露理魂紳士という名の豚
「お願いです!マンドラゴルの花を取ってきてください!」
リルリカちゃんの声がギルドの中を響き渡り、一瞬ギルドが静まりかえった。横のエルミアが「あれ?リルリカちゃん?」と言って不思議そうに見ていた。他の冒険者たちも声を発したリルリカちゃんに目を向けるが、少女だと分かると途端に興味が無くなったかの様にギルドが再び騒がしくなる。だが、何人かの冒険者は少女に向けて声を発する。
「おいおい。誰だよこんなところに嬢ちゃんを連れてきたのは?」
「帰んな!ここは子供が来る所じゃねぇんだよ」
「お、お嬢ちゃん…ハァハァ!」
ほとんどが少女に向かって暴言を吐いている。中には犯罪臭がするような声もあった気がした。
「大体、お前さん金はあんのか?」
やや年をとった冒険者の1人がリルリカちゃんに尋ねる。
「お、お金はあまり無いけど…、貯金したお金全部あげます!」
「ほう?それで、どれくらいあるのかな?」
リルリカちゃんがポケットからがま口財布を取り出すと、財布を逆さまにして中身を取り出す。財布から銀貨小が一枚銅貨大と小が幾つか出てきた。
「これだけしかないです…」
またしても一瞬、ギルドが静まりかえる。そして、耳を塞ぎたくなるぐらいの笑い声がギルド中からあがった。
「わっはっはっは!!」
「ひっひひひ!おいおい!子供のお使いじゃないんだから!」
「あ~!腹いてぇ!!」
そこらじゅうから笑い声が聞こえる中、リルリカちゃんは小さく震えていた。
「(っむ!俺を呼ぶ声がする!)」
「ちょっと!いい加減に!って、イサミ?」
エルミアが冒険者たちを注意しようリルリカちゃんの元に行こうとする前に、俺が立ちあがり少女の元に向かう。
「はっはっは、帰んな!マンドラゴル討伐は最低でも四万アルム(銀貨大4枚)はいるぜ!」
「あぁ!なのに、たったこれぽっちじゃ誰も受けねぇよ!」
「子供は帰って遊んでな!いい加減な気持ちで命を掛けた仕事を頼むんじゃねぇよ!」
「いい加減な気持ちじゃないです!本気なんです!」
冒険者たちの言葉にリルリカちゃんは震えた声で反抗する。目には小さな雫が溜まっている。
「私本気だもん!お母さんを助けたいんだもん!」
そう言うとリルリカちゃんはヒックヒックと泣き出してしまった。それを見て、冒険者たちは興が覚めたような雰囲気になっていた。
「あ~あ、泣き出しちまった」
「っけ!これだからガキは嫌いなんだ!」
「ふ~、白けちまった。酒でも飲むかな」
ほとんどの冒険者がその場から立ち去って行ったが、ガラの悪そうな男が泣き出したリルリカちゃんに苛立ったのかその場に残って声を荒げていた。
「ッチ!ガキが!泣けば誰かが助けてくれると思ってんのか!?さっさと出ていけや!」
男がリルリカちゃんに手を伸ばして追い出そうとした。だが、その手がリルリカちゃんに届く事は無かった。
「!?なんだぁ!?テメェ!」
「……」
俺は横から男の腕を掴んで止めていた。腕を掴んだ時、この男は手加減なしにリルリカちゃんを追いだそうと言う事が分かった。まったく…、大の大人が子供に何してんだか。大人なら子供には優しくしねぇといけないと教わらなかったのか?…あれ?教わった気がしないかも。てか、俺ってまだ大人じゃないんだよな。…色んな意味で。
「おい!手ぇ離せや!」
「……」
男は無理やり俺から腕を離そうと力を入れるが、俺はそれを許さず更に力を入れる。正直、今のこいつを見ても怖いとは思わなかった。むしろ、子供相手になに手を出そうとしてんだと怒りが湧いてきた。
「っぐ!?てめぇ!いい加減にしろや!」
「………」
「ぐぁっ!?ちょっ!?まてっ!!」
「………」
「わ、わかった!わかったから!!俺が悪かった!だ、だから、離してくれぇ!!」
「………」
俺が腕に力を込めるたびに、男の顔色が青くなっていく。まだまだ許しがたいが、これ以上は必要ないと思い力を緩める。男は腕が解放されると、俺をキッと睨んで「くそっ!覚えてろよ!」とおなじみのセリフを良いながらギルドから出て行った。出ていく時に悲痛な顔で腕を抱えていたが、そこまで力は入れてないと思ったんだがな?まぁどうでもいいや。
俺は未だに泣いているリルリカちゃんの肩に手を置く。リルリカちゃんはビクッと驚いて俺を見上げて来て、「イサミさん…?」と信じられない様な口調で言ってきたので、俺は正解だと言うように頷く。
「~ッ!?イ、イサミさぁ~ん!!」
リルリカちゃんが泣きながら俺に抱きついてきたので、優しく背中と頭を撫でてあげた。断じてやましい気持ちは無い。今の俺は露理魂紳士なのだ。決して、リルリカちゃんの明るい茶色の髪を撫でるたびに良い匂いがするぜ…。なんて思ってないぞ!?
