その5
「貴様は一体…」
ラタトスクが俺に疑い目を向けた。だが、すぐに周囲のエルフ達によってその視線は散らす事になった。
「ラタトスク殿!これはどういう事だ!その者のいう事は本当なのか!?」
「お待ちください。今の話は全て最悪の場合の話であって、決して私が意図したことではありません」
「最悪の場合?最悪、起こり得る事だという事か!?」
「ですから――」
俺の文字を見た途端、周囲のお偉そうなエルフ達がラタトスクに詰め寄っていた。それを何とか上手く誤魔化そうと話しているが、相手が納得できる話は出来ていないようだ。
「ラタトスク」
少し場が騒ぎ始めた中だというのに、エルミアが静かに呟いた言葉はなぜか耳にはっきりと届いた。そして、それはエルフ達も同様らしく、ラタトスクに問いかけていたエルフ達は途端に静かになった。
「な、なんでしょうか?」
ラタトスクは少し慌てながらも、眼鏡をクイッと上げて答える。
「世界樹を救うためには貴方は三つの要求を出してきたわね」
「…えぇ」
「最初は私達もそれでも仕方ないと思っていた。世界樹を救うためなのだし、私達エルフにも多少なりとも益があるものだと考えていたから。だけど、先程のイサミから聞いた話を考えると、貴方の要求は全て私達エルフを陥れる為のモノにしか聞こえない」
「そ、それは…」
「それは違います」と言いたいのだろうが、上手い言葉が見つからないと言った感じだ。なんだ。最初はやり手のサラリーマンと思っていたけど、実際は予想外の事に弱い堅物の人間か。いや、堅物が悪いとは言わないが。
「改めて言うわ。貴方の出した条件、それら全てを飲む事は出来ない」
「…ほ、ほぉ?では、どうするおつもりで?このままでは世界樹の弱体化を止める事はできない。あなた方の命とも言えるこの世界樹が枯れていくのを、ただ黙って見ているだけにするおつもりですか?」
あ。“世界樹を救う”と言うカードをちらつかせた事で、ちょっと調子が戻ってきたのだろう。顎をちょっとだけ上げてまたしても眼鏡をクイッと上げてエルミアを見下ろしている。
「…そんな事をするつもりは無いわ。ただ私達は私達なりの方法で世界樹を救う!だから貴方の手を借りる事はしない!」
「ははは!私を頼る以外に方法があるとでも?馬鹿な事を!そんなモノがあるはずがない!」
ラタトスクの言葉が聞こえていただろうに、あえて無視したかのようにエルミアはラタトスクから母親であるリリアーナ女王に顔を向けた。
「…エルミア。世界樹は我らにとって命そのもの。それを見捨てると言うのですか?」
「母上、世界樹を救うことは確かに最重要です。ですが、その為に我らエルフ族全ての命を散らすような事をするのは間違っています」
「では、どうすると言うのです?何か考えがあるとでも?」
「あります」
そうはっきりと告げたエルミアは、ゆっくりと俺の方に振り向いた。…え?なに?
「私のイサミならばきっと…、きっと世界樹を救ってくれます!」
「(え?…えええぇぇぇ~~~~!?)」
心の中で思いっきり叫んでしまった。そりゃそうでしょ。いきなり俺なら世界樹を救えるってどゆこと!?
「…彼が?」
「……」
リリアーナ女王は本当なのか?と言った雰囲気を出して、ラタトスクは疑うを通り越して殺意を感じるぐらい俺を睨んでいます。うぅ、今日はえらく心臓に悪い日だな。
「ご冗談はお止めになって頂きたいですな。彼はたかが奴隷。奴隷などが世界樹を救う方法を知っているわけが――」
「貴方の言う“たかが奴隷”にそちらの要求の悉くが破綻になったのだけれど?」
「……」
あぁ、凄く苛立っておられます。なんでそんな怒らせるような事を言うのかなぁ?
「リリアーナ女王陛下!本当にエルミア様の言葉を信じるのですか?この私よりもあんな奴隷風情の方が信用できると?」
「何を言ってるの!私達を陥れようとした貴方より何倍、いえ何十倍もマシに決まってるわ!」
「エルミア、落ち着きなさい。ラタトスク殿、この話はまた後日決めましょう。今は…考える時間が必要です」
「母上!」
「エルミア、貴女を疑うつもりはありませんが、簡単に彼を信用することはできません。ラタトスク殿は世界樹を救う方法を知っておられる数少ない御人。そう簡単に切り捨てる訳にはいきません」
不満そうな顔をするエルミアだが、それ以上文句を言うつもりが無いのか特に反論しなかった。まぁ俺が必ず世界樹を救えると決まった訳でもないし、可能性を少しでも残したいのは当然だろう。
結局、そこでこの話し合いは終了となった。
---数十分後---
「イ~サ~ミ~~!!」
話し合いが終わった後、俺達はとある一室に案内された。部屋はとても広く、内装も整っている。恐らく客間というやつかな?と思っていると、急にエルミアが俺に抱きついてきた。あ、良い匂いです。
「イサミがあんなに賢かったなんて!私、感動しちゃった!」
恐らく、先程の話し合いでラタトスクの言った条件を全て駄目だと言った事だろう。…そんなに大したことじゃないんだけどな。多分、大抵の日本高校生は知ってる事だ。日米修好通商条約とかテストで出てくるし。
「“大したことじゃない”」
「ううん!大した事だよ!だって私達なんて全然分からなかったんだもん!」
「えぇ、お恥ずかしい話ですが、私達はこれまで他国からの干渉を極端に制限して過ごしてきた為、外交関連の知識は疎いのです。今までは、信用の置ける少数の人間のみを自由に商売させていただけですので…」
思っていた通り、エルフの島は江戸時代の日本のように鎖国状態だったようだ。そりゃ今まで外交しなかったんだから、よく分からないのも仕方ない。というよりは、日本の勉学のレベルが凄いというだけだろうか?
「ワイも驚いたで~。まさかイサミはんにあんな知識があるなんてな」
マロクは俺が異世界から来た事をルドルフさんから聞かされているはずなので、意味深な視線を俺に向けている。いや、そんなに大した知識無いから。知識チートで有名な鉄砲の造り方とか知らないし…。
嫌な視線を向けられて少し戸惑っている俺など関係なしに、エルミアは甘えるように俺の胸元に顔を擦り付けてきた。…やばい!超可愛いんですけど!?
「イサミは私達エルフにとって救世主のようなものね!」
「(え、えへへ~、そうかな?よし!エルミアちゃんの為なら俺、なんでもやっちゃうよ?…ッハ!?殺気!?)」
俺は咄嗟に感じた気配の方向に首を向けた。そこには目を光らせて口から白い息を吐き出しながら、腰に剣に手を伸ばしていた化け物がいた。
「エルミア様が…。イサミ、コロス。イサミ、コロス。イサミ、コロス」
「(ちょっ!?エルミアさん!離れて!お願い!離れてぇ!化け物がこっち睨んでるからぁ!)」
エルミアに抱きつかれてから、初めて離れて欲しいと思った瞬間であった。




