その11
屋敷に戻ってエルミアの元に案内された後、俺はエルミアとサーシャが座るテーブルの席に腰掛けていた。
テーブルの上には色々な種類のお菓子が置かれており、どれも甘い匂いを漂わせている。エルミアはその中の一つを掴むと俺の口元に持ってきた。
「はいっ!イサミ!これも美味しいよ!」
先日の勝負があった時以来、エルミアは何時も以上に俺に甘々になっていた。いや、全然問題ないですよ?むしろ御褒美です!ありがとうございます!
バムタールの奴は恥をかいたと思ったのか、あれ以来姿を見せないでいる。バムタールも同じだ。
だからこそ、こうして水入らずで過ごしているのだが…
「(サーシャさんが無言でこっちを見ているのが怖い…)」
そう、見ているのだ。睨むのではなく、見ているだけ。しかも時折、余裕が有るかのような表情をするのだ。それがどうしようもなく不安にさせる。一体彼女に何があったと言うのだろうか?
「エルミア様、お一つお聞かせください」
「ん?何?サーシャ」
「イサミ殿がナムタル殿も知りえない方法で世界樹を救う事が出来るとの事ですが、それはどういう事なのですか?」
「あぁ、そういえばまだ説明してなかったっけ?実はね、イサミには特別な力があるの。その力で世界樹を救うことが出来ると私は信じてる」
そこで、エルミアは俺の方をみた。そんなエルミアの期待に答えるように俺は左手の甲を払うような仕草を右手で二回行った。
傍から見れば、何とも無い仕草だが、エルミアからすればまったく違う意味として伝わっているはずだ。
現に、仕草をみたエルミアは「うん!」と大きく頷いてくれた。だが、そんな2人だけの世界と言うべき雰囲気が面白くないのか「ゴホンッ!」とサーシャは大きく息を吐いた。
「特別な力…ですか。その力について是非とも知りたいところですが、その前にイサミ殿について教えていただけませんか?」
「え?……ッ!?駄目よ!サーシャ!イサミは駄目!」
突然慌て始めるエルミアの姿に、俺とサーシャは驚きの目を向ける。だが、すぐにサーシャは納得したかのような顔をすると
「それはどうしてもお教えしてもらえないという事ですか?」
「いくらサーシャでも駄目!イサミは…その、私の大事な…」
エルミアの声が小さくて殆ど聞き取る事ができなかったが、その事に追求する前にサーシャが急に立ち上がった。
「やはり…エルミア様は世界樹を救う為に、この者の素性を秘密にされておられるのですね」
「…サーシャ?」
なにやら不穏な気配だ。その事を感じたエルミアは立ち上がったサーシャを心配そうに見上げるが、サーシャ本人は俺を見据えており気づいていない。
「ですが…いくら世界樹を救う為とは言え、エルミア様の身に危険が迫るのは絶対に認めるわけにはいかない!」
「サーシャ、何を言って――」
「見ていろ!貴様の化けの皮を剥いでやる!」
ビシッ!と俺を指差した後、サーシャは合図を出すかのように手を上げた。すると、どこかに隠れていたのか周囲から複数のエルフ達が現れた。見れば、エルフ達は水晶玉のような物を手にしている。
「サーシャ!?一体何をするつもり!?」
「エルミア様!申し訳ありませんが、こちらへ!」
驚くエルミアをすぐさまに抱えるとサーシャは跳躍してその場から離れた。それを待っていたかのように、俺を中心に青白く光る魔方陣のようなモノが地面に浮かび上がった。
「(うぉっ!?なんだこりゃ!?)」
俺は思わず椅子から立ち上がる。地面に現れた魔方陣は最初こそ複雑に動いていたが、型にはまっていくかのように次第に外から固定されていく。
「(や、やばい感じがする!)」
『落ち着け、イサミ。何かの魔方陣だが、攻撃系ではなさそうだ』
ヤシロは魔方陣の形を見て、攻撃関連の為のものではないと言う。しかし、だからと言ってよく分からないモノの上に立ち続けるのは居心地が悪い。なので魔方陣から出ようとした瞬間になって、拘束を受けたかのように体が上手く動かない事に気付いた。
「イサミ!?サーシャ!一体なにをしているの!?」
「安心して下さい。決して彼を殺すつもりはありません。ただ、この者の正体について知っておきたいだけです」
「なっ!?それだけはお願いだからやめて!」
エルミアの叫びもむなしく、魔方陣は完成されたかのように一際青白く光ると収縮し始め、俺の足元で消え去った。その途端、体が自由になった俺はバランス感覚を失ったかのようにその場に倒れてしまう。
「イサミッ!」
その姿に心配したのか、サーシャの手を振り切ってエルミアは俺の元に走り寄って来てくれた。
「大丈夫?怪我は無い?」
俺の身体を触って怪我が無いかを確認してくれる。そんなエルミアちゃんの甲斐甲斐しい姿に感動してると、サーシャが周囲にいたエルフの1人から水晶玉を受け取った。そして、水晶の中を見た途端、驚愕の顔へと変わった。
「…ッ!?エルミア様!すぐに離れて下さい!者共!矢を構えろ!」
命令を受けたエルフ達は急な命令に慌てながらも、矢を番えて弓を引き俺に狙いを定める。だが、その狙いの前にエルミアが立ちはだかる。
「やめなさい!サーシャ!何のつもり!?」
「エルミア様!そいつは危険です!すぐにこちらへ!」
「な、何を言っているの?どうしてイサミが危険なんて――」
「そいつは…オークです!」
サーシャの声がその場に響き渡る。その内容に弓を構えたエルフ達はかなり動揺しはじめ、サーシャは剣を抜いて俺を睨みつけた。
「人間にしては体が大きく、身体能力も高い事からお嬢様を誑かす魔族かと思っていたが…まさかオークとはな!」
「ま、待って!サーシャ!これには訳が――」
「エルミア様!動かないでください!すぐにお助けします!」
エルミアの言葉を遮り、サーシャは大声を発すると剣を構えた。見事な細工がされたサーシャの剣は次第に淡い緑色の光に包まれていく。あれは…魔法か!?
