その14
マロクと話してから数日経った。普通ならば長時間、まともに行動できず一人だけで過ごすのは苦痛なのであろうが、俺には話し相手としてヤシロがいたので別段困ったりしてはいなかった。いや、むしろ…
「(ふぅ~…。これで良いか?)」
俺は今、腕に魔力を込めて金剛を掛けている。それだけならいつも通りだろう。だからここからもうワンステップ進む為の事をする。それは
「(金剛解除…金剛!)」
腕にかかっていた金剛を解いた瞬間、直ぐにまた新たに金剛をかけなおす。これを延々と繰り返していた。
今までは咄嗟に金剛をかける事が難しく、金剛に集中して行ってから、行動を開始すると言う手間が掛かっていた。それではいざと言う時に困るかもしれない。幸いな事に時間はある。なので無駄な手間を無くすべく、直ぐに金剛をかけつつ行動を開始できるように、牢の中でずっと練習をしている。練習を繰り返すうちに金剛をかける際、魔力が反応しているかのように腕に電気が走るようにバチッ!バチッ!と音を立てるようになった。傍から見れば、結構恐ろしい光景かもしれない。
『うむ、見事だぞイサミ。大分上達したな』
ヤシロの賞賛に照れつつも金剛の練習を繰り返していると、牢獄の入り口が慌ただしくなってきた。
「(なんだ?飯の時間にはまだ早い気がするが?)」
あれからも何度か兵士が飯を持ってくるたびに嫌がらせをしてきた。だが、俺がまったく気にする事が無く意味が無いと感じたのか、ここ最近はただ飯を置いていくだけになった。フッ、なんか勝った気分になった。
と、それは多分関係ないだろう。となると、遂に追放の為の準備が整ったのだろうか?
「(やばいな。まだコレと言って現状打開策が思い浮かんでいないんだけど…)」
少し慌てながらも牢の入り口を見ようと顔を鉄格子に近づける。そこで、牢獄の入り口の扉が開いた。
「(ん?メイド?)」
入ってきたのは何時もの兵士の他にメイド姿の女性エルフだった。エルミアの館では見たことが無い顔だ。あんな可愛いらしい女性エルフ達の顔を俺が忘れるはずがないんだけどなぁ。まぁ、もしかすると会っていないだけかもしれないが…。
そんな事を考えている内に、メイドさんは俺の牢の前にやって来た。
「あなたがエルミア様の言っていたオークですね?」
はぁ。多分、そうなのではないでしょうか?と首を傾げる。
「エルミア様がお会いして話す事があるそうです。すぐにここから出てください」
そうメイドさんが言うと、彼女に付き添っていた兵士のエルフが牢の扉を開けた。
久しぶりに立ち上がる。すると、体が俺の意に従わずに勝手にふらついてしまう。しばらくの間、まともに筋肉を動かしていなかったせいだろうか?
だが、そんな事お構いなしと言わんばかりに「早くして下さい」とメイドさんは急かしてくる。
「それでは此方に来て下さい」
牢獄を出ると、空は暗くなっていた。魔法によって灯されている街灯が少し眩しく感じる。っと、そんな事を気にしているとメイドさんがさっさと進んで行ってしまったので、俺は慌てて後を追った。
メイドさんの後を追って夜の街を進んでいくと、とある広場にたどり着いた。時間が時間なだけに広場には俺とメイドさん以外誰も居ないようだ。
「(…ん?どうしたんだ?)」
目的の場所はまだだというのに、メイドさんの足は完全に止まってしまった。そして、ゆっくりと俺の方に向いた。
するとどうだろう。急に潤んだ瞳で俺を見上げてくるではないか。ん?なんで?
「私…貴方を一目見た時から…ずっと気になっていたんです」
「(へ?会った事無いと思うんだけど?)」
なんか変じゃないか?と思っている中、メイドさんが更に俺に近づいてくる。そして何と!何故か、自身の服に手をやり始めるではないか!
「あぁ、もう我慢できない!」
「(あぁっ!?ちょっと!?ここは街中ですよ!?)」
急にメイドさんが上の服を脱ぎ始めたので、俺は思わず目の部分を指で隠す。だが、こんな夜中に女性から目を離すのは危ないだろう。だから仕方なく指と指の間からチラリとだけ、メイドさんを見る。決して、やましい気持ちは無い!
メイドさんは上半身の服を脱いで下着姿になると服をその場に投げ捨てた。次にニーソックスを脱ごうとするが、上手くいかないのか急にビリビリッと破き始めた。だが、何故か途中で止めてしまう。いや、止めていいんだけどさ…じゃなくて!服を脱がないでください!
あれよこれよと言う間に、とてつもなく扇情的な姿になったメイドさんは、最後の止めと言わんばかりに俺に体をピトッとくっつけてきた。そして、俺を見上げながら弱々しく懇願する声を出し始める。
「オーク様。どうか、私にお情けを…。どうか、抱きしめてください」
体がくっついた瞬間、ふわりと漂う花のような芳しい匂いが俺の鼻に届く。そして、その体温と体を柔らかさが伝わってきた。ぐっ、ぐっはぁ!?お、俺にこの誘惑を抗えと言うのか!?ど、どうする!?どうするんだ俺ぇ!?
