マリン
ガルゥアアアアア!!
夢幻にかかった巨大狼が木に向かって威嚇している。何度か爪で引き裂こうとしているが傷つくだけで悠然と立っている姿に警戒しているんだろう。そんな光景を見ながら瀕死のキースに急いで近づいた。
「まだ生きてるか?うわっ!グロイ……」
背中と左腕からは大量の血が流れ、僅かに白い骨が見える。思わず胃の中からこみあげてくるモノを必死に抑えながら、座り込んでキースの背中の傷の上に手を置き治療を開始する。
「(俺が最初の時やった時も重症だったけど、こんなに重症でも治せるのだろうか?うまくいけばいいけど…)」
『イサミ。エルフの娘の時もそうだったがこれは何をしているのだ?』
ヤシロが俺の行動がよく分からないと聞いてきた。
「(え?何って治療だけど?多分、回復魔法か何かじゃないの?)」
『確かに回復魔法は存在する。だが、あれは発動がかなり難しい上にエルフの時のように、一度で何種類の症状を治すのはできないはずだ』
「(そうなの?でも実際出来てるし。多分だけど、転生した時の特別スキル的な物じゃないかな?)」
『うむ…?そうなのだろうか?だがこの力はまるで…』
「(まるで?)」
『いや気にするでない』
ヤシロと話している間にも、手のひらに魔力が集まり溜まっていく。そして手が熱くなり若干光り出すと、手を通して傷口が光に包まれていく。
光が収まるとキースの背中の傷が初めから何もなかったかのように綺麗に消えていた。
「よし!次は腕か…」
見るからに痛々しい。触れるのも若干嫌になるが、仕方がない。俺は腕の傷口に触れて治療を開始する。先程と同じ様に、手のひらが熱くなってくる。
「…ッ!?熱ッ!?」
途中で我慢できないほどの熱さになり俺は手を離してしまう。
「流石に、これは治療は無理か?」
『イサミ、両手でやってみたらどうだ?』
「両手?」
今までは片手でやってきたので、両手でやったことはない。「片手でだめなら両手で」 やや幼稚な考えかもしれないが、片手で行うよりは効率的かもしれない。
もう一度治療を開始する為に、傷口を両手で左右から触れる。少しずつ手が熱くなってくる。だが、今度は我慢できないほどじゃない。
「(怪我が治るイメージを!腕が何事もなかったようなイメージをするんだ)」
俺は目をつむり、必死に治療をイメージする。
治療に専念してからしばらくすると、膝に何か当たった気がした。だが巨大狼はまだ後方で木と交戦中の音が聞こえるので、気にせず放置した。そして、手のひらから熱さが消えるとようやく目を開けた。
「よっしゃ!これで傷は防げただろ…う……??」
俺は自分の目を疑った。なぜなら、狼に食われたはずのキースの左腕が生えていたからだ。どこにも傷がない。元通りになった左手の指先は俺の膝に当たっていた。さきほど、何か膝に当たったと思ったのは彼の指だったようだ。
「す、すっげぇ!?回復魔法って優秀だな!これじゃあ、医学なんていらないな!」
『うむぅ!?イサミ、さっきも言ったがこれほど優秀な回復魔法なんて普通はあり得んぞ。我もこのクラスの回復魔法を使える奴は1人しか知らん』
「へぇ、でも1人はいるんだろ?」
『イサミ、1人しかいないのだ。非常に稀有な存在である事を理解せよ。恐らくエルフの娘もこの魔法を見たからイサミの事を気に入っているんだろう』
「あぁそういうことか。でも、エルミアが気にいるってことは、ヤシロの言うもう一人って有名人?」
もしかして、世界的に有名な賢者とか!?
『いや、恐らく知らぬ。イサミのことも単に見た事もない回復魔法を使え、一度で複数治療できる上位クラスの回復魔法を知っている珍しいオークぐらいとしか思っていないだろう』
「そうなのか…。しかし、有名でもないのなら、なんでヤシロが知ってんだ?」
『そやつが我の友の一人だからだ。…もう生きてはいないがな』
「あ。…そっか、悪い」
『気にするな。何の因果か…、まさか会いに来た友の力に似たモノをお主が持っているとは…。やはり、お主と会えてよかった』
「あぁ。…ならいつかエルミアちゃんに頼んでその友人の墓参りに行かないとな!」
『イサミ…』
とりあえず、まだ気絶しているキースの両足を千切れていた縄で、簡易ではあるが結びなおし、今も攻撃し続けている巨大狼の方を見た。あちらでは小振りな攻撃とはいえ、どれだけ攻撃しても平気な木に苛立っている姿が見える。
グワァアアアア!!
渾身の力を込めての一撃だったのか、狼の顎の一撃で木が噛み砕かれる。すげぇ…。こんなのまともに相手したら絶対生き残れないな…。
ウォオオオオーーーン!!
遂に倒れた木に向かって勝利の雄たけびを上げる狼。その光景を見ながら俺は金剛を発動した。そして魔力が右手で固まるのを感じると、隙だらけの巨大狼の腹に向かって右ストレートをかました。
ドゴッ!
ギャッッン!?
殴った瞬間、バキバキッ!と右手に何かが砕ける感触を感じながら、一気に右手を振りぬいた。体格の大きい巨大狼が吹き飛んでいく。地面を跳ね、物凄い勢いで木にぶつかってようやく止まる。
「最初の時も思ったが、金剛って防御と攻撃。どっちにも使えるな」
『イサミ。感心するのもいいが、早くとどめを刺してやれ。長く苦しめるのは好かん』
ヤシロの言葉に頷いて、俺はとどめを刺す為にブロードソードを抜く。拳では大打撃を与えられても命を刈り取るのは難しい。頭を潰せばいいのかもしれないが、俺に出来るかは分からない。
弱々しくも立ちあがろうとするが、再び倒れてしまう巨大狼を見ると心が痛む。だが、自分を叱咤して剣を構える。狙うは額の第三の目だ。
「…ふんッ!!」
ザシュッ!