そんなどうでも良い事を考えながら、しばらくの間、撫でてあげていると横からエルミアが声をかけてきた。
「イサミ、ひとまずここから出ましょ?」
俺は頷いて、リルリカちゃんを持ち上げる。片腕にお尻が乗る形で持ち上げたので、リルリカちゃんが俺の首に手をまわして抱きつく形になる。顔が見えないか心配だったが、だれも反応しない所を見ると見えていないようだ。
俺たちがギルドから出ようとすると、後ろからリルリカちゃんに幾ら持ってるか聞いた冒険者が声をかけてきた。
「待て、お前さんマンドラゴル討伐を受けるのか?残念じゃがそれは無理だ。朝からここで飲んでいて見ていたんだが、お前さんアイアンじゃろう?」
良い大人が朝から飲んでたんかい!と突っ込みたくなったけど、突っ込めない今の状況(オーク状態)が恨めしい。
「あぁ?アイアンかよ。なんでぇ見かけ倒しかよ」
「でも、さっきの奴はシルバーだぜ?」
「知らねぇよ。所詮、アイアンなんて雑用依頼しか受注出来ねぇんだからよ」
「そりゃそうだ!残念だったな!デブ!」
デ、デブ!?そりゃ、確かに今の俺は恰幅が良いけども!?
「ほっときなさい。行くわよイサミ」
俺は頷いて、今度こそギルドから出た。そもそも、討伐を受ける気はない。だって、
「(もう討伐しちゃってるしなぁ…)」
俺は誰にも言えない秘密を心の中で呟いていた。
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ギルドから出て、近くの広場にある長椅子にリルリカちゃんを座らせてから、両隣りに俺とエルリカが座る。
「リルリカちゃん、一体どうしたの?」
「……」
リルリカちゃんは何も答えてくれず、ギュッとスカートを掴んで足元を見ている。
「……」
「大丈夫、怒ったりしないから。ね?」
「………れるって言ってたの」
「え?」
最初の方が声が小さすぎて聞こえなかった。
「ごめんね、もう一度言ってくれないかしら?」
「近くのお医者さんがマンドラゴルの花は高く売れるって言ってたの!」
なるほど、医者からマンドラゴルの花の話を聞いてギルドに来たのか。多分、花と言うからそんなに危険が無いと思っていたんだろう。だから、少ない所持金でも何とかなると考えてギルドに向かったのかな?高く売れるなら依頼料も高くなるという考えには至らなかったのは、子供だから仕方ないと言える。
「それで、ギルドに?」
「うん…。お金がなくてもモノ好きな冒険者なら取ってきてくれるかもしれないって、お医者さんが言ってたから」
…なんかその医者無責任な事を教えてないか?
