その13
またしても俺は牢屋の中にいた。
「(ふぅ、ままならないものだなぁ…)」
下手をすれば何時殺されるか分からない状況だと言うのに、不思議と冷静でいられた。先程までヤシロが怒りまくっていて、それを宥めているうちに俺自身の怒りなどが消えた為か、或いは出ようと思えば何時でも出れるという余裕が有る為か…どちらにしろ今はありがたい。
「(心配なのは俺よりもエルミアとルドルフさんだよな)」
俺はこの島から追い出されても、最悪何とかなる。だが、2人はこれからオークを島にいれた人物として犯罪者のような扱いを受けるかもしれない。たとえ王女だとしても…いや、王女だからこそ責任を追及されて嫌な思いをするのではないだろうか?
「……ッ!」
そう考えると知らずと握りこぶしを作り力を込めたせいで手が震えていた。そんな時、
「お~い。イサミはん、起きてっかぁ?」
看守以外誰も入ってこられないはずの牢獄に、良く聞き慣れた声が響いた。俺は鉄格子に近づいて入り口を見ると、そこには先程の声の主であるマロクが立っていた。
「お、いたいた。イサミはん、これからどうするんや?」
「よいせっと」と鉄格子の向こうの床に腰を下ろしたマロクがそう尋ねてきた。そんなもん答えるのは一つに決まっている。
俺は文字を書いた紙をマロクに見えるように置いてから、ゆっくりと立ち上がって鉄格子を掴む。マロクが俺が書いた文字を読み始めると同時に――
「“俺は無実だぁ~!”」
「おぉ!?な、なんや急に!?」
掴んでいる鉄格子が揺らしながら悲壮な顔を作った。だがすぐに、鉄格子が壊れそうな音が鳴り出したので慌てて手を離す。…ふぅ。鉄格子が思ったより早く壊れそうになったのは驚いたが、なんかすっきりした。
「“俺の事は心配要らない”」
「お、おぉう?これまたいきなりシリアスになりおったな。つーか、ワイはイサミはんの事なんてこれっぽっちも!心配して無いし」
「どうせ、ここにいるのも自分の意思やろ?」と溜息をつきながら首を振るマロク。まさか俺の考えをそこまで分かっているとは流石とは…。だが、俺の事が心配でないなら如何してここに来たのだろうか?
「ワイが心配なのは、今後どうするか、や。イサミはん、エルミア嬢とルドルフさんの事、このままにしておく気かいな?」
「“そんな訳が無い。だが、今俺が何かすれば話がややこしくなる”」
「まぁ、そやな。せやけど、イサミはんはこのまま受身でエルフ達が認めるまで待つつもりかい?そりゃ、無理ってモンや」
…そうだろうな。エルフがオークである俺を認めるなんて。それこそエルフ達全員が、俺に感謝するぐらいの事をしなければありえないだろう。
このまま大人しく、エルミアとルドルフさんがエルフ達を説得するのを待つのも手の一つなのかもしれないが、先程マロクが言ったようにそれは無理と言うものだ。俺を認めたところでエルフである彼らに何のメリットなんてないのだから。
となると…やはりとるべき行動は一つ。
「“俺は1人で世界樹を救う方法を考えようと思う”」
「それは、イサミはんの再生の力を使うって事か?」
そうだ。それが俺自身が持つ唯一のポテンシャルであり、他の者では真似できない方法…のはずだ。
だが、それだけではオークと言うハンデを補うには足りない気がする。
「“マロク、一つ聞きたい”」
「ん?なんや?どうやってここに来たか聞きたいんか?ふふん!聞いて驚いても知らんよ?」
「“世界樹は寿命によって弱ってきているのか?”」
「軽くスルーしよったな…はぁ、それは専門家でも無いワイには分からんよ。街のエルフ達は、最近になって急に弱くなってきていると言っていたけど」
となると、世界樹の弱体には何かしら原因が有るのかもしれない。世界樹を救い今の事態を解決するだけでなく原因を追求し、こういった事が何度も起きないようにしてやれば、エルフ達もオークとか関係無しに俺に感謝するのではないだろうか?
