その12
オークだとバレた日の夜、俺は牢獄の中に居た。牢の中はろくに掃除もされていないのか、どこか埃っぽい。
「(…これからどうすっかな)」
両手は自由のままだが、足には鎖がついた錠がされており、壁から一定の距離を離れる事が出来ないようになっている。光も僅かな隙間から差し込む程度しかなく、場所全体が薄暗い。
「(こんな状況でも、この世界に来た時よりもマシだと思っている自分はかなり成長したと思う)」
普通ならば牢屋の中だと心寂しくなろうものだが、今の俺から見れば周囲には敵はおらず安心して寝る事が出来る空間でしかない。それどころか、おそらく飯もでるだろう。そう考えると今の状況はまだ最悪には至っていないと思えるのだ。なによりも…
『イサミよ!なぜこんな所にいる事を許しているのだ!』
「(まぁまぁそう怒らずに、ヤシロさんや)」
目の前には怒り散らす白く美しい蛇がいた。牢に居た先客と言うわけではなく、具現化したヤシロだった。
『こんな鎖や牢などイサミならばすぐに壊せるであろうが!』
「(あぁ、やっぱり?)」
ヤシロの言葉に俺は頷いてしまう。この足の鎖や牢の鉄柵を見ていると、本気で力を込めると簡単に壊せてしまう気がしていたのだが…どうやら本当にできるらしい。
「(でも、それだと意味が無いんだ)」
『…意味?何の意味があるのだ?』
確かにここから出るのは簡単だろう。だが、それだと後ろめたい事があって逃げた只のオークになってしまう。それでは駄目なんだ。
「(幸いにも俺には再生の力がある。その事についてエルミアが説明して世界樹を救う事ができれば、オークであっても俺の事を認めてくれるかもしれないだろ?)」
『フンッ!どうかな。奴らエルフは昔から閉鎖的な所が有る。幾らイサミが世界樹を救ったとしても生かすとは限らんぞ?』
「(…かもね。でも俺はエルフ達を信じたいんだ)」
そこで俺はヤシロの頭に手を伸ばして撫で回す。爬虫類特有の艶やかな感触が心地良い。
『ぐ、ぐむ…。い、いや、まぁ…イサミがそう言うなら少しは待ってやる』
「(あぁ、ありがとうな。ヤシロ)」
『気にするな。…ところでもっと撫でて良いぞ?』
先程まで怒っていた感情は何処に行ったのか。どこか気持ちよさげな感情を出している姿に苦笑しながら、白く美しい蛇の頭を撫で続けた。
翌日、俺は複数の武装したエルフ達と共に王城へと向かっていた。当然ながら手足には枷をはめられており、逃げようにしても思うように動けないだろう。そして、そんな事をしようものならすぐさま背後から斬られるのは間違いない。
処刑場へと連行される囚人の如く、ゆっくりと王城に向かって歩く俺の姿を街のエルフ達が何事かと見ている。そして昨日子供達と遊んでいた広場にやってくると、兵士の1人が大声でその場にいるエルフ達に説明し始めた。
「皆のもの!こやつは我等を正体を隠して入国したオークである!危険な魔物であるが故、決して近づいてはならない!特に若い女性は注意されたし!」
兵士の言葉を聞いたエルフ達は一斉に俺から距離を取るように数歩後ずさる。その中には昨日の子供達の親の姿もあった。
「どうしたの?」
よくわからないと言った風に子供達は親に尋ねるとすぐに「もうあの魔物に近づいたら駄目よ!」と言って子供達を俺の目の届かないところまで連れて行ってしまった。
「(――ッ!)」
改めてオークは嫌われ者なんだという事を思い知らされた。そこに俺と言う人格は関係なく、ただオークであると言うだけで全ての人から拒否されてしまう。
ある程度は覚悟していたつもりだった。だがその覚悟は甘かったようだ。
俺自身、オークの恐ろしさは知っている。だけど昨日までは、エルフの戦士に勝った強い異国の戦士と賞賛されていたのだ。皆も戸惑いはすれど、非難までしないのではないか?と自分でも気付かずにどこか期待していたのかもしれない。だが実際はオークとバレた瞬間、腫れ物扱いだ。
