高!!」
「それじゃ、また後でねイサミ」
「イサミさん!本当にありがとうございました!また後で!」
「ほなな~」
マロクの言葉が心配になったが、リルリカちゃん達三人はリレーアさんの所へ向かっていった。後には、俺とルノリックさんだけが残っていた。
「さて…イサミさん。お話があるのですがよろしいですか?」
見逃してくれなさそうな雰囲気を出しているルノリックさんに対して、俺は頷く事しか出来なかった。俺とルノリックさんは近くのベンチに座った。周りには誰もおらず、近くの家の窓から出る光がやけに眩しく見えた。
「イサミさん。この薬はただの薬ではありません。その事は分かっていますね?」
俺は頷く。
「本来ならこの薬は国で管理されるレベルの薬です。そんな薬がどうしてあなたが持っていたのでしょうか?」
「………」
俺は答える事ができず、ただ黙るしかできなかった。マンドラゴラ等を取りこんで生成しました、なんて言っても信じてもらえないだろうし、何よりそれをルノリックさんに話してもいいのかが分からない。
「話してもらえませんか?……それとも私が信用できないのでしょうか?」
「……!?」
違うと俺は首を振る。
「いえ、そのように無理せずともよろしいですよ。そうですね、流石に素性が分からない商人に、自分の秘密を話すのは愚か者のすることですな。…しばし、お待ちを」
ルノリックさんは背中に背負っていた大きなリュックを降ろすと、中から何かを取り出し「これを」と見せてきた。見た感じ小さな銅板で出来ており、中央にリンゴがあってリンゴの下にスコップとピッケルが交差している紋章の様なものだ。何かのエンブレムだろうか?
「“これは?”」
「おや?これを知りませんでしたか。これは商人ギルドのエンブレムでして、商人ギルドの幹部クラス以上の人間が持つ事が出来る物なのですよ」
へぇ~。と俺はエンブレムを見つめているとルノリックさんがエンブレムを見せながら俺に聞いてくる。
「これが私の正体を証明できる物です。(…まぁ、これだけでは全部分からないでしょうけど)このエンブレムに誓って、あなたから教えて頂いた情報を広めたりしません」
俺は、もう一度ルノリックさんを見る。恐らく、これは話すまで逃すつもりはないのだろう。俺は一度溜息をついてから考える。この人にどこまで話すべきかを。
『全て話す事は無いだろう。異世界から来て不思議な力を手に入れたと言っておけば良い』
「(確かに、それで良いかもしれないけど、薬はどうやって手に入れたのかを説明しなければならないだろう?“豊穣の息吹”は今はできないぞ?)」
『イサミ、何の為の夢幻なのだ?この者に夢幻を掛けて“豊穣の息吹”を再現すれば良い。小瓶の代わりに今は適当に何かを見つくろっておけ』
「(なるへそ!小瓶の変わりは吐草を入れてた袋で良いか。しっかし、相変わらず無茶ぶりを言うヤシロ先生は健在だぜ!)」
無言のまま俺が考えている間も、ルノリックさんはこちらを見ていた。俺は、一度周りに誰もいない事を確認する。誰もいない事を確認すると、体の向きをルノリックさんに向き直し、ローブを脱いだ。
「ッ!?オ、オーク!?」
ルノリックさんは驚いて立ち上がる。俺は口に右手の人指し指を当てて静かにするように伝える。ルノリックさんもしばらく口をパクパクさせていたが、オークに対する恐怖よりも好奇心が勝ったのだろう。ゆっくりと頷いてからベンチに座りなおした。ルノリックさんが座るのを確認するとローブを再び被りなおす。
「これは…驚きましたな…。人間族にしては身長が大きいと感じていたので、もしかすると獣人かと思っていましたが、よもや魔物のオークだったとは…」
俺は獣人がいるのか!と思いながら、俺がこの世界の住人ではなく異世界からやってきた事、その際、なぜか人間からオークに転生していた事を話す。少しずつ魔力をルノリックさんの周囲に流しながら、最後にこの世界にやってきた時に不思議な力を手に入れたと伝える。ルノリックさんは、聞いた話に驚きながらもどこか納得したような顔をしていた。