だが問題はどうやってその原因を突き止めるかだ。俺もマロク同様に専門の知識を持っていない。樹の病気だとしてもその原因なんて分かりっこない。
「(原因が外部からの影響とかであれば、俺でもどうこう出来るんだけど。う~ん…)」
そもそも外部からの影響ならエルフ達がなんとかしているだろう。ならば、何が原因なのだろう?と考えて唸っていると、牢獄の入り口付近から看守であるエルフ達が話す声が聞こえてきた。
「っと、そろそろ帰った方がよさそうやな。それじゃ、イサミはん。また来るわ」
んじゃ!と手を上げてその場から立ち去ろうとするマロクに俺は慌てて文字を書いて見せた。文字を見た途端、マロクの表情はへらへらしたものから一変して冷たいものになった。
「“フクロウ。俺がいない間、エルミアのことを頼む”」
「…承知しました、御館様。それでは…」
マロクが静かに呟くと、短剣を抜いて地面に突き刺すと影に溶け込むようにマロクの姿が消えた。恐らく、以前みた“影縫い”と言うものだろう。何気に凄いよな、あれ。
そこで、入り口の扉が開いて男のエルフの兵士が入ってきた。手には量が少しだけの飯が載った皿をもっていた。
「ほらよ。ありがたく、喰え。オークが!」
地面付近に備え付けられている牢の中に物を入れる為の小さな入り口に皿を置いたエルフは忌々しそうに呟く。その姿を見ていると、少しだけイラッとする。
「……」
しかし、ここで怒っても仕方ない。それにオークである俺に一応は飯をくれるのだからマシな方だ。そう考えて皿を受け取ろうと体を起こして近づくと
「ッ!?」
「はははっ!お前は豚の魔物なのだろう?ならば豚らしく地面で残飯を貪っているのがお似合いだ!」
受け取ろうとした瞬間、飯が載った皿はエルフの兵士によって蹴られて、飯は無残にも地面に落ちてしまった。
「(――ッ!?この野郎ッ!!よくも――)」
『何をしおるかぁ!イサミ!この無礼者を殺しても良いか!』
「(――へっ!?い、いや、そこまでしなくても良いんじゃないかな?)」
エルフに敵意を向けようとした瞬間、ヤシロの声によって怒りが削がれてしまった。そんな事など知るわけがないエルフの兵士は俺が悔しがっていると思ってか、得意げな顔をしていた。
「生きているだけでもありがたいと思うが良い!女王陛下とバムタール様に感謝するんだな!」
そう言うと、エルフの兵士は立ち去って言った。
「(女王陛下とバムタール?あぁ、今の兵士はバムタールの兵士かな?)」
『イサミ!もう我慢ならん!あ奴ら皆、我が吹っ飛ばして――』
「(はいはい、落ち着こうねヤシロ)」
相変わらず俺の代わりに怒ってくれるヤシロを宥めつつ、地面に落ちた飯の無事な部分を食べていく。どうしても食べられないと思った部分は、無間暴食によって綺麗さっぱりにしておいた。これで地面が変にべたついたり、異臭を放つ事はない。
その夜はずっと怒り続けているヤシロの頭を撫で続ける事になった。だが、それが苦と感じることはなく、俺の代わりにヤシロが怒ってくれる事にほんのり嬉しい気分になっていた。
---数日後(サーシャ視点)---
あの忌々しいオークが捕らえられてから数日経った。喜ばしい事の筈なのに私の心は晴れなかった。その理由は…
「あの、お嬢様。私です、サーシャです。どうか部屋から出てきてください」
「……」
幾ら問いかけても返事は返ってこない。あのオークが再び牢に入れられてからお嬢様はずっと部屋から出てこられないのだ。食事も碌にとられていないとメイドが嘆いていた。
「お嬢様…、お願いです。元気を出して下さい」
「……ヒック」
かすかに聞こえるお嬢様の声は悲痛な泣き声だけだ。その声を聞くたびに心が締め付けられるような気分になる。
「…今日はこれで帰ります。せめてお食事だけでもお食べ下さい。それでは…」
「……」
結局、今日も最後まで返事をしてもらえなかった。その事が私の気分を下げる。
「(私は…間違ってしまったのだろうか?しかし、オークを見逃す事など…断じてありえない!)」
首を左右に振って、私は間違っていない!と強く思い直す。いつかお嬢様が分かってくださると信じて、私はその場を去った。
---アイナリンド城(サーシャ視点)---
王城に登城した私は、現状を打破する為の知恵を借りようとルドルフおじい様の下に向かっていた。そして目的の部屋の扉が見えた時、後ろから1人の男に声を掛けられた。
「おやおや?サーシャさん。何処に向かわれるので?」
後ろを振り返ればそこには、私を見下ろすように顎を上げて眼鏡を触るラタトスクの姿があった。くそっ、嫌な奴と会ってしまった。
「…ルドルフおじい様の所に向かっているだけです。それでは…。」
「あぁ、お待ちください。もしかすると、エルミア様の事についてでは?」
さっさと行こうとしたサーシャだが、ラタトスクの言葉にピクッと反応してしまい、体を止めてしまう。
「…どうしてそれを?」
「私もエルミア様の現状について聞き及んでいるのですよ。今のエルミア様のお姿はとても悲しい事です」
それっぽく悲しむフリをするのがイラッとする。思わず、殴りつけたくなったが何とか我慢する事ができた。
「そこで、サーシャさんにご相談なのですが…。一度、エルミア様にあのオークを会わせてみては如何でしょうか?」
「…なに?どういう事だ?」
私以上にあのオークを殺そうとした男が、一体何を言い出すのかと訝しんでいると、笑みを浮かべたラタトスクは眼鏡をクイッと上げた。
「私達も事を急に進めすぎたのかもしれません。例え忌むべき魔物であるオークであろうと、少しの間は共に旅をした仲。オークを見た事のなかったエルミア様にとって、獣に情が移ったようなものです。ならば、きちんと別れの話をさせてあげれば少しは元気になるのでは?」
「だが相手はあのオーク――」
「貴女が傍にて護衛しながら話せば大丈夫でしょう?そうすればエルミア様も諦めがつくかも知れませんよ?それにあのオークがエルミア様に襲い掛かろうとするならば、尚更好機と言うもの。その姿を見せればエルミア様の目も覚めるでしょう」
「お、おぉ!そうだ、その通りだ!ラタトスク殿!さっそく、お嬢様にその事をお伝えしてまいります!では!」
私はラタトスクと言う男の事を誤解していたようだ。あの男も奴なりにお嬢様の事を考えてくれている事が分かった。
ともかく、この男が言ったようにすぐにでもお嬢様に伝えて元気を取り戻してもらいたい。そう考えると、自然と私の歩む速度は速くなっていった。
急ぎ足で去って行くサーシャの後姿を見送ったラタトスクは、ニヤリと笑みを浮かべると眼鏡をクイッと上げながら横を見る。
視線の先にはラタトスクと同じような色違いのローブを着た人物が立っており、ラタトスクの視線に答えるように頷くとその場を去って行った。
「これであの不気味なオークは問題ない。さてさて、お次は…」
ラタトスクは背後の扉に向かって歩いていき、ゆっくりと扉をノックした。