額の目ごと頭を貫いた際、大量の血が飛び出した。そして、剣を通して巨大狼の命が消えていく感覚が伝わってくる。静かに痙攣が止まっていき、完全に巨大狼が動かなくなる事を確認すると、ゆっくりと剣を引き抜いた。
『よくやった、イサミ』
「あぁ…、あとは、死体をどうするかだな」
出来るだけエルミア達には俺がこいつを倒した事は知られたくない。知ればどうやって倒したのか聞いてくるだろうから。
夢幻の事は出来るだけ伏せておき、俺にとっての切り札にしたい。…エルミア達に秘密にするのは気が引けるが。
『それなら、私に任せてくれないかしら?』
「ヤシロ?…いや、違うな。誰だ?」
ヤシロと同じように頭の中に声が響くが今まで聞いた事のない声だった。
『私?そうね…。私も名前がないから頭のように名前を付けてくれないかしら?』
『イサミ、こやつは我ら7頭の一つだ。どうやらお主に力を貸してくれるようだ』
「なるほど。うーん…なら…マリン…で。女性っぽいし」
しばらく考えていた俺は、咄嗟に思いついた名前に決めた。
『分かったわ。イサミ、改めてよろしくね!ところで、話の続きだけど私の力を使えば死体を跡形もなく消せるわよ』
「マジか!?どうやるんだ?」
『簡単よ~。地底深くからあなた自身の魔力を呼び出すイメージをして。その時の魔力の形は扉をイメージしてね?』
「…決して簡単ではない気がするんだが?ヤシロもそうだったけど、マリンも結構無茶ぶりが凄いぞ?」
とりあえず言われたとおりにイメージをする。今までは自分の中にあった魔力を対象に流し込む事に対して、今度は地底深くから呼び出すイメージをする。
『…へぇ。さすが、頭…。いえヤシロ様が認めただけあるわ。見事ね』
『うむ、我が思っている以上に魔力の操作が上手になっているな』
ヤシロとマリンが俺を褒めているのでイメージ的には間違ってないようだ。後は、イメージした扉を呼び出すだけ…なんだがどうもそれがうまくいかない。
『そういえば教えていなかったわね。魔法発動言語は「ペオルの裂け目」よ』
「そういうのは最初に教えてくれよ…」
愚痴りながら俺は魔法を発動する。
「ペオルの裂け目!」
俺の言葉に反応して、近くの地面が盛り上がる。そして、地面の中から分厚い岩で出来た扉が地面に対して平行に出現し、重々しく扉が開いた。中は、"何も"ない。扉の向こう側は本来見えるはずの地面がなく、扉の奥は暗闇しかなかった。まるで、底の見えない谷の裂け目を見つめているようだ。
「ひえぇ…」
『そこに、その死体を入れるの』
「や、やっぱりそうなの?ちなみに俺が入ると?」
『条件に合わないものは入れないわ』
「条件?それは?」
『そうね~、まず生きてるものは無理、後は発動者の所有物ではない事かしら…と言っても曖昧なところもあるけどね。とにかく、イサミが入ることはないわ』
「そ、そうか、ちょっと安心」
俺は、巨大狼を引っ張る。体が大きいので担ぐ事が出来ず面倒だったが、何とか扉の中に入れる事が出来た。入れ終えると独りでに扉は閉まり、始めからそこに何もなかったかのように消えていった。
「おぉ、ホントに消えた」
『消えるだけじゃないわよ?今の捧げものはかなり上物だったから一匹でいいはず。…イサミ。体に違和感がない?』
「うん?いや、特にはな…ん?」
俺は右手の甲に違和感を感じた。なにやらむずむず動いているような感覚がする。だが、怪我をした覚えはないし見たところ特に異常はないはずだが?
『イサミ、今度はこの魔法よ「豊穣の息吹」』
「へ? 豊穣の息吹!って!?うわぁ!?手から花が!?」
魔法を発動すると右手の甲から芽が出てたちまち成長し花が咲いた。そしてすぐに花が枯れて花の中央に綺麗な石?ができた。
『ペオルの裂け目で大地に捧げた物に応じて大地が豊穣の息吹を通してお返しをしてくれるわ。と言っても、今回は一匹で良かったけど、本当は何回か捧げないといけないけどね』
「す、すごいけど、ちょっと気色悪いんだけど?」
『大丈夫よ、イサミに害は全くないわ』
マリンが言い終わると花から出来た綺麗な石がポロリと地面に落ち、手の甲の花は跡形もなく綺麗に消えていった。俺は石を拾って眺めてみる。緑色で非常に透明度が高い石だった。石を通して微かに向こう側が見えるくらいだ。
『それじゃ、またね!そろそろエルフの娘がくるみたいだし』
「あぁ、ありがとうマリン」
『いいのよ~』と言いながら頭の中からマリンの気配が消えていった。俺は手に入れた石をしまいながらキースと自分に土や木の葉を体に付ける。逃げ回ったような感じにしないといけない。いい感じに汚れると、気絶しているキースを担いで、その場から少しだけ来た道と違うところに行く。しばらく休んでいると、俺が先ほどいた所の近くにエルミア達が来たのを匂いで分かった。
「さて、行くか」
俺は肩にキースを担いで巨大狼からなんとか逃げ切った感じを装うように、軽く息をつきながらエルミア達の元に走っていった。




