その8
「はぁ!?どうしてそういう事になってるの!?」
俺とマロクから事情を聞いたエルミアは当然と言えば当然だが、驚いていた。
「しかも、なによその理由は!ほとんど言い掛かりじゃない!イサミ!あんな奴らのいう事なんて聞く必要ないからね!」
エルミアはそう言ってくれるが、あの2人が「おやおや、臆病風にふかれましたか?」とか「ふっ、所詮。奴隷風情か…」なんて言う姿が容易に想像できる。
「“いや、誘いに乗ろうと思う”」
「えっ!?どうして?」
「“ここで逃げたら奴らの思うつぼだから”」
「で、でも、もしイサミが怪我でもしたら…」
おふぅ!俺のことを心配してくれるエルミアちゃんの姿と言ったらもう…それだけで俺は生きていけるぜっ!きりっ!
「“大丈夫。俺には再生の力があるし、相手も弱い奴を選ぶといっていたから心配いらない”」
「…本当に危なくなったら迷わず棄権して良いんだからね?あいつらが何と言おうが私はイサミの味方だから!」
ありがとう、エルミアちゃん!でも、その言葉にエルミアちゃんのすぐ後ろの方が俺を殺さんばかりの視線を投げてきてるから今は程々にして欲しいかなぁ。
その日の夜、エルミアの屋敷にバムタール家の使者がやってきて開催時間を伝えてきた。どうせ正々堂々な勝負なんて期待できないだろうから、何があっても大丈夫なように装備をしっかりと確認してから眠りについた。
そして、翌日。エルミア達は先に向かい、後からマロクと共に徒歩で闘技場に向かうと自分の目を疑った。
「おいおい、なんやねん。この人の数は…」
昨日来た時は訓練のみだった為か、闘技場の観客席に人の姿はなかった。だが今日は昨日と違い、観客席を埋め尽くさんばかりの人が集まっていた。そして闘技場の上座と呼ぶべきその場所にはエルミアが座っており、俺達に気づいたのかこっちに向かって手を振っている。そのエルミアの横にはこの国の女王であるリリアーナ女王陛下が座っていた。そして、当然と言わんばかりにリリアーナ女王陛下を挟んだエルミアの反対側にはラタトスクが立っている。
「良く来たな。逃げ出さなかった事だけは褒めてやる」
闘技場の入り口にはバムタールが立っており、俺達が入り口付近まで行くと「武器を渡せ」と言ってきた。
「闘技場ではこちらが用意した武器で戦ってもらう。異論は認めない」
仕方ないので俺は自分が用意したブロードソードとパルチザンをバムタールに渡す。代わりに渡されたのは刃を潰された剣だった。
「弓矢は使うか?」
バムタールの問いに俺は首を振って答える。どうやら、剣と弓矢を使って闘う事も可能のようだが、これまで弓矢は使った事が無いので持っていても仕方ないと思ったからだ。
武器を渡された後、とある部屋に案内され「呼ばれるまでここで待て」と言われたので耳を澄まして待つ事にした。耳に入ってくるのはラタトスクの声であり、「本日はお忙しい中…」とか、「互いの友好を深める為に…」とか言っている。
正直、ラタトスクの言葉はどうでも良い。大事なのは、思った以上にエルフの人たちが集まっていることだ。よくアニメとかで目にする決闘場特有の凄い喧騒は無く、エルフの性質なのか静かに眺めている感じである。まるで決闘と言うより、大勢の前で発表する会場と言うべき状態であった。それゆえか、今更になって非常に緊張してきた。
「(あれ?今思えば、こんなに大勢の前で戦うのって初めてじゃね?)」
そう考えると更に緊張してきた。そして俺は緊張すると、トイレに行きたくなるという謎現象が起きる。
「(うぅ…。ト、トイレに行きたくなってきた。トイレは何処だ?)」
案内された場所でキョロキョロと辺りを見渡すが、どこにもそれらしいところは無い。仕方ないので来た道を戻ろうとすると
「何処に行く?まさか今更、逃げようと言うのではあるまいな?」
通路には武装したエルフの人が立っており、ギロッと睨んでくる。思わず後ずさってしまった。
「“トイレに行きたいんですけ―”」
「それでは両者に登場してもらいましょう!」
俺が文字を書き終える前に、ラタトスクの大きな声が耳に入ってきた。そして、目の前のエルフが「さぁ、行け!」と強く言われてしまったので、渋々と決闘場に向かった。
決闘場の上に立つと多くの視線が俺に向けられた。そのせいで更に緊張が大きくなり、尿意も更にやばくなってきた。目の前には強そうなエルフが立っているが、正直それどころではない。
「それでは…はじめ!」
ラタトスクの声を合図に、目の前の強そうなエルフが斬りかかって来た。