幸いなのは子供達から本気で怖がられていない事だろうか?だが、それもオークと言う種族についてよく知らないからであって、オークの恐ろしさを知ったらどうなるのかは分かったものではない。
「おいっ!何をしている!さっさと歩け!」
無意識に子供達が去って行った方向を眺めていると、後ろのエルフに蹴られてしまったので再び歩き出す。その歩みは屋敷を出たときよりも重かった。
---アイナリンド城---
城にたどり着くと俺は一つの扉の前で立たされていた。目の前の扉はそれなりに大きく、向こう側から人々の喧騒聞こえてくる。
「おい、入れ」
しばらくすると、エルフの1人が扉の奥からやってきて入るよう言ってきた。言われるがままに中に入ると、そこはまるで裁判所のような場所だった。多くのエルフが見ている中、俺は中央の位置まで連れて行かれる。
中央の位置に立つとさっそく声高らかにある人物が喋り始める。
「おぉ…。何という事でしょうか。まさかオークがこの国に侵入しているなんて!」
俺の正体を知ってかなり上機嫌になっているのか、何時も以上に顎を上げて俺を見下ろしながらしきりに眼鏡をクイッと上げる。そして口元に笑みを浮かべてラタトスクは話を続ける。
「これは由々しき事態ですぞ!リリアーナ女王陛下!議論など必要ありません!すぐさま、このオークを処分すべきです!」
「その通りです!女王陛下!」
ラタトスクの言葉にいつも傍にいるバムタールが賛同し、他の大勢のエルフも同じような言葉を発している。
「さぁ、女王陛下。ご命令を――」
「お待ちください!」
ラタトスクの声を遮って大声を発したのはルドルフさんだった。
「おや?ルドルフ殿。どうしたのです?」
「イサミ殿の処分の件、どうか止めていただきたい!」
「なっ!?何を仰られるのですか!ルドルフ殿!」
ルドルフさんの言葉に周りのエルフ達が驚きの声を上げた。
「何を仰るかと思えば…、馬鹿な事は言わないで頂きたいですな?」
「ラタトスク殿。私は決して考えなしに言葉を発しているわけではありません。イサミ殿は我ら世界樹を救う力をお持ちなのです!」
ざわざわっと辺りが騒ぎ始めるが、ルドルフさんは気にせず続ける。
「イサミ殿は決して只のオークではありません。我らエルフとも引けをとらない程の知能をお持ちだ」
「馬鹿な!オークがそんな知能を持っているわけが無い!」
「バムタール殿。では、これまでのイサミ殿の言動を思い出してください。彼は文字を書き、ラタトスク殿の意見に反論するほどの知能をお持ちであった事を!」
「むっ!?そ、それは…」
この世界で文字の読み書きができるのは、それなりの教育を受けた者でしかあり得ない。確か、かなり前にエルミアからそう聞いた事があったな。
「あぁ…。そういえば、このオークは私の意見に反対していましたねぇ」
バムタールが反論できず悔しそうな顔をする中、ラタトスクがまるで待っていましたと言わんばかりに声を出した。
「皆さん!このオークはなぜ私の意見に反対したのでしょうか?」
急に何を言っているんだ?と言う雰囲気がこの場を包み込む。だが、ルドルフさんだけはしまったと言う顔をしていた。
「それは、このオークが仲間をこの国に引き入れようと画策していたに違いないからです!」
「なっ!?それはどういう事ですか!?ラタトスク殿!」
「バムタール殿、落ち着いて下さい。このオークは人間国とエルフ国が友好関係になることを避けたかったのでしょう。ですから、私の提案した条件に文句を言ってきたのでしょう。」
「まぁ、私の条件に穴があった事は確かですが…」とさり気なく言っているが、皆そんな事よりも先の発言について話し始めている。
「何という事だ!では、このオークは仲間をこの国に連れてくる気だと言うのか!?なんと恐ろしい!」
「ラタトスク殿と我らの仲を裂いて、侵入しやすくする魂胆だったのか!この卑劣なオークめ!」
