異常進化
はみ出し者のことを英語でmisfitって言うそうです。
「はぁ…、情けねぇ……」
「イサミ?何か言った?」
「なんでもない…」
俺は今、エルミアの馬に一緒に乗っていた。馬に乗ったあの後、馬が暴れる事はなかったのだが自分の行きたい方向に進む事ができなかったのだ。なので、結局エルミアと一緒に乗ることになった。
「イサミ、ちゃんと私にしがみついてね?落ちたら大変だから」
「ほーい」
エルミアの細い腰に腕を回す。体格差があるから俺がうずくまってエルミアを抱え込んでるように見えるかもしれない。…決して変な事は考えていないからな!ちょっといい匂いとか思って無いからな!
俺はこみあげてくる自分の中の何かを必死に抑えつつ、エルミアにつかまりながら行き先を指で指し示す。
「ん?あっち?…よし!」
人間の速度と馬の速度とでは、かなりの差がある。なので馬で駈けるとすぐにキースの近くまで来る事ができた。だが、キースの他にも何体か匂いを感じる。
「む?お嬢様!こちらをご覧ください!」
「どうしたの? …狼の足跡?かなり…でかいわね」
ルドルフさんが何かを見つけ指さす。その先には犬のような足跡があった。それだけならいいんだが、足跡が俺の知っている足跡とは比べようもないくらいでかい。他にも普通サイズであろう狼の足跡も幾つか。これは群れで行動しているのだろう。
「急ぎましょう。出会ったら厄介です」
「そうね。イサミ!しっかりつかまっててね?」
「わかった!」
俺たちは再び馬を駈けさせた。
---キース---
どれくらい走っただろう?両手を塞がれ碌に呼吸もできないので思ったより移動出来てないかもしれない。すぐに見つかることはないだろうが、まだ安心できないだろう。
「ふー、ふー。…っく!」
一息ついてから上半身を縛る縄をほどこうともがくが、ほどけるどころかゆるくなることすらなかった。よほど上手に縛ってあるようだ。
「(ちくしょう。このままじゃ、逃げても何もできない)」
近くの木の枝を足で折り、折れた先端で縄を切ろうとするがこれもうまく行かない。
「(っち。だめか…とりあえず休むとするか)」
ドカッと音を立てて木にもたれかかり座る。とにかく疲れた。この後、どうするかも考えないといけないが、とりあえず今は休憩が必要だった。
「…ッ!?」
しばらく、休んでいると近くの茂みから音が聞こえた。俺は咄嗟に音がした方向から見えないように木に隠れる。森の中では何と出会うか分からない。まずは様子を見るのは冒険者としては当然だ。
「……」
息を殺し、目を凝らして木の陰から音がした方向に注意を向ける。だが、それがいけなかった。
ガサッ
「……!?」
先程音がした方向から逆の方向から音が聞こえたと思ったら、背中に大きなナイフで切られたような感覚を感じた。背中が熱く、痛い。縄がほどけた俺は、転がりながらもなんとか顔を上げて後ろから現れた奴を見た。
「なっ!?」
そこには、グルルと唸る狼がいた。しかし、ただの狼ではなかった。体は熊のように一際大きい。そして何より俺の睨むのは二つの瞳だけではなく額に大きな第三の瞳があった。それを見て俺は…
「馬鹿な!?異常進化だと!?」
---イサミ---
「(もう少しだな。だけど、キースの近くに大きな獣っぽい匂いがする。こりゃ、運が悪いかなぁ…)」
エルミアにしがみつきながらキースの近くを嗅覚で確認する。しばらく、するとキースのか分からないが血のにおいがした。
「!? こりゃまずいかも!エルミア!急ごう!」
「イサミ?急ぎたいのも分かるけどこれ以上飛ばしたら馬が大変なの。我慢して」
「むぅ…」
エルミアが俺の言いたい事が分かったのに少し驚いたが、確かに正論だったので文句は言えなかった。そんな時、前方から狼が数匹飛び出してきた。普通のサイズだ。
「お嬢様!ここは私が。お急ぎください。もし、この先にあの男がいるのならば危険な状態かもしれません!」
「えぇ、癪だけど放っておくわけにもいかないもんね」
ルドルフとエルミアが馬から降りた。この先は森の中でも木々が多くなっている。それも狼がいる中で、馬で行くのは難しいと判断したからだろう。俺も続いて馬から降りた。
「イサミ!あの馬鹿はどこにいるか分かる?」
「あぁ!こっちだ!」
俺は匂いのする方向に向かって走る。途中、狼が襲ってきたがルドルフさんが迎撃してくれた。そして、ルドルフさんが狼たちの注意をひきつけている間に、俺達2人は森の奥に向かって走り始める。
「お嬢様!どうかお気をつけて。無理だと思ったら逃げてください!イサミ殿!お嬢様を頼みます!」
俺とエルミアは頷きながら進む。しばらく、森の中を進むとキースを見つける事が出来た。背中から大量の血を流し、片腕がない。生きているのか分からないが、それよりも近くの巨大な生き物に俺は衝撃を感じた。
「でっけぇ!?」
「あれは!?異常進化!?」
エルミアが巨大狼の名前っぽいのを言っている。この狼、いや魔物の名前なんだろうか?
『異常進化とは普通ではありえない進化を遂げた生物の事だ』
ヤシロが教えてくれる。つまり、あれは普通ではなく亜種版というわけか…。そりゃあんなのが普通だと恐ろしくて外を出歩けないわな。
「ック!?まさか…異常進化がいるなんて…。イサミ!ここは撤退しましょ!」
「えっ!でも、あいつは!?」
俺たちに気付かず、片腕だったものを咀嚼している魔物の近くに倒れているキースは若干であるが指先が動いている。まだ生きている証拠だ。
「まだ生きているんだよ!?」
「イサミ!言いたい事は分かるけど、お願いだから言う事を聞いて!異常進化は私クラスの冒険者じゃ話にならないの!少なくともルドルフがいないと!」
確かに、ルドルフさんがいれば大丈夫かもしれない。だが、いったん戻ってからこちらに戻ってくるのでは手遅れだ。いくら犯罪者と言っても見捨てるという判断は、平和な日本に住んでいた俺には出来なかった。
「エルミアちゃん!急いでルドルフさんを呼んできて!」
「イサミ!?何をしているの!?」
俺はエルミアの背中を、来た道に戻らせるかのように押し進める。
「イサミ!何をする気!?異常進化がいた以上、あいつの事は放っておきなさい。自業自得よ!」
「それでも、見捨てられねぇんだよ!」
俺は、エルミアから叱られながらも茂みから体を出す。その事に魔物はこちらに気付いたのか、こちらに視線を向けてきた。うっ!?さっきまで気付かなかったが、額に第三の目がある。三つの瞳に睨まれると恐怖で身体が竦む。こ、怖えぇ!
「イサミ!!何してるの!?」
「エルミアちゃんは早くルドルフさんを呼んできて!」
俺は早く行け!と伝える為に、来た道を指さす。
「ッ!?~~~ッ!すぐに戻ってくるから!!」
魔物がこちらに気付いた以上、ルドルフを呼んでくるしかないと考えたのだろう。大いに不満そうな苛立った顔をしながら来た道を走って戻っていった。
「…さてっと」
目の前には律儀にもまってくれた魔物がいる。かなり怖いが、出ちまったもんはしょうがない。それに、勝算がないわけじゃなかった。
「今なら夢幻を使っても問題ない」
俺は自分の魔力を操作し、魔物に向かって夢幻を発動した。
キースが思った以上に、出番があったことに驚き。