今も尚、潤んだ瞳で見上げてくるメイドエルフさん。ま、ままままて、幾らなんでもこれは可笑しいだろぅ!?だって、俺はこの人と会った記憶がないんだもの!ぜ、絶対おかしい!おかしいよな!?
これまでに無い強大な誘惑になんとか…本当になんとか抗いつつ、俺はメイドさんを引き離そうと肩に手を置いた。だがその瞬間、俺はこのメイドと先程会った時の言葉を思い出す。
“あなたがエルミア様の言っていたオークですね?”
「(あれ?俺の事を想ってるんならなんでさっき確認したん――)」
「キャーーーッ!!!誰かぁーーー!!」
メイドさんが突然叫び始めました。え?えぇ!?どゆこと!?…ハッ!?まさか!?
「き、貴様ァ!そこで一体何をしている!?」
「(げぇっ!?この声は!?)」
メイドさん以外の声がした方向をみると、そこには想像通り物凄い怒った顔をしたサーシャが居た。だが、その場に立っているのは彼女1人だけでなく…
「(え、エルミア…)」
サーシャの横には顔を青くしたエルミアが立っていた。
---数時間前---
「お嬢様!提案があるのです!どうか、ここを開けてください!」
サーシャが何度も扉をノックし続けていた。その事に流石のエルミアも無視できなくなったのか、遂に扉を開けた。
久しぶりに姿を見せたエルミアの顔には、ずっと1人で泣いていたのか涙の痕が残っており、目は赤く腫れている。その姿を見たサーシャは、心が締め付けられるような悲しみを覚えた。
「…なに、サーシャ。今は貴女とは何も話したくないんだけど?」
「お、お嬢様!あぁ、こんなにおやつれになって…御労しい。って、そうじゃなく!お嬢様、今からオークに会いに行きましょう!」
「え?イサミに…?」
突然の事に目を丸くするエルミアだったが、すぐに目を輝かせはじめる。
「イサミを解放するの!?」
「あ、いえ。その…違います。オークと別れの挨拶をした方が良いのではないかと思いまして」
サーシャの言葉を聞いた途端、せっかく取り戻したエルミアの目の輝きが失っていく。その事にサーシャは慌て始める。
「その…お嬢様、いくらなんでもオークをこの島に置いておくことはできません。ですが、殺すわけではないのです。きっと!またいつか会える事もあります!それに…」
「…それに?」
「お嬢様はこのままあのオークと別れてしまっていいのですか?」
「そ、それは…」
「…嫌」と小さく呟くエルミアの言葉をサーシャは聞き逃さなかった。そして、その事が無性に悔しくなって手をギュッと握り締める。
「…お嬢様、お会いになるのでしたらもう時間が余りありません。どうされますか?行かれますか?」
「うん…行くわ」
「わかりました。ではすぐに使いの者を出しましょう。いくらエルミア様とは言え、牢に捉えられた者と会うには許可が――」
「――その必要はありません」
背後から知らない男の声が聞こえたので、サーシャは剣に手をかけてすぐに振り返った。そこにはローブを着た男が立っていた。
「急に話しかけたこと、お許しください。私はラタトスク様のものです。既に許可の申請を出しておりますので、夕刻後にファレーズ広場にお越しください。」
「ファレーズ公園?馬鹿な!なぜ牢屋から連れ出す必要がある!」
「そこにあのオークを連れてきます。牢屋という空間ではなく、広い空間の中でお話される方が良いだろうというラタトスク殿の御配慮です」
「なっ!?オークが逃げたらどうするのだ!そんな事を認められるわけが――」
「――そう。分かったわ。ラタトスクに感謝すると伝えておいて」
「お、お嬢様!?」
「かしこまりました。それでは」
ローブの男は一礼するとその場から去って行った。男の口元には笑みが浮かんでいたのだが、サーシャとエルミアがその事に気づく事は無かった。
サーシャは男が見えなくなるまでその背を睨んでいたが、姿が見なくなった途端、エルミアに詰め寄った。
「お嬢様!なぜあのような男の言葉を了承したのです!?牢の外でオークと2人で話など危険です!」
「オークじゃない!イサミよ!サーシャ、いい加減にして!イサミは危険じゃないって言ってるでしょ!」
「それは、今までアイツがうまく誤魔化してきたに違いありません!オークなんてどれも一緒です!危険で野蛮な魔物です!」
力強く言い放つサーシャの言葉に、エルミアは首もとの貝殻で出来た首飾りをギュッと握り締める。
「違う!違う違うッ!サーシャはイサミのことを何も知らないからそんな風に言えるのよ!イサミは私がどんなに冷たくしても何時だって私を心配してくれた!」
エルミアはサーシャの返事を待たずにその場から少し早めに歩き始める。サーシャは「お嬢様!?」と叫び、慌ててエルミアを追いかけ始める。
「(どれだけ他の皆がイサミを嫌おうと、私だけは…私だけはイサミを信じる!待ってて、イサミ!)」
イサミから貰った大事な首飾りを少し見つめた後、エルミアは強く前を向いてイサミが待っている広場を目指して歩き始めた。