---エルミア---
「ちょっと!どういう事!?あれはバムタールのところの部隊長じゃない!」
昨日、イサミが相手は弱い奴を選んでくると言っていた。だと言うのに決闘場に現れたエルフの戦士はバムタールの部隊で、最も武勇高いと有名な隊長だった。
「ラタトスク!説明しなさい!」
「説明と言われましても…」
ラタトスクはいつも通り眼鏡をクイッと上げると自信ありげに答えた。
「イサミ殿がエルフの戦闘に興味がお有りのようでしたので、私どもが用意できる最高の舞台を整えただけです。」
「イサミは貴方達が弱い相手を選ぶと言っていたわ。なのにどうして――」
「おやおや?そんな事を言った覚えは無いのですね。イサミ殿の聞き間違いでは?」
「クッ!?」
そんな筈がない。だが、その場にいなかった私ではこれ以上何も言えず、ただ固く唇を噛みしめてイサミを見ることしかできなくなった。
決闘場に立つイサミは若干震えているように見える。無理も無い。相手は歴戦の戦士だ。私から見ても剣を構える隊長の姿は、ルドルフまでとはいかずとも強者を思い立たせる。
「(頑張って!イサミ!)」
気がつくと、イサミから貰った大事な首飾りを握り締めていた。
私が何も言わなくなった事に満足したのか、ラタトスクが一歩前に進むと試合開始の合図を口にする。
「それでは…はじめ!」
ラタトスクが声を出した瞬間、隊長がイサミに斬りかかる。その速さからその見た目に違わない実力が有ることが伺える。だが、イサミは難なくその斬撃を受け止めた。
その事に驚いたのは私だけでなく、その場にいた全員がそうだった。それは剣を振るった隊長も例外ではなく、驚いた顔を浮かべていた。しかしすぐに気を取り直し、その後も次々と斬撃を繰り出していく。だがその度にイサミに受け止められ、剣と剣がぶつかる甲高い音が鳴り続く。
何度も剣をぶつける姿を見ていて気がついたけど、イサミは剣を受け止めるたびに体を少し震わせている。恐らくだけど、イサミは神経を集中させて隊長の剣を受け止めている為に、かなりの疲れが溜まってきているのかもしれない。その証拠に時折、足が疲れたのか小刻みにステップを踏んで慣らしている。やや内股ぎみなのが気になるけど…。
その事に観客である私ですら気づいたのだから、隊長が気づかない筈が無い。
「やるな!だが、これでどうだ!」
隊長は一度大きく力を込めた剣による一撃をイサミに与えるが、またしても容易くと受け止められる。だが、そんな事は予想済みらしい。そのまま更に力を込めて剣を押し込んだ。流石にイサミが数歩下がった瞬間、己もまた後方へと跳躍してすぐさま距離を取る。そして背に備えていた弓矢を取りだし、流れるように矢を番えて構える。
「―ふッ!」
時間で言えば正に一瞬、だがその一瞬に隊長はイサミに狙いをつけて矢を放った。その矢の軌道は同じエルフの目から見ても見事なものだった。だが、
「 「 「ッ!?」 」 」
誰もが息を呑んだ。それは矢が放たれた事による結果を予想しての事ではなく、放たれた矢がイサミによって受け止められた事によって息を呑んでしまったのだ。
隊長がイサミの顔に向けて放った矢を、イサミは手で受け止めていた。飛んでくる矢が、まるで完全に見えていたかのように綺麗に掴んだのだ。
「(す、凄い!イサミ!!)」
私達エルフは目が良い。だから隊長が放った矢を目で追うことは出来ていた。だが、あくまで追うだけで精一杯であり、実際にイサミと同じ事が出来るかと言われれば、ほとんどのエルフが無理だと答えるだろう。なぜなら実際に体がついてこないからだ。
「なんだとっ!?」
イサミが矢を掴んで受け止めたのを一番衝撃だったのは、放った本人である隊長だった。そんな彼に向かってすぐさまイサミが反撃開始と言わんばかりに斬りかかり始める。
「っく!?こ、これは!?」
試合のはじめはイサミが防戦一方だったのに対して、今度は隊長が防戦一方になった。イサミの攻撃は一つ一つが重い攻撃であるようで、剣を受け止める隊長が苦しそうな表情を浮かべている。
イサミが苛烈に攻め続けるのはこれ以上にチャンスが無いからだろう。現にイサミはすぐにでも決着を付けたいかのように連続して剣を振るっている。まるで本当に時間が無いかのように。
「ぐあっ!?」
キンッ!と一際甲高い音が決闘場に鳴り響くと、隊長の剣が回転しながら空中を飛んでいき、2人から離れた位置に落ちる。そして、イサミが隊長の首筋に剣を近づけると
「ま、参った…」
隊長が負けを認める言葉を口にした。