エルフ達は次々と物を俺に向かって投げ始めた。投げられた物のひとつである、木で作られたコップが俺の頭にぶつかり良い音がした。…痛くは無いがなかなかくるものがある。
「イサミ殿!?皆さん!お止めください!」
「そういえば、ルドルフ殿。このオークを引き入れてきたのはあなた方でしたな?」
「…えぇ。その通りです」
「まぁ、あなた方はこの者がオークだと気づかなかったのかもしれませんので、責任を問うつもりはありませんが…。今後、貴方の発言に耳を貸す者がいますかねぇ?」
「それは…」
ルドルフさんの旗色が悪い。なにを言ってもオークである俺を連れてきた事実は変わらず、ルドルフさんの味方をしようという者はこの場にはいなかった。そして、ラタトスクは最後の一撃である言葉を発した。
「ルドルフ殿はなぜそうまでしてこのオークを救いたいのでしょうか?世界樹を救う力とやらがあるからですか?では皆さんに聞いてみましょう。皆さん!このオークの力とやらで世界樹を救ってもらいますか?」
ラタトスクの言葉に一瞬、辺りは静かになった。だが、すぐに大声で反対し始める。
「ふざけるな!誰がオークの手など借りるか!」
「ラタトスク殿がいるのだ!わざわざオークの手を借りるまでも無い!そいつをすぐにでも殺してしまえ!」
ルドルフさんも、もはや止める事が出来ないと思ったのか何も喋らず、ただ俺に対して謝罪の視線を送っていた。
「(気にしないでください。ルドルフさん)」
俺は首を横に振って、ルドルフさんの視線に答える。
「さて、こんな時間の無駄な議論など最早、不要!即刻の処分を求めます。」
ラタトスクは女王陛下に体を向けると頭を下げた。その場にいる皆が、女王陛下の口からオークを処分する言葉をまっている。そんな時、
「待ってください!お母様!」
扉を勢い良く開いて入ってきたのはエルミアだった。背後には慌てて後をついていくサーシャの姿が見える。
「…エルミア。この場に許可無く入ってはいけません」
「その事については後で謝罪します!ですが、イサミを殺す事は絶対に認めるわけにはいきません!」
「お言葉ですが、エルミア様。このオークが如何なる力を持っていようとも、その力を借りようとは誰も思っていません。これはこの場全員の意見でございます」
「例えそうだとしても!イサミは私の命の恩人なの!絶対に殺させない!!」
エルミアの言葉に辺りは騒然となった。一番、驚いているのはサーシャだった。彼女はすぐにエルミアに問い返した。
「なっ!?エルミア様!本当なのですか!?」
「そうよ!なのに、こんな目にあわせるなんて…すぐにイサミを解放して!」
エルミアは俺に近づこうとするが、すぐに我に返ったサーシャが咄嗟にエルミアを取り押さえる。「放して!」とエルミアは言うがサーシャは辛そうな顔を浮かべながらも手を放さなかった。
そんなエルミアの姿をラタトスクは顎を上げ、眼鏡をクイッとしながら見つめていた。
「おやおや、お可愛そうに。このオークの策にまんまと嵌っていらっしゃるご様子」
「ッ!?何を…」
「お優しいエルミア様は、たった少しの優しさにそこまで入れ込むとは…。まさか、すでにこのオークの毒牙に――」
「――ッ!?ラタトスク殿!不敬だぞ!口を慎め!」
「これは…申し訳ありません、サーシャ殿。ですが、この様子ではいつこのオークに襲われるか分かったモノではありまえせんなぁ」
ラタトスクの言葉を聞いた途端、手に力が入ったのを感じた。出来ればすぐさまアイツの顔に一発拳をぶつけてやりたい。だが、それは今の俺にはできない。
「思わぬ横槍が入りましたが…、女王陛下。ご命令を!」
「母上!どうか、どうかイサミの命だけは!」
それまでただ静かに見ていたリリアーナ女王陛下は、ゆっくりと唇を動かし始める。
「この者を国外追放とする」
「なっ!?即刻処分すべきです!」
「…ッ。い、いいえ。処分はやり過ぎです。娘を助けてくれた事に免じて命は助けてあげましょう」
そう言うや否や、女王陛下は身を翻してその場から退出していった。




