その7
ラタトスクとバムタールが立ち去った後、カンカンに怒ったエルミアを宥めたり、それを知ったルドルフさんがバムタール家に抗議したりと色々あった。マロクは「あっはっは!イサミはん!ホンマに大変やったなぁ!」と楽しそうに笑ってくれやがったので、頭を掴んで窓から放り投げておいた。
その翌日、俺はマロクと一緒にエルフの街に来ていた。エルミアの屋敷でブラブラしている所をマロクに街に行かないかと誘われたのだ。特に断る理由も無かったので、俺は了承し、この街までやって来た。
「さてさて!エルフの街における商業はどうなってるんやろなぁ!」
どうやらこの国の商業に関して興味があるらしく、街でどのような物を売っているのかを知る為にやってきたらしい。流石は商人であるルノリックさんの弟子と言うべきか?
「“最初は何処に行く?”」
「せやなぁ…。先ずはこの街の市場やな!どんな食材が売られているのか調べに行こうや!」
そう言う訳でやって参りましたエルフの食材市場。幾つもの橋の中央の広場に市場は存在しており、大勢のエルフ達が歩いている。
種族の差と言うべきなのか、人間の国で見られた「いらっしゃい!」と大声を上げたりする光景はあまり見られない。どちらかと言うと、お客さんが来たら静かに笑顔を見せて「いらっしゃいませ」と答える上品な感じだ。
「おぉ~!イサミはん!見てみぃ!やっぱり、エルフ族は果物類が好きなのかそれに類する物が多いなぁ!」
マロクが指差す方向を見ると、リンゴの様な物やブドウ、ミカンといった物が並べられていた。確かに、パッと見る限り果物系を扱っている店が多い気がする。
店に1つに近づいて、実際に物を取って確認するマロク。人間である事を隠す為にローブを被っているのでやや怪しい2人組みに見えるはずだが、その事に店主であるエルフは特に聞いてくる事は無かった。
「おぉ…!なんて見事な!これは貴族に納められる名産品に匹敵するほどの物やで!?」
マロクが手に取ったのはリンゴだった。艶があり、綺麗な赤色をしたそのリンゴは確かに美味しそうだ。
「良ければ御試食しますか?」
「え!ホンマに!?これはおおきに!」
マロクの愛想良い声に気分をよくしたのか、店主が切り分けたリンゴを差し出してくれた。俺もそれを口にする。
「(うまいっ!)」
果肉は滑らかで程よい酸味があり、匂いも素晴らしい。これは確かに高級リンゴと言っても過言ではない。
「うっまぁ!これは幾らや?…うおぉ!?たったの銅貨中1枚!?マジかい!?」
銅貨中1枚ってこの前、港町で買った串焼き一本分か。あれが不味いなんていうつもりは無いが、あれと同等の価値とは到底思えない。マロクが驚くのも仕方ないだろう。
その後、試食のお礼に幾つかの果物を買った俺達は、それを食べ歩きながら市場の中を歩いて行く。俺にはよく分からなかったが、マロクは「どれも安すぎやろ!?しかも全部の質が高級品やし!?」と驚いていたようだ。特に胡椒の安さにはかなり驚いていた。どうやら、この国には独自の製法で胡椒を作り出しているらしい。…これは結構凄い事なんじゃ?
「あかん。この国にいると金銭感覚がアホになるわ…」
そう言いながらも、手に持つメモ帳に多くの文字を書いていくマロクの姿に不覚にも流石だなと感じてしまった。…不覚にも。
俺達は次の目的地に向かった。
「次はここや。エルフの国と言えば、高級なシルクやな!後は細工品も有名や!」
やってきたのは衣類系や細工物が売られている所だった。どれも極め細やかな作業で作られており、素人目から見ても素晴らしい品であることが分かる。
ここでも「安すぎやぁ!」と叫ぶマロクを横に、俺は1つの衣服を手に取った。とても柔らかく手触りが素晴らしい。重さも羽のように軽く、これは着心地がすごいだろう。
その後も、あれやこれやとマロクにつき従って街の中を歩いていき、気がついた頃には、かなりの時間が経っていた。横に立つマロクの顔は正に大満足と言った顔をしている。
「いやぁ!大収穫や!これは師匠に報告すればかなり褒められるで!」
「“これで一通り見たいものは見たのか?”」
「いや、本当はこれ以外にも、ドワーフが作る品を見ておきたかったけど、どうやらここら辺には無いみたいや」
おぉ!ドワーフですか!この世界にもやっぱりドワーフはいるんだな!