「なるほど、つまりイサミさんはこの国の勇者であるアヤカ様達と同じ世界からやってきて、なぜかイサミさんだけそのような姿になってしまわれたと言う事ですな?その際に、不思議な力を手に入れてこの薬を手に入れたと」
俺は頷いて答える。
「信じがたい話ですが、異世界からやってきた話はアヤカ様達の事もあって信じる事が出来ます。…実際にどうやってこの薬を手に入れたのか見せてもらう事は出来ますか?」
やっぱりそうなるよなと思いながら、俺はある特定の条件下でしか発動できない事、そして今だと簡単なものなら出来ないと伝えた。
「それでも構いません。お願いします」
俺は頷いてからこっそり夢幻を発動する。右手から花が咲いて袋が出現し、左手に袋が落ちる動作をイメージする。夢幻を発動してから右手を突き出す。左手には既に袋を持ったままだが、夢幻が発動しているので本物の袋は見えていないはずだ。
「なっ!?これは一体!?」
夢幻が成功しているのか、ルノリックさんが俺の右手を凝視している。今のルノリックさんには、俺の右手から花が咲いているように見えているはずだ。
「ふ、袋が出てきた!?」
ルノリックさんの視線が俺の左手に移った事を確認すると、そこで夢幻を解除する。その事に気付かないルノリックさんは、ただ驚いたように俺があらかじめ持っていた袋を凝視していた。俺に袋を触っても良いかと聞いてきたので、頷いて袋をルノリックさんに手渡す。ルノリックさんは何度も袋を確認していた。
「こ、これは…。どうやら話は本当の様ですね…」
ルノリックさんは尋常じゃないぐらい汗をかいており何度もハンカチっぽい布で顔を拭いていた。
「“信じていただけましたか?”」
「は、はい…。実際にこう見せられると信じるしかないですね。うむむ…」
ルノリックさんは「ありがとうございます」と袋を俺に返しつつ、何かを考えるように唸っていた。ルノリックさんを騙している事に少し罪悪感を感じたが、全て話して自体が良くなるわけではないと考えて我慢した。実際、異世界から来た事はヤシロ以外にはエルミアにすら話していないのだから(単に話すきっかけが無かっただけだが)、これでも十分秘密を話したと言える。
そんな俺の自己満足を余所に、今もルノリックさんは悩んでいたが、決めたと言わんばかりに頷くと俺に向き直した。
「イサミさん。大変興味深い話をしていただきありがとうございます。お礼と言ってはなんですが、私の本当の正体についてお話します」
俺は首をかしげた。さっき商人ギルドの幹部クラスである教えてもらったばかりだと言うのにこれ以上何の正体があるんだ?と思ったからだ。
「すみません。先ほどは嘘を半分言ってしまいました。私は…」
俺はうんうんと催促するように頷く。
「私は、第25代目商人ギルドの長をやっております。」
「……」
「……」
えっと、つまり…お偉い様?そんな人に俺は夢幻で嘘をついたり、対等のように横に座っていた訳か…?
「……」
「…あの?イサミさん?」
「ハハアァァーー!!!」
俺はオークの声であるにも関わらず、思わず大声を出しながら土下座をしていた。
ちょっとした物語
よう。覚えてるか?俺だ、キースだ。変なオークを連れたエルフ共と別れた後、俺は財産の半分没収としばらくの間、犯罪奴隷者として働くことになった。正直、こんな判決ですんでホッとしてる。普通なら死罪でもおかしくなかったからな。だが自分の知ってることを全て正直に話すと、減刑されたのさ。まったく馬鹿な奴らだぜ。今は、罰として雑用依頼をこなしているが、いずれ護衛依頼を受けてそん時に逃げて自由になってやるぜ。…まぁ、俺も反省している。次からはちゃんと獲物を選んで仕事をするようにする。あの三人組には絶対敵対しないようしないとな。特にあのオークはやべぇ!こいつは何か秘めてるぜって臭いがぷんぷんするからな。まぁとにかく、今は素直に依頼をこなしてやるさ。ん?新しい依頼だと?まぁ、ゴールドになれると言われた元シルバークラスの俺にかかればへっちゃらよ!んじゃあ、またな!
続く…?