「“風よ!壁となりて我が身を守れ!《風の壁》!”」
呪文を言い終えると同時に、サーシャは剣を空に掲げると剣先が緑色に輝いた。すると俺とエルミアの間に強い風が吹き始める。そして一瞬の内に、空気の壁と言えるような物が目の前に発生していた。
「(これは…風の壁?どこかラザレスが使った水の壁に見ているな。だとすれば…ッ!?)」
俺はすぐにサーシャの姿を探す。予想通り元いた場所にはおらず、素早い動きで俺の横に詰めてきていた。
「“風よ!その身を膨らまし敵を吹き飛ばせ!《風の衝撃波》!”」
「(ちょっ!?)」
サーシャは魔法の呪文を唱えながら俺に向かって剣で突いてきた。その剣先は間違いなく俺の心臓を狙っており、慌てて腰のブロードソードを抜いてサーシャの一撃を受け止めようとした瞬間、
「なっ!?」
サーシャの剣先が俺の剣に触れた瞬間、サーシャの剣先が爆発した。いや、爆発と言うよりは物凄い衝撃が発生したと言うべきだろうか?突如発生したその衝撃をまともに受けた俺は、勢いよく後方に吹き飛ばされてしまう。
「イサミッ!?サーシャ!やめて!!」
吹き飛び転がりつつも、あの衝撃だと俺の近くにいたエルミアまで被害が及ぶのでは?と思いすぐさまエルミアの方へと顔をむける。だが、彼女は傷ひとつ無かった。どうやらエルミアの前の空気の壁が衝撃波を全て打ち消したようだ。なるほど、その為の魔法だったか。
そんな事を考えながら、転がって土だらけになった体を起こしてサーシャを見る。
「どうやってエルミア様を誑かしたかは知らないが…。オークと分かった以上、貴様を生かしておく理由は無い!」
「(こっちの言い分を聞くつもりは一切ないみたいだな…)」
サーシャは俺をまるでゴミ虫を見るかのような視線で睨んでいる。…ふむ、これはこれで中々。…あっ!?ご、ごほん!ちょっと良いなんて思ってませんよ?
「覚悟ッ!」
馬鹿をやっている俺を他所に、スッと剣を構えるサーシャの姿は何処かルドルフさんのように見えた。そんな殺気バリバリに出すサーシャに向かって俺は…
「ッ!?…何のつもりだ?」
持っていたブロードソードを鞘に入ったままでサーシャ側に向かって投げ捨てた。そして両手を上げて降伏の意を示すと、その事にサーシャは驚いたような表情を浮かべた。
「(…ここで下手に逆らうのは不味いというぐらい俺にだって分かる)」
オークとバレてしまった以上、抵抗すればするだけ俺の立場が悪くなるのは明確。ならばこちらに敵意は無いと示して、彼女に信じてもらうしかない。それにいくらサーシャと言えど、降伏した相手を無情にも殺したりしないだろう。少しばかりの付き合いしかないが、サーシャを信じて身を任せるしかないと考えた結果だった…のだが、
「降伏…か。だが、エルミア様に近づく者は滅せねばならない!死ねぇ!」
「(えぇ!?ちょっ!降伏した相手を殺すのぉ!?)」
思わぬ展開に、「(ヒィッ!?)」と思わず身をかがめてしまう。
「(……あれ??)」
何時まで経っても何も起きない。俺はそっと顔を上げると俺の前にはエルミアが立っていた。
「エルミア様!そこをどいて下さい!オークを殺さなければ!」
「オークじゃない!イサミよ!彼を殺すなんて絶対に認めない!」
しばらくの間、2人は睨み合っていたが、サーシャが先に折れたのか「…分かりました」と言って剣を下げた。
「今ここで殺す事は止めましょう。ですが、この事はリリアーナ様に報告させて頂きます」
「――ッ!?……分かったわ」
こちらからでは後姿しか見えないが、エルミアは悔しそうな顔をしているのが分かった。だが、俺はそんなエルミアに声をかける暇も与えられずに、周囲のエルフ達に取り押さえられてしまった。