「なるほどね。…残念だけど、リルリカちゃんの依頼を聞いてくれる冒険者はいないと思うわ」
「どうして?見た事ないけど、お花なんでしょう?エルリカさんお願いします!採って来てくれませんか?」
「マンドラゴルは魔物の一種でとても危険な生き物なの。確かに私なら討伐は出来るけど…、今から向かっても、もう討伐されていると思う。リルリカちゃんが言うように花は高く売れるから、多分譲ってもらえないわ…」
「えぇ!?そうなの?」
「うん…。ごめんなさいね」
そんな…と言いそうな顔で落ち込むリルリカちゃん。
「聞いてもいい?どうして、花を売ろうとしたの?お金が欲しかったの?」
「うん…。売ったお金でお母さんを助けたかったの…」
「え…?」とエルリカは声を失う。借金の事は昔から知っていたのだろうが、リルリカちゃんがお金を稼いでリレーアさんを助けようとしているのには俺も驚いた。だって、リルリカちゃんの見た目は小学生くらいなんだぜ?
「私、もう二度とお母さんがいなくなるのは嫌なの!」
リルリカちゃんがやや強めな口調で言う。なにやら込み入った理由がありそうだ。
「……」
「……」
なんて声をかければ良いか分からないと言った感じに、エルミアは黙り込んでしまった。ううむ…。この雰囲気では、俺がもう討伐して花ごとペオルの裂け目に突っ込んじまったなんて言えない。
「(ヤシロ、マリン。何とかならんかね?)」
『(我は知らん)』
『(一度裂け目に入れちゃったからねぇ)』
「(だよなぁ…)」
『(でも、花は無理だけど、花の代わりになるものなら何とかなるかも)』
「(ん?何か方法があるのか?)」
『イサミちゃん、夢幻を使って周囲に見られないようにペオルの裂け目を発動してくれる?そして、裂け目に持っている吐草を全て入れてみて?』
「(分かった)」
未だに落ち込んでいる2人をよそに、俺は足元に夢幻を発動させ、小声でペオルの裂け目を発動する。魔力も抑えての発動だったので、いつもより小さな裂け目が出来た。そこに俺は持っている吐草をこっそり全て放り入れる。全て入れてから裂け目を閉じて見ると右手の甲に違和感を感じた。
「(あれ?これって?)」
『(あぁ、やっぱり足りたわね。今回は医療薬で使われるものばっかり入れたから、それに近いものが出てくるはずよ。)』
「(マジか。まぁいいや。ちょっと2人を驚かしてみるかな)」
俺は落ち込んでいる2人に向かってメモ帳に文字を書いて見せる。
「“今から手品をお見せしましょう”」
「「手品?」」
2人は頭にはてなマークを浮かべながら首をかしげている。っく!可愛いふたりがそろってやると爆弾級だぜ!ととっ!そうじゃなくて!
俺は周りに誰もいない事を確認してから右手を2人の前に差し出す。
「豊穣の息吹!」
俺が魔法を発動すると俺の右手から花の芽が咲く。
「うわぁ!」
「な、なに!?」
ふふふ、驚いている驚いてる!俺も初めては驚いたからな。今も結構驚いてるけどね!
2人が驚いている間にも、花の芽は成長し花が咲き散らす。そして、小さな小瓶が実った。
「(うおおおい!小瓶って!?なんでも有りかよ!?)」
「「小瓶が出てきた!?」」
俺も2人も驚きが最高潮に達した時に、プツンと小瓶が花の先から千切れ、リルリカちゃんの膝の上に落ちた。
「え?え?」
「ちょっ!どういう事!?イサミ!?」
「(俺も聞きたいです!?)」
俺は慌ててメモ帳に「“手品です”」と書いたが、エルミアは信じていないようだ。まぁ、俺もこんなの初めて見たら信じられないわな。
エルミアが俺に質問している間に、リルリカちゃんは小瓶を持って眺めていた。そんな時に、後ろの方から声がかかった。
「おや?イサミさんとエルミアさんではありませんか?」
「お?ホンマや!おひさ~!」
俺とエルミアが後ろを振り返ると、そこには王都に向かう時に一緒に馬車に乗った商人ルノリックさんとその弟子のマロクが立っていた。