「まぁ、それは今はええわ。それよりも、最後に見ておきたいところがあるねん」
「“それは?”」
「ずばり!エルフの決闘場やな!」
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「おぉ!ここがエルフの決闘場かぁ!えらい造りしとるなぁ!」
マロクに連れられてきた所は、多くの木々に囲まれた決闘場だった。中からは訓練でもしているか、掛け声と剣がぶつかり合う音がする。
決闘場の中央である決闘の場所に行く為の出入り口には、武装したエルフ達が見張っていたので、俺達は観客席の方に移動し、そこから中を伺うことにした。
中央ではエルフ達が複数に分かれて戦闘訓練を行っていた。剣をぶつけ合う者、矢を的に当てる者などそれぞれだが、どれも錬度が高い事がわかる。
「(…あ。あれって…)」
そんなエルフ達の中心に見知った顔がいた。目のやり場が困る装備をしていて、とても艶やかな青紫色の長い髪をポニーテールで纏めている。そんな褐色肌の女性は、剣を持つ女性エルフ達に囲まれていた。
「行きます!隊長!」
「来い!」
複数の剣があらゆる角度より迫ってくる。だと言うのに、彼女は冷静に剣を構える。そして、
「はぁっ!」
まず最初に行ったのは目前の敵の剣を吹き飛ばす事だった。振り下ろした彼女の剣は、敵の剣をいとも容易く吹き飛ばすと、次に横から迫ってくる剣を振り上げる形でまたしても吹き飛ばす。しかし、そうすると逆から迫ってくる剣に対応できないはずだ。
「(あぶない!)」
咄嗟に声に出そうになった。だが、そんな俺の心配を他所に、彼女は反対から迫ってきていた剣の手元を手で掴むと、引っ張る形で相手の体勢を無理やり崩させた。そして、よろめく相手の体を蹴飛ばすと同時に剣を奪い、背中から迫っていた剣を奪った剣で受け止めた。その事に驚く相手に、彼女は最初から持っていた剣で横薙ぎの形で吹き飛ばすと決着がついた。
「おぉ~…。見事なもんやな、サーシャさんも」
マロクの呟きを聞きながら、俺は彼女を見つめる。彼女の周囲には倒れる者、吹き飛ばされた者など様々だが共通している事は、どれも一瞬でやられた事だ。
そして、倒れた者達に優しい笑みを浮かべて手を差し伸べるサーシャさんはとても美しく見えた。
「おや?これはこれは。誰かと思えばエルミア様の奴隷ではありませんか。」
思わずサーシャさんに見惚れていると、横から声が掛かった。横をみるとそこにはラタトスクがいた。…よく会うな、この人。
「奴隷風情が…神聖なるこの場所で何をしている」
そしてラタトスクさんの横には相変わらずバムタールさんが付き従っている。この2人、本当に何時も一緒なのな。
「“この場所に興味があったので見に来たのです”」
「ほう?どのような興味がおありなので?」
ラタトスクがクイッと眼鏡を上げると、こちらを見下ろしてくる。
「“エルフの皆さんがどのような戦闘訓練をしているのか興味があったのです”」
「それはそれは…。どうでしたか?実際にご覧になられて」
俺は決闘場の中央に視線を戻す。そこには多くの兵士達に慕われているサーシャの姿が見えた。
「“どの兵士も錬度が高く、見事だと感じました”」
「当たり前だ。我らエルフ族は誇り高い一族。訓練を怠る者などいない!」
俺の言葉が癪に障ったのか、バムタールさんが怒りの声を上げる。…どこに怒るポイントがあったのだろう?
「イサミはん、そろそろお暇させてもらおうや」
マロクが丁度、話を切り上げようと声をかけてきた。俺もその意見に賛成なので頭を下げてその場から立ち去ろうとすると、
「まぁ、お待ちください」
ラタトスクに止められてしまった。あぁ、めんどくさい事になりそう。
「どうやらイサミ殿は、エルフとの戦闘に興味がお有りの様だ。でしたら実際に戦ってみては如何か?」
「(…はい?)」
何故そうなると突っ込む前に、ラタトスクが次々と言葉を発していく。
「幻獣ディアリームの角を見つけられるぐらいのお人なのだから、ある程度戦闘は行えるのでしょう?でしたら、実際に戦われてみた方がよく知る事ができると思います」
「…ラタトスク殿のいう事はもっともだ。でしたら、このバムタールが直々に相手してやる。喜べ、奴隷風情が」
「いえいえ、お待ちください。バムタール殿にもしもの事があってはいけません。バムタール殿の実力を疑うつもりはありませんが、戦闘とは何が起きても不思議ではない。それこそ、勝てないからと自棄になって攻撃してくる愚か者もいないとは限りませんしねぇ?」
「ははは!確かに!ラタトスク殿の心配も最もだ。それに私が出る程でも無いだろうし…。ここは私の部隊の一番弱い者に相手させてやろう。そこそこ良い勝負が見れる事を期待しておくぞ?」
うわぁ、うぜぇ。事あるごとに眼鏡をクイッと上げて、ニヤッと笑うラタトスクに、何が面白いのか良く笑うバムタール。どうしよう、非常にイラついてくるんだけど…。
マロクも俺と同じ心境なのか、イラついたような顔をしている。2人に聞こえない程度の声で「御館様。殺しますか?」とフクロウをみせてくる辺りよっぽどだろう。
「では、明日。この決闘場で行いましょう。よろしいですね?イサミ殿?」
「ラタトスク殿。確認する事もありますまい。奴隷風情はは只従っておれば良いのだ」
「駄目ですよ、バムタール殿。こんなのでも一応はエルミア殿の所有物なのですから」
「まったく…、エルミア様もこんな物のどこを気に入られたのか…理解に苦しむな」
言いたいことを言うと、2人はその場から去って行った。後には苛々しながら腕を組む俺と、妙に凄みを持った笑みを浮かべながら持っていたリンゴを手で砕くマロクの2人だけであった。
…マロクが砕いたリンゴがこちらに飛んできて服についたので、どういうつもりだ?とマロクにアイアンクローを喰らわせてやった。
マロク「イサミはん!ホンマ、ホンマに堪忍や!ぎ、ぎぶぶぶ……」
イサミ「……」




